第106章 アリシア伯爵、舌戦を繰り広げる②
「みなさま、魔王陛下の王妃について、どこまでご存じですか?」
空にしたコップをテーブルに置くと、テーブルに座った面々をじっくりと見ながら聞いた。
「えっ、魔王陛下の王妃?」
「魔王陛下の王妃?」
「王妃?」
「質問の意味がわからん!」
「魔王の王妃と東ディアローム帝国の領土割譲が、どんな関係があるのだ?」
「何を公使殿は言っておるのだ?」
「魔王陛下は、多くの王妃陛下を持っておいでです...」
そこまで言って、また出席者の面々を見た。
キャルニボル大統領は、次に私が何を言い出すのか興味津々と言った顔だ。
ガナパティ厩役伯爵も、私の方を面白そうな顔をして見ている。
エイルボット子爵もハソルム男爵も、先ほどの私の気迫のこもった説得で目が覚めたかのように、私を注視している。
「その多くの王妃陛下の中で、アンジェリーヌ・マリー・バーボンさまは、魔王陛下の第七王妃です。お妹のジョスリーヌ・レリア・バーボンさまは、第八王妃、そして第九王妃は、リエル・エイルファ・ボードニアさま。つまり、それぞれミタン国王族ならびボードニアン国王族ご出身の王妃さま方なのです...」
「たしかにそうだ」
「うむ。それは間違いない!」
「アドリアン・ドゥ・バーボン3世王の王女たちとオルガス・ラウドン・ボードニア王の王女だ」
「しかし、それとミタン国とボードニアン国への割譲が、どんな関係があると言うのだ?」
ワイワイガヤガヤ......
また騒がしくなった。
「みんな静かに。これでは公使殿は話しを続けれんではないか?」
ガナパティ厩役伯爵の声で静かになった。
「敗北した東ディアローム帝国の領土割譲の会議で、もし、魔王国政府の全権公使であるこの私が、当然権利があるミタン国とボードニアン国の利益を無視して、魔王国、ドヴェルグ国、それに鬼人族国の三国のみの利益についてのみ貴国政府代表と話し合いをして、西ディアローム帝国と魔王国、ドヴェルグ国、鬼人族国の四国のみの利益について議論し、合意に達したとしたら、魔王国とミタン国、ならびボードニアン国の関係はどうなると考えられますか?」
「う...ムムム」
外務大臣、腕を組んで黙ってしまった。
「ギュル!あいわかった。公使殿、続けられるが良い。われわれが承認できるかどうかは分らんが!」
カプリコルニディオスの外務大臣、頭の回転が早いようで、それ以上何も言わなかった。
まあ、もし委任状がどうしても要るって言うんだったら、マデンキで緊急連絡をとって、すぐに送ってもらうんだけどね。
「魔王国とミタン国ならびにボードニアン国の関係を今後も良好に保つために...これまで西ディアローム帝国の信頼できる同盟国として戦って来た...ミタンとボードニアンの両国に、東ディアローム帝国の...この部分の領土を...割譲することを...承認して頂きたい」
言葉の合間にわざと間を開けて、ゆっくりと言った。
さらに、“割譲をしたいと思っているのですが、いかがですか?”なんて、相手にお伺いを立てるような言葉は一切使わない。
あくまでも、こちらの提案を飲み込んでくれと、すでに“こちら側”― 魔王国、鬼人族国、ドヴェルグ国、ボードニアン国、ミタン国の五国間― で、すでに合意が出来ているかのような、自信にあふれた口調で居並ぶ西ディアローム帝国側の出席者に告げた。
テルースの世界線引き案
「しかし... 公使殿の言っておられる東ディアローム帝国の領土は、いずれもミタン本国とボードニアン本国から離れすぎているのではありませんか?」
キャルニボル大統領が、当然とも思えることを訊いた。
しかし、大統領がそんな風に言い出したということは、ほぼ“承認”出来る範囲と彼が思っていると考えていいだろう。
「当然のご質問ですが、大統領ご自身、すでに答えは分かっておられるのではありませんか?」
「ほかに割譲できる領土はない。公使殿が提案されている場所が、比較的にもっともミタン国とボードニアン国から近いと言うことでしょうか?」
「その通りです」
私が答えたとたんに、また会場が騒めきだした。
「いや、それはおかしい!」
「地続きでもない領土と言うのは不便至極であろう!」
「それに公使殿が提案されている割譲面積は大きすぎる!」
「そうだ、そうだ!ミタン国への割譲領土は、ミタン本国よりも大きいではないか?」
「ボードニアン国への割譲領土もボードニアン国ほどの大きさがある!」
「いくら何でも大きすぎる!」
「ミタン国、ボードニアン国とも、東ディアローム帝国とアングルスト帝国・ベルミンジャン王国との戦いにそれほど軍を動員してないではないか!」
「そうだ、そうだ!」
「ギュルウ !みんな少し静かにして侯爵殿の説明を聞こうではないか!」
カプリコルニディオスの外務大臣のひと声で静かになった。
「ゴードムセロウ侯爵さまです」
フローリナちゃんが、外務大臣の名前を教えてくれた。
「ありがとうございます、ゴードムセロウ侯爵さま」
「ギュルウ」
外務大臣が満足そうに頷く。
「たしかに、私が提案しているこの割譲案では、ミタン国、ボードニアン国とも本国からかなり離れています。しかし、すでにテルースの世界の地図はほぼ塗りつぶし終えられています」
ワ―ワ―ワ―ワ―……
私の発言の直後、会議場が騒然となった。
ドン!
すごい音がした。
先ほどのヒポポタディオスの将軍が、テーブルを激しく叩いたのだ。
「みんな静かにせんか!」
「............」
「............」
「............」
ヒポポタディオスの将軍の吠えるような声で静寂がもどった。
「あの方は、マンジブラリ伯爵です。西ディアローム帝国第一軍団長です」
フローリナちゃんが、また教えてくれた。
「マンジブラリ伯爵さま、ありがとうございます」
「うむ!」
満足そうなマンジブラリ伯爵。
「みなさまもすでにご承知のように、魔王国はアングルスト帝国への侵攻作戦を開始します。そして、鬼人族国軍はベルミンジャン王国への侵攻作戦を準備中です。冒頭でお話しましたように、アングルスト帝国制圧の折りには、魔王国はアングルスト帝国の領土を魔王国の領土とし、ベルミンジャン王国制圧の折りには、鬼人族国とボロツク公国でベルミンジャン王国の領土を折半して両国の領土とすることとなっています」
「魔王国はアングルスト国の広大な領土を自国領とし、鬼人族国とボロツク公国も広いベルミンジャン国を折半するのか!」
「西ディアローム帝国は、アングルスト国とベルミンジャン国について、なんの権益もないのか?」
「西ディアローム帝国は盟主国として、占領後のアングルスト国とベルミンジャン国に権益を要求する権利がある!」
「そうだ、そうだ!」
「西ディアローム帝国は、当然の権益を主張すべきだ!」
「そうだ、そうだ!」
「ギュルウ !みんな少し静かにせんか!」
ドン!
「みんな落ち着け!」
ゴードムセロウ侯爵とマンジブラリ伯爵がみんなを鎮めた。
「ゴードムセロウ侯爵さま、マンジブラリ伯爵さま、ありがとうございます」
「ギュルウ !」
「ウム!」
二人とも満足そうな顔をした。
「魔王国は、アングルスト帝国への侵攻作戦に陸軍兵力200万人、海軍軍艦150隻を投入する計画です」
実際は魔王国陸軍は160万を動員、軍艦は90隻らしいんだけどね。少々サバを読んでも問題ないだろう。これは政治的駆け引きなんだから。
オオオオオオ――――!
会議室が響いた。
「200万とは想像を絶する兵力だ!」
「その中核は、あの恐ろしいガバロス親衛師団であろう!」
「勇猛をもって鳴るマスティフ伯爵軍やマーゴイ侯爵軍は魔王国の主力軍だろう!」
「魔王国の魔術師部隊も忘れてはならんぞ?」
「おう、そうであった。ゾオル反乱事件の時は、わずか4人の魔術師が数千人の反乱兵を焼き殺したと言うからな!」
「いや、ワシは累々と続く焼け焦げた反乱兵を見た!」
「また、鬼人族国ならびにボロツク公国は、同じくベルミンジャン国攻略に陸軍150万人以上を投入すべく準備をしています」
「何と!あのテルースの世界で最強と言われる鬼人族軍が、150万もベルミンジャン国の戦いに投入されるのか?」
「トロール兵は確かに強いが、戦争は一騎打ちではないからな!」
「そうだ、そうだ。部隊同士の戦いで、テルースの世界で最強と言われるのは鬼人族兵かドワーフ兵かと言われるくらいだからな!」
「こうなると、鬼人族軍に攻め込まれるベルミンジャン国のトロールどもが可哀想になって来たな!」
「まったくだ!」
いや、モモコ大王さまが、150万もの鬼人族軍をベルミンジャン国攻略に投入するかどうかは知らないよ。
たぶん、それほど兵力残ってないと思うので、多くて50万人くらいだと思う。
それとボロツク国軍は、よくても20万くらいじゃないかな。情報分析室にも鬼人族軍の内部情報はあまり入って来てなかったし。
たぶん、私の推測では鬼人族国軍とボロツク国軍を合わせて70万~80万くらいだと思うけど、鬼人族が無茶苦茶に強いのは間違いない。
「したがって、西ディアローム帝国に、魔王軍と連携してアングルスト帝国への侵攻作戦に参加出来る西ディアローム帝国の派兵軍- 少なくとも50万人の兵をアングルスト帝国へ送ることが出来るのであれば、私から魔王さまにご報告して、西ディアローム帝国が派遣する軍の規模とアングルスト帝国での戦いの結果に応じた分の領土を割譲するようにご進言してもよろしいのですが...」
「それは、無理だ」
ガナパティ厩役伯爵が即答した。
「同じように、鬼人族国軍とボロツク公国軍のベルミンジャン国攻略に、西ディアローム帝国が...」
「それも、無理だ。魔王国のアングルスト帝国への侵攻作戦に参加させることが出来る兵力の余裕は、残念ながらわが軍にはないのに、ベルミンジャン国の攻略に出せる兵力などあるはずがない」
ガナパティ厩役伯爵が、少し苦しそうな顔で答えた。
西ディアローム帝国は、いまだに領土内にいる東ディアローム帝国軍との戦いで手一杯であり、とてもじゃないけど、アングルスト国やベルミンジャン国へ兵力を向ける余裕などないことは見通している。
相手の持つ手駒を知ってから、私は交渉をしているのだ。情報を制する者は世界を制すると言うからね。
「ゲネンドル公使殿、今日はこれまでにして、続きは明日にしませんか?」
キャルニボル大統領の声に時計を見ると、午後4時を過ぎていた。
昼食抜きで延々と会議をして来たわけだ。
道理でお腹が空いているはずだ。
めっちゃヤキトリと トリプルビッグバーガーを食べたくなった。マオウ・コーラ付きでね。
「伯爵さま、夜には皇帝陛下主催の晩餐会があります」
個人秘書のミルイーズちゃんが、近寄って来て知らせた。
「あ、そうだった!じゃあ、今日全部解決できなかったのは惜しいけど、残りは明日にするとして帰りましょう!晩餐会に出席する準備もあることだし」
「はい!」
「「「「はい!」」」」
フローリナちゃんとロニアちゃんたちが返事をする。
「それでは、みなさま。本日は急な会議であったにも関わらず、ご出席頂き、また貴重なご意見等聞かせていただきありがとうございました。本日合意に達した事項については、大使館からすぐに魔王国に報告させていただきます」
公使なので、丁寧にお礼を言って、頭を下げて会議室から出て行こうとした。
「フローリナ...」
キャルニボル大統領が、フローリナちゃんを呼んでいる声が聞こえた。
久しぶりの再会なので、近状でも聞きたがったのだろう。
「残ってお父さまとお話したかったら、残ってもいいわよ?」
上役らしく、度量のあるところを示そうとしたけど―
「お父さま、忙しいのであとで時間のある時に」
すげなく父娘の久しぶりの会話を断っちゃった(汗)。
「お、おう。そうか...」
大統領、少しさびしそうだった。
馬車に乗るために玄関に向かう。
廊下を歩いていると、エイルボット子爵とハソルム男爵が話しかけて来た。
「いやあ、公使殿。御見それしました。並みいる政治と軍事の古狸たちを相手に、堂々と主張をされて認めさせるとは... 甚だ敬服いたしました!」
「それにしても、公使閣下は情報通ですね?まだ、お若いのに、 どこであれだけの軍事情報を入手されたのですか?」
「エイルボット参事官」
「はい?」
「盟主国の高官や大臣、それに将軍を“古狸”呼ばわりするのは失礼と言うものです!」
「...っ、失礼をいたしました」
「私が魔王国と同盟国の権益を守るために熱弁をふるったのと同じく、彼らも西ディアローム帝国の権益を守ろうと真剣なのです」
「小官の失言でした。ご容赦ください」
「ハソルム男爵」
「は、はいっ」
ウルフニディオス族の駐在武官、ビクッとした。
「私の経歴をどこまでご存じか知りませんけど、私は公使に任命される前は、魔王国情報総局情報分析室長をやっていました」
「え... 情報総局情報分析室長!」
「ですから、魔王さま、アマンダ王妃さま、プリシル王妃さま、外務大臣スティルヴィッシュ伯爵、軍事大臣ギャストン伯爵たちとほぼ同じ情報を共有していると自負しております」
「は はぁあ!」
ハソルム男爵、腰を抜かしそうになった。
馬車回で馬車に乗り込む前に、エイルボット子爵に告げた。
「私はこのまま大使公邸へ行きます。では、夜に晩餐会でまた会いましょう。どうもご苦労様でした」
「公使閣下こそ、たいへんお疲れ様でした」
エイルボット子爵は、尊敬の眼差しで私を見て言った。




