第35章 魔王とドゥモレ男爵
ブリュストン伯爵さまにキス(?)をされて幸せいっぱいで過ごした日の翌日。
使節団は、ロレアンスロゥプ皇帝のお招きにより、ヴァニエル・メルダ宮殿での晩餐会に参加した。
ダユーネフ国は、テルースの世界の国でも稀な共和国制度の国でありながら、まだ皇帝がいるという奇妙な政治体制の国だ。
まあ、皇帝がいると言っても、皇帝は政治には口を挟まないし、ほとんど権力も持たないという“象徴的”な存在なのだそうだけど、それでもダユーネフ国にとって重大な問題があると大統領なんかは、皇帝のご意見を聞くらしい。
ヴァニエル・メルダ宮殿の大広間には、コの字型にテーブルが配置され、100人ほどの招待客が集まっていた。招待客は、ルーボードタン連邦の各国使節団とダユーネフ国の首脳および高級貴族たちだ。
もちろん、使節団は“賓客”であり、ダユーネフ国の貴族たちは、賓客たちの話し相手というか、相伴だ。
私は貴族でもなく、外交や軍事の専門家でもないのに、ちゃんと魔王国使節団の正式団員として、こんな豪華な晩餐会に参加できた理由は、やはり“元王女”という肩書が大きいのだろうし、魔王国政府が選んだ使節団の一員ということが決定的だったのだろう。
もちろん、私も「そういう機会は必ずあるから」と言うプリシルさまの助言にしたがって、今回こそは昔通りの足のくるぶしまであるフツーのドレスを着れると思ってうれしくなり、モナさまがヤーダマーの塔から持って来た、王妃時代に使われたドレスをお借りして、私の身体に合うように魔王城の専属裁縫師に胴の部分を細めてもらおうとしたのだけど―
「そんな、お婆さんが着るようなドレスは絶対ダメ!」
プリシルさまに没収された。
お婆さんって...
これは、モナさまが着ておられていたドレスなんですけど?
翌日、プリシルさまは二着の新しいドレスを持って来て下さった。
青と黒の、同じモデルの... ひざ上10センチで、それまで着ていたドレスより10センチ長いけど
オシリの見えやすさは、あんまり変わらない感じのドレスだったが-
そのドレスと言うのが...
横にスリットが入っていて、スリットを持ち上げるとおパンティが丸見えになると言うヤツで(汗)。
「こ、こ、こ、これが、公式の席で着るドレスなんですか――っ?」
って思わず叫んじゃった。
せっかくプリシルさまが高いお金を出して(と思う)買ってくださったんだし、晩餐会で着なかったらいつ着るのよ?というわけで、上から同色のロングコートを着て晩餐会に参加することにした。
皇帝が使節団を晩餐会に招待した訳は、使節団に対してダユーネフ国の心証をよくしようという考えがある。皇帝としては、魔王国との戦いに敗れたダユーネフ国は、ヘタをするとマビハミアン国やブレストピア国のように魔王によって占領されてしまい、魔王国領に組み込まれてしまうかも知れないと言う危惧を持っているのだろう。
皇帝と皇后は始終微笑みを絶やさず、皇帝夫妻の近くに座っているスティルヴィッシュ伯爵(外務大臣)、ペンナス伯爵(経済・貿易大臣)やギャストン伯爵(軍事大臣)、デュドル公爵夫妻など連邦の有力者たちに積極的に話しかけ、ご機嫌をとっていた。
スティルヴィッシュ伯爵やペンナス伯爵、ギャストン伯爵たちは、こういう正式な行事には顔を出す。
まあ、ドコデモボードを使うのでいつでも好きな時に来れるのだが、農業・漁業・工業大臣のゲラルド侯爵は来てなかった。
ペンナス伯爵は「ゲラルド侯爵は、こういった堅苦しいのは苦手なんですよ」と私に言って
「その代わりに副大臣が出席していますから問題ありませんよ」と野菜サラダを一生懸命に食べている太ったカプリコルニディオスの男を目で示した。
「いや、しかし、先日のアマンダ王妃殿下の剣さばきは見事でしたぞ!」
ロレアンスロゥプ皇帝が、ギャストン伯爵に語りかけている。
「その話、儂も聞きましたぞ。何でもアマンダ王妃さまが、貴国で有名な剣士と試合をされて... なかなか良い試合であったと伺っております」
「ギャストン伯爵、その剣士と言うのが、あそこにいるドゥモレ男爵です」
「おう、あの男爵も今日、招待されておられましたか、クルフォルム侯爵?」
「皇帝陛下が、是非とも招待するようにと仰せられましてね」
ディアマトマム大統領が、“皇帝”を引き立てる。
食事は終わり、みんなは食後の酒やお茶を飲んでいた。
席を立ち、ほかの者と話を始める者も出はじめる。これからは、比較的自由な時間となのだ。
「ドゥモレ男爵をここに呼んでくれ」
クルフォルム侯爵が近くにいた侍従に言うと、侍従はすぐに広間の端の方にいたパンサニディオスの貴族を連れて来た。
「ドゥモレ男爵、こちらは魔王国のスティルヴィッシュ伯爵、ギャストン伯爵とペンナス伯爵、それに... 」
クルフォルム侯爵は、年若い私の名前を知らなかった。
まあ、知らなくても当然だ。私は、スティルヴィッシュ伯爵やギャストン伯爵、それにペンナス伯爵やゲラルド侯爵たちのように、同盟国にも敵陣営にも知られている“有名人”でもないし、ディアマトマム大統領やドゥモレ男爵から見れば、年端も行かないフェリノディオの少女にしか見えないからだ。
「アリシア・ミラーニア・ゲネンドルです」
“王女です”とは言わなかった。もう王女じゃないし。
「ゲネンドル?」
「もしや、ブレストピア国のゲネンドル王の...?」
「はい。元ブレストピア国のデルン・リッグラム・ゲネンドルの第三王妃・ラーニア・セリナーユ・アイヴァーの娘・アリシア・ミラーニア・ゲネンドルです」
「おお!やはりゲネンドル王の王女であられたか!」
「立派な外交官になられたのだな!」
“いやいや、まだ外交官にはなっておりません。
見習いでもない、ただの研修生でございます”って言葉が喉まで出かかったけど、飲みこんだ。
そんなこと言おうものなら「なぜ、研修生が使節団に加わっているのか?」と言うことになって、話がややこしくなること必須だから(汗)。
「アリシア嬢は、将来有望な新人外交官です」
ペンナス伯爵さまが、さらりと言われた!?
これで、私の将来の道は決まった?
「何とも見目麗しいレディー!おっ、失礼を致しました。わたくしは、アルチュセール・エヴラール・ドゥモレ男爵と申す者です。どうぞよろしくお見知りおきください」
そう言うと、パンサニディオスの男爵は、左手を伸ばし、右手を胸の前に曲げると優雅に礼をした。
ドゥモレ男爵は、女性と見まがうような美しい金髪の貴族だった。
年は三十代の半ばくらいだろう、洗練された優雅さにしばし茫然となった。
「アリシアお嬢さま、よろしかったら、貴女がまだ知らないナスガアルの穴場をご紹介いたしたく存じます」
にっこりと鋭いキバをキラッと光らせて言うドゥモレ男爵を見て、なぜか胸が“キュン!”となった?
「おお、紹介が遅れました。アエグィノール・インメリル・ディアマトマムです」
「失礼を仕った。我が輩は、アエゴボル・バゥノールズ・クルフォルム侯爵でござる」
大統領とクルフォルム侯爵があわてて自己紹介をする。
「ゲネンドル王の息女でしたか、このように立派なられて、さぞゲネンドル王も...」
「おう、そう言えば、どこかゲネンドル王に面影が似ておりますな... 我が輩が十年前にお会いした時は...」
ディアマトマム大統領とクルフォルム侯爵が何やらごちゃごちゃ言っていたけど、もう耳に入らなかった。
なぜなら広間のテーブルが端に移動され、折しも楽団が音楽を奏ではじめ、中央に作られたスペースで踊りが始まり、私はドゥモレ男爵に乞われて踊りはじめていたから。
当然、ロングコートなんか着て踊る訳にはいかないので、コートは脱いだのだけど...
オオオオオオ―――――……!
広間が騒然となった。
ドゥモレ男爵さまも、これにはビックリで、あやうく踊りのステップを間違えそうになったくらいだった!
そして、踊り出せば、股上の位置くらいまであるスリットが踊りの動きで開いて、私の白く輝くようなおみ足がおパンティとともに無制限公開となる...
使節団の私が、そんな外交問題に発展しそうな問題を起こさないように、プリシルさまは、ちゃんと“露出対策オーバーパンツ”とか言う、舌を噛みそうな、おパンティーの上から重ね穿きするパンツも用意してくださっていたけど...
ドゥモレ男爵さまや、周りの者からは、“お股ギリギリの破廉恥なドロワーズ”を穿いているとしか見えないんじゃない?
「さすが、テルースの世界で服飾流行の最先端を行っている魔王国のレディーだけありますね!」
ドゥモレ男爵さまは、軽やかに踊りながら、私が恥ずかしく感じないように気を使ってくださる。
「品格に欠けた服だとお思いになりませんか?」
「とんでもありません、高貴でお若いレディーに最高にお似合いの服ですよ!」
ドゥモレ男爵さま、お世辞がお上手。
ドゥモレ男爵との一曲が終わると...
あの鬼人族国の『冥界の間』での舞踏会が再現された。
晩餐会に参加していた各国の使節団とダユーネフ国の貴族たち- 魔王国のギャストン伯爵、ペンナス伯爵、政務官に事務次官たち。
鬼人族国の外務大臣・宋帝王、鬼人族国軍司令官・平等王、あの閻魔大王、それにデュドル公爵、ブリュストン伯爵、政務官に事務次官たち... ボードニアン王国の何んとか大臣、彼んとか大臣、それに政務官に事務次官たち。
ミタン王国の大臣連中に、以下、同じく政務官に事務次官たち。そして主催者側のダユーネフ国の ディアマトマム大統領、クルフォルム侯爵、そのほか貴族ゾロゾロ... たちが、列をなして私との踊りの順番を待っていた!その列の中には、大きな身体のロレアンスロゥプ皇帝の姿もあった!
延々と3時間以上も踊るハメになった私は、踊りが終わった時には、さすがにクタクタになっていた。
冷たい水を持って来てもらって、椅子に座って飲んでいると、ブリュストン伯爵さまがやって来た。
「やあ、大へんでしたね?今日はもう遅いから、ナスガアルの街歩きは出来ませんけど、明日の夜はいかがですか?」
「伯爵さま、どうも申し訳ありません。明日は、ドゥモレ男爵さまといっしょに、ナスガアルの穴場に行くことになっていますので」
「えええ――っ?」
伯爵さま、目を丸くして大へん驚いていた。
でも、若い私としては、ナスガアルの穴場なんてすごく気になるし。
ダユーネフ国で、研修生としての課題はしっかりやっているけど、使節団の仕事が終わって、魔王城に帰ってから、エイルファちゃんやエリゼッテちゃん、それにマイレィちゃんなどから、「ナスガアルのどんな所に行ったの?」って聞かれて、「表通りを歩いて、クトーマル広場で食事をして石橋から街を見ました」だけじゃつまらないじゃない?
ここは、“通”のドゥモレ男爵さまに地元の人しか知らない穴場を教えてもらって、それを話した方が私の株も上がるってもんじゃない?
翌日の夕方―
使節団の仕事が終わってからドゥモレ男爵さまが連れて行ってくれたのは、ナスガアルから1時間ほど山道を行ったところにある、レッべガアルと言う名前の小さな町だった。
周囲は山だらけで、見渡す限り葡萄畑ばかりだった。これほどの葡萄畑を私は未だかつて見たことがなかった。
「ここは、ダユーネフでもっとも有名な葡萄酒の産地なのですよ。赤葡萄酒、白葡萄酒、淡紅葡萄酒、辛口から甘口、シャンパンのように泡の出る葡萄酒、泡の出ない葡萄酒、酒度の強い葡萄酒、弱い葡萄酒... ありとあらゆる葡萄酒、どのような好みにも合う葡萄酒を作っているんです」
レッべガアルには、ドゥモレ男爵さまと私は一頭の白馬に二人乗りで来ていた。
美しい白馬で、性格もおとなしく、1時間乗っても文句も言わず、疲れも見せなかった。
だけど...
私は一応、馬には乗れるのだけど、二人乗りで- それも男性といっしょの二人乗りなんて初めてだったので、かなりドキドキした。
馬の二人乗りは見たことはあるけど、親子とかが多かった。
男爵さまは、前で手綱を持ち、私は後ろで彼の腰につかまる形で乗ったんだけど...
この形って、わ、私のおムネが、男爵さまにモロに当たっているじゃない?
さては、それが目的で二人乗りにしたのか?(汗)。
穴場と言うから、歩いてナスガアルの市街にまで行くか、それとも馬車で行くかと思っていたのだけど、ドゥモレ男爵さまと待ち合わせたナスガアル城の門の近くで前で待っていたら男爵さまが颯爽と白馬に乗って現れた。
「さあ、行きましょう!乗ってください」
「え?ええっ、二人で乗るんですか?」
ひらりと馬から降りると、私の身体を軽々と持ち上げて馬の鞍に乗せた!
昨夜、晩餐会で別れしなに「明日は、動きやすい服装がよろしいと思います」と言ってたので、白のジャケットに白いシャツ、白のトラウザー、そして鍔広の白い帽子と言う行動しやすい恰好をしていた。
もう夕方なので、帽子はいらないみたいだけど、ダユーネフ国では日が長いので、日が暮れるのも遅いのでおかしくはない。
それにプリシルさまたちから「女性はどんな時にもオシャレを忘れてはダメよ」と“耳にタコができる”ほど聞かされていた。あの助言を私は一日たりとも忘れたことはない。
レッべガアルまでの道中で、男爵さまは、ナスガアル城で行われたアマンダさまとの試合について話してくれた。ダユーネフ国が魔王軍に降伏したあとで、魔王さまがアマンダさまたちを連れて交渉に赴かれた時に起こった事で、私もその話は聞いていた。
何でも、しばらくナスガアル中で話題になるほどスゴイ試合だったのだそう。
「ははは。実を言うとですね、わたくしは試合を口実に、アマンダ王妃を殺してやろうと思っていたのですよ!」
笑いながら言ったけど、私はもうビックリしたの何のって!
「魔王国の方では、どのようにして魔王軍がダユーネフ軍に勝ったと伝わっているのか知りませんけど、ダユーネフ軍の多くの将兵が命を失くしたのです。その償いを、アマンダ王妃に払わせたかった... しかし、アマンダ王妃の腕前は、想像以上のものでした。残念ながら、見事に負けてしまいました」
そう言って、はっはっはっ!と笑った男爵さま。
アマンダさまの強さというのは、魔王城に来てからも事あるごとに聞かされて来ているんだけど、こうして実際に戦った人から聞くとあらためてアマンダさまの強さが実感できる。
まあ、アマンダさまの強さは、鬼人族国の『地獄風呂』で目のあたりにしているんだけどね?
でも、あの時はアマンダさま、ソフィアさんに負けたみたい。
ソフィアさんの強さはすごいなんてものじゃなかった。
ソフィアさんに勝てる者なんていないんじゃない?
「だけど、アマンダ王妃のあの強さは、エルフの強さではありません。尋常ではない強さです」
男爵さまの言葉に、アマンダさまたち四人が“魔王妃”と呼ばれる意味が少し分かったような気がした。
試合には負けたけど「良い試合であった!」と魔王さまからお褒めの言葉を頂いたのだとか。
魔王さまが人を褒めることって- ルナレイラお義姉さまや私みたいな美女を褒める時以外、あまりないから- めずらしいんだよね。
レッべガアルの町は 木組みの洒落た家が並ぶ、童話に出て来るような可愛らしい町だった。
それぞれの家の色は色とりどりで、それがさらに美しさを引き立てている。
「ここは、わたくしの生まれ育った町なんですよ。住民はパンサニディオスの亜種であるユキヒョウ族で、ユキヒョウ族の伝統的な家の様式が、これなんです」
種族の亜種って、けっこうあるのよね。
フェリノディオとかカニスディオとかも、かなり亜種があるし。
そして、種族がそれぞれの伝統とか習慣とかを持っているように、亜種の中には、種族の主流とはちょっと変わった伝統や習慣や言語を維持しているのもある。
レッべガアルの町を歩く人々は、パンサニディオスの特徴である金色や薄茶色の髪をした、すらりとした身体の人が多かった。フェリノディオもそうだけど、これらの種族は本当に身体の線がきれいなんだよね。
それは、私が魔王さまに見初められ、ブリュストン伯爵さまをを恋の虜にし、舞踏会では百人もの貴族が列をなすほどの美しい身体を持っているから言うんじゃないよ?
決して、そうじゃないよ?




