第24章 魔王、苦虫を嚙み潰す
美しく成人式のドレスに着替えて、いざ、お父さまたちがお待ちになっているテントに赴こうとしてテントから出ると―
そこは見慣れたヤーダマーの塔の庭ではなく、豪華な大ホールだった!
奥行き100メートルはあろうかというホールには、重厚な雰囲気が漂っていた。
天井からぶら下がっている眩い明かりをキラキラと放っているいくつもの大きなシャンデリア。
円弧状の天井には美しい天井画が一面に描かれており、壁の上方には半円形の明り取り窓がいくつもあり、壁際には大理石の見事な支柱が等間隔で並んでいて、その間に立派な彫刻が置いてある。
明らかに、ここは魔王城の大ホールではない。
魔王城の大ホールは、アンドゥインオスト城の大ホールだったものを魔王さまが大改装したもので、豪華ではあるが、歴史の重さを感じさせない、新しい様式のホールになってしまっていた。
しかし、この大ホールの空気には、何十年、何百年間という月日、この大ホールで行われて来たであろう舞踏会の騒めき、成人式で美しく着飾った王侯貴族の娘たちから発散されたであろう香しい女の香り、舞踏会で踊る男女の心の動悸、息遣い、恋の溜め息、想っている男性に踊りに誘われなかった娘の涙... そんな“さまざまな歴史”が凝縮され、漂っているのを感じさせた。
そして、大ホールの奥の一段高いところには、中央の玉座にモモコ大王さま、その横に魔王さまがいらした!玉座の前には、左右に5人ずつのすごく怖そうな顔をした大柄の鬼人たちが並んで座っていた。
彼らが鬼人族十王だと言うことはすぐにわかった。そのうち、数人は魔王城で見たことのある顔だったし、何よりもみんな王冠を頭にかぶっていた。まあ、モモコ大王さまのかぶっている王冠がもっとも大きく、立派なので大王にふさわしいのだが。
そして、アマンダさまとプリシラさま、それにリリスさまとハウェンさまが、その十王の横におられた。それにバカ伯爵じゃない、ブリュストン伯爵の父親のギャストン伯爵の顔も見えた。
彼らは立ったままだった!
なるほど。ここは魔王城ではないから、鬼人族国における序列にしたがっているのだとわかった。
ちなみに、鬼人族国と言うのはふだん私たちが呼んでいる国名だが、正式な国名はラーシャアグロス王国と言う。鬼人が住んでいると言うこと、鬼人族国と呼んでいて、鬼人族たちもそう呼ばれることを嫌がってないし、彼ら自身もそう呼ぶことが多い。
「モモコ大王さま、十王のみなさま。本日は、アリシア・ミラーニア・ゲネンドル王女さまの成人式舞踏会のために、『冥界の間』を使わせて頂き、ブリュストン・ヤンロリグレン・ギャストン伯爵、心から感謝いたします!」
ブリュストン伯爵は、頭を下げ、優雅に大王に一礼した。
「うむ。ほかでもない、イーデルとリンマイユの頼みでからな!シュテン一族のために一肌脱がなくては大王たる資格がない!」
モモコ大王さまは、鷹揚にうなずかれた。
大王さまの後ろには、先端に刀身が反った大きな刃がついている槍のような武器をもった、若い女性鬼人が立っていた。黒地に金の肩章と金色ボタンのついたジャケットに黒のピッタリしたロングパンツ、そしてひざまである黒長靴。ロングパンツとジャケットの袖には赤いラインが入っていて、中々素敵な軍服だ。
どうやら大王の護衛らしい。見ると、大ホールの要所、要所に同じ服装の護衛が立っていた。
「モモコ・ベンケー・シュテン大王さま、わたくしの成人式のために、このような歴史ある、立派なホールを使わせて頂き、大へんありがとうございます。このご恩は末代まで忘れることはございません!」
私も、純白のドレスの端をつかみ、片足を後ろに下げ、もう一方の足を曲げるレディーの礼儀でお礼を申し上げた。
「うむ。たとえ戦争で国が破れたとは言え、おまえは立派な王女だ。それにイーデルが子どもの時からの友であるブリュストンが、おまえにゾッコンと言うのであれば、私としても盛大に成人式を祝ってやらねばならぬ」
モモコ大王の言葉は、外交辞令とわかっていても、ジーンと胸を打った。あやうく涙が流れるところだった。
「重ね重ね、お礼を申し上げます」
「俺からもお礼を重ねて申し上げます。本当にありがとうございました!」
「うむ。魔王もな、鬼人族国との友好の証しとして、ブリュストンがアリシアと交際することを認めた。これで両国の絆はこれからもずっと安定しつづけるであろう。ギャーッハッハッハ!」
モモコ大王さまは、自分の夫の“オンナ”を一人減らせたと考えたのだろう、愉快そうに大笑いした?
“両国の絆はさらに強まる”と言わず、“両国の絆は安定”と言ったあたりに、魔王さまが、私とブリュストン伯爵の交際のことで、まだゴチャゴチャ言うようであれば、鬼人族国は黙っておらんぞ!という圧力が見える?(汗)。
「モモコ大王、しかし、私が認めたのは交際だけだ。この先、アリシア王女が誰と婚約し、誰と結婚するかはまだ決まっていないし、私も決定はしていない...」
魔王が苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
「それでよいのだ!」
モモコ大王がうなずくと、それが合図だったのか、大ホールの一画に待機していた楽団が軽快な音楽を奏ではじめた。
「アリシア王女さま、一曲お相手願えますか?」
ブリュストン伯爵さまが、私に近づいて、踊りに誘った。
「はい。よろこんで!」
伯爵さまに誘導されて、ホールの中央に移動する。
ヤーダマーの塔の庭のテントから、急に鬼人族国の豪華な大ホールに移動したのに動転し、またモモコ大王さまと魔王さま、それに怖そうなツノを生やしたいかついオッサンたち、いや、十王たちが居並んでいたのに目を取られて気がつかなかったが、ブリュストン伯爵さまも衣装替えをしていた。
白いシルクのシャツに刺繍がいっぱい施された白いベスト、その上に青の、これも美しい刺繍で飾られたジャケットを着ていた。いや、伯爵さま、お似合いすぎ、美男鬼人過ぎるでしょ?
「アリシア王女さま、おどろきましたか?」
軽やかに音楽に乗って踊りながら、ニッコリと笑って聞いた。
胸がドキッとし、心臓がギュウっと痛くなった。
「は、はい。急にこのような素敵なホールに来たので、気が動転してしまい、何をモモコ大王さまに申し上げたか、覚えてもいません...」
「はははっ!あの白ヒゲ・エルフじいさんの作ったドコデモボードは、本当に便利な魔法具です!」
やはりそうだった。
移動魔法でここに来たんだ。それにしても用意周到に計画したみたい。
踊りながら、ホールの両脇にある椅子席を見ると、お父さま、お母さま、マイテさま、ルナレイラお義姉さま、モナさま、アイフィさま、リエルさん&とエイルファちゃん姉妹、エリゼッテちゃん、マイレィちゃん、ビアたちが、うれしそうな顔をして伯爵さまと踊っている私を見ていた。
お父さまとお母さまの目には涙が浮かんでいた。
自分が、王であったなら、必ず盛大に祝い、行っていたであろう成人式を舞踏会を、“他人の好意”でやってもらっている...
申訳ないというお気持ちでいっぱいであろうし、また、自分が行っていたであろう華麗で豪華な舞踏会でうれしそうに踊っている私を見て、“もう大人になったか...”と感無量でいることだろう。
気がついたら、曲が終わっていた。
「アリシア王女、本当にありがとう!そして、大人の仲間入り、おめでとう!チュッ!」
ブリュストン伯爵さまが、踊りのお礼を言ってくれ、オデコにチューをしてくれた!
顔が真っ赤になったのがわかった。
「キャ―――っ!」
「ワォ―――っ!」
「伯爵さまっ、オデコじゃなくてクチビルに――!」
「15歳の初キスを乙女の唇に――!」
みんなが騒いでいる。
口にキスとか言っているのは、エイルファちゃんとエリゼッテちゃんだ(汗)。
「モモコ大王さま、それに魔王さま、重ねてお礼を申し上げます」
ブリュストン伯爵さまは、私の手をとったままで、大王さまと魔王さまにまたお礼を述べた。
「そして、この機会に、正式にゲネンドルさまとラーニアさまに、俺とアリシア王女との交際を承認していただきたいと思います!」
“ゲッ?それは、もうお父さまもお母さまもすでに承認されていることでは?”
聞いた瞬間、そう思った。そして、すぐに分かった。
これは魔王さまに対する“公然な挑戦”なのだと。
「ブリュストン伯爵殿、まだ至らぬところの多い娘であるが、将来の結婚を前提にした交際であると言うのであれば、我が輩、いや、私は承認しよう!」
あっちゃ――っ!お父さま、真に受けて、あんなことを言っちゃっているわ?
「わたくしも、夫の意見の通りでございます」
お母さまも、私が魔王さまの囲い者になるくらいなら、ブリュストン伯爵の妻となってくれた方がいいらしい...
「善哉、善哉!鬼人族も国をあげて、伯爵、おまえの交際が結婚式にまで発展することを支援することを約束するぞ!」
「はは――っ。ありがたき幸せ!」
ゲゲゲの10乗!!!
モモコ大王さままでも、お父さまとお母さまの言葉を利用して、魔王さまを牽制している?
「鬼人族国ならび魔王国の最高指導者、及び重鎮の出席のもと、これだけの演出をアリシア王女一人の成人式のためだけにするのは勿体ない...」
モモコ大王が片手を前に出して、みんなを静める。
ん?何かモモコ大王さま、またビックリさせるようなことを用意しているの?
「ガジーマ城での舞踏会など久しくなかったことだ。いみじくもアリシア王女の言った通り、長い歴史があるこの立派なホールも、使わねばその存在価値がなくなる。よって、今日は特別にシュテン一族の中から成人に達した女子たちを招いて盛大に大舞踏会を開くことにした!」
楽団が、賑やかな音楽を奏ではじめると、入口からそれぞれ華麗なドレスを来た鬼人娘たちが、次から次へと大ホールへ入って来た。
ゾロゾロと... それも5人や10人ではない、その数、ざっと見て100人くらいだ!?
「ふふふ。驚かれたでしょう?この娘たちは、本当に全員シュテン一族の娘なのよ。もっとも、今年成人になる娘は30人くらいのはずで、あとは久しぶりの舞踏会だと言うので、おしゃれをして踊りに来た娘たちでしょうけどね!」
ブリュストン伯爵さまに代わって、私の手をとって踊りを願い出たデュドル公爵さまが、軽やかに踊りながら教えてくれた。
「それにしても、こんなにもたくさん?」
「シュテン一族と言うのはですね、モモコ大王さまの家族だけの家名だけではないのです。
「え?」
「十王も全員、シュテンという家名なのです」
そう言って、楽しそうにツノを生やした美しい鬼人娘たちと踊っている、いかつい十王たちを目で示した。
なーるほど。そういう訳か。
そりゃ、これだけ娘がいるはずだ。
本家だけで10家。それに分家が加わると...
そして、それが何十代も続くと、一族といっても相当な数になるもんね。
最初聞いた時は、モモコ大王さまが彼女の属する一族の大きさを誇示するための演出だと思ったけど、みんなピチピチの若い娘ばかりだった。
年増の鬼人オバサンもシワだらけの鬼人オバアチャンもいなかった。
一曲が終わると、公爵さまはお礼を言ってもどって行った。
「アリシア王女さま、ワシと一曲お願いできますかな?」
「ヒッ!」
思わず悲鳴が出ちゃった(汗)。
目の前に立ちふさがるように立っていたのは―
ごっつい体格のツノを生やしたオッサン、じゃない十王だった?
「怖がらなくてもいいですよ。ワシたち、顔はこんな顔ですが、戦いの時以外はやさしいんですよ?とくにあなたみたいな可愛い女性にはね!」
たしかに... その十王さんの目は、ウシさんか馬さんの目みたいにやさしかった。
「紹介が遅れましたが、ワシはガァンツック・ヘイロン・シュテンと言う者です。十王の中では泰山王の称号で知られております」
私の5倍はありそうな体重の割に、軽やかにステップを踏んで踊りながら、話してくれた。
「ワシは、ほら、あそこで椅子にふんぞり返っておる娘の父親なんです」
「ええっ?モモコ大王さまの...? お・と・う・さま?」
「はい。8年ほど前までは、ワシがあそこに座っておったんですがな...」
「え?あそこに座っていたとおっしゃると...」
「はい。鬼人族国の大王でした...」
色々と訳アリそうだけど、踊りながら聞けるような話でもないので、曲の終わりとともに、お話も終わった。
「いつか、機会がありましたら、ぜひブリュストン伯爵といっしょにわが家に遊びに来てください」
どうもありがとうございました、と頭を下げてもどって行った。
鬼さん、いや、泰山王さん、見かけによらず優しい鬼さんだった?
鬼人族国では、8年前に大王が父親から娘に代わったってことなんだろうけど、単なる王位継承だけじゃない、なんか、ちょっとワケアリみたい。
“8年ほど前は、ワシがあそこに座っておったんです”と言った時の、泰山王さんのお顔に、一抹のさびしさみたいながちょと浮かんだのを感じた。
「ネコ耳お嬢さん、私と一曲お願いできますか?」
聞きなれた声にふり向くと、魔王さまが微笑みながら立っていた?!
「は、はい!」
反射的に答えてしまった。
いやあ、あの日、魔王さまの部屋でさんざん命令されたんで、条件反射が身についてしまったのね(汗)。
「成人式、ひとこと言ってくれれば、アマンダに言って、これにも優る舞踏会を魔王城で開いてあげたんだが...」
負け惜しみみたいなことを魔王さまは踊りながら言った。
「申し訳ございません。私もこんな事を準備していたなんて知らなかったんです」
「そうだろうな。おまえの言葉を信じよう」
「ありがとうございます」
「あの日、おまえの大事なところをムチで打った。傷はつけなかったつもりだが、あとで出血とか痛みとかなかったか?」
「い、いえ、何もなかったですっ」
あの日のことを思い出して、顔が赤くなるのがわかった。
そして...
ビリビリとお股のアソコとお胸のボタンが痛みだした?
“えええ―――ッ?ナニ、これ―――?”




