第102章 アリシア伯爵、公使に任命される①
「室長さまぁ、外務省から室長さま宛に本人確認郵便が来ましたよ―っ!」
リラーナちゃんが、明るい声で受け取った郵便物を二通、私のデスクに届けてくれた。
リラーナちゃんの名前は、リラーナ・カミ-ユ・ダルドフェル。
家名を見てもわかるように、内部大臣ギーム・ルドフェル・ダルドフェル伯爵さまの娘だ。
リラーナちゃんは、ビアといっしょに、研修生として情報分析室に採用された多くの学生の一人で、今年1月に目出度く学校を卒業して、採用試験に受かり、今年の2月から正式に職員となった娘だ。
10名いた研修生のうち、家の事情とか、ほかの職を見つけたとかで情報分析室に残らなかったのはわずか2名で、残りは全員、採用試験を受けて正式採用になった。
仮にも魔王国立学校では優秀組だった連中だ。妹のビアをふくめ、頭の悪い者はひとりもいないし、コネやツテで入省した者もひとりもいない。将来が期待できる若い人材たちだ。
研修生から採用試験を受けて合格し、正式職員となった者は―
ビア・エレオラー・ゲネンドル(元王族の娘。伯爵である私の妹)
ビア・スティルヴィッシュ(愛称ビースー。外務大臣ゴルウェン・スティルヴィッシュの娘)
エラ・グロッルド (政府高官の娘)
モナク・アングレン(政府高官の娘)
ロナミ・ペンナス (経済・貿易大臣カルヤ・ペンナス伯爵の娘)
リラーナ・カミ-ユ・ダルドフェル (内務大臣ギーム・ダルドフェル伯爵の娘)
アラネイル・ハンノンベリ(魔王軍第5軍団長グザヴィム・ハンノンベリ辺境伯の娘)
イジルダ・ベテラーブ(魔王軍第2軍団長グレゴワール・ベテラーブ公爵の孫娘)
ルドフェル・メルストガル(貴族の子弟)
情報分析室で卒業後も働き続けたいという研修生たちの理由が興味深かった。
「アリシアさまといっしょにお仕事した方が、ワクワクして面白いです!」
「室長と仕事していたら、自分にもロニアちゃんたちみたいに、ほかの国に行ってハラハラドキドキすることをやれるかも知れないと思いました!」
そりゃそうだろう。分析室には、テルースの世界で今起こっている戦争や、外交交渉、各国の駆け引きなどの情報が毎日入って来るし、たとえ部外秘でも仲間内ではよく情報を交換共有しているから、情報通になれるんだよね。
それに、やはり私とロニアちゃんたちが、ガバロス親衛隊といっしょにドリアンスロゥプ皇帝ご夫妻を救出したという冒険譚が、えらく研修生たちを刺激したようで、それ以来、研修生の多くは剣術を習いだしているみたい。
研修生の多くは貴族なので、警備の護衛とか雇っているし、いなくても親が金持ちだから剣術の先生を雇ったりしているみたいだ。
情報分析室の役割が魔王さまや大臣たちに認識され、職員枠がさらに広げられたこともあり、先にも書いたように、ほかの理由で分析室に残らなかった者も2名いたけど、学校でビアたちから情報分析室のことを聞いて、卒業前に採用試験を受けて採用された学生が8名いて、元研修生をふくめると新卒採用組は総勢17名になった。
新卒採用組を下記すると―
ドニーズ・ネイトイブン(軍人の子弟)
ジュスタン・ジスタラント(男爵の娘)
エステル・ブローシェン(公務員の娘)
ポリーヌ・オファンドリュー(商人の娘)
ジネッタ・キストリッシュ(役員の娘)
オレリア・カパギサ(商人の娘)
クレーラ・ドワンベール(会社社長の娘)
モニッケ・ロガール(軍人の娘)
新卒採用組は、一覧を見てもわかるように貴族の子弟は1名しかいなく、2名の軍人の子弟をのぞいてあとは全員、商人や公務員など一般人の子弟が圧倒的だった。
(それも、どういう訳か、女子が圧倒的に多い?)
新卒を大量に採用した目的は、クマーラ王子たちベルミンジャン王国の元王族である西ディアローム帝国側についているトロール人たちは、ベルミンジャン王国を支配しているドリムンドム・ブラグガル王とその一族が鬼人族国との戦いで破れば、当然、全員ベルミンジャン国へ帰国してベルミンジャン国の復興というか、新政権を樹立し、王族に復帰したり、重要閣僚に着任したりすると予想されるので、彼らがいなくなった後の空席を埋めるつもりだからだ。
幸い、ビアたちはすでにかなりトロール語を習得していて、いつクマーラ王子たちが分析室を抜けて母国へ帰っても問題ないくらいになっている。
クマーラ王子たちはベルミンジャン王国やアングルスト帝国内に反政府勢力の者たちで構成されている情報収集網を作り上げているので、情報収集そのものは彼らの帰国後も支障なく続けれる見通しだ。
『アリシア・ミラーニア・ゲネンドル伯爵
テルース歴5065年3月20日付けで、西ディアローム帝国首都ゾオルの魔王国大使館の公使に任命する。
魔王国外務大臣 ゴルウェン・フイル・スティルヴィッシュ』
外務省の紋章入りの四角張った封筒に入っていたのは、わずか3行しか書かれてない辞令だった。
ゾオルの魔王国大使館の公使としての辞令は、私が魔王国情報総局情報分析室を立派に立ち上げ、私がいなくとも問題なく機能するように整えたのを見計らかったかのように送られて来た。魔王さまもアマンダさまもプリシルさまも、よく見ておられる(汗)。
「ええ――っ!室長、ゾオルの魔王国大使館の公使になっちゃったんですか――?!」
素っ頓狂なリラーナちゃんの声で、私のデスクの周りは黒山のような人だかりになってしまった。
いや、トロール人たちが大きすぎて、窓からの光が遮られて暗くなっただけなんだけどね。
「室長さま... 私たちを置いて行かれるのですか... クスン...」
ロニアちゃんが、もう涙声だ。
「あ~あ。もうマオウドナルドで毎晩トリプルバーガーとポテトとマオウコーラを奢ってもらえなくなるんですね...」
ミンタちゃんが、残念そうな声で言う。
「室長なしであの大きなお風呂入るなんて... ウプププ...」
アマラちゃんがとんでもないことを言いかけたが、マルレーヌちゃんに間一髪で口をふさがれた。
「私もせっかく、譲歩分析室での仕事に慣れて、面白くなったところでした...」
フローリナちゃんもさびしそうだ。
ピンポンパ~ン♪
突然、デスクのマデンキの着信音が鳴った。
送信者名は『プリシルさま』だ。
すぐに受信承認をボタンを押す。
《は――い、アリシアちゃん、お元気――っ?》
プリシルさまの屈託ない笑顔が画面に現れた。
「は、はい。元気です...」
《あーら、周りにたくさんの人たち... 外務省からの辞令、届いたみたいね? みんな元気――っ?》
「プリシル局長さま!」
「はい。元気です!」
「元気です!」
「今日は来られないんですか?」
「プリシルさま、突然の辞令、おどろきました」
《うん、ごめんね。いつもは事前にお話していたんだけれど、今回はちょっと事情があってね...》
明るくふるまっているみたいなプリシルさま。
だけど、彼女とお付き合いの長い私にはわかる。
プリシルさま、どこか今日は元気がなさそう。
それを隠すために、いつも以上に明るくふるまっている。
私の部下に、今日みたいに少しはしゃぎ過ぎた感じであいさつをしたことなどないのだ。
いつもは、王妃さまらしく、物静かにそして微笑みを絶やさずにあいさつをする人なのだ。
ふうむ。
私に関することは、魔王さまかアマンダさまかプリシルさまが、これまで決めて来られた。
と言っても、三人の中でもっとも私のことを知っているのはプリシルさまなので、魔王さまもアマンダさまも、プリシルさまの意見を聞いてから決めて来られて来たみたいだけど―
たぶん、今回はそう出来なかった事情があるみたい。
私もプリシルさまに根掘り葉掘り聞いて、彼女を追い詰めるようなことはしまい。
《でね。せめてあなたが好きな部下を連れて行くという条件は飲みこませたわ》
私とプリシルさまの“個人的通話”と知って、デスクから離れて行きかけた職員たちが耳聡くそれを聴きつけて足を止めた。
「!」
「!」
「!」
「わかりました。その条件であれば辞令を受けます」
元より魔王国の公務員である私に辞令を受けないなどと言う選択肢はない。
嫌なら辞表を出して公務員であることを辞めるだけだが、私はそんなバカな真似はしない。
《ほっ、ああよかった。この埋め合わせは必ずするわ。じゃあ、またあとでね!》
今度こそ、プリシルさまらしい飾らない微笑みを浮かべて通信は切れた。
「伯爵さま、ゾオルでのお役目に、ぜひ私も連れて行ってください!」
真っ先に私に近づいて、デスクに手を置いて熱望したのは黄色の髪の美少女フローリナちゃんだった。
「わ、わたしも行きたいです!」
「あたしも行くわ!」
ロニアちゃんが駆け寄って来て、アマラちゃんが当然決まっているような口調で豊かな胸を突き出して言う。
「私たち6人は、室長さまのオトモダチだから連れて行ってくださるに決まっていますよね?」
ミンタちゃんが、また変に理解されかねないことを言う(汗)。
まあ、この7人は優秀だし、いつも重要な仕事をさせているので連れていくことになるだろう…
私が肯定的な顔をしたのか、あるいは無意識で首を縦にふったのだろう―
「室長、それ、ちょっとおかしいんじゃありません?」
スラリとした長身のエルフ娘が、私のデスクの前に来て腕を組んで私を見た。
ビースーの愛称でみんなから呼ばれているビア・スティルヴィッシュだ。
そう。情報分析室でも“選り抜き職員”と見なされている、研修生出身の若手職員で、魔王国に住んでいる者なら知らない者がいない、有名な外務大臣スティルヴィッシュ伯爵さまの娘だ。
父親譲りなのだろう、研修生出身の職員の中では、ビアと同じく主導権を持っている。
「私もおかしいと思うわ!」
背の引くいボヴィニディオス族のリラーナ・ダルドフェルちゃんが、ビースーの隣に来て、同じように腕を組む。
この背の高いボヴィニディオス族の娘は、内務大臣ギーム・ダルドフェル伯爵の娘だ。
「どうして、既成事実のように7人が行くことが決まっているかのように言っているんですか?」
アラネイルちゃんが加わった。タイガニディオス族特有の堂々とした身体と堂々としたおムネの持ち主で、魔王軍代5軍の軍団長であるグザヴィム・ハンノンベリ辺境伯の娘だ。
「室長として、依怙贔屓はせずに、魔王国の公使の部下としてふさわしい者を連れていくことを望みます!」
凛と言い放って、リラーナちゃんの横に来たリラーナちゃん。
「まあまあ、そんなにアリシア室長に詰め寄っても何も始まらないでしょう?」
経済・貿易大臣という重責を担うペンナス伯爵の娘のロナミちゃんが、いつも落ち着いて状況を判断するペンナス伯爵さまそっくりの口調で言いながら、ビースーの横に並んだ。
「ふふふ... どうやら伯爵さまは、ワタシたちも連れて行かなければならないようね?」
最後に情報分析室で“選り抜き職員”と見られている研修生出身の若手職員の集団のドンが王手をかけ、私が詰んだことを告げた。
「ビ、ビア!... あなた、いつ、ド...」
“いつ、ドンになったの”と訊きそうになって止めた。
研修生出身の若手職員の集団のドンはビースーちゃんだと思っていたけど。
まあ、この際どっちでもいい。
私はもはやほかに選択肢が残ってなかったのだから。
「わかったわ。リエル副室長とよく検討してから決めることになると思うけど、たぶんあなたたちも連れていくことになると思うわ」
「やった―――っ!」
「だね!」
「うれしーい!」
「あら、当然よ!」
「そうよね。ワタシたち優秀だし!」
パシンと手を打ち合あったり、抱き合ったりしてよろこび合う研修生出身の選り抜き職員たち。それにしても、ビースーとビアの自信満々さにはお驚くわ(汗)。
ま、まあ、エリートって、こんなものかも?
私は、もう一通の分厚い封筒を開封した。
中には想像通り、魔王国外務省特別職の1級職員としての全権公使の職務内容が書かれた冊子と給与内容が詳しく記載された冊子があった。
公使の職務内容は:国際交渉に関する心構え、とくに安全保障と外交問題に関する調整などを他国と行うとかいったものであり、《派遣国政府を代表するもので、接受国との外交交渉、条約の署名調印、滞在する自国民の保護などの任務を行なう...。
全権公使は、魔王国大使と協調して、赴任国において魔王国の利益となるように万全の準備と持ちうる全ての能力、可能な全手段、有能な部下等を使って、其の職務を全うすべし》
などとごちゃごちゃ細かい字で十数ページにわたって書かれていた。
私がもっとも関心があったお給料の方は、魔王国外務省特別職の1級職員としての月給は金貨25枚。それに外国に住むことになるため特別住居手当、外国赴任手当などがプラス金貨20枚、それに年末特別手当として金貨75枚が出る。締めて年棒金貨650枚だ!
現在の情報分析室室長としての月給金貨20枚プラス諸手当金貨10枚、年末特別手当金貨50枚で年棒金貨410枚とは桁違いの増給だ。とくに特別住居手当、外国赴任手当が大きい。
ヤッホー!
思わず口元がにやける。
「お姉っ、すごいじゃない?年棒金貨650枚っ?!」
「えっ?」
気がつくと、ビアが後ろから給料明細冊子を覗きこんでいた?
ゲゲゲっ...
口止め料として、ビアに金貨2枚を要求された。
まあ、家族の者には別に秘密にしておくこともないし、今晩にでもみんなに話すつもりだけどね。
私のたった一人の妹だからいいじゃない。
それに今後のこともあるしね。
こりゃ、週末には家でまた栄転祝いをやらなきゃいけないな。




