第320章 【別伝】ソフィア・シュテンの日記㉜ 心の葛藤
部屋にもどると服を脱いでバスルームに入った。
最初にシャワーで汗を流し、シャンプーで髪を洗う。
その間にバスタブに湯をためる。
お湯でいっぱいになったバスタブにボディソープを入れ、手で混ぜよく泡立ててから入る。
ゆっくりと脚を伸ばし、泡だらけの湯の中で体を愛でるように洗う。
最初は顔、それから首。胸を円を描くように洗い、腹から下がり、もじゃもじゃとケが生えているところを洗う。手先は自然にもじゃもじゃの中にかくれている〇〇〇をまさぐっていた。
目を瞑り、片手で胸を揉み、もう一方の手で〇〇〇上部の花芽をさする。
気持ち良さが次第に強まり、ゾクゾクするような感覚が波打つように全身に広がり、やがてそれは奔流となって脳を突き抜けた。
「あ...あああ――――…」
ビクビクビク...
痙攣とともに、私はバスタブの中で体を反らし、痺れるような気持ち良さの中に全身をまかせた。
しばらくの間、その余韻に浸る。
めくるめく幻想は時間と空間を越え...
幻想の中で、私は三日月温泉にいた。
そこで、アリシアは、私の胸を揉んでいた。
(そうか。あの緑色の髪の娘ではなく、私を愛してくれるのだな)
「あぁ... アリシア...」
「ふふふ。ソフィア、私を愛しているんでしょ?知っているわよ」
金髪の下の青い瞳が悪戯っぽく私の目を見ている。
「す、好きだ。いや、愛している。最初に見た時から...」
「アリシアさま。浮気をしちゃイヤ!」
緑色の髪の某小国の元王子妃だった娘が、アリシアの右腕にしがみついた。
「アリシアさまは、私の恋人よ!」
琥珀色の目のパンサニディオス族の娘が、豊満な胸を押しつけ、アリシアの左腕に絡みついた。
この娘は、某大国の大統領の娘だ。アリシアの部下には有能・優秀な者が多いが、このパンサニディオス族の娘はとくに優秀で、副総督という要職についている。
「私の アリシアに 対する愛は 決して、お前たちのに 負けない!」
「そんなことありません。私はもっとアリシアさまを愛しています!」
緑色の髪の娘は、さらに強くアリシアに抱きついた。
「鬼人族の分際で、アリシア総督閣下に恋慕の情を抱くなど、不届き千万、万死に値する!」
体格のいいパンサニディオス族の娘が、琥珀色の目で私を睨みつけ脅す。
「鬼人族が、フェリノディオ族を好きになって、何が悪い!」
売り言葉に買い言葉だ。鬼人族を侮蔑することは許さない。
それに異種族間の恋愛や結婚は、テルースの世界では認められていることだ。
「鬼人族のくせに何を生意気なことを言っているの?少し頭を冷やしたら?!」
パンサニディオス族の娘は、近寄って来て私の頭を両手で押さえつけると湯の中に沈めた。
(ブク ッブクブクブク...)
「プハ――――っ!」
息が出来なくなり、お湯を飲みこむ寸前に、私はお湯の中から頭を上げることができた。
周囲を見ると、ここは三日月温泉ではなかった。
アリシアの屋敷の客室のバスルームだった。
どうやらバスタブの中で眠ってしまい、お湯の中に沈んだらしい。
危ないところだった。こんなことは初めてだ。
ふだん飲みなれてない葡萄酒をたくさん飲んだせいだろう。
それにしても奇妙な夢だった。
バスルームから出て、そのまま何も着ずに裸のままベッドに寝転がって考えた。
最近、なぜか奇妙なことが多い。
あのウルグィン洞窟の最奥の大広間での壮絶な戦い...
首を切り落としても、両脚を切断されても、殺しても倒しても向かって来たトロール兵たち。
だが、マリコッチたちはまったく覚えてなかった。
どういうことだ?
三人でしめしあわせて、私をからかっているようではなかった?
ニーナやソレヌは、時たまふざけたりするが、隊長である私がマジメな話をしている時にふざけたりはしない。マリコッチは私に似てマジメなので、ニーナやソレヌに合わせて冗談を言ったりはしない。
そうだ、そうだ。
『ファロスラウグ作戦』は、代替案の『アグラッド作戦』が成功したので実施されなかったのだ。
それにしても、あのヴァスマーヤ王妃の魔法は想像を絶するものだった。
ウルグィン洞窟のあった山岳一帯を消滅させてしまうなど、まるで雷神ディアボニスの生まれ変わりではないか?
いや、雷神ディアボニスは男神なので、豊穣の女神セレさま...は、破滅の女神でも争いの女神でもない、恵みの女神さまなので例えがふさわしくない。
『アグラッド作戦』。
そうだ、そん名前の作戦だった。突撃隊の宿舎として使われていた、ヴォンゴロール城の奥にあるジャハマーリ宮殿の部屋で気持ちよく寝ていたところをたたき起こされ、眠い目をこすりながら真夜中の作戦説明会に参加したのだ...
うーん... あの作戦会議の内容よく覚えてない。たぶん、あまり眠くてうつらうつらしていたのだろう。
その作戦説明会で説明された通り、『アグラッド作戦』はマヒーシュヴァのマーヤという恐ろしい異名を持つヴァスマーヤ王妃がたった一人で出撃した。
そして、あの魔王でさえも怖がらせ、アリシアを散々苦しめたロカ・ヒンドランジャの魔術師たちとウッダジャー太守に率いられたラムラーワ連合の残党どもを殲滅...
うん?
では、『ファロスラウグ作戦』はどうなったのだ?
あれだけ、ラノトイール洞窟で摸擬戦を数十回となく繰り返し、エリュットーニア魔術学校の校庭でガバロス親衛隊の連中と猛訓練をしたのは... 『ファロスラウグ作戦』のためだったではなかったのか?
いや、『アグラッド作戦』が成功したから、『ファロスラウグ作戦』は中止になったのだ。
しかし、ウルグィン洞窟最奥の大広間と呼ばれた大空洞では、あれだけ激しい戦闘が行われたではないか?大広間のもっとも奥まったところに敵の隠れ家があり、そこで屈強なトロール警備兵と熾烈な戦いをした。
そして、ゼラたちヴィンイスタリーの激しい攻勢に劣勢となった、あの皺だらけの褐色エルフの魔術師フラヒシュワ長老たちは、死者復活魔法というおぞましい魔術で、戦闘で死んだ魔術師やトロール兵たちを蘇らせ、我々戦闘部隊を襲わせた。
あれは本当に気味が悪かった。すでに死んでいるヤツらなので、いくらヴィンイスタリーたちの魔法で倒されようが、ヴァナグリーの強烈なシッポの一撃で背骨を折られようが、ガバロス親衛隊や突撃隊の剣やグレイブなどで首や腕足を切られようが、脚がなくても、這いずってでも襲いかかって来るのだ。
しかし、あの死に損ないのヤツらも、ミタンの妖女姉妹― アンジェリーヌ王妃とジョスリーヌ王妃の信じられないような、夢を見ているような信じられないような魔法― 氷の竜と火の竜によって、死に損ないどもは氷漬けにされ動けなくなり、それから火の竜の火炎で炭にされてしまった。
氷の竜と火の竜?
まさか、あれは幻想だったのか?
先ほど、バスタブのお湯の中に沈んで危うく溺れ死にしかけた時に見た、三日月温泉の出来事のように?
どうも記憶が定かではない。
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コンコン。コンコン。
ドアがノックされた音で目を覚ました。
「隊長、起きておられますか?そろそろ始まりますから、ご用意をして出て来られた方がいいんじゃないですか?」
ドアの外からマリコッチの声が聴こえる。
「わかった。すぐに着替える」
「じゃあ、下で待っています」
ベッドでマッパダカのまま寝入ってしまっていた。
急いで魔都で買った『リスイーム』ブランドの新しい下着をつけ、これも今日買った、灰色がかった《ライトスティール》青紫色の花柄入りでレースがついたノースリーブ・ミニドレスと同色のケープという服装にした。
ミニドレスは『アーリー』ブランドだ。アリシアにカワイイと言われたくて、勇気を出して買ったヤツだ。ヒザ上のスカートなど中学生くらいまでしか穿いたことがない。それ以降はほぼパンツルックだ。
鬼人族国の公式の催しで、子爵として参加する時にドレスを着たことはあったが、すべてロングだった。
十数年ぶりのミニドレスは、膝がスース―するし、ドレスの裾から股までは手のひらほどの長さしかないので、階段では下着が見えてしまうではないか?気を付けよう。
今回、アリシア総督は、彼女を散々苦しめて来たロカ・ヒンドランジャの魔術師たちとラムラーワ連合の残党どもを全滅させたことをアングルスト国の問題がすべて解決したことを祝って、報告会に参加するために魔都に来た、『ファロスラウグ作戦』と『アグラッド作戦』作戦参加者...
結局、『ファロスラウグ作戦』は実施されなかったのだが、作戦を考案したアリシア総督の参謀たち、それに『ファロスラウグ作戦』のために連日猛訓練をした私たち突撃隊、ガバロス親衛隊、緊急展開部隊の指揮官や幹部たちをねぎらうために、総督の屋敷で行われる夕食会に招待したのだ。
と言っても、ガバロス親衛隊の ジライジャケンミリトゥリオン隊長や緊急展開部隊司令官のエルゼレン伯爵やマスティフ将軍、マーゴイ将軍たちは魔都に屋敷を持っているので魔都には帰省したことになるのだが。
私とマリコッチたち3人は、アリシアの好意で彼女の魔都邸に泊めてもらうことになった。当然だが、アリシア総督の主だった部下たちも総督の屋敷に宿泊することになっている。
夕食会はアリシアの屋敷の広い庭で行われた。
まだ暑さが残るこの時期、こういう催しを開放的で広い場所でやるというのは最善の選択だと思う。
芝生の上には、四つのイスと白い丸テーブルがセットになったものが適当な間隔で置かれており、すでに到着している招待客たちが、葡萄酒のグラスを片手に談笑しており、子どもたちが元気にキャーキャー叫びながら走り回っている。
アリシア魔都邸の夕食会
庭には肉を焼く香ばしい匂いが漂って来て、腹がグーギュルギュルと鳴った。
小さな電球がたくさん吊るされ、幻想的な感じがする庭を見渡すと、顔見知りの者があちこちにいるのが目に入ったが、アリシアは見当たらない。
先ほど階下に下りた時、メイドに訊いてみたら、すでに帰って来て庭にいると言っていた。おそらく、この広い庭のどこかにいるのだろう。
「ガラフ・エルゼレン伯爵さま、奥さま、こんばんは!」
もっとも近いテーブルに座っていた緊急展開部隊の司令官と彼の妻― 名前は知らない― にあいさつをした。
「おお、ソフィア子爵殿。『ファロスラウグ作戦』が実施されなかったのは残念であったが、鬼人族国の突撃隊の猛練習ぶりはとくと拝見させていただきましたぞ!」
ウルフディオスの司令官は、目を細めて突撃隊を褒めてくれた。
「あなた。こちらの方は... 鬼人族国の突撃隊の?」
「おう、すまん。こちらは、ソフィア・シュテン子爵殿だ。あのテルースで知らぬ者はおらぬ、鬼人族国突撃隊の隊長をなさっておる」
「あなたが、あの有名な!初めまして。ガラフの妻のマルグリットです。シュテン子爵さまにお会いできて光栄です」
伯爵と同じウルフディオスの初々しい妻は、頬を染めて頭を下げた。
“花も恥じらう”と言う言葉がぴったりのエルゼレン伯爵夫人。おそらく年齢は、私とあまり変わらないだろう。
「これは、 メギルウィンド子爵殿の娘なのですよ。生涯独身でも構わないと思っていましたが、メギルウィンド子爵殿にぜひ娘をもらってくれと懇願されましてね」
エルゼレン伯爵は種族の体質なのだろう、筋肉質だが長身でほっそりして若く見えるため、20代に見えるが、30歳を超しているとマリコッチが言っていた。
「去年、メギルウィンド子爵殿にマルグリットと引き合わされた時に、これにゾッコン惚れこまれましてな。私は32歳、これは19歳。12歳も年が開いているので躊躇したのですがな。そこまで惚れてくれているのならと、しかたなく結婚したのです。ガッハッハッハ!」
「だって...ガラフさま、とても素敵だったんですもの」
マルグリット夫人が頬を染めて伯爵を見上げる。
エルゼレン伯爵夫妻の次は、ガバロス親衛師団のアーレリュンケン師団長と妻のラクジャナさん、グシッケン副師団長と妻のサエジャナさん、それにジライジャケンミリトゥリオン隊長とオルガシャラ夫人。そのそばのテーブルにはザロッケン君と妻のルミシャラ、ロミッケン君と妻のマルリシャラにあいさつをした。
ザロッケン君はセンチュリオン、ロミッケン君は副センチュリオンで、二人ともエリュットーニア魔術学校の校庭で毎日猛訓練をした仲だ。
情報通のマリコッチによると、ザロッケン君の妻のルミシャラちゃんは、アーレリュンケ師団長とラクジャナの娘で、ロミッケン君の妻のマルリシャラちゃん、はグシッケン副師団長とサエジャナさんの娘だそうで、師団長と副師団長は、ガバロス族の最高の地位と2番目で、ガバロス族の中ではもっとも権力を持っているのだそうだ。
しかし、そのガバロス族の最高権力者たちを実際に背後で操っているのが、ラクジャナ師団長夫人やオルガシャラ副師団長夫人たちなのだとか。
いや、それはガバロス族の女たちが一族を牛耳っているということではなく、しっかりと家を守り、女同士の強い連帯で一族の統率と団結を維持しているということらしい。
そして、彼女たちの力が明白に示された好例が、魔王の協力― 正確にはアマンダ王妃とプリシル王妃の構想と協力なのだが― で作られたルークヘルムというガバロス族の町だ。
ガバロス族は、もともとダユーフネフ国とテアスジム国の国境にあるリュンケンミセリ山脈を棲み処としていた。それがミタン国に流れて来て―
これには、少々込み入った事情があって、説明していると長くなるので省略するが― ミタン国の奥地にやって来たガバロス族が、村を襲って略奪をする蛮族となっていたのを魔王が懲らしめた。
ガバロス族は魔王に忠実を誓い、以来魔王軍の先鋒となってヴァナグリーとともに重要な戦いにおいて活躍をし、魔王軍の勝利に大きく貢献して来た。
魔王国が建国されたあとは、魔王に許可をもらって魔都郊外にガバロス族の町を作って、そこに住んでいるのだが、彼らが最初に作ったたガバロス族の町が、先に述べたルークヘルムという町だ。
そもそも、アーレリュンケン族長に率いられたガバロス族が、リュンケンミセリ山脈から食糧を求めてミタン国の奥地にやって来た時、最初に来たのは男(オスというのが正確か?)たちだけだった。
男と言う種族は、大体においてだらしなく、不衛生で整理嫌いにできているらしい。
それで、アーレリュンケン族長たちオスどもがミタン国にやって来た時、木の葉で屋根をふいた掘っ建て小屋を建てて山中に住んでいた。それで、後にその場所に家族を呼んでいっしょに暮らすようになったのだが…
オスどもは、そこらへんどこでもションベンをし、大は近くの藪の中に入ってするという、まったく不衛生な生活をしていたらしい。
ラクジャナたちガバロス族の女が来た時、集落のあまりの不衛生さと臭さに仰天し、家族が子どもと安心して暮らせる衛生的で環境の整った部落を作ることを女たちは決心し、それを魔王に相談したところ、魔王はアマンダとプリシルに、ガバロス族の一大集団地― ガバロス族の町の建設計画を立て、指導するように命じた。
そして生まれたのがルークヘルムだ。少々引用が長くなったが、だからラクジャナたちガバロス族の女たちは賢明だし、実行力を持っているため、アーレリュンケン族長であろうが誰であろうが、妻たちには頭があがらないし、ガバロス族の男どもは、女たちの意見をよく聞くのだ。




