第42章 アリシア子爵、恋愛話を聞く
ダエユーネフ国の北西部の貴族たちに不穏な動きがある―
その問題を解決するために、プリシルさまがマイレィちゃんを連れて出発して行った。
ダユーネフ国は、それまでに魔王さまが征服したブレストピア王国やマビンハミアン帝国と違って、魔王軍がダユーネフ軍を破り、ダユーネフ国政府が降伏したあと、同国を魔王国の領土としなかった。
その代わり、あのルーボードタン連邦という、魔王国を盟主とする国家連合にダユーネフ国を組み入れた。魔王さまは、これにより、ブレストピア王国とマビンハミアン帝国の占領併合後に起きた、一部の貴族や国民たちに見られた魔王および魔王軍に対する反感や憤懣が、ダユーネフ国で起こるのを避ける意図があったらしい。
しかし、ダユーネフ国占領後に魔王さまが直々ダユーネフ国のナスガアル城に出かけ、ダユーネフ国中の貴族を集めて行った説明会- 恐らく、慰撫工作を行ったものと思われるが、その説明会に参加しなかった貴族が少なからずいて、それらの中でも北西部の有力貴族のダユーネフ国政府に対する反発が顕著らしく、ディアマトマム大統領も頭を痛めているらしい。
そこで、たかが北西部の貴族を説得するために軍を派遣するのも大げさだし、却ってダユーネフ国の貴族たちや国民の反発を大きくしかねず、ヘタをすると北西部貴族連合対ダユーネフ国政府との内戦さえ発生しかねない。
困ったディアマトマム大統領は魔王さまに泣きつき、魔王さまは、プリシルさまにそのダユーネフ国北西部の貴族問題を解決する任務をあたえたのだ。
と、ここまで、魔王国外務省・連邦管理局とダユーネフ国政府の間で交わされた外交文書でわかった。
マイレィちゃんが、魔王国の任務を果たすために旅に出るのは初めてのことだ。
よほどの事情があるのだろう。だって、マイレィちゃんはもうじき10歳になるけど、まだ子どもだよ?
そういうわけで、プリシル・マイレィ母娘の護衛役に、ミカエラさまとアイフィさま、それにアレクさまの三人が選ばれて同行することになった。
護衛の人数も少なすぎる気がするけど、アレクさまの実力は知らないけど、ミカエラさまとアイフィさまは魔王国、いや、テルースの世界でも指折りの魔術師だ。これで十分なのだろう。
さて、ダユーネフ国での問題はさておいて、最近、私の身の回りで起こったことと言えば―
リリスさまから、貴族用の邸宅があるからそこに住んだらどうかって聞かれた。
リリスさまは、高官や将軍用の邸宅の管理をされているのだ。
「アリシアさんも子爵になられたのですから、身分に相応しい邸宅に住むことをお勧めしますわ」
勧められた邸宅は、ゲラルド侯爵夫妻の家の近くだそうだ。
「二階建てで地下にも一階あり、部屋数は30部屋ほど。書斎、図書室、執事室、喫煙室、貴賓室などがあり、車庫には馬車が3台入りますわ」
「いえ、結構です」
「あら?」
そんな邸宅に住むことになれば、護衛一人、従者一人ではすまされない。
執事室があると言うことは、執事も雇わなければならないのだろう。
邸宅に住む貴族ともなれば馬車も要るだろうし、そうなれば馬も馬車も買わなければならない。
御者も要れば、馬丁も要るだろうし、大きな庭があれば庭師も雇わなければならない。
邸宅の掃除をする者、料理人、メイドなんかも十人ほど雇わなければならなくなる。
当然、住み込みの雇い人が増えるので、食糧費も燃料費も増えることになる。
貴族は貴族らしい生活を維持するだけで金がかかるのだ。
金貨を年に200枚ももらわなければならないわけだ。
そんなにお金を浪費して見栄を張っても何も得するところがない。
邸宅など、将来、私がもっとお金持ちになって、そんな邸宅をもつに相応しい身分になった時に考えればいい。それまでは、安上がり(タダだ)の部屋住まいで間に合っている。
「そう?残念ね。でも、それがアリシア子爵の希望であるのならばしかたないわね」
そう言って、リリスさまは帰って行った。
ある週末、申し合わせたかのようにマーゴイ侯爵夫妻とマスティフ伯爵夫妻の訪問を受けた。
前もって訪問可否の問い合わせがあり、週末の午前中にマーゴイ侯爵夫妻、午後からマスティフ伯爵夫妻が来ることになった。
まあ、カリブが両将軍の娘と結婚したこともあり、親類になったので断る理由もないので訪問を受けることになった。
カリブはマイテさまの息子なので、マイテさまとさまだけを訪問すればいいのに《マイテ夫人、およびラーニア夫人、アリシア子爵、ビアさま、ならびモナ夫人にお会いしたく...》と訪問伺いの手紙- どちらの夫妻からの手紙にも書いてあったので、ルナレイラお義姉さまをのぞいて、マイテさま、お母さま、私、それにモナさまが、マーゴイ侯爵夫妻ならびにマスティフ伯爵夫妻を応接することになった。
午前中に訪ねて来たマーゴイ侯爵夫妻を応接室に招き入れた。
ソファーに座る前に、夫のグジャラート子爵さまは、持参したお菓子の入った箱を一つずつ、マイテさまとお母さまとモナさまに渡した。これは、魔王国の風習らしい?
こういう事は、ふつう妻がするものだけど、マーゴイ将軍は侯爵だから夫がしたのだろうか?
「娘のサエリー・ミランギが、カリブ君と結婚したことで、親類になったこともあり、先日の非礼をお詫びするとともに、これから親類としてよろしくお付き合いしていただきたい!」
「いや、娘のサエリー・ミランギは、母親のラガマに似ていていつも主導権を持ちたがる娘でしてね...」
あらためておたがい紹介し終わったあとでソファーに座って話しはじめたが、グジャラート子爵はラガモ・グジャラートという名前だとわかった。
ふうん... 夫のラガモさんは、マーゴイ侯爵を名前で呼ぶんだ...
私は、マーゴイ侯爵を愛おしそうに見つめるラガモさんを見ながら思った。
よく見ると、なんとソファーに座った二人は手をつないでいるじゃない?
「娘のサエリー・ミランギは、同級生のアミスラちゃんと仲がいいんですけどね。アスミラちゃんが、カリブ君とつき合いはじめたと知ると、すぐにカリブ君を誘っていっしょに歩くようになり、アミスラちゃんがカリブ君と寝たと知ると、今度はカリブ君を誘惑して寝たのだとか...」
やれやれと言った様子で肩をすくめた。
「娘が、“わたしがいっしょに寝たかったから寝た結果妊娠したんだから、わたしにも責任あるんだよ!”と言うのも聞かずに、ラガマは血相を変えて飛び出して行って... あれには参りましたよ」
ラガマ・マーゴイ侯爵は居心地が悪そうにモゾモゾしていたが、ラガモさんはけっこうお話好きのようで、マーゴイ侯爵との出合いについて話しはじめた。
マーゴイ侯爵の夫のラガモさんの実家は、ブレストピア国の田舎の伯爵家だったそうだ。
私はまだ小さかったのでグジャラート伯爵家なんて知らなかったけど、マイテさまやお母さまはご存じだったみたい。
魔王さまによるブレストピア王国の占領後、魔王国の領土となった元ブレストピア国に、魔王さまは国力を回復するために次々と新政策を打ち出した。
この話は、ブレストピア国で知らない者はないほど有名なことだ。
魔王さまは、占領し、魔王国の領土とした元ブレストピア王国のすべての貴族が所有する領地を国有化することを決定した。貴族個人の私有地は、5エーカーまでが認められ、残りの土地は魔王国政府のものとなったのだ。
そして、その領地の所有者であった貴族は、国有地となった領地の管理責任者となり、その領地で利益を出す責任が課せられた。
こう言うと、魔王さまは搾取主義者のようだが、そうではなかった。
魔王さまは、農業における生産性を上げることで、利益と収穫量を増やし、これによって国内の食料事情を改善すると同時に収穫量増加であまった分を輸出して利益を上げることを目指していた。
農地改革案は徹底していた。魔王国政府は、その領地から利益が出るように指導をし、領地で上がる収益に比例して魔王国政府が報酬を払うことを約束した。
魔王さまによる農業振興政策は前代未聞のものであり、さらに魔王国政府は、領地の事業や経済発展のために必要と見れば適切な投資も行うという徹底さだった。
この農地改革案の実施に魔王さまを大いに助けたのが、魔王さまがまだ領地もなく、魔王さまでもない一介の放浪貴族であった時代に - いや、魔王さまは常に魔王さまだったというから、国を持ってなくても魔王さまだったの?
まあ、この際、そんなことはどうでもいい。マスティフ将軍夫妻、それにマーゴイ夫妻の話を要約すると、テルースの世界において、魔王さまが大飛躍するきっかけとなったのは、魔王さまが最初にお現れになったミタン王国で、彼に最初にぞっこんひと目惚れしたアンジェリーヌ王女とジョスリーヌ王女と結婚することを約束した魔王さまに、ミタン王があたえたホルモールの農園における農園経営の経験だったらしい。
ホルモールの別邸は、ミタン城から遠く北方に離れたところにある別荘の名前で、ミタン国王も長年訪れていない、半ば忘れられた別荘だった。
その別邸を譲り受けられた魔王さまは、別邸が保有する広大な農地を利用して収益を上げることを考え、当時一介の農夫だったゲラルドさまの協力で、数年のうちにホルモール農園をミタン国北部で有数の利益を上げる農園に変革したのだ。
魔王さまは、ホルモールの農園で行った改革を、占領して魔王国となった元ブレストピア王国と元マビンハミアン帝国において“国の規模”で行ったのだ。
「すべて、私を信じてください。悪いようにはしません!」
魔王さまの言葉を信じて、農地改革事業に参加した元ブレストピア国の貴族たちは、ゲラルド侯爵の司る農業・漁業・工業省からの指導に忠実に従った結果、領内の農作物の収穫量の著しい増加を得た。
それだけでなく、林業、養豚・養牛などにも取りくみ、経営の多角化も進め、これらの事業でも大成功を治め、以前とは比べものにならないほどの収益をあげれるようになり、元領主たちは未だかってないほど収益を上げるようになった。
その結果、魔王国の国力を想像も出来ないほど高める結果となった。魔王国が、テルースの世界でもっとも豊かで金持ちの国である所以だ。
グジャラート家の当主イゴドゥル・グジャラート伯爵も、魔王さまの言葉を信じて、農業・漁業・工業省からの指導通りに経営を行った結果、以前とは比べものにならないほどの収益をあげられるようになり、グジャラート伯爵家の財政も未だかってないほど豊かになった。
そしてある日、グジャラート伯爵家は、突然、魔王国軍事大臣のスティルヴィッシュ伯爵の訪問を受けた。
「グジャラート伯爵殿。今日はよい話をもって来たぞ! ガ―――ッハッハッハ!」
初見であったにも関わらず、十年来の知古のように振舞ったスティルヴィッシュ伯爵を、グジャラート伯爵はすっかり気に入り、信用した。
スティルヴィッシュ伯爵が持って来た“よい話”というのは、ラガモさんを魔王軍の猛将、マーゴイ侯爵の秘書官に採用し、さらに子爵の爵位をあたえるという願ってもないような話だった。
ラガモさんは、グジャラート伯爵の四男だった。
貴族家の慣例では、父親が亡くなった後、長男が家督を受け継ぐ。次男はたいがい神職に就き、三男以下は... 勝手に生きろというのがふつうで、ほとんどの場合は、実家に居候として住み着くことになる。
運がよければ跡継ぎがいない貴族の家に婿入りすることが出来るのだが、三男以下の貴族の息子たちみんなが、そんな幸運をもっているわけではない。
したがって、グジャラート伯爵家にとってもスティルヴィッシュ伯爵の話は、棚からボタ餅的な話で、即座にその話を受け入れた。
と言うのも、それまでラガモさんは、ろくに農場の仕事も手伝わずに、なぜか、年増女の尻ばかりを追っていたので、グジャラート伯爵家の当主の長兄のとっても厄介払いが出来るおまけに、ラガモさんを立派に独り立ちさせることがきるので、これ以上の“よい話”はなかったわけだ。
「あとでわかったことなんですが、どうやら魔王さまは最初から、私とラガマを結婚させようと言う魂胆で、子爵の話と秘書官の仕事の話を持って来たようなんです」
「この人はね... あたしに最初に会った時から、まるで盛りのついたオスみたいに優しくしてくれたんだよ!」
魔王国軍の英雄、勇猛将軍らしからぬ、照れた顔で少々意味不明なこと言うマーゴイ侯爵だった。
相思相愛、けっこうじゃないの? ヤーダマーの塔にいる誰かさんに見せてあげたかった。
午後から訪ねて来たマスティフ伯爵夫妻も同じようなものだった。
「いや、先日は、愚女のことでお宅に怒鳴りこんで来て、大へん申し訳なかった。アミスラがカリブ君と結婚したことで、親類になったこともあり、先日の非礼をお詫びするとともに、これから親類としてよろしくお付き合い願いたい」
マスティフ伯爵は、筋骨隆々の大きな体を縮めるようにして頭を下げたけど、この口上もグジャラート子爵のとそっくりだった?
「この人ったら、アミスラが妊娠したって知ったら、15歳ですでに成人している娘にも責任があるからって言う私の意見も聞かずに飛び出して行きましたのよ!」
マチルダ夫人が、お菓子が詰まった箱をきれいな包装紙で包んだものを三つ、テーブルの上に置きながら横に座っているマスティフ伯爵を見た。
マチルダ夫人は、伯爵よりかなり若い。
ちなみに彼女はバロネスの称号をもっておられる。
話は弾み、彼女がどうして伯爵と結婚することになったかの経緯について語り始めた。
“あれえ... マーゴイ侯爵夫妻とマスティフ伯爵夫妻、示し合わせたのかしら?”
まあ、いいでしょう。こういう恋愛話って、想像をかき立てられるから好き。
マスティフ伯爵と知り合った時、マチルダさんは花も恥じらう17歳だったそう。
社交界でのお披露目はすでに済ませていたけど、厳しい父親のメガネに適う男性は見つかってなかった。
それでも、あちこちで開かれる貴族の交流会には連れて行ってもらってはいたけど、男とは踊りの相手をするだけに制限され、若い男性との長話とか散歩の申し込みなどとんでもない、と父親のリンジーアム伯爵から絶対にダメだと言い渡されていた。
それでも、少々オクテなところのあったマチルダさんは、“きっと、そのうちお父さまがステキな人男性を見つけてくださるわ”と楽観的に考えていた。
そんなある日、スティルヴィッシュ伯爵が、突然リンジーアム伯爵を訪ねて来た。
スティルヴィッシュ伯爵と言えば、ブレストピア王国とマビンハミアン帝国に攻め入って、あっという間に両国を占領した魔王軍の中でも有名な伯爵で、魔王のもっとも信頼する将軍の一人だと聞いている人物だ。
その“飛ぶ鳥を落とす勢い”の魔王国の外務大臣が、わざわざブレストピア国の田舎の一伯爵であるリンジーアム伯爵を訪ねて来たのだ。
お酒が入り、ほぼ一日中笑い声が聴こえる賑やかな話し合いになったようだが、笑顔でスティルヴィッシュ伯爵を送り出した父親は、妻と息子二人とマチルダを応接室に呼んで告げた。
スティルヴィッシュ伯爵が持って来た“よい話”と言うのが、当時17歳だった娘のマチルダを魔王軍に採用し、マスティフ将軍の秘書官にし、さらにバロネスの爵位をあたえると言う提案だった。
そして、マチルダさんは、マスティフ将軍の秘書官として1年務めた後で、魔王さまの仲人でマスティフ将軍と結婚したのだそうだ。
「どうやら魔王さまは、厳しすぎるお父さまのために嫁ぎ先が決まらなかった私を、これも長年独身であったマスティフ伯爵と結婚させようと言うおつもりで、あの話を私の両親に持って行ったようですわ」
「いやあ。俺も軍隊一筋、戦いに明け暮れて、気がつけば40に近くなっていたのです。それを魔王さまは心配なされて、こんな美しく可愛い嫁を見つけてくれたんですワン」
照れながら言うマスティフ伯爵だった。
マーゴイ侯爵夫妻とマスティフ伯爵夫妻の訪問を受けたことをきっかけに、マイテさまは、あと三人の嫁の家を訪ねることを決心された。結婚式の前に、マーゴイ侯爵夫妻とマスティフ伯爵夫妻がしたように“新しく親類”となる三家を訪問し、今後の良好な親類関係のためカリブの無責任な行為をあらためて謝った方がいいと考えたのだ。
その考えにお母さまとモナさまも同意され、“子爵”である私も親族の一員として訪問に参加することをお願いされた。もちろん、カリブの姉としてルナレイラお義姉さまも同行することになった。
プリシル王妃・マイレィ母娘と魔王国、いやテルースの世界最強クラスの魔術師、アイフィ、ミカエラ、それに破滅拳バロネスの異名を持つアレクの5人による『ダユーネフ国隠密オペレーション』の詳細は、別作『魔王の勇者オデッセイー 魔王はつまらないので異世界でハーレムを作ることにしました』の「#5‐04コリニャック公爵夫人の陰謀」https://ncode.syosetu.com/n3597gy/131/で読むことが出来ます。




