第111章 アリシア伯爵は商機を逃さない①
三日目の会議で、私は東ディアローム帝国の占領後、西ディアローム帝国が獲得することになる東ディアローム帝国の領土を示した。
テルースの世界線引き(最終案)
まあ、これまでに鬼人族国、ドヴェルグ王国、ボードニアン王国、ミタン王国への東ディアローム帝国の領土割譲分を示しているので、残ったのは西ディアローム帝国への割譲分になるわけで、誰が見てもここしか残ってないという“引き算の結果”になるだけだけど、これがいわゆる落としどころとなるわけ。
これによって西ディアローム帝国政府も国民に「我々は、同盟諸国と丁々発止の議論の末に西ディアローム帝国にこれだけの領土を確保することが出来た」と大いに胸を張ることができると言う訳だ。
領土問題は、これで見事にすべて解決した。
キャルニボル大統領による会議の総括みたいな小演説のあと、参加者たちは会議室から退出して行った。エイルボット子爵もハソルム男爵も私に挨拶をして大使館へ報告書を書くために帰って行った。
キャルニボル大統領は、今日いっぱいを会議のために開けておいたらしく、ちょうど昼食前だったので「いっしょに昼食をとりませんか?」とのお誘いを受けて、大統領官邸の中の食堂でいっしょに食事をすることになった。
大統領といっしょに食事をしたのは、軍務大臣であるガナパティ厩役伯爵、外務大臣のゴードムセロウ侯爵、ヒポポタディオスの将軍・マンジブラリ伯爵、それに珍しいことに皇帝衣装係のヴルペス侯爵だった。
私の方は、首席書記官のフローリナちゃん、秘書のミルイーズちゃん、ビースー、ロニアちゃん、アマラちゃん、ロミナちゃんの7名。あとは、報告書作成などのために大使館へもどった。
昼食は、トリゴ粉を水で練って焼いた薄いパン状のものに、アトゥンやサリレなどの刻み肉をエライアー、塩コショウで味付けしたものやエスペナにジルジランをまぶしたものとか、獣の肉以外は何でも挟めると言う軽食に葡萄酒か果物ジュースだった。
軽く胃袋を満たしたあとで、そのまま喫茶室へ移り、お茶を頂きながらざっくばらんな話しになった。
「いやあ、公使殿があれほど交渉に強いお方だとは知りませんでした」
ゴードムセロウ侯爵が、先をピンと上に撥ね上げるヒゲを弄りながら感心した口調で言った。
「まったくですな。事前の我々の調査にも、“年が若すぎる”“魔王の信頼厚い貴族”くらいしか情報が入っておりませんでしたからな」
マンジブラリ将軍が、小さなバケツほどの大きさのコップに入った水をガブ飲みしながら言う。
「ゾオル反乱事件の折の伯爵殿の智謀を見れば、なぜそれほど魔王陛下が信頼されているか分ったのではないですか?」
皇帝衣装係のヴルペス侯爵が、葡萄蒸留酒をおいしそうに飲みながら言う。
ヴルペス侯爵は、ゾオル反乱の時、私たちといっしょに戦った貴族で、あの日、私がどんなことをしたのかよく知っていた。
「皆さま、私を過大評価しすぎです」
「ご謙遜を。それにしても、あなたほどの若い方が、政治経験も外交的駆け引きもずっとあると思っていた私たちを見事に納得させることが出来たと言うのは、少なからず驚きました」
お茶を飲んだあとで、おいしそうに葉巻たばこを吸いながら大統領が言った。
「正直な話し、最初ゲネンドル伯爵殿を見た時は、なぜ魔王国はこんな若輩を... おっ、どうも失礼しました」
「いえいえ、ゴードムセロウ侯爵さま、お気にせずに。誰でもそう思うのが当然です。案外、魔王さまもそのあたりを狙って私を公使に任命なさったのかも知れません」
「こう言ってはまた失礼になるかも知れんが、ゲネンドル伯爵殿の言葉には、聞くものを信用させるモノがあるんですな」
「たしかにマンジブラリ将軍の言っている通りだ。お父上のデルン・ゲネンドル王陛下は、それほど弁論が達者であったとは聞いてないが、お母上に似たのですかな?」
「いえ。母は魔都で教師をしておりますが、理論派ではありません」
ヤバっ。これって、やっぱりあの日、アマンダさまたち魔王日四人とアンジェリーヌさまとジョスリーヌさまが魔王さまが、これ以上若い妻を増やさないように秘密会議をした時に、マイレィちゃんが覚醒してくれた“魅了能力”と“信頼能力”が効果を発揮しているんだ。
「ところで... 私も西ディアローム帝国に一応領地を持つ貴族なのですけど、西ディアローム帝国の経済状態って芳しくありませんね」
「あははっ、そうでしたね。ゲネンドル伯爵は、わが国の伯爵でもありますからね」
「大統領、アリシア殿は、最初にわが国で伯爵に叙爵されたのであろうが?」
「その通りです、ガナパティ伯爵殿... アリシア殿も西ディアローム帝国の領地持ち貴族になったのであればすでにご存じでしょうが、長年に渡る戦でわが国の経済は大へん疲弊しております」
「工業の発展している魔王国と違って、わが国の経済の基幹は農業なのだが、農村は男手を兵役に駆り出され、おまけに近年は、あまり長いこと戦争ばかりやっておるのでエタナールさまが怒られたのか、旱魃、冷害、水害と自然災害ばかりでしてな。ただでさえ農民不足で少ない収穫が、さらに減収して踏んだり蹴ったり...天罰としか言いようがありませんな」
ゴードムセロウ侯爵さまが、溜息交じりに吐露するように言った。
「ゾオルでは、穀物の不作による値段高騰に加え、絶対必要量が不足しているため、都民はかなり苦しい生活を強いられているように見られます」
「まったく面目ないことです」
キャルニボル大統領が肩を落とす。
「私が拝領した領地は、アングルスト帝国との国境にあります」
「おう、そうであったな。何でも魔王国から最近、異種族の農民たちを入植させ始めたと聞きましたぞ?」
「はい。魔王さまのご了承を頂き、ガバロス族1万人とドワーヴァリ族2万人が、領地の北部と南部に移住し始めました」
ゲネンドル伯爵領の移住計画、早くもゾオルでは知れ渡っているようだ。
「資金もかなりの額を魔王国の銀行から融資してもらったと聞きましたが?」
ヴルペス侯爵さん、伊達に皇帝陛下の衣装係をやっていない。よく情報をつかんでいる。
それにしても、魔王国の内部情報筒抜け過ぎるんじゃない?
「多少の融資は受けましたが、数年間は農作物では利益を上げることは困難な状況ですので、収穫を増やすために魔王国から移住民を連れてきて耕作面積を増やし、それによって税収を増やすことを計画しています」
「そうそう、税金と言えば、ゲネンドル伯爵領では、人頭税を無くし、さらに大幅な減税をするとか?人頭税に代わり、1ヶ月に銀貨4枚のギルド費を徴収するとか?それで、領地の経営うまくやって行けるのですかな?」
「ゴードムセロウ侯爵さま。領民は人頭税、地代、収穫に対して6割の租税など重税に苦しんで来ています。このままでは、領民は餓死するか食糧不足で病に倒れるか、逃亡するしかありません。まずは、税を軽くして領民の生活を少しでも楽にして、働く意欲を持たせ、労働によって生活が向上させたいと考えております」
「かなり理想論のような気がしますな」
ゴードムセロウ侯爵の言葉には答えず、肝心の事を切り出した。
「ゾオルで反乱が起こった原因の一つに、食糧不足による食糧費高騰があります...」
「確かにその通りです」大統領が大きく頷く。
「西ディアローム帝国では、近年農作物の収穫量が天災や農村での人手不足から不足気味とは言え、西ディアローム帝国全体の収穫量は、各地の貴族が備蓄している分も合わせると十分なだけの穀物量があると思います」
「たしかにな。儂も領地に少なからず備蓄があるが、あれは万一のために保存しておるのだ」
「ゴードムセロウ侯爵さまのお考えは間違ってはいません。しかし、実際のところはそれだけではありません」
「うん?それだけではないと言うと?」
「問題は、流通の問題です」
「なに、流通の問題?」
思いもかけなかった私の答えに、意外そうに私を見る。
いや、みんなが私を見ている。
「はい。領主は、収穫した穀物で利益を得ることを目標としていますが、現在の西ディアローム帝国では、各領主が領内を通過するすべての他領地の生産物や商品に10パーセントの関税が課せられていて、それが遠方からの農作物の最終価格を押し上げているのです」
「たしかにな。大きな消費のある町、たとえばゾオルの場合は、ゾオルまで穀物などが運ばれるのに、ほかの貴族の領地を五つも六つも通らなければならない場合は、各領地でそれぞれ10パーセントの通行税を課せられるとすると最終的な価格は原価の5倍から6倍になり、それに輸送費を加えると、とてもではないが市民が買えるような価格ではなくなる」
「領地が遠方であればあるほど、その領主は領地で生産される農産物で利益を上げることが難しくなると言うことになる!」
「しかし、関税、通行税と言うものは昔からあって...」
「関税の代わりに、売上税10パーセントを適用することにしてはどうですか?」
「なに、関税に代わって売上税を?」
「興味深い案ですね」
「たしかに。最終消費者が売上税を払うだけであれば...」
「ゾオルへ送られてくる穀物や食糧などの値段もかなり下がりますな!」
「食糧費が下がれば、都民の不満も下がるでしょう」
「これは、大統領、検討するだけありますぞ?」
「しかし、自国領で作られる工芸品や鋳物とか刀剣とか、または軍馬などの商品が、他領土産の商品の価格と競争できない場合、自国領の工業や商業は潰れてしまう!」
「ほかの領土から持ち込まれる農畜産品や商品、工業製品、手芸品には、必要に応じて10パーセントから50パーセントの課税をすればいいのです。それにより領土内の農業・工業・商業などを守れることになります」
「おお!それは名案だ!」
「たしかに」
「大統領、その線で検討を進めてみましょうぞ!」
「そうですね。税制改革で食糧の価格が下がれば国民は安心するでしょうし、各地に領地をもつ貴族も利益を得ることが出来るので一石二鳥となりますね」
「さらに東ディアローム帝国の領土がわが国に割譲されれば、政府に対する国民の信頼も大きくなるでしょう。皇帝陛下もさぞやご満足するものと思います」
ヴルペス侯爵の言葉で、私の提案事項はほぼ決定となった。
ちなみに、魔王国では、魔王さまがすべての領地を国有地とした時以来、関税、通行税などと言ったものはすべて廃止されている。そのためもあって、魔王国の農産物や工業・工芸製品などは国際競争力が強いという利点がある。
私は、それを真似て提案しただけなのだが、西ディアローム帝国政府がすんなりと認めてくれたのには少々驚いた。でも、これでゲネンドル伯爵領で収穫できた農産物を高い通行税を払うことなく、ゾオルで販売出来ることになる。
帰りの馬車の中では、大騒ぎになった。
「伯爵さま、今日の昼食後のお話し、すごかったです!」
「キャルニボル大統領も大臣さまたちも感心していましたね」
「あれで、ゲネンドル領の農産物も問題なくゾオルへ送って売ることが出来ますね!」
「これで、領地経営の改善の見通しが出来ましたね!」
ビースー、ロニアちゃん、アマラちゃん、ロミナちゃんたちが、興奮したように言った。
私が提案した東ディアローム帝国の領土割譲問題は、遅かれ早かれ今日の会議で最終的に西ディアローム帝国政府が正式に承認した形で落着することは、私だけでなく部下全員が予想していた。
ただ、会議後に私がお茶を飲みながら税制改革の必要性を提議し、西ディアローム帝国政府の代表たちを巻き込み、見事にまた説得し、大統領が税制改革に取り組む決意をするまでに至ったことは確かに驚きだろう。
「もっと早く税制改革をやっていたら、お父さまもあれほど困らなかったのにと思いました」
最後にぽつんとミルイーズちゃんが言った言葉が胸に響いた。
しかし、何事にも運不運というものがあり、時というものがある。
努力だけや頭の良さだけでは、どうしようもないことがこの世の中にはたくさんあるのだ。
「領地の方も、グロッピンさまが入られてから管理も進んでいますしね!」
フローリナちゃんが、3月初旬に私が領地の経営代理人として送り込んだグロッピンさんの仕事ぶりを話した。
グロッピンさんは、元ブレストピア王国の貴族で、私たちの居城であったイヴォール城でおじいさまの時代から仕えて来た侍従長だった。
6年前に魔王軍がブレストピア国に攻め込んで来て、イヴォール城が占領された時、城を守っていたブレストピア軍は全員武装解除され、以降魔王軍の傘下になった。
その時、グロッピンさんは、魔王さまに仕えることを勧められたそうだけど、持ち前の頑固さで、「魔王の家来になるなど真っ平ごめん!」と啖呵を切ってイヴォール城から出たのだけど、公爵であったグロッピンさんは所有していた領地はすで魔王軍に没収され、公爵邸で雇っていた使用人たちに蓄えていた金を分けあたえて暇をやり、残った金を持って夫人といっしょに親戚を頼って海辺へ行った。
だけど、“金の切れ目が縁の切れ目”と言うように、グロッピンさんが侍従長であった時は、彼を通じて何らかの利益を得ようと頻繁に訪ねて来たり、贈り物などを送っていた親戚も、金も地位もなくなったグロッピンさんに冷たくなり、さらに私たち王族一家がみんな死んだと噂を聞いて- ちょうど5年間、ヤーダマーの塔に幽閉されていた頃で、誰もが私たちが生きているとは知らなかったらしい- グロッピンさんの妻も力を落とし、持病が悪化して1年後に亡くなってしまった。
失意のどん底にあったグロッピンさんだったけど、ある日、元ブレストピア国の王女ルナレイラが魔王と結婚すると知って魔都にやって来て、そこでゲネンドル王も私たちも全員無事だと知って号泣し...
そのあと、彼の経歴を知ったプリシルさまのおかげで魔王城で侍従として働きはじめていた。
そのころ、私が私に代わって西ディアローム帝国に所有する領地を経営してくれる者を探しているのを知ったお母さまが、「グロッピンさんはどうかしら?あの人なら信用置けるし」と言ったのでグロッピンさんに会って話しをしたら、かなり乗り気になった。
グロッピンさんは魔宮殿で侍従として務めていたのだけど、プリシルさまに事情を話して解雇してもらっい、彼の新しい奥さんのマルカと生後3ヶ月の子どもといっしょにゲネンドルタウンに移住してもらっていた。
マルカもイヴォール城時代からヤーダマーの塔での幽閉期間に渡って仕えてくれた侍女で、当然グロッピンさんもよく知っていて、妻を亡くして落ち込んでいたグロッピンさんと年上の熟年男性が好みのマルカはおたがい愛し合うようになり、去年結婚して年末に子どもが生まれたばかりだった。
グロッピンさんは今年59歳、マルカは19歳だけど、年の差結婚を批判する者が批判の口を閉じてしまうほどグロッピンさんとマルカは熱く愛し合っていた。
グロッピンさんは、ブレストピア国で侯爵であった時は領地管理の経験があるが、事務室に一日中閉じこもって数字ばかり見ていてもらっても仕方ないし、それに経営状態は数字だけでしかよくわからないので、経営を管理する専門家を魔都で雇うことにした。
アーチュルさんと言う名前のフォックスディオスの中年おじさんで、お給料は月金貨2枚。高いと言えば高いけど、信頼のおけるマジメな経営管理士だと職業組合で太鼓判を押されたので雇うことにした。
グロッピンさんは、ゲネンドル領での数字を専門家に定期的に送り、適切な助言を受けつつ経営代理人としての役目をすると言う訳だ。
グロッピンさんのお給料は、年に金貨60枚とした。
「そんな大金を頂かなくとも結構です!」
とグロッピンさんは断ったけど、優秀な経営代理人って高給取りがふつうなのだ。
また、高給を払わなければ優秀な経営代理人って雇えないし。
年俸金貨60枚って、私にとっては高いけど、相場は二桁なんてものではない。
ふつうは金貨三桁なのだ。現在、私はそれほど払えないけど、領地での経営がうまく行くようになったら利益の一部を褒賞みたいな形でグロッピンさんに払うつもりだ。
ゲネンドルタウンの伯爵の館の使用人たちのほとんどは、ガバロス親衛隊がヴァナグリーと現れた時にビビッて逃げ出してしまったので、代わりに魔都の私の屋敷でメイド長をやっているゼニヤさんにたのんで職人組合を通して新しいメイドや料理人や従僕を10人ほど雇って送り込んだ。
元伯爵であったゼーブランド家で残ったのは、執事のドッテンマイアさんと料理人助手、メイド二人、それに下男が四人だけだった。あのシミディオのゾンゴもどういう訳か残った。
農業ギルドは、まだボチボチだけど、人頭税、地代、租税が免税または減税(租税のみ)されるという情報が広まり、最近急速にギルド加入者が増えているとグロッピンさんから報告があった。中でもゲネンドルタウンの農業ギルドがかなり好成績らしい。
その理由は、私たちが最初に領地の視察に行った時に出会ったカプラニディオ族のおばあちゃん農婦アデラさんだった。
彼女はあのあたりの農村でよく知られている女性で、戦争に行っている夫が農村の指導者であったことから、彼女も農婦たちの相談ごとに乗ったり、困ったことを解決する手助けをしたり、はては若い連中を結びつける仲人みたいなことまでやっていて、かなりの人望があったのだ。
そのアデラさんの人柄と人望を知ったグロッピンさんが、彼女にギルドの宣伝役になってもらったところ、それが予想以上の結果をもたらしているのだそうだ。
「グロッピンさんからの報告では、《ナエアグ村の農婦アデライデは、ゲネンドルタウン周辺の村々でも名を知られた人望家であることも手伝って、アデライデが『ゲネンドル伯爵さまは、とても立派な貴族さまだよ。人頭税とか納付金はとらないっておしゃったけど、あの方はウソをつくような貴族さまじゃない。
みんな、私を信用してギルドに入るといいよ。決して後悔しないよ!』と言って回ったのが口コミで広がり、ギルド本部では、ギルド入会希望者が長蛇の列を成す状況で、ゼーブランド元伯爵一家を総動員して受付にあたっております》と書いています」
フローリナちゃんが、報告書を読み上げたけど、アデラさんの例を見習って、各村の人望者を指名してギルドの宣伝をすることを決めた。
これでギルド問題も解決しそうだ。




