第108章 アリシア伯爵、晩餐会で光彩を放つ
午後7時半―
ガバロス親衛隊に護衛された3台の馬車が、ダイダロス宮の正面玄関の馬車回に止まった。
玄関の前に控えていた宮殿の従僕たちが駆け寄って来て、梯子を置き、馬車のドアを開ける。
「ゲネンドル伯爵殿、ようこそいらっしゃいました!」
素早く御者台から飛び降りたリンド君に手をもってもらって馬車を降りた私に、耳が見えないほどのボワボワした縮れヒゲで顔の下半分が覆われているオビズアリエディオスの貴族が笑顔で迎えてくれた。
「わたくし、バラッド・ヴァサンドリ子爵と申します。皇帝陛下が、『ゲネンドル伯爵は今晩の主賓ダ。最上級のおもてなしをスルように』とヴルペス侯爵殿におっしゃられ、それでワタクシがお迎えに上がった次第です」
なーるほど。皇帝さまが衣装係であるヴルペス侯爵に言って、それをヴルペス侯爵はヴァサンドリ子爵に命じたと言う訳ね。
皇帝の衣装係と言えば、ただ皇帝の服装を管理し、服装の助言をする役みたいな感じだけど、とんでもない。皇帝の衣装係というのは、皇帝に直接何でも言えるという特権をもっている場合が多く、宮廷内の影響力は想像以上に大きいのだ。
晩餐会が開かれる大ホールに向かう途中で何人かの貴族と出会った。
みんな私たちを見て、笑顔で会釈したり、まじまじと見て一礼したり、感心したような顔で立ち止まって見続けたりした。
私は公使としてゾオルに来ることが決まった時に、すぐに新しい服やドレスを注文したので、今夜も新調のロングドレスを着ていた。フローリナちゃんたちも、めいめい美しいドレスで着飾っているので、十人を超す若く美しい女性たちが宮殿の中を歩けば注目を浴びるのは当然だけど、ちょっと違う感じがする。ただ“美女を見る目”だけではなく、どこか“尊敬の眼差し”を感じる?
「みなさまは、今日の大統領との会議におけるゲネンドル伯爵殿の雄弁をすでに知っておられるのですよ」
なーるほど。今日の会議で私が西ディアローム帝国の大統領や大臣、将軍などを相手に熱い舌戦を繰り広げたことが、すでにダイダロス宮中で噂になっているのね。
屈強なレオニディオ近衛騎兵が扉の両脇に直立しているのを見ながら、大きな大ホールに入る― 大ホールは満員だった。
「今日の晩餐会は、通常よりも参加者が多いようです。それでは、晩餐会をお楽しみください」
案内役を終えたヴァサンドリ子爵は、一礼すると去って行った。
「魔王国ゥ... 全権公使ィ... アリシア・ミラーニア・ゲネンドル伯爵殿ォ――!…」
カプラニディオスの侍従が声を張り上げた。
オオオオオオ――――……!
参加者たちが一斉に声を上げた。
「並びにィ... フローリナ・カミュエマ・キャルニボル首席補佐官殿ォ... 並びにィ... ロニア・フォールン書記官殿ォ... 並びにィ... ... 並びにィ... ... 並びにィ... ... 並びにィ... 秘書官のミルイーズ・アスリン・ゼーブランド殿ォ―――っ!」
オオオオオオオオ――――……!
オオオオオオオオ――――……!
オオオオオオオオ――――……!
私に続いて、カプラニディオスの貴族が紹介する順番で大ホールに次々と入って来た部下たちを見て、参加者たちの声が一段と高くなる。
ざっと見ただけでも、大ホールには2千人ほど参加者がいた。すごい人数(汗)。
これだけ注目を浴びたら、もう今夜の晩餐会での私の用事は済んだんじゃない?
窮屈な晩餐会とそのあとにあるであろう事を考えると、一礼してこのまま回れ右して帰ろうと思ったくらいだけど...
大ホールに漂う美味しそうなご馳走の匂いを嗅いだとたんに―
きゅ~ぐるぐるぐる
お腹が鳴った。
公邸を出発する前に、ゼラドオルさんが用意させておいてくれたパンに焼きサリレや、焼き牛肉の薄切りを挟んだものを三つほど食べたけど、若い私には全然足りなかった。
ロニアちゃんたちは、私たちより早くダイニングルームに来ていて、十分食べていたみたい。
なぜ、私とフローリナちゃんとミルイーズちゃんがダイニングルームに来るのが遅れたかって?
それは、おめかしに時間がかかり過ぎた...
のじゃなくて、お風呂で楽しみすぎたからだった(汗)。
まあ、とにかく晩餐会なのだから、お肉は期待できないとしても- 西ディアローム帝国では、獣の肉を食べるのは禁止されているのだ。
そもそも、獣人族というのは、野生の獣が進化して二本足で歩くようになった種族なので、獣を祖先として尊敬しているため獣の肉は食べないのだ。肉を食べると厳しい罰則が科せられるそうだけど、それでも隠れて食べる輩がいると聞いた。
私たちの席は―
当然、ドリアンスロゥプ皇帝、ジャブイ皇后、キャルニボル大統領たちといっしょのテーブルだった。
皇帝は100人とも200人とも言われる皇后とか側室とかを持っているのだけど、今日は公使として着任した私のための“公式な晩餐会”なので、第二皇后以下と側室の方たちは、主賓である私が座っているテーブルの両隣にある長ーいテーブルにずらーっと座っていた。
キャルニボル大統領の傍には、淡い黄色の髪をアップにした三十代半ばと見られる女性がにこやかに微笑んでいた。髪の色から見ると―
「アリシア・ゲネンドル伯爵さま。初めてお目にかかります。フローリナの母親のドニーズ・ノアユール・キャルニボルでごまいす」と挨拶をした。
キャルニボル大統領には何度もお会いしているけど、夫人とは初めてだった。
まあ、大統領と合うのはいつもお仕事関係だったからね。
フローリナちゃんが、あと15年か20年したら、こんな女性になるのだろうと想像できるような、落ち着いた感じのしっかりした美しい女性がそこにいた。
皇帝夫妻と大統領夫妻の両横には、ガナパティ厩役伯爵やボンガゥル侯爵が、それぞれ夫人といっしょに座っており、私を見て微笑んで会釈をした。
さらに、今日の会議ですっかり親しくなった、外務大臣のブローウェドス・ゴードムセロウ侯爵やヒポポタディオスの将軍ギレルム・ザカデンジズ・マンジブラリ伯爵たちがやはり夫人と座っていて会釈をした。
私たちがテーブルに着席するのを待っていたかのように、ドリアンスロゥプ皇帝があいさつをした。
「モゴ... 今日は タイヘン 嬉シイコト ニ...モゴ! 我が輩 ト ジャブイ皇后 ノ 命の恩人 デアル モゴ げねんどる伯爵ヲ 迎エテ 晩餐会を開ケテ ウレシク思ウ モゴモゴ」
「それでは、ドリアンスロゥプ皇帝陛下ならびジャブイ皇后陛下のご長寿と西ディアローム帝国の栄光がさらに輝き行かんことを祈り、また西ディアローム帝国とその同盟国に多大なる利益と繁栄をもたらすべく全権公使としてゾオルに着任された、アリシア・ゲネンドル伯爵殿の益々のご発展を祈って、乾杯!」
「「「「「「「「「「乾杯――――い!」」」」」」」」」」
ガナパティ厩役伯爵の音頭とりで全員が乾杯をして晩餐会が始まった。
長いテーブルの上には、5メートルはあろうかと思われる大きな魚の丸焼き、魚の照り焼き、魚の酒蒸し、魚と野菜のスープ、魚の天ぷら、魚の唐揚げ、魚のホイル焼き、魚の煮物、エビやカニ料理、色んな種類の生魚などなど、昼食と同じく魚料理が多い。
そして、これもさまざまな貝料理、足が数えきれないほどあるタコの酢漬け、これも足が無数にあるイカの刺し身、イモムシの串焼き、ハチの子、生ミミズ、オケラのあぶり焼き、マイマイ蛾のサナギの天ぷら、こんがり焼いたアリの山とか、新鮮な木や草の葉、クリ、クルミ、ナラやアメンドエイラの実、ヤマモモ、アンズ、マンゴーや名前もわからないたくさんのフルーツ等々。これらは、昼食にはなかった料理だ(これが料理と言えるならばだけど)。
当然、西ディアローム帝国での習慣にしたがって、動物の肉は一切ない。
私がドリアンスロゥプ皇帝夫妻の命を助けた功績によって、西ディアローム帝国の伯爵に叙爵された時に、皇帝陛下の思し召しによって、肉が大好きな私のために、特別に私たちのテーブルだけを“治外法権区域にして肉料理を出してくれたけど、今日は参加者が2千人もいることだし、そんな特別な計らいも今日は当然ない。
まあ、仕方ないよね...
せめて公邸に帰ったら明日からはたっぷりと肉を食べるつもり。
それにしてもちょっと小腹が空いたときに便利でおいしいトリプルビッグバーガーとマオウ・コーラがないと言うのは残念だし、さびしい。いっそ魔王さまにゾオルにも『マオウナルド』の支店を開くように提言しようかな?
ドリアンスロゥプ皇帝とジャブイ皇后の後ろに控えていた二人のカニスディオの給仕、食事開始とともに、一人が1メートルほどの大きな包丁(あれって剣じゃないの?)で、 5メートルはあろうかと思われる大きなナマズみたいな魚の丸焼きを切り、もう一人がそれを三切れずつ皇帝と皇后の大きなお皿に入れた。
いや、こう書くとまるでアトゥンやサリレを三切れずつ入れたみたいだけど、そうじゃない。
ひと切れ2、3キロはありそうな焼き魚のかたまりを盛ったのだ。
それを皇帝さまと皇后さまは、30センチもあるナイフとフォークで切り分けて食べ始めたんだけど―
一度に300グラムくらい口に入れて食べるの。あの大きさって、トリプルビッグバーガーくらいあるのよね(汗)。ボヴィニディオスの食欲半端じゃないわ。
「ゲネンドル伯爵さまもパクーを試されてみますか?」
突然、後ろにいた給仕から声をかけられた。この目の前にある巨大魚、パクーって言うんだ。
「あ、じゃあ、小さな一切れお願いします」
「かしこまりました」
答えつつ、皇帝たちに切り取った魚に大きな包丁を当てたが、1キロはありそうなのであわてて言った。
「あ、その半分の半分くらいで!」
「え...? あ、はい、かしこまりました」
どこまでも礼儀正しいカニスディオの給仕さんだけど
“こんなおいしい魚をちょっとしか食べないなんて惜しいですね”なんて思っているのだろう。
「あ、それ私もいただきます!」
「じゃあ、あたしも!」
ロニアちゃんとアマラちゃんが、皇帝と皇后がたくさんとって食べているのを見て食べる気になったようだ。
「ワン!かしこまりました!」
給仕君、うれしそうに切り分けはじめる。
「私にもお願いします。ふつうの一切れを!」
「わたしにもお願いします」
フローリナちゃんとミルイーズちゃんも注文した。
「ワンワン!かしこまりました!」
さらにうれしそうな給仕君の声。シッポをブンブンふっていた。
もう一人の給仕君がお皿に乗せてくれた400グラムほどのパクーという魚を小さく切って口に入れる。
クセのない肉でよく脂が乗っており、口に入れたときに脂がじゅわっと広がり、けっこうイケる。
「このパクーって、この国では高級魚なんですよ」
「これだけの大きさになるのに、5年ほどかかるんですよ」
さすが西ディアローム帝国育ちだけあって、フローリナちゃんもミルイーズちゃんも詳しい。
見ていると、大統領も夫人もガナパティ厩役伯爵夫妻もゴードムセロウ侯爵夫妻やギレルム・ザカデンジズ・マンジブラリ伯爵夫妻たちもパクーを食べていた。
「モゴ... ぱくー 気ニ イッタかネ?」
私が三分の一も食べてないのに、ドリアンスロゥプ皇帝もジャブイ皇后もすでに食べ終わって、二回目を切り分けさせていた。
「はい。想像していた以上においしいです!」
「モゴ... (パリパリムシャムシャ) ソレは良カッタ!」
給仕が切り分けている間に、手の平ほどの大きさの魚の天ぷらをまるで薄切りポテトの油揚げのように手で掴んで口に放り込んでいた。
そして、高さ50センチはある特大サイズの葡萄酒グラスの葡萄酒をゴクンゴクンと飲み干し、給仕が注ぐと、またゴクゴクと飲んでいる。
あれ、たぶんひと口で半リットルずつくらい飲んでいるのよね?
「皇帝陛下」
「モゴ?」
「この葡萄酒は、西ディアロームの国産ですか?」
「モゴ... そうダガ?」
「ムゴ... 西ディアローム帝国の葡萄酒の産地は、東部なんですけどね...」
ジャブイ皇后があまりおいしそうな顔をしないで葡萄酒を飲みながら話してくれた。
西ディアローム帝国で葡萄酒の葡萄を栽培しているのは、東部- つまり、東ディアローム帝国との国境に近い場所なのだそうだ。
「わが国の東部は、緯度の関係で日照時間は長く、気温は一日の気温差が大きく、また年間の気温差も大きいので葡萄の栽培にもっとも適したところなんですよ」
キャルニボル大統領が補足してくれた。
「ですけど、残念なことにずっと東ディアローム帝国の支配下にありつづけていましてね。そのため、私たちが消費しているのは、味も品質もよくない南部産の葡萄酒なのですわ」
「アングルスト帝国産のも少量でしたが入っていましたけど、こちらの懐を見てか、高い値段なので外貨をあまり使わないようにほとんど輸入はしてないのです」
「そうですか。それは残念ですね...」
「おや、そう言えば、フローリナがゲネンドル伯爵殿はダユーフネフ共和国産の葡萄酒の販売を手がけていらっしゃるとか言ってましたが...」
傍で皇后さまと大統領の話しを聞いていたドニーズさまが、私が望んでいた話題を持ち出してくれた!
「ドニーズ、あなたはいつフローリナとそんな話しをしたのかね?」
おや、フローリナちゃん、お父さまとはあまり話したがらなかったみたいだけど、お母さまとは結構情報を交換しているんだ?それにしても、フローリナちゃん、短期間でよくそんなことまで調べたのね?
「はい。ダユーフネフ共和国でもレッべガアルの葡萄酒がたいへん有名なのですが...」
「モゴ... レッべガアルの葡萄酒 トテモいい!」
「そう言えば、去年の暮れに魔王陛下さまが、そのレッべガアル産の葡萄酒を1箱送ってくださいましたわ。ドリアンスロゥプがほとんど一人で飲んでしまって、わたくしには一本しか残してくれませんでしたけど」
「モゴ!スマン。あまリ オイシかったのデ」
「私、ひょんなことからレッべガアルの領主、エドディガ・バドードリン・ブレスタンネス伯爵さまと懇意になりまして...」
魔王国の使節団の一員としてダユーフネフ国へ行った経緯を手短に話し、レッべガアルの町の裏通りにある酒場で魔王国との戦いで片手をなくしたブレスタンネス伯爵と知り合い、彼にすっかり気にられてからレッべガアル産の葡萄酒の独占販売を魔王国、鬼人族国の二国でする契約をしていることを説明した。
葡萄酒グラス
晩餐会は2時間ほどで終わり―
そのあとは、予想した通りの舞踏会になった。
例によって、最初にドリアンスロゥプ皇帝と一曲踊り、そのあとでガナパティ厩役伯爵、ゴードムセロウ侯爵、マンジブラリ伯爵、ボンガゥル侯爵と順番に踊り―
「あなた、ゲネンドル伯爵さまと踊りたいのでしたら、わたくしは全然かまいませんのよ」
とドニーズ夫人に背中を押されて、キャルニボル大統領と一曲踊った。
「やだ、お父さま、お顔が少し赤くなってない、お母さま?」
「ふふふ。アリシア伯爵さまは可愛いからね」
「お、お母さま?」
「いいのよ。結婚する前も結婚してからも、ほかの女性に惹かれたことにないマジメなお父なんだから。たまにこうして美女と踊るくらいどうってないのよ」
「そ、そんなものなの?」
いやあ、私、キャットニディオスなので聴覚がすごくいいのよね。
キャルニボル大統領夫婦の会話も母娘の会話もぜんぶ聞こえちゃったわ。
今回も、前回通り、百人以上の男性と踊ることになった。
いや、前回より少し少なかったかな?たぶん、フローリナちゃんを始めとする美女軍団のおかげで、私と踊る男性が減ったみたい。持つべきは優秀で眉目良い部下ね。
それにしても、午前3時過ぎまで踊るってかなり疲れるけど、得ることの多きかった晩餐会だった。
なんたって、ドリアンスロゥプ皇帝夫妻にひと声で、西ディアローム帝国とべガアル産の葡萄酒の独占販売を締結できる目途がついたんだから!




