6.恋話
「改めて、俺は小栗 太狼。このビルの17階にある会社に勤めています」
「三島 太陽だ」
簡単に自己紹介をした二人はよろしく、と言う。
「彼の知人ということは、キミも妖怪なのか?」
「あ、はい。え、妖怪を知ってる…じゃあ貴方は祓い屋?」
「違う」
「あ、え、すみません」
別にいい。と太陽は素っ気なく言う。
妖怪を知っている人間=祓い屋という方程式を止めてほしいと太陽は思うが、こればかりは仕方ない。
自分が祓われてしまうかもしれないのだから、警戒するのは当然だ。
「小栗くんは人間の世界で生活を始めて2年なのに、大企業に就職した猛者なんですよ」
「いや、そんな…」
小栗が照れていると、注文したものがテーブルに運ばれてきた。
2年…ということは学校には通っていないのでは?
学歴がないのに大企業へ就職などできるはずがない。
怪しいと思いつつも太陽は紅茶を飲み、静かに話を聞く。
「さて、そろそろ小栗くんの相談に移りましょうか」
美墨が促すと小栗が「実は」と口を開く。
「俺、好きな人ができたんだ」
おぉ、と少し驚いた美墨。その一方で、恋愛相談かよと明らかに興味がない顔をする太陽。
「おめでとうございます」
美墨が小さく拍手をすると小栗は顔を赤くした。
「お相手との出会いは?」
「会社だよ」
「可愛い系と美人系なら?」
「美人…かな」
「どんなところが好きなんです?」
「俺が失敗したとき、笑って慰めてくれて…」
興味津々な美墨はどんどん質問し、それに照れながら小栗が答える。
キミ達は女子高生かとツッコミたくなる太陽。
この話と自分にきた相談の一体どこに関係があるというのか。
帰ってしまおうかと思ったとき、美墨が更に質問する。
「告白するんですか?」
小栗は今まで照れながらも即答していたが、その言葉で初めて止まった。
美墨はどうしたのだろうと首を傾げる。
待つこと数十秒。
「……無理だよ」
小栗は目線を自身の目の前にあるコーヒーカップに落とした。
「その子、恋人がいるんだ。会社は違うけど……」
小栗は飲みかけのコーヒーに映る自分の顔を見つめる。
眉が下がってなんとも情けない顔だ。
「それは…切ないですね」
「うん」
しんみりとした空気が漂う。
恋に破れた妖怪の話など太陽にとっては正直どうでもいい話であった。
別にこの妖怪とは仲間でもなんでもない。慰めようという気は全く起きない。
グイっと紅茶を飲み干し、一人だけさっさと出て行ってしまおうと立ち上がる寸前の太陽の手首を美墨が掴んだ。
何をするんだと太陽は美墨を睨む。
「別に結ばれなくていい。あの子が幸せなら」
下を向いていた小栗は二人の様子に気づくことなく話を続けている。
太陽は美墨の手を振りほどこうとするが、美墨の力が強くて離れない。
「でもさ」
小栗がコーヒーカップを強く握りしめると、ピシッと悲鳴を上げる。
「あの子、最近は全然幸せそうじゃないんだ。無理に笑ってる」
ピシピシとカップに亀裂が入っていくのが見える。
小栗の様子が変化したことを不審に思い、太陽は美墨の手を離そうとするのを中断した。
「アイツのせいだ…あの子の優しさに甘えて…許せない許せない許さない」
「小栗くん落ち着いてください」
「自己中心的で…今日だって予定があるって言ってたくせに…」
「小栗くん」
「腹立つ、腹立つ、腹立つ!!」
パリンっと音をたててコーヒーカップは砕け散った。
少し残っていたコーヒーが小栗の手にかかる。
周りにいた客がこちらを見てザワザワと騒ぎ出す。
太陽が店員を呼ぼうと片手を挙げようとしたとき、聞いたことのある名が小栗の口から零れた。
「鈴木恵梨香……あの子…」
小栗が勢いよく美墨の手を掴んだ。
「あの子はあのままじゃ不幸になる!だから…」
そして虚ろな瞳を向けて言う。
「あの子の恋人を殺しても…いいだろう?」