第101章 アリシア伯爵の領地改革-開拓編②
私は、ゲネンドル伯爵領における経営改善について、ゲラルド侯爵さまやペンナス伯爵さまなどから多くの助言を伺った結果、農業振興に主力をそそぐことにした。
魔王国では、今でこそ商工業が発達しており、魔王国の大きな財源にもなっているが、それでもやはり農生産品の販売による収益というものは結構大きく、魔王国の貿易利益の7割り近くを占めているくらいだ。
ゲネンドル伯爵での農業人口は8割りを超えており、伯爵領の経済を立て直すということは、農業を振興させるという問題以上に、食料不足に陥っている領民たちを救うという、領主としての重大な義務がある。
今年の収穫は、これまでのように6割を超えると言うような酷い徴収は行わない。
ギルド費もあることだし- 徴収は、今年度の収穫の2割だけにするつもりだ。
領地の状況を改善するまでは、領地での収益は考えなくていい。
ゲネンドル伯爵領の農業を立て直し、人手不足による生産量低下を補うために、私は魔王国で広く栽培されているポテトイモを伯爵領でも栽培することにした。
ポテトイモは、魔都で『マオウナルド』のマオウバーガーについてくる揚げたポテトの原料で、近年、魔王国では生産量が目に見えて増加している。
ゲラルド侯爵さまによると、寒さに強く、冷害の影響が少なく、収穫量はトリゴ麦に比べ2倍から3倍になるし、何と言っても「年2回収穫出来ますよ!」とゲラルド侯爵さまが言った言葉が私にポテトイモ栽培を移住者たちに進める理由となった。
ポテトイモは栄養価が高いし、ちょうど3月でポテトイモの“春植え”に適した時期だった。
テルースの世界の多くは、“ルインセン”と呼ばれる赤色をした粘土集積土壌で占められており、“ルインセン”は弱酸性だが肥沃な土壌として知られており、肥料なしで農作物を作れることで有名で、西ディアローム帝国もその国土のほとんどが“ルインセン土壌”だった。
つまり、タネなり苗木なりを植えて、十分に水をあたえ、日光があたれば豊穣な実りが得られると言う、まさしくエタナールさまの恵たっぷりな土壌と言える。
ガバロス族の青年開拓団もドワーヴァリ族の開拓団も、魔王国やミタン国から種イモを大量に持ってきており、村の建設と並行してポテトイモの植え付けを始めていた。
春は、黒パンの原料である セカボの春まき栽培の植え付け時期でもあるため、食卓の食べ物の種類を増やすためにセカボも広い面積に植えられた。
セカボはトリゴ麦より寒さに強いため、領地の北部の寒冷地帯に入植したガバロス族たちは、冷害に備えてセカボを植えたのだ。
また、セカボは、ポテトイモと同じく、春まき、秋まき(越冬栽培)と年に二回植え付け、収穫できると言うという利点もある。
ポテトイモ
ポテトイモ畑(植え付け後)
一方、領地の南部に入植したドワーヴァリ族開拓団は、温かい土地を好むミーリョをポテトイモを翌月に植え付けた。ミーリョは4月植えなのでちょうどいい時期だった。
なぜ、ゲネンドル伯爵領の北部にガバロス族の青年開拓団が入植し、なぜ南部にドワーヴァリ族開拓団が入植したかと言うと、それには両種族の出自に深く関係がある。
ドワーヴァリ族が、気候が比較的温暖なミタン王国の北部のヴァン大湿原を生息地としているのに対して、ガバロス族は、本来テルースの世界の東北部にあるリュンケンミセリ山脈が生息地であり、このレウエンシア大公国とテアスジム王国の国境に横たわるリュンケンミセリ山脈は、高緯度にあることから、かなりの寒冷地なのだ。そういう理由から、ガバロス族は少々寒いところを好み、ドワーヴァリ族は暖かいところを好むのだ。
それらの理由があって、ガバロス族はゲネンドル伯爵領の北部、ドワーヴァリ族は南部に集中的に移住することになったのだけど、もちろん、私は伯爵領の北部と南部だけを開発したいわけじゃなく、農耕作が出来るところ、住むのに快適と言わないまでも、住むのに問題がない場所ならどんどんと住み着いて農作や家畜の放牧をやって欲しい。
そう言う訳で、どうも北部と南部への移住のことを長々と書いてしまったけれど、大穀倉地帯である領地東部のことを忘れたわけではないし、また、領都ゲネンドルタウン- 領都と呼ぶのは、町の規模が小さすぎるので面映い気持ちもするけど、私の領地の首都なんだから領都と呼ぶことにするけど- から、もっとも遠い領地の西部も気にかかっている。
まあ、地理的制限もあることだし、5年とか10年ほどかけて、何か農業以外にも出来ることがないか、魔王国で調査会社と契約をして色々と調べさせているんだけどね。
東部の大穀倉地帯のテコ入れには、あまりドワーヴァリ族やガバロス族を移住させない計画だ。
なぜかと言うと、東部にはすでにこの領地がゼーブランド伯爵領であった時代- 何代も前のゼーブランド伯爵の時代から、あの地で頑張って来た獣人族の農民たちがいるからだ。
重税を何十年も払って来て、冷害に苦しみ、税金が払えないと血税で男手を兵役にとられ、苦労をし続けて来た先住農民を切り捨てるとか、無下にするなんて出来ないじゃない?
“人は大事にするもの”だし、“友人は大事にするもの”だという諺があるように、私は常に人との関係を大事にして来た。まあ、私は生来“気立てがいい”、“努力家”“マジメ”で“美女”と四拍子そろっているので、誰からも好かれるという得をするフェリノディオなのだけど、締めるところはキチンと締めるし、厳しくするところは厳しくする。
だから、新領主としても領地の各町村の長たちやずる賢い連中に舐められないように、しっかりと統治をし、役人による横領やずる賢いやつらによる誤魔化しなどは徹底的に取り締まるつもりだけど、マジメに働いて来た領民には儲けてっもらいたいし、少しでも生活が楽になって欲しい。
そんな理由で東部には最小限度の移住民しか入れないつもりで、北部や南部の移住地には、第一陣として20から50ほどの移住者村が作られるのに対して、東部にはわずか10ほどしか移住者村を作らない計画だ。
ドワーヴァリ族とガバロス族の移住民を領地に入植させる利点の一つは、近年目立って減少した領民の数を増やすことのほかに、彼らが移住地にいっしょに連れて行ったヴァナグリーを農耕用だけでなく、輸送用に使うという目的があった。
ヴァナグリーは、その強力な力で従来の牛による耕作の倍の鋤き返し作業が出来るのだが、ヴァナグリーは、農業用目的のほかにも、ガバロス騎兵隊によって馬代わりとして使われて来ており、その剣や矢を受け付けない硬い皮膚と鋭いツメに牙、それに一撃を食らえば背骨が折れるほどの破壊力を持つシッポなどで敵軍の兵士たちを恐れさせて来たが、それ以上にヴァナグリーを有名にしたのは、その移動速度だった。
馬の最高速度は時速60キロメートルとか70キロメートルとか言われているが、それはあくまで短距離の話しであり、行軍となると最大でも1日に約50キロメートルから60キロメートルほどしか歩けないのに対し、ヴァナグリーは、時速60キロで10時間でも20時間でも走り続けることが出来るという脅威的な移動速度を持っているのだ。
つまり、ヴァナグリーが高速で走れる道路さえあれば、東西に110キロメートルちょっと、南北に80キロメートルほどあるゲネンドル伯爵領の端から端までわずか2時間もあれば走り抜けることが出来るということなのだ。
もちろん、領内の陸路で整備されているのは、領都のゲネンドルタウンから西南にある領内第二の町ドゥインネンまでとか、北部、西部などへ続く主要道路だけだ。
それに道路と言うものは、山を避けたり、谷を避けたりするので必然的に曲がりくねって作られているので、領地の端から端まで舗装道路が通じたとしても、2時間で走り抜けるなんて無理な話しだ。
おそらく領地を横断するのには、倍の4時間くらいはかかると思うけど、それにしても馬車であれば4日ほどかかる距離を4時間で走破出来ると言うのは驚異的な速度であることは言うまでもない。
私の狙いは、このヴァナグリーの驚異的な移動能力を利用して、領都から遠く離れた北部や南部の僻地にある農場から、穀物やヤギ乳、ヒツジ乳、羊毛などをゲネンドルタウンやドゥインネンへ運んで消費することだった。
そして、これらの生産・輸送計画がうまく行けば、今度は足をさらに伸ばして、千キロメートル離れた大消費地ゾオルにまで輸送して販売することだ。
ゲネンドルタウンからゾオルまでの道は舗装されているので、ヴァナグリーを使えば、何と二日もあれば着く。
問題は、ゾオルまでにいくつかの貴族の領地を通過しなければならないため、各領地を荷馬車が通るために通行料とやらを払わされるということだった。
通行料はおよそ積荷価格の1割なので、10の領地を通ると輸送している積荷の通行料は積荷と同額になるため、最終消費市場(町など)に到着した時は、原価の2倍以上で売らなければ採算が取れないことになり、消費市場に近いところで出来る農産物は当然少ない通行料しか払わないので、とてもじゃないがゲネンドル領産の高い通行税を払った農産物とは比較できないほど価格競争力を持っているということになるのだ。
それを避けるためには、領地の南部に隣接する△△領を通って、海路でモノをゾオルに運べばいいかも知れない。しかし、そのためには△△領の領主と交渉して通行料を出来るだけ少なくしてもらわなければならないが、この方策は後ほど考えるとしよう。第一、私は△△領の領主とは面識がないし。
道路の重要性については、ドジョーネル王もアーレリュンケン族長も熟知していた。
いや、アーレリュンケン族長は、道路の重要性もガバロス族の問題- ルークヘルムの人口過密化とか、ガバロスの若者たちの欲求不満とか、就労問題など- も知ってはいたが、魔王国軍ガバロス親衛師団のレクスレギオン長として軍事作戦で忙しく、ガバロス族自体の問題には目を向ける暇がなかった。
と言うのは表向きの理由で、実際はアーレリュンケンは狩りとか戦いとかは好きだが、ガバロス族の内政問題などは面倒くさくて、すべてラクジャナたちガバロス族の賢く聡明な女連中にまかせっきりというのが本当の理由らしい。
ラクジャナは、ほかのアーレリュンケンの妻たちと力を合わせて、これまでルークヘルムの建設当時からガバロスの女たちをまとめ、並外れた統率力、決断力、意思伝達力、実行力でもってガバロス族を結束し、導いて来ており、言わば実質的な“族長”だった。
* * *
「ラクジャナさま、ゲネンドル伯爵領にガバロスの青年たちを移住させる地は、領都から遠く離れた僻地とも言えるところです。そこで、ガバロスたちの移住地で収穫される農産物をゲネンドルタウンなどの大きな消費地へ早く運ぶためには、整備された道路の建設が不可欠です」
「ドジョーネル王さま、ナンシーネ王妃さま、ドワーヴァリ族の移住地でいくら頑張って農作物を作っても、売れなければお金になりません。採れた農産物でお金を儲けるためには、30キロメートル、40キロメートル離れた大きな町まで輸送して行かなければならず、そのためには舗装された道路が必要です」
私の要望に対して、ラクジャナさまは即答された。
「それは当然でしょう。ルークヘルムがミタン国北部の山中に作られた時、やはり最初に作られたのは建築資材などを運ぶための道路でしたから、よくわかります!」
* * *
ドジョーネル王さま夫妻も、“お金を儲けるため”と言う私の言葉に即反応した。
「そりゃ、儲からんといかん!」
「そうですわ。何と言っても、何をするのにもまずお金が必要になりますわ!」
さすが、魔王国の総資産の2割とか3割とかを保有すると言われる資産家夫妻だけあって、お金の話しになると聡い。
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「それで、ラクジャナさまにもすでにお話をしましたように、私の伯爵領は現在かなり酷い状況で、農村では食料不足で近年は餓死者まで出ているほどで、私も魔王国の銀行などから融資を受けて、食料増産に取りくむべく計画をしていますが、何分にも耕作面積は広すぎ、農村部は男手不足ですので、残念ながらとても道路の整備にまで回せる資金も人手も足りない状態なのです...」
「わかりました。ガバロス族としても、ルークヘルムの人口過密化対策や、ガバロスの若者たちの就労問題対策などを真剣に考えています。アリシア伯爵さまの領地内に作られるガバロス族の新しい村と主要な町を繋ぐ道路の建設は、私たちにまかせてください!」
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「ドジョーネル王さまもナンシーネ王妃さまもご承知のように、私の伯爵領は現在かなり酷い状況で、農村では食料不足で近年は餓死者まで出ているほどで、私もドジョーネル王さまからの投資ならび魔王国の銀行からの融資でもって、食料を増産するように計画をしていますが、何分にも領土内の耕作面積は広すぎ、農村部は人手不足ですので、残念ながらとても道路の整備にまで回せるお金はないのです...」
「わかりましたぞ、アリシア伯爵殿。ワシも乗りかかった船じゃ、ドワーヴァリ族の移住者たちが収穫した農作物を1日でも早く消費市場に運べるように道路を作る資金を無償提供しよう!」
「そうですわ。せっかく、魔王さまのお気に入りのアリシア伯爵さまのご領地にドワーヴァリ族を移住させていただくんですから、道路工事は私たちが責任をもって作らせますわ!」
そう言うわけで、領地内の東西南北を結ぶ主要道路の建設に必要な費用と労力は、すべてガバロス族とドワーヴァリ族が受け持ってくれることになった!
主要道路の幅は4メートルで2台の馬車が行き違える道幅とし、その両脇には幅1.5メートルの歩道を作ることが基準として決められた。
この基準は、テルースの世界のほとんどの国で主要道路に適用されている世界規格だ。
もっとも、西ディアローム帝国の首都の道路は片側3車線という広いものだし、魔王国でも主要道路は片側2車線に変更されつつあるので、この規格も数年したら変わるかも知れないが、通常の交通量には問題ない。
とにかく、これで道路の整備にかかるお金が金貨何万枚、何十万枚分節約することができた!
ラクジャナさまは、ガバロス族を総動員し、ガバロス族青年開拓団が移住に当たってドジョーネル王から借りることになっていたヴァナグリー2千頭を前倒しに投入して道路建設の土木工事を進め始めた。
それを見たドジョーネル王さまもヴァナグリー5千頭を投入して、にわかにガバロス族とドワーヴァリ族の間で道路建設競争の趣きさえ見せ始めた?
ゲネンドル伯爵領街道整備計画
□ ポテトもイモも同じく芋ですが、作品中ではあえてほかの芋(山芋とかサツマイモ、サトイモなど)と区別するためポテトイモとしました。また、写真の黄色いイモは、ペルーで栽培されているインカ種のジャガイモです。
□ 肥料をやらなくても農作物が立派に育つ土地は、日本では見当たりませんが、海外では結構あるようです。ちなみに満州(現在の中国東北で、戦前は日本が植民地としていた)でも、やはり土地が肥沃で何もしなくても作物が育ったそうです。
□ ゲネンドル伯爵領の街道整備計画。規格などはローマ軍のものとしました。




