5.協力
幽霊と妖怪の違いは質量があるかどうかにある。
幽霊は実体がない魂だけの存在であるため触れることができない。しかし、妖怪は命があるため実体が存在するのだ。
「もしや、キミが足音の犯人か?」
「足音?」
ひらめいたと少し目を大きくさせた太陽が男に詰め寄るが、男には心当たりがないのかまたもや首を傾げた。
そして太陽がこれまでの経緯を話し始める。
自分が心霊相談所をしていること。
相談主がこの道で幽霊と思わしきものにストーキングされていること。
「なるほど…事情は分かりました。ですが、ボクは今日初めてここに来たので犯人ではありませんよ」
一通り話を聞いた男が苦笑いをする。
太陽はあからさまに肩を落とす。
それを見た男が「でも」と言葉を続ける。
「力にはなれると思いますよ」
「本当か?」
太陽の表情が少し明るくなるが、その変化はイマイチ分かりづらい。
「実はボクの知り合いからお願いされていることがありまして。多分、それと関係してるのではないかと」
そのお願い事が何なのかは歩きがてら話すとのこと。
「ならば、協力を願おう」
「はい」
じゃあ行きましょうと言う男を無視し、太陽は手を突き出した。
何事かと男はその手をみて目をパチクリとさせる。
「俺は三島 太陽。キミはなんというんだ?」
太陽は握手を求めているようだ。
男は「太陽…」と名を呟き、目を細め笑う。
「美墨です。よろしくお願いします」
その手を握り返すのだった。
*****
太陽と美墨はオフィス街を並んで歩く。
スーツを着た人間が多い中、一人だけ着流し姿の美墨は注目されている。
「キミ、その姿はどうにかならないのか?」
「似合いませんか?」
「そうじゃない。ただ悪目立ちしていると言いたいんだ」
「でも、今は着替えもお金も持っていないんですよ。貸してくれますか?」
「他人に金は貸さない主義だ」
「じゃあ、このままで我慢してください」
堂々と歩く美墨に太陽は提案をする。
「見えないようになればいいのだから、人間に化けるのをやめてくれ」
「化けるのを止めたらボクのことが見えない人にぶつかってしまうから嫌です」
そもそも人間は妖怪と生きている世界の軸が違うため見ることができない。
人間が住む「現世」と幽霊が住むと言われている「幽世」。妖怪は現世と幽世の間の世界で生きているため、どちらも視認できる。
妖怪は自身の存在を妖術という力で現世の軸に合わせることができる。それを「人に化ける」と言う。
夜になると陰の気、妖怪が使う力が強くなるため、人間に化けるほどの妖術を使わなくても現世の軸に合わせることができるようになる。
「まぁ、そんなことは置いといて」
「置くのか」
「到着しましたよ」
美墨が立ち止まった場所は30階建てのオフィスビルだった。
1階にはチェーン店のカフェとコンビニが併設されている。
美墨は迷いのない足取りでカフェへ入る。
恰好と店が全く合っていないが、本人は気にすることなく店内へ。
「えーっと…あ、居ました」
店内を見回して目的の人物を発見する。
美墨の後ろに太陽がついて歩き、その人物の座るボックス席へ到着した。
「こんにちは小栗くん」
「あ、美墨。来てくれてありがとう」
フワフワと柔らかそうな髪の小栗と呼ばれた男性は、美墨の声で顔を上げた。
美墨の後ろにいる太陽を見つけると小栗は首を傾げる。
それに気づいた美墨は太陽を小栗の向かい側の席に押し込み、自身もその隣に座る。
「キミの話に関係がありそうだったから連れてきました」
ニコニコと笑い美墨はメニューの書かれた冊子を開き、太陽も横から覗く。
店員を呼んで注文する。
太陽は紅茶を、美墨はハチミツ入りコーヒーとケーキを頼んだ。
――金ないんじゃなかったのか?
先ほどの会話を思い出しながらも太陽は口に出さず水を飲む。
「えっと、そろそろ良いかな?」
注文が終わるのを待ってから小栗が言葉を発した。
「はい、お待たせしました」
美墨がどうぞ、と促すと小栗が話し始める。