第26章 魔王の居ぬ間に温泉
岩壁にそって歩き、壁が途切れたところに出た。
そこが地獄の入口じゃない、地獄温泉入口らしい。
目の前にはおどろおどろしい色の煮えたぎった血がたっぷりある池があった。
「これが“血の池地獄”と呼ばれる温泉よ!」
「血、血の池地獄!」
「まさか、敵軍の兵士の血で...」
「ヒック!わたくしは...遠慮しますわ」
「うぃ~!あたしも遠慮する!」
「あ、あ安心してぇ。本物の血じゃないからぁ!血の池って、名前だけでぇ、中身はフツーの温泉ですってぇ。鉄分が多いのでぇ赤い湯ってことよぉ」
リンマイユお姉さまが冊子を見なて、慌てて追加説明をする。
近づいてみると、たしかに血の色ではない。手を入れてみると少し熱い。40度を超えているみたい。
「『地獄温泉』にわぁ、この“血の池地獄”以外にもぉ、ほかの温泉もあるからぁ、最初にぃ一応、全部見てしまいましょうぉ!」
リンマイユお姉さまが冊子を見ながら、ずんずん奥へと進む。湯気がすごいので、前を歩いている人と距離を摂りすぎたら、迷子になりそうだ。
血の池地獄をぐるっと回っていくと、今度は黄色い湯のある温泉だった。
川のように黄色い湯の流れが続いていて、そして黄色い湯の表面には、ぽこんと何やらグレーの色のモノがいくつか出ていた。
みんなが近づくとそのグレーの色のモノがすーっと近寄って来た。
「え?あれ何?」
「気持ち悪い!こっちに来るわよ?」
「こほん!ここわぁ、鬼鰐池地獄よぉ。えーっと... あ、ここここ!この温泉のワニわぁ 歯を抜いているのでぇ 誰にも害はしませんって、書いているわぁ!」
「歯がないって、どうやって餌を食べるんですか?」
「入れ歯とか? キャーハハハハ!」
エイルファちゃんとエリゼッテちゃんが、おかしなことを言って笑っている。
「いくら歯で噛まれないって言っても、鰐におムネとかなめられるのはイヤです ヒック!」
「歯のないお口で、オシリパクってされるかも?うぃ~!」
酔っ払い二人も尻込みしている。
鰐のいる鬼顎温泉にかかっている橋をわたって、小さな岩山のわきから出ると、薄緑色の湯をたたえ静かに湯気を上らせている温泉に出た。
ここもかなり広い。中に5、6メートルほどの高さの岩山があちこちにあって、その岩山から湯が流れ落ちている。なんとも情緒ある湯だ。
「これが三日月地獄温泉よ!」
冊子を手に、どーんとした立派なおムネを張ってリンマイユお姉さまがみんなに言った。
湯気がもうもうとたっているためよく見えないけど、三日月のように湯殿が湾曲しているので三日月地獄と呼ばれているみたい。今まで見て来た温泉の中で、もっとも“地獄らしくない”温泉だった。
「三日月地獄わぁ 三日月の形をした湯でぇ、美容にもいいんですってぇ...」
「ワタシ、ここがいい!」
「アタシも!」
「ここには血もないし、ワニさんもいないので、ここにします ヒック!」
「わたしもここがいいわ。美容、美容 うぃ~!」
「私もみなさんと同じです」
「この先にわぁ かまど温泉もあるって書いてあるわぁ」
リンマイユお姉さまは、まだ案内を続けたそうだったけど、みんなはもうこのあたりで温泉に入りたいみたいだった。ということで、満場一致で、ここに入ることが決まった。
壁際に温泉水が3メートルほどの高さから流れ落ちているところがあった。
そこでざっと体を洗ってから温泉に入った。
ふぅぅぅ――――…
温かいお湯が、身体の中に染みこんで来るみたい。
目をつぶって、極楽の気分を味わっていると、
魔王さまにムチ打たれた日のことを、なぜか思い出してしまった...
あ、またお股のアソコがビリビリする
おムネのボタンもヒリヒリ感じる(汗)
忘れよう、忘れよう
悪い白昼夢だと思って忘れよう
美容にいいという三日月温泉に浸かって
身も心もゆっくりと休めよう...
それにしても、今日は朝からおどろくことの連続だった。
最初、家族だけで祝う成人式のはずだったのが、ブリュストン伯爵さま、デュドル公爵夫妻、アイフィさま、リエル・エリゼッテ姉妹、エイルファちゃんなども参加することになり、リンマイユお姉さまが主体となって計画されたらしい、“思いがけない贈り物”として、鬼人族国のガジーマ城の豪華なホールの舞踏会で踊ることになった。
舞踏会でブリュストン伯爵さまと初めて踊った。
心躍るような、夢のようなひと時だった。ブリュストン伯爵さまのあとで、モモコ大王さまのお父さまの泰山王、いや、あれは称号で、ガァンツックさんというのが名前だと言っていた- とも踊り、そのあとで魔王さまとも踊ることになった。
魔王さまは、故意なのか、普通のお話のつもりで聞いたのか知らないけど、ムチ打ちのことを私に思い出させ、私は踊りながら、魔王さまにムチ打たれたところが、なぜかビリビリ感じ、なぜか胸がドキドキした。
「私は、おまえを決して諦めん。心して聞いておけ。必ず、あのク〇・ブリュストン伯爵からおまえを取りもどしてやる!」
魔王さまは、軽やかに踊りながら、私の耳元に囁いた。
ク〇なんて下品な言葉を、魔王さまが使っちゃいけませんよね?
って、あれっ? 魔王さま、私のことは潔くブリュストン伯爵さまに委ねたんじゃなかったの?
えええ――?
“魔王さま、まだ私に執着なさっていたの?”
「うむ。猫耳美少女は、おいそれと見つからんからな...」
ともおっしゃった。
え?まさか、魔王さま、私の考えていること読めてないよね?
おそらく、私が彼の目をじーっと意味ありげな目で見たので、頭の回転の速い魔王さまは推測したのよね?
「それに、おまえは、ムチで打った時の反応がとてもいい...」
おい、魔王さんよ、そこかい?(汗)。
曲が終わり、魔王さまは私をドキドキさせ、かなり頭を混乱させてから、一礼して離れて行った。
「.........」
魔王さまが私の耳元で囁いた言葉を反芻しながら、アマンダさまたちのいるところにもどって行く魔王さまの背を見ていると、後ろから声をかけられた。
それも複数の男性から!
「アリシア王女、一曲お相手を...」
「アリシア王女、今度は儂と踊って...」
「いや、宋帝王、年功序列で俺が先だ!」
「何を言っておる、五官王。ここは、若い私に花を持たせて...」
「泰山王、おまえはさっき踊ったじゃないか?」
「二度踊って何が悪い?」
「おまえは後から来ただろう?後ろに並べ!」
「走ってワシを追い抜いたくせに?」
ぎゃあああああああああ!
ツノを生やしたオッサンが10人!
いや十王が列をなして、私との踊りの順番を待っていた!?
当然、10人のツノを生やしたオッサンと踊るハメになったのだけど―
彼らは見かけとは全く違って、とっても紳士的だった。それに踊りもけっこう上手だった。
「いやあ、光栄ですな!ギャストン伯爵の息子が、フェリノディオの娘に惚れたらしいと聞いた時は、どこのネコの骨に、と思ったんですが... あ、失礼!」
閻魔大王という、十王の中でもっとも威厳を感じさせる長く立派な黒いツノを生やしたオッサンが、彼らが私のことを知った時、どう思ったかを意外と正直に言ってくれた。
「ブリュストン伯爵がゾッコンと言うフェリノディオの娘が、これほどの可愛い娘さんだったとは!」
秦広王という、もっとも落ち着いた感じのツノを生やしたオッサン、いや十王の一人は、そう言って目を細めた。
“百聞は一見に如かず”とは、魔王城に来てから習った言葉だが、まさに十王がそれだった。
私は十王のオッサンたちにすごくモテたが、妹のビアもかなり引っ張りだこだった。
ビアは、ルナレイラお義姉さまや私などのように、魔王さまとの関係が深くない。
願わくは、ツノを生やした若い美男鬼人でも見つけて結婚して欲しい...
そんなことをうつらうつらと極楽気分で考えていたら―
「キャ―――っ!」
「ヒィ―――っ!」
「誰、わたしのオシリなめているのは――?!」
「なに、これ?ワニ、ワニよ――っ!!」
「こわ――い!」
突然、けたたましい叫び声が聞こえて来た。
バタバタっと数人が走って来る足音がする。
「ちょっと、なに、あれ?あの温泉、ワニがいたじゃない?」
「本当にビックリしちゃったわ!わたしのオッパイをペロンペロンなめるんだから!」
お湯が流れ落ちる音に混じって、聞こえて来る声は、アンジェリーヌさまとジョスリーヌさまだ。
ほかにも数人いるらしく、騒々しくおしゃべりをしている。
「私もオシリなめられました!」
「私も!」
「あのワニさん、どんな調教をしているのか知らないけど、変態です!」
「でも、ミカエラさんとヴァスマーヤさんは、鬼鰐池地獄が気に入ったみたいよ?」
「人それぞれですからね...」
アンジェリーヌさまとジョスリーヌさま、それにミカエラさまとヴァスマーヤさま?
もしや、魔王国の王妃さまたちが、みんな来たのかしら?
「やはりこの三日月湯が無難ですね...」
「ここにしますか、お姉さま?」
「私はかまど地獄に入ってみたいわ!」
あれは、プリシルさまの声だ。
「かまど地獄、私は魔王さまといっしょに入ってみたいわ」
これはアマンダさまの声。
「わたしもどれだけの熱さに耐えられるか試したいわ!」
「うふふ。魔王さまとどっちがもっとも長く熱さに耐えられるかの競争してみたいですわね!」
リリスさまとハウェンさまの声も聞こえる。
間違いないわ。魔王国の王妃さま、全員集合みたい!
「あ――っ、ここ、ここ!ここがいいわ!」
「ここが三日月温泉?いいじゃない!」
「血の色してないし、変態ワニもいなそうですね!」
「わたくし、ここに入りますわ」
「わたしも!」
ザブザブと数人が入って来た。
「ヒック!アンジェリーヌさんにジョスリーヌさん?」
「あら、アイフィさん、ここに入っていたの?」
「わたしもここにいるよ――っ!うぃ~!」
「なんだ、リエルちゃんもなの?」
「アイフィは おとなしく入ってまーす... ヒック!」
「なんだ、リエルちゃんとは、ご挨拶ね?うぃ~!」
ブクブクブク...
アイフィさまは、酔っぱらっているのを見られたのが恥ずかしいのか、お湯の中にもぐってしまった?
アンジェリーヌさまたちに続いて、アマンダさまたちが入って来た。
だけど... アマンダさま、ハダカなのに剣を手にもっている?
用心深いのか、それともお守り代わりなのか?
さすがに剣を持ったままお湯に入ることはなかったが、近くの壁に立てかけた。
「アリシアちゃん、15歳のお誕生日、おめでとうね!」
「ありがとうございます。プリシルさま」
「誕生日おめでとう。みんなからの贈り物は、部屋に送っておいたわ」
「ありがとうございます。アマンダさま」
「15歳になったのね?おめでとう!」
「アリシアちゃん、おめでとう!」
リリスさまとハウェンさまもニコニコ笑って、祝ってくれた。
ザバザバとお湯をかき分けて近づいて来たプリシルさまを見ると―
え?... おムネのボタンが、赤くなっていた? アマンダさまのぼーんと見事に出たおムネのボタンも赤い!近くにいるリリスさまとハウェンさまを見ると―
やはり、赤い...
「ああ、これね...」
私の視線に気づいたプリシルさまが、困ったような笑みを浮かべた。「アリシアちゃんをムチ打って、なんか、昔の趣味がまた目覚めたらしくてね...」
アマンダさまを見ると、私の視線に気づいて横を向いた。
そして顔が赤くなった?!
あれは、ハダカを見られて恥ずかしいとか言うのじゃなくて、
私と同じように、魔王さまから彼女の“神聖な区域帯”やボタンを打たれたということを、私に知られたので恥ずかしがっているのだと分かった。
「ほかの方は、まだみたいだけど、私たち、魔王妃は順番にお部屋に呼ばれてムチ打たれたの...」
プリシルさまも、その時のことを思い出しているかのように顔を赤らめた。「まったく、魔王さまが覚醒すると何をするかわかりませんものね...」リリスさまがため息混じりに言えば
「でも、あのムチ... ピシって当たったら痛いんですけど、何と言うか... 痛さのあとに快感... あ、ごめんさない、アリシアちゃんには、まだ早いわね、こんな話...」
「よしなさい、ハウェン」
「はい。申し訳ございません」
アマンダさまが、ハウェンさまに注意をし、ハウェンさまがすぐに謝った。
「......(私を見て)でも、アリシア王女も、もう子どもでもないし、私たちより先にムチの洗礼を受けているのだから...」
「話してもいいですわね、アマンダ?」
「どちらでもいいわ!」
また赤くなって横を向いた。
アマンダさまって、けっこう可愛いところのある女性!(笑)
「先客がいたか!」
威圧感のある声が響いた。
みんなが、一斉に声の方を見た。
そこには、足を広げて力強くどっしりと立っている
鋭い目つきの顔つきの若い女性がいた。
その手には、先端に刀身が反った大きな刃がついている槍のような武器をもっていた。




