第32章 魔王の情け
数日後の夕食のあと。
いつものように、夕食のあとで暖炉のある部屋ですいーつを頂きながらお茶を飲んでいると―
「あれっ?グロッピンさん、マルカの肩を抱いて出て行くよ?」
ビアの声に出口の方を見ると、グロッピンさんとマルカがまるで恋人同士のようにして、仲良く出て行くところだった!
グロッピンさんとマルカは、正式に交際をはじめたとは聞いていた。
あの様子を見る限り、二人の関係はかなり発展しているみたい。
グロッピンさんとマルカは40歳以上年が離れている。
そんなに離れていても、恋って生まれるんだ。
グロッピンさんは、今はただの侍従だ。
公爵であった時のように資産を持ってないし、権力も持ってない。
だから、マルカが打算でグロッピンさんとつき合っているとは考えにくい。
一方、グロッピンさんは夫人を失くして以来、女なしで生きて来ている。
男って、いくつまで女を必要とする、いや、女を抱けるのか知らないけど、やはり、女ナシって辛いんだろうな...
私は男じゃないからよくわからないけど、お父さまが、マイテさまお一人だけでは不自由しているってのは、よくわかる。
お父さまは、まだ35歳になったばかりで男盛りの年齢。
おまけに、レオニディオと言うのは、精力が強いので有名な種族。
週に五日間、マイテさまお一人で我慢しなければならないお父さまは可哀想だと思う。
週に二日しかお父さまに抱かれないお母さまとモナさまも可哀想だけど、こればかりはしかたがない。
娘である私には、何もできない、どうにもならない問題。
グロッピンさんとマルカの交際を私たちは応援し、恋が実を結ぶことを願った。
グロッピンさんは、お父さまのお父さま、つまり、おじいさまの時代から仕えて来た忠臣。
マルカは、グロッピンさんほど長い期間ではないけど、やはり私たち家族に尽くして来てくれた。
この二人の恋の応援なら私たちにもできる。二人に幸せになって欲しいと誰もが願った。
お父さまの問題は、お母さまたちにもどうにもできないので、せめてマルカの恋の成就を応援することで、お父さまの件で何も出来ないのを紛らわせたかったのかもしれない。
しかし、お父さまの問題は、ひょんなことから想像もしないような展開を見せることになった―
お父さまとマイテさまが魔王城で開かれた披露宴に参加した時、プリシルさまとマイテさまが、お話をされたらしい。その時にプリシルさまが「ヤーダマーの塔で何か不自由していることなどありませんか?」と聞かれた時に、マイテさまは「デルンさまが、マイテ一人だけでは寂しい」とこぼしているとプリシルさまに話したらしい。
もちろん、マイテさまは、“わたくし一人では、物足りないという意味をこめて- お話しになられたのでしょう、とモナさまは私にそっと教えてくれた。
マイテさまが第二王妃であったことから、お母さまは常に尊敬をもってマイテさまに接して来たので、マイテさまの個人的な事には決して口を挟まない。
王宮における身分制度では、身分や階級が“下の者”は、“上の者”に対してそうするのがふつうなのだ。だけど、もはや王族でなくなって3年近く経ったこともあり、若いモナさまはあまりそんな身分制度を気にしなくなっているようで、年が比較的近い私によくマイテさまなどの“個人的事情”を教えてくれる。
「こんなことは、ふつうなら話さないのですけど、アリシアさんも15歳になって、オトナの仲間入りをしたので、この際知っておいた方がいいと思うので言うのですけど... 実際、レオニディオのアノ方は、スゴイのよ...」
モナさまが言ったことは、私たちがヤーダマーの塔に住んでいたころに、お父さまとその妻たち- マイテさま、お母さま、それにモナさま- との“寝室での激しさ”を嫌と言うほど聴かされていたのですごくよく理解できる。
「あなたにだけ話すのだけど、お城にいたころも、デルンさまはクレメア王妃さまだけでは足りず、かなりの侍女に手を付けられて、それでわたくしたちが選ばれることになったの」
これは初耳だった。なるほど、お父さまって、そのころからお盛んだったのね?
三人の妻で保たれていた夫婦関係だけど、お母さまとモナさまが魔王城に住むことになってから、マイテさまお一人の肩にすべてがのしかかるようになった。
精力の有り余っているお父さまを一人で相手するというのは...
まあ、私は、夫婦の行為と言うのをまだ知らないので、どれほど大へんなのか(それとも気持ちいいのか?)知らないけど、レオニディオであるお父さまのお相手と言うのは、モナさまの話を聞く限りでは、かなり大へんなことらしい。
「そして、たぶんプリシルさまは、マイテさまから聞いたことを魔王さまにお伝えしたのでしょう...」
とモナさまは、“わたくしの推理に間違いないわ”みたいな顔で続けられた。
そして、お父さまたちの“事情”を知った魔王さまは、ルナレイラお義姉さまと結婚できたことへのお礼としてか―
「わかった。ゲネンドル殿が好むような若い美女を必要なだけ調達して、ヤーダマーの塔で仕えさせるがいい」と命令されたらしい。
そして、一週間後。
何と、六人の若い娘が選ばれて、ヤーダマーの塔で侍女(側女)として仕える(お父さまの寂しさを紛らわせる)ために送られることが決まったことを知らされた。
「ついでに、ヤーダマーの塔を、もっと住みやすくする改築が行われるんですって!」
お母さまもかなりおどろいていた。
その知らせがあってから三日後―
ヤーダマーの塔で暮らすことになった新しい侍女たちが、プリシルさまに連れられて来て、私たちに紹介された。
レイナ カニスディオ18歳
コリーヌ セルヴィニディオス20歳
ノージャ タイガニディオス族18歳
ロジーネ ラビットディオ 19歳
ゾエ エルフ族 18歳
パラウ エルフ族 17歳
いずれも二十歳以下の娘ばかり。
「これから、デルンさまのお世話をさせる者です」
プリシルさまの言葉に、一斉に頭を下げる若い侍女たち。
「よろしくお願いいたします」
「よろしくです」
「がんばります!」
「一生懸命やります!」
「い、一生懸命にお仕えします」
「たいへん光栄です!」
健気そうな娘たち。
みんな、私より少し年上、ルナレイラお義姉さまくらいの年。
みんな、大きなカバンを持って、肩や背中に旅行袋を下げたり担いだりしている。
「ご挨拶が済んだら、ヤーダマーの塔に出発します」
プリシルさまの後ろには、新しい侍女たちを送って行く役目を仰せつけられたらしいガバロス親衛隊のザロッケン君ともう一人の親衛隊隊員がいた。
挨拶を住ませた若い侍女たちは、もう一度頭を私たちに下げて出て行った。
週末には、新しい侍女たちが、ヤーダマーの塔でうまくやって行けているのかを見るために、お母さまたちといっしょにブリュストン伯爵さまを伴って行ってみた。
ブリュストン伯爵さまとは、彼が作戦などで忙しくない限り、週末にお会いして市内を散歩をしたり、ガジーマ観光をしたりするようになっていた。
ヤーダマーの塔では、もっと住みやすくするための大改築が行われていた。
なんと、塔に隣接して大きな母屋が建設されていた!
「母屋には、新しい侍女たちのための部屋、広いリビングルームにキッチン、ダイニングルーム、それにお風呂まで付くんですって!」
侍女のタンニイが、目を丸くして工事の進む様子を見ながら教えてくれた。
タンニイは、40歳を超える侍女で、娘から孫の面倒を見るために帰って来てくれと言われているそうな。
もう一人の古参侍女のバラメさんは、「もう年を取りましたから、若い娘が来るのを機会にお暇を取らせていただきます」とマイテさまに言ったらしい。
まあ、六人も新しい侍女が来れば、使用人のギトスさんと合わせて七人となり、これだけ人数がいれば十分にお父さまたちのお世話をすることができるだろう。
お父さまは、どうだったかって?
もう... 若い侍女たちにデレデレで、一日中、彼女たちの尻の後を追っかけていたわ(汗)。
って言うか、若い侍女たちをとっかえひっかえ寝室に連れて行って、食事の時だけ顔を出すくらいだった(汗)。
マイテさまも、ようやく“大任”を果たし終えたような安堵の顔をされていた。
後日、マイレィちゃんから聞いた話では、あの娘たちは、全員それぞれ出戻りとかワケありの娘たちで、かなりの給料をもらうことで侍女兼側女になることに同意したんだとか。
週休二日制で、いい給料をもらって、いい家に住む。
ワケありの娘たちにとって、これほどいい職業はないだろう。
あ、もちろん、週休はそれぞれずらして取るようになっているらしい。
「デルンさまが、欲求不満の問題を解決したのはいいのですけどね...」
「今度は、わたくしたちが、孤閨をかこつことになりそうですわね」
ある日の夜、夕食のあとで私たちの部屋に来たモナさまが、お茶を飲みながらお母さまと話しているのを聞いた。
「こけいをかこつって、何ですか?」
「あ、失言、失言。もう遅いから、部屋にもどって休みますわ。おやすみなさい」
モナさまは、そそくさと帰って行った。
「孤閨って言うのはね... 夫が長く不在の時に妻が寂しさを感じることを言うのよ」
「そう...」
お母さまが、詳しく説明してくださらなくても分かった。
つまり、お父さまは、若いピチピチの侍女たちばかりを抱いているので、お母さまとモナさまは“忘れられてしまっている”ということなのだろう...
娘としては、かなりフクザツな気持ちだ。もし、私がブリュストン伯爵さまと結婚していて、伯爵さまが私より若い娘とばかり寝るようになったら...
そりゃ、面白くないわよね?
でも、そんな状況にある人はほかにもいる。
そう、身近にいる。魔王さまの王妃たちだ。
そして王妃さまたちの中でも、とくに魔王妃と呼ばれるアマンダさま、プリシルさま、リリスさまとハウェンさまの四人は、魔王さまのもっとも古い、いや、古い妻と言う言い方は適切ではないかも。
“妻としての年季の長い女性たち”と呼ぶべきだろう。
彼女たちは、お母さまたちほど年はとってない。
アマンダさまは26歳とかって聞いたし、プリシルさまは25歳、リリスさまとハウェンさまは、それぞれ24か23歳くらいのはずだ。
だけど、アンジェリーヌさまとジョスリーヌさまは、それぞれ22歳と21歳で、アイフィさまも同じくらい。
モモコ大王さまは24歳とか聞いた。リエルさんは20歳で、エリゼッテちゃんは18歳。
ヴァスマーヤさまは18歳と若く、アレクさんに至っては15歳と私と同じくらいの若さだ。
そんなに若い妻たちがいれば、魔王さまの関心は、当然、若く新しい妻に向くだろう。
その王妃群に今度は17歳の超美女ルナレイラお義姉さまが加わったのだ。
いくら26歳だ、25歳だ、24歳だと言っても、魔王さまは夜伽- いや、私も語彙が豊富になったものだ。こんな言葉もおぼえた- の相手には、若くピチピチした妻たちを選ぶのは当然だ。
魔王様の前での魔王妃さまたちの言動を見る限り、プリシルさまやリリスさま、ハウェンさまには、ほかの若い王妃たちに対する競争心と言ったものはあまり感じられないが、アマンダさまには強くそれを感じる。
まあ、人それぞれで、だからと言ってプリシルさまやリリスさま、ハウェンさまの魔王さまに対する気持ちというか愛情が薄いと言うわけじゃないと思う。
きっと、アマンダさまの方が愛情深いというか、魔王さまに対する愛情の表現が素直なのだと思う。
でも、私はアマンダさまを非難しない。
腕っぷしが強くて、頭がよくて、魔王さまから絶大な信頼を得ているアマンダさまを私はすごく尊敬している。
そりゃ、最初の頃は私も魔王さまが怖かった。
いや、正直言うと今でも怖い。だけど、魔王さま一筋のアマンダさまは、女性の行き方として素晴らしいと思うし、彼女の心は澄んでいると思う。
私も、そんな風に男の人を愛してみたい。
それがブリュストン伯爵さまなのか、魔王さまなのかは…
まだ心では決めていないけど...




