第40章 魔王、激怒する
翌日から、ルーボードタン連邦管理局の8級職員としての勤務がはじまった。
下っ端の新米職員だけど、私が魔王さまおよび魔王妃さまたちの“お気に入り”だと言うことは、みんな知っているので、下にも置かない扱いだった(汗)。
仕事の内容は、とくに翻訳と通訳だ。
何樹種類とある獣人語がわかり、エルフ語を流暢に話し、解する者は少ないので、私が入局したのをみんな有難がっていた。ちなみに、魔王国の公用語は5種類ほどの獣人語とエルフ語だ。これは魔王さまが征服し、魔王国としたブレストピア王国とマビンハミアン帝国が、いずれも獣人族国であったためだ。
しかし、両国にもエルフ族が少数民族として住んでおり、アンジェリーヌさまやジョスリーヌさま、それにリエル&エリゼッテ姉妹の母国であるミタン王国やボードニアン王国は、エルフ族が大多数であるためエルフ語が公用語となっているので、魔王国でも獣人族語とエルフ語が公用語となっているわけだ。
したがって、通訳・翻訳の仕事は多く、連邦の加盟国の代表などが会議や交渉などで訪れたりすると、私は引っ張りだこになる。
会議所で大声で話すスティルヴィッシュ伯爵(連邦の魔王国議長も兼任している)や、バカ笑いを連発するバカ伯爵、じゃない、ギャストン伯爵(軍務大臣)などの通訳を、喉が枯れるまでやり、そのあとで『覚書』や『契約書』や『協定書』などの翻訳をするわけだけど...
当然、それ以前に両国間でさまざまな問い合わせや『契約書』や『協定書』などの内容確認、変更、再確認などといった準備段階の仕事が山ほどあるわけで、それらの文書や連絡文の翻訳もやらなければならない訳で、毎日が残業続きだった。
まあ、残業手当が出るし、私は若いから、残業などまったく苦にならなかったのだけど。
順調満帆な毎日が続くと思っていたけど―
運命の神さま、いや、エタナールさまは、“人生、そんなに甘いもんじゃないよ?”とでも言うかのような事件が発生した。
「ゲネンドル王の息子が、わたしの娘を妊娠させた!責任をとってもらうニャン!」
マーゴイ侯爵が、すごい剣幕で怒鳴りこんで来た。
申し合わせたかのように、 マスティフ伯爵もいっしょだった。
「うちのアミスラに種付けをしたカリブちゅうヤツの親はあんたですか?ワン!」
マスティフ伯爵もマーゴイ侯爵も、魔王軍の中で有名な猛将で、元は敵陣営の盟主国である『東ディアローム帝国』の軍団長と副軍団長だったらしいが、ブレストピア・マビンハミアン戦役の折りに、魔王さまの説得されて魔王軍に加わったという経歴の持ち主だ。
以後、両将軍とも華々しい戦果を立て続け、敵陣営軍との戦いの山場の一つと言われた東部戦線での戦いでは大功績を立て、見事に魔王の期待に応えたという猛将だ。
口から泡を飛ばして怒鳴るカニスディオのマスティフ伯爵と、私が先日したように、全身の毛を総立たせて起こっているフェリノディオのマーゴイ侯爵を前に、カリブの母親でもないお母さまと騒ぎを聞きつけて駆けつけて来たモナさまは、平謝りだった。
急を知らせるために、走って私が残業をしているところに来たビアから事の次第を聞いた私は、同じく残業をしていた翻訳仲間に家に帰ることを告げ、全力疾走で魔宮殿に帰った。ビアも私に負けない速度で続く。
部屋に入ると、応接間にマスティフ伯爵とマーゴイ侯爵が腕を組んで座っていた。
お母さまとモナさまは、土下座して謝っていて... 部屋の隅には、カリブがふて腐れた顔で床に座り込んでいた。
カリブの姿と、床に土下座しているお母さまたちの姿を見て、頭に血が上った。
「このォ!恥知らずのエロ・ライオンっ!」
バシ―――ッ!
跳躍して、思いっきり平手打ちを食らわせた。
「ぎゃっ!」
体重50キログラムちょっとしかなくても、跳躍し、体重をかけた平手打ちの威力は凄まじく、カリブはゴロゴロっと数回床を転げた。
「!」
「む!」
両将軍が驚き、椅子から腰を浮かし
「アリシアっ?」
「アリシアちゃん?」
お母さまとモナさまが、反射的に立ち上がった。
お母さまは、それ以上、私がカリブを叩かないように押さえようとし、モナさまはカリブを介抱しようとしたけれど、怒り心頭に達した若い私を誰も止めることは出来なかった。
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!
「ひえっ、ぎゃっ!やめて、やめて、アリシア、やめて!」
「やめるもんですか!このエロ・ライオンめ!」
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!
「アリシア子爵、もう、それくらいでいいニャン!」
「子爵殿、もう、よい。やめなさいワン!」
両将軍に押さえこまれ、ようやくやめたけど、それでもまだ総毛立ち、荒い息を立てていた。
「何があったの?」
「どうしたの?何をカリブがやらかしたの?」
ドアが激しく叩かれ、ビアが開けるとアマンダさまとプリシルさまが入って来た。
騒ぎが一段落し、、みんなが少し冷静になったのを見て、アマンダさまが関係者全員から事情を聞き終わってからみんなに言った。
「... わかりました。これは、100パーセントカリブだけの責任ではありませんが...」
「何を言っておるのですか、アマンダ王妃さま?私の娘はまだ15歳なのですよ!」
「そうだ、マーゴイ侯爵の言っている通りだ。俺の娘も15歳にしかならん!」
案の定、また二人の将軍が興奮して言葉を荒げ始めた。
アマンダさまは、いきり立つ将軍たちには答えずに、私に話しかけた。
「アリシア子爵」
「はい」
「子爵は、今何歳ですか?」
「15歳です」
さすがアマンダさま、頭がいい。
「マスティフ伯爵、マーゴイ侯爵。お聞きの通り、アリシア子爵は15歳です。2か月ほど前に15歳の誕生日を迎え、成人となり、ダユーネフ国での研修結果が予想以上によかったことから、連邦職員に採用され、貴殿らも承知のように、先日、魔王国最高会議において子爵に叙爵されることが決定し、子爵となりました」
「.........」
「.........」
両将軍は、何も言わなかった。
成人同士の肉体関係の結果による妊娠は、成人である両者の責任であることは誰でも知っていることだ。 将軍たちは、可愛い娘が妊娠させられたという事実を受けれることができなくて、怒りのぶっつけ先をカリブに求めたということに気づかされたのだ。
「でも、お二人の娘さんたちを、結婚もしていないのに同時に妊娠させたと言う事は、魔王国の法律では許されない事です。この件は、徹底的に調査させ、カリブ・ゲネンドルの罪が立証されれば、しかるべき処罰が下されることでしょう。追って沙汰があるまでカリブ・ゲネンドルは自宅謹慎です。いいですね!」
厳しい言葉を残してアマンダたちは帰って行った。
将軍たちも、それ以上は何も言わずに帰って行った。アマンダさまが、本件を魔王さまに報告することは必須であるし、そうなれば厳しい処罰が下されるであることは確実と考え、腹の虫が少し収まったのだろう。
私たちは、どんな厳しい処罰が下されるのか、戦々恐々として沙汰を待っていた。
いや、私たちと言うのは正しくはない。私は、カリブが許せなかったのだ。あの時、私が人が変わったように起こってカリブを叩いたのは、彼にお父さまの姿が重なって見えたからだ。
長年、マイテさまやお母さま、それにモナさまに尽くさせておきながら、若い側女を得るとすっかり忘れてしまって見向きもしなくなったお父さま。
お母さまやモナさまが、どれほど寂しい思いをしているか、私は知っていた。
だから、お父さまと同じような事をしたカリブを許せなかったのだ。
三日後―
マイテさまがヤーダマーの塔からやって来た。
塔の警備隊長にお願いして、カリブが処刑される前に是非一度会いたいとアマンダさまに伝えてもらい、アマンダさまが許可されたからだ。
部屋で謹慎になっているカリブを見て、マイテさまは涙を流すばかりだった。
「あんな、山奥の塔で一生を過ごすよりは、魔都で立派に教育を受け、きれいな娘さんをお嫁にもらって幸せになって欲しいと思って魔都に送り出したのが間違っていたのでしょう...」
わが子の幸せを願わない親はいない。
だけど、カリブの場合は、決してマイテさまの責任でもなければ、お母さまの落ち度でもない。
あれは、お父さま譲りのレオニディオという“種”の習性というか、“宿命”というか(いやあ、私けっこう哲学的なことを書いているな)、それのせいだと思っている。
だからって、娘を2人も3人も妊娠させていいってわけじゃない。あ、妊娠は2人だけか。
魔王さまもアマンダさまもお忙しいらしく、沙汰は中々来なかった。
私は、連邦管理局の職員という役職上、いろいろな情報を前もって知ることができた。
ワチオピアの太守たちから、彼らの王女を魔王さまの妻にという申し出が親書という形で送って来られ、その内容を翻訳したり、ダエユーネフ国の北西部の貴族たちに不穏な動きが見られるという報告が、ディアマトマム大統領から送られて来たのを翻訳したりしていると魔王国や魔王さまが、どういうことをやっているのか、当面の問題は何かなどがわかるようになる。
もちろん、これらは国家機密であり、お母さまにもルナレイラお義姉さまにも、仲良し三人組にも話すことができない。漏らしたりすれば、それこそ、国家機密漏洩罪で重罰だ(汗)。
公務員であれば、その罪はさらに重くなる。出世しようと思うなら、自分の身が可愛いのなら、見ざる聞かざる言わざるを守らなければならない。
十日ほど経った時―
沙汰はまだ出なかったけど、さらに大きな事実が判明した。
マスティフ伯爵とマーゴイ侯爵の娘が妊娠したという噂が、魔王城に風邪より早く広まった結果、マスティフ伯爵の娘アミスラとマーゴイ侯爵の娘のサエリー・ミランギのほかに3人の娘を妊娠させていたことが判明したのだ!
ク〇、なんというエロ・ライオン!
娘たちは、本人自身が妊娠3ヶ月のふくれたお腹を抱えてやって来たり
(名前:ナッツシャ。ラビットディオ。職業メイド。19歳)
「うちの娘は妊娠一ヶ月だと思います」と言って母親と来たり
(名前:ファレーナ。学生14歳。カニスディオ)。
「うちの娘を妊娠させた責任をとってもらいたい!」と父親に連れられて来たり。
(名前:ケヤ。学生 13歳。カプリコルニディオス)
したけど―
全員未成年だった(汗)。
新たに3人の娘を妊娠させていると言うことが分かってから3日経った。
マイテさまは、悲嘆のあまり、ろくに食事もとらず、ただでさえ美しいのが、痩せてぞっとするほど美しくなった。
その彼女に、魔王国魔都の家庭裁判所から呼出状が送られて来た。
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《 期日呼出状 》
裁判番号 □□□□□
呼出理由 「未成年者に対するみだらな行為及び妊娠」
原告 魔王国検察庁 魔都支部
被告 カレブ・リッグラム・ゲネンドル
第1回口頭弁論期日呼出状及び答弁書催告状
原告から、訴状が提出された。
被告は、下記の期日に当裁判所に出頭し、「被害者である成人女性3名及び未成年女性2名未成年者に対するみだらな行為及び妊娠」事件に関し申し開きする事があれば申し開きをせよ。
期日 テルース世界歴 5064年10月20日10:00時
出頭場所 魔王国魔都家庭裁判所第5号法廷
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マイテさまもお母さまも、弁護士を雇うことにしたが...
弁護士たちは、呼出状の内容を見てさじを投げた。
「未成年へのみだらな行為及び妊娠?これは、万に一つも勝てませんよ」
「カリブさんは成人でしょう?それに被害者の娘さんは、マスティフ伯爵とマーゴイ侯爵の息女?無理ですわ!」
「未成年二人へのみだらな行為及び妊娠?... これは重罪ですな。魔王国の法律は、このような犯罪者に対して極めて重い。おそらく去勢手術か死刑でしょうな!」
最後に尋ねた弁護士の言葉を聞いた時、マイテさまは卒倒してしまった。
5日後―
魔都家庭裁判所第5号法廷に、私たちの姿があった。
カリブは被告席に座らされ、私たちは傍聴席にいた。
傍聴席には、マスティフ伯爵、マーゴイ侯爵たちの家族や、ナッツシャさん、未成年の女の子の両親、それに原告側の親族とか友人らしい者の姿も見られた。もちろん、野次馬もたくさん来ていた。
私は、カリブの弁護をするつもりは毛頭なかった。弁護をしようにも、彼の犯した罪はあまりにも明白だった。弁護士たちがみんな言ったように、弁護のしようがなかったのだ。
「裁判長が入廷します 全員起立 ... それでは静粛に 開廷します」
カニスディオの司会進行役の声に
ガタガタガタガタ... と全員が立ち上がる。
裁判長と裁判所書記官などが入って来る。
「全員、着席!」
また、ガタガタガタガタ... と音をさせて全員が座る。
裁判長は中年のティグリディオだった。
すぐに質疑応答が始まった。
「裁判番号□□□□□、『未成年者に対するみだらな行為及び妊娠』に関する裁判をただいまより開催する。被告人は、カレブ・リッグラム・ゲネンドルかね?」
「はい」
「被告人は、自分に不利と思う事は言わなくてもよい。それは分かるね?」
「はい」
「被告人は、成人女性アミスラ・ リンジーアム ・マスティフ、サエリー・ミランギ・マーゴイ、ナッツシャ・ソリアナ3名ならび未成年女性2名に対するみだらな行為及び妊娠をさせた疑いで訴えられています。被告人は、この罪を認めまるかね?」
「...... は...」
カリブが回答しようとした時、カニスディオの司会進行役が突然大声で告げた。
「魔王陛下が入廷されます。全員起立!」
今度は裁判長もふくめ、全員が立ち上がった。
ガタガタガタガタ...
「あ、全員座ってください」
魔王さまを先導して入って来たアマンダさまが、着席するように言った。
「魔王さまが、魔王国王としての権利を行使し、当裁判の判決を言い渡します。いいですね?」
アマンダさまが、中年のティグリディオ裁判長に近づいて言った。
いいも悪いもない。魔王さまは絶対だ。裁判長は慌てて椅子から立ち上がり、魔王さまに席を譲り、横の方に行った。
魔王さまが、裁判長席に座った。
アマンダさまは、魔王さまの斜め後ろに立って傍聴席を鋭い目で見回す。
それまで魔王さまの入場で騒がしくなっていた傍聴席が一瞬で静かになった。
「被告は起立!」
アマンダさまが、カリブを見て命令した。
「は、はい」
ガタンと音を立てて、座ったばかりのカリブがまた立ち上がった。
魔王さまが、おもむろに口を開いた。
「カレブ・リッグラム・ゲネンドル、判決を言い渡す。カレブ・リッグラム・ゲネンドルは、成人であるにも関わらず、魔王国の勇将として名高いドスモンド・マスティフ伯爵およびマチルダ・リンジーアムの娘・アミスラ・リンジーアム・マスティフをかどわかし、妊娠させた罪、それにラガマ・マーゴイ侯爵およびラガモ・グジャラートの娘・サエリー・ミランギ・マーゴイをかどわかし、妊娠させた罪、それにナッツシャ・ソリアナをかどわかし、妊娠させた罪、また未成年の女子二名に対するみだらな行為及び妊娠をさせた罪により... 懲役20年の刑に処する...」
「おお!カリブ...」
マイテさまが、失神して椅子から崩れ落ちた。
「おい、しっかりしなさい!」
魔王さまが、ぱっとマントを翻して飛ぶようにして駆けつけ、マイテさまを抱き起した。
(何、この魔王さまの早さ?まるで軽業師並みじゃない?)
「ま、魔王さ...ま...?」
マイテさまが、驚いて目を開ける。
「うむ。誰か水を!」
「はい、ただいま!」
アマンダさまが、裁判長の前にあった水入れとコップを持って駆け寄った。
あとの介抱をアマンダさまやお母さまに任せて、魔王さまはふたたび演台にもどった。
「こほん。判決の残りを言い渡す...」
この時点で、マスティフ伯爵夫妻もマーゴイ侯爵も、ナッツシャさんも未成年の娘の親たちも親族や友人たちや野次馬たちも、カリブが懲役20年の罰を受けると知って、大いに安心していた。
「懲役20年の内容は、魔王軍に即座に入隊し、そこで20年間軍務につくこと...」
魔王がそこまで言うと、原告側の家族たちは思わず魔王さまを見た。
「え?どういうこと?」
「懲役って、牢屋に入れるんじゃないのか?」
「軍隊ですって!」
「魔王軍で20年間軍務につくだと?」
傍聴席にいた被害者(?)の家族たちや野次馬たちが騒ぎはじめた。
「静粛に!」
アマンダさまが一喝し、剣の柄をガチャリと鳴らした。
「ひっ!」
「はい!」
「はっ」
みんな黙ってしまった。
「魔王軍で軍務に20年間就くとともに、被告カレブ・リッグラム・ゲネンドルは、今後一週間以内に、アミスラ・リンジーアム・マスティフ、サエリー・ミランギ・マーゴイ、ナッツシャ・ソリアナの3名、それに未成年の女子2名と結婚し、一生養うこと。離婚、浮気は許されない。離婚・浮気をしたことが立証dされれば、去勢手術の極刑を受けるものとする。以上!」
「おおお――っ、さすが魔王さまだ!」
「名裁判長さまだ!」
「名裁判だった!」
「クククク...これで、俺たちの娘ファレーナも一生安定した生活が遅れる!」
「わたしたちのケヤもそうですわ」
親族や友人たちや野次馬たちが魔王さまの名裁判に賛辞を惜しまない中、未成年の娘たち- 最初から最後まで実名が伏せらていたのが、感極まった親たちによってみんなに知られてしまった!
「魔王さま、何かおっしゃるのをお忘れでは?」
法廷から出ようとした魔王さまは、アマンダさまの声に立ち止まった。
「おお、そうであった。カレブ・リッグラム・ゲネンドルと娘たちの結婚式の仲人は私だ!」
オオオオオオ――――!
魔王さま―――――!
我らが魔王さま―――!
歓声の中を裁判所をあとにした魔王さまだった。
でも、本当に名裁判だったわね!




