第112章 アリシア伯爵は商機を逃さない②
ゾオルの繁華街に『マオウナルド』第一号店を開店した。
魔王国政府の全権公使としてゾオルに着任してから3ヵ月後のことだった。
『マオウナルド』第一号店を開店するまでは、長い、本当に長い道のりだった。
領地でも、秋播きセカボ麦の収穫が5月から始まっており、領地内の食料事情も少しは改善し、領主としてほっと一息つけた感じだった。
現在、私の収入は、魔王国の公使としての月給金貨25枚に外国赴任手当などが金貨毎月20枚と年末金貨75枚で年棒金貨615枚。それに、魔王国伯爵として年棒金貨800枚プラス年末手当金貨150枚だ。
副業のレッべガアル産葡萄酒の販売事業の方では、月に平均して金貨50枚から60枚ほど儲かっているけど、この利益はすべて使っていいわけではない。
そう。年末年始とか、エタナール感謝祭とか大量に消費される時期のために葡萄酒を余分に仕入れて倉庫に保管しておかなくてはならないのだ。
それに加えて、今度は西ディアローム帝国でも販売が始まるので、レッべガアルの領主エドディガさんに言って、さらに購入量を増やさなければならない。
* * *
『マオウナルド』のゾオル第1号店の開店については、魔王さまから許可が出たあとで、魔王国政府営業の飲食業を担当されているリリスさまと詳細を詰めて契約を締結した。
契約内容は、自己資金が金貨1000枚、売り上げの25パーセントを商品名使用料金と宣伝費として毎月魔王さまに支払うという奇妙な契約だった。
当然、私は現金をそれほど持ってない。いや、銀行には金貨が1万枚ちょっとあるんだけどね。あれは魔王さまから融資してもらったお金で、ゲネンドル伯爵領の投資金なので手がつけられないの。
それで、『マオウナルド』の契約を結ぶときに銀行に預金していた“自由に使える”お金は、金貨5千235枚だったので、それで現金で支払った。
えっ、以前、持ち金は金貨125枚大銀貨142枚、銀貨58枚、銅貨31枚で、資産のほとんどはレッべガアル産葡萄酒の販売事業に注ぎこんでいるとかって言ったのに、なんでそんなにお金が急に増えたのかって?
私の魔王国伯爵としてのお給料は、前述したように年棒金貨615枚。
かなり高給取りみたいだけど、伯爵としての暮らしを維持するのはお金がかかる。
交際費、衣装費、維持費とかって結構お金かかるし、使用人のお給料も安くはない。
使用人は、メイドとか従僕とかはそれほどお給料高くないけど、執事とかになるとメイドの15倍ほどのお給料を払わなければならない。
それにレッべガアル産葡萄酒の販売事業の方へもお金を回さなければならないし、領地の方でも新しく雇うことになった経営代理人のグロッピンさんとか、経営管理士のアーチュルさんとか、新しい使用人とかかなり出費が続いている。
金貨
そういった理由で、余っているお金なんかなかったんだけど、どうして私の資産(持ち金)が急に増えたかと言うと―
私が西ディアローム帝国政府代表と行った、例の東ディアローム帝国の領土割譲問題で、魔王国と鬼人族国がそれぞれアングルスト帝国領とベルミンジャン王国領を占領後に自国領とすることを西ディアローム帝国政府側に認めさせ、さらに魔王国と繋がりの強いミタン王国とボードニアン王国のために東ディアローム帝国東部の領土をこの二国へ割譲させることを西ディアローム帝国政府認めさせることが出来た。
それに加えて、北の強国ドヴェルグ王国のために、東ディアローム帝国の北部一帯をドワーフたちの領土とすることも西ディアローム帝国側に認めさせた。
この私の交渉結果を知って驚き喜んだこれらの同盟国政府は、私の“功績”にそろい合せて伯爵号を叙爵することを決め- おそらく、このことについては各国政府間でいろいろと水面下協議がなされたのだと思う- そして、さらに報酬というか、褒賞として金貨を下賜してくれたのだ。
伯爵の称号は、すでに西ディアローム帝国と魔王国から頂いているので、正直言ってこれ以上欲しくない感じだけど、せっかくくれると言うものを断ると外交問題に発展しかねないので、有難く叙爵させていただく旨を公式に伝えた。
で、報酬はどれほどだったかと言うと、各国政府から別途送付されて来た公式書簡を見ると、鬼人族国からは褒賞として金貨500枚と伯爵としての年に金貨960枚。年末手当はなし。
ドヴェルグ国からは、褒賞として金貨500枚、伯爵として年に金貨900枚。年末手当はなし。
ボードニアン王国からは、褒賞として金貨500枚、伯爵として年に金貨600枚。年末手当はなし。
ミタン王国からは、褒賞として金貨500枚、伯爵として年に金貨360枚。年末手当はなし。
という、かなりうれしい褒賞内容だった。
当初、私は褒賞は一時金だけだと思っていたんだけど、お給料ももらえるって予想外だった。
これって、毎月金貨235枚の増収ってことで、年に2千820枚も金貨が余分に懐に入るという計算になり、これほどうれしいことはない!お金っていくらあっても足りないものね。
まあ、これから日にちを決めて、新しく爵位をあたえてくれた国を訪問し、叙爵式に参加しなければならないという堅苦しく面倒なんだけど、それは向こうの都合とこちらの都合を検討して決めることになるんだけど。
『マオウナルド』をゾオルに開けることを決めた最大の理由は―
私が情報分析室の室長だった頃、魔都で毎日食べていたトリプルビッグバーガーにフライドポテトとマオウ・コーラが、ゾオルに来てからは食べられなくなったという厳しい現実にさらされたからだった。
それは私だけでなく、私の可愛い部下たちも同じで、西ディアローム帝国のエテルナール教総本山からやって来たロニア、アマラ、ミンタちゃんたち元輔祭の娘たちも、西ディアローム帝国の田舎育ちのミルイーズちゃんも同じだった。彼女たちも魔都に来てから、すっかりマオウナルドとフライドポテトとマオウ・コーラの愛好者になってしまっていた(汗)。
「伯爵さまっ、あたし、トリプルビッグバーガーとフライドポテトを毎日食べないと生きているって感じません!」とアマラちゃんが大げさに言い
「私もマオウ・コーラがなつかしいです」
とロニアちゃんがさびしそうに言えば
「私はご飯よりビッグバーガーが好きです!」
「トリプルビッグバーガーとマオウ・コーラのない生活なんて...」
ビースーとロナミちゃんも口をとがらせ
「「「「「「これ以上、耐えられませ―――ん!」」」」」」
ビースー、ロニアちゃん、ミンタちゃん、ロナミちゃん、クレーラちゃんとモニッケちゃんが、異口同音で窮状を訴えた?
「わ、私もゾオルに来てからビッグバーガーとマオウ・コーラを摂ってないので魔力が下がったみたいです」
大使館付きの魔術師ユビィラちゃんのひと声が、ゾオルに『マオウナルド』の店を開ける交渉を魔王さまとする覚悟を決めさせた。
西ディアローム帝国との領土問題が解決した翌週、私は報告を兼ねて魔王国へ帰還した。
魔王城の会議室で、魔王さまご臨席のもと、アマンダ、プリシル、リリス、ハウェンら王妃、それに外務大臣スティルヴィッシュ伯爵、経済・貿易大臣ペンナス伯爵、軍事大臣ギャストン伯爵、農業・漁業・工業大臣ベルジオン侯爵、科学・通信大臣リンジーアム伯爵らが出席して行われた。
私は首席書記官のフローリナちゃん、秘書のミルイーズちゃん、ビースー、ロニアちゃんアマラちゃん、ロナミちゃんら7人とともに出席した。
敵も多いので、友軍も多くしたわけ。
会議には、スティルヴィッシュ伯爵さまとペンナス伯爵さまがご出席されるのは分かっていたので、ビースーとロナミちゃんも加えた。こうした配慮が大臣方の心証をよくし、後々大臣たちがより一層私に協力してくれることになるのよね。
私やフローリナちゃん、それにロニアちゃんとアマラちゃん以外は、魔王さまを近くで見るのは初めてなので、ビースーやロナミちゃんたちはすっごく緊張していた。
「フローリナさんとお会いするのは2月以来ね? どう、アリシア伯爵の下で働くのはもう慣れた? ロニアさん、それにアマラさんは、ゾオルでの反乱の時、アリシア伯爵といっしょにすごく頑張ったって聞いているわ!」
ペンナス伯爵さまによる会議開始の挨拶のあとで、プリシルさまが笑顔でフローリナちゃんたちを見ながら言った。彼女が、私の部下たちの緊張を解くために言っているのだとわかった。
プリシルさまは、いつもほかの人のことを気遣うやさしい方なのだ。
「はい。伯爵さまは、とても素晴らしい方です」
フローリナちゃんが頬を染めて答える。
「あの時は、一生懸命でした!」
「私も無我夢中でした」
アマラちゃんは胸を張り、ロニアちゃんは真っ赤になった。
彼女たちのそんな様子を、じっとりとした視線で見ている男がいた。
いや、男って呼んだら不敬罪になるかも知れない。
魔王さまだから、御仁と呼ぶべきかも知れない。
そうなの。魔王さま、元輔祭の娘たちに目を付けていたんだよね。
それに、キャルニボル大統領の娘のフローリナちゃんも秘書のミルイーズちゃんもすごい美女だからね。
せいぜい私が“魅了能力”を最大限に使って、私のそばにとどめておかないとね(汗)。
でないとアマンダさまたちを失望させちゃうわ。
私は20分ほどかけて、西ディアローム帝国政府との交渉経過と交渉によって得られた結果を淡々と報告した。魔王さまとお歴々の前には、あらかじめ作成させていた報告書が配られており、私はそれを確認の意味をこめて読み上げただけだ。外交官とかになると、こういう退屈なこともやらなければならない。
読み上げたあとで、出席者は質問したいことなどあれば質問する。
「コホン!それで、アリシア伯爵殿は、今回、魔王国の全権公使として西ディアローム帝国政府代表と交渉して、我々が予想もしなかった成果を魔王国ならびに我らが同盟国にもたらした!」
ギャストン伯爵さまが、ふうっと大きく息をついて言った。
「それも、実質的には三日間で成し得たと大使館の参事官より別途報告を受けておる。参事官が何という名前だったか失念したが」
「内部閲覧資料では、エイルボット子爵となっています」
スティルヴィッシュ伯爵さまの言葉をペンナス伯爵さまが補足する。
官僚主義というか、お役所ってこんなものだ。
通常の正式経絡で送られる報告書のほかに、別経路で送られる報告書もあるのだ。
上司は、双方を見て実際に何が起こったかを把握しようとする。
まあ、その方が確実と言えば確実なんだけど、その実、私一人からの報告書を疑っているということなのよね?
「うむ。駐在武官のハソルム男爵からも同様の報告書を受けておる。『ゲネンドル伯爵閣下の論理の展開には、マンジブラリ将軍も甚だ感服しましたが、小職も甚だ脱帽した次第でございます』とか書いてあったぞ?ガ―――ッハッハッハ!」
軍事大臣のギャストン伯爵が、最後にいつものバカ笑いをして報告した。
「ゴードムセロウ外相も、ゲネンドル伯爵の状況分析の鋭さ、および各国の内部事情に精通しているのに驚いていたとエイルボット子爵は報告していましたぞ!」
ギャストン伯爵に続いて、スティルヴィッシュ伯爵も大きくうなずいて付け加えた。
うむむ... あのウルフニディオス族の武官さんも報告書を送っていたのか?
大使とか公使とかも大へんだな。
って、他人事じゃないんだけど。
公使公邸で、私が部下たちといっしょにお風呂に入っていたとか、
裸同然で部下たちと巨大ベッドで寝ていたとかチクられてないかしら?
「確かに、今回のネコ耳の交渉結果は、至極満足できる内容だ」
魔王さまが口を開いた。
「ネコ耳がどのようにして、あの頭の切れるキャルニボル大統領や疑り深いとして評判の高いガナパティ厩役伯爵などを納得させたのかわからないが、確かに賞賛に値する」
あのねぇ、魔王さま、私を“ネコ耳”ってみんなの前で呼ぶのはやめていただけませんか。
私にはアリシア・ミラーニア・ゲネンドルという、親がつけてくれた立派な名前があるんですよ?
「アリシア伯爵殿からの要請で、農業省から農業技師を西ディアローム帝国政府のゲネンドル伯爵領に数名送り込んでいますが、領民の伯爵殿に対する評価は想像以上にいいようです。あ、アリシア伯爵殿、申し訳ない。これは報告ではなく、先日、魔都に一時帰国した農業技師と会話をした時のものです」
ベルジオン侯爵が、報告書ではないこと強調する。
「うむ。私もおかげで舅であるアドリアン・ドゥ・バーボン王とオルガス・ラウドン・ボードニア王に顔向けが出来るし、モモコ大王からも3ヵ月間魔王国に来ないと脅かされることもない」
魔王さま、けっこう舅さんたちに気を使っているらしい?
それに、やはりモモコ大王さまが苦手みたい。
「ドヴェルグ国のドンゴ・ロス王にも貸しを作ったことになりますしな」
「うむ。今後、わが国がドヴェルグ国の協力が必要な時、貸しを返してもらうとしよう」
「それはいい考えですな、魔王さま!」
魔王さまも大臣たちも、私の交渉結果に大へんご満足のようだ。
「私が、みなさまの予想を超えた成果を西ディアローム帝国政府との交渉で得ることが出来たとしたら、それは私の優秀な部下たちの事前準備などのおかげです」
そう。私は一人で交渉にあたったのではないのだ。
手ごわい交渉相手と交渉するにあたっては、十分な下準備と周到な用意が不可欠だ。
それらをやってくれたのが私の部下たちなのだ。
私は、部下たちの働きや努力も機会があればちゃんと褒める主義だ。
部下たちは、急に自分たちの仕事ぶりを魔王さまや魔王妃、それに有力大臣の前で褒められて、びっくりしている。
ビースーやロナミは、私の誉め言葉を聞いて誇らしげに自分の娘たちを見る父親- スティルヴィッシュ 伯爵とペンナス伯爵- を見て、赤くなった。
(でも、きっと心の中ではすごくうれしいだろう)
「それで、今回のネコ耳の予想を超える成果についての褒章だが...」
魔王さまは、そんな大臣父娘の様子を興味深そうに見ていたが、私の方を向いて口を開いた。待っていました、その言葉!
「それにつきましては、私の西ディアローム帝国政府との交渉に関する報告についての会議が終わってから魔王さまに個人的にお話ししたいと思っています」
「ほう。私に個人的に?」
魔王さまがカッコいい眉を片方つり上げた。
「それでは、これ以上ゲネンドル伯爵殿にご質問などありませんでしたら、本会議はこれにて終了させていただきます」
ペンナス伯爵の言葉で報告会議は終わった。




