4.出会い
太陽は足音がするという恵梨香の通勤ルートを確認する。
休日の昼間だというのに人通りが少なく、街路樹が陽を遮って所々で薄暗い。
街路樹と電柱以外は身を隠せそうなところがない。
いくら尾行の名人でも走りながら身を隠すのは不可能だろう。
そして今は歩いていても他の足音は聞こえない。
「音がするのはいつだ?」
「えっと、仕事から帰るときと…そういえば休日は夜遅くなると聞こえました」
ふむ、と太陽は顎に手を当てて考え込む。
つまり昼間の陽がある時間帯は聞こえないということだ。
昼間では都合が悪い?人通りは少ないが居ないわけではない。
完全に暗いときだけ?雨の日は?
太陽が思考を巡らせているとき、「あの…」と恵梨香が口を開いた。
「何だ?」
「私、霊感はないんですけど、どうして急に分かるようになったんでしょう」
今まで生きてきて幽霊も妖怪も見たことがないという恵梨香はずっと不思議だった。
太陽はそんなことか。と説明を始める。
「逢魔が時や丑三つ時という言葉を知っているか?簡単に言うと霊や妖怪が最も力を発揮できる時間帯のことだ。つまり夜は奴らが活発になる時間。よほど鈍感なやつでない限り、人間でも存在を感じることができる」
夜は妖怪たちの力が強まり、人間にも見えるようになる。厳密には違うのだが、面倒なので太陽は簡単に言った。
そういうものなのか。と恵梨香が納得しようとしたとき彼女がスマホをポケットから出した。
すみません、と恵梨香は一言太陽に断り、少し離れたところでスマホを耳に当てた。どうやら電話のようだ。
「えっ、嘘でしょう?今から行くの…?」
チラチラと太陽の方を見ながら電話を続ける。
「でも今日は用事があるし…」
まるで太陽に聞かせるかのように大きな声で話す恵梨香。
少し演技くさいのが太陽をイラつかせた。
そして電話を終えた恵梨香が太陽の近くへ戻る。
「すみません、知人に呼ばれてしまって…」
依頼しておいて申し訳ないと思いながらも、その場を離れていいか太陽に尋ねる。
「構わない。キミの行動ルートはもう聞いたし、ここからは俺一人でもできる。安心して遊びに行くといい」
――問題が解決していないので安心はできないが。
言葉にはせず恵梨香は何度か謝りながら、その場を後にした。
残された太陽は周辺の調査に戻るが、怪しいところは見当たらない。
何が原因かう~むと頭を悩ませていると、桜の花びらがハラハラと目の前に落ちてきた。
ここの街路樹に桜の木はなかったはずだ。
太陽が顔を上に向けると、先ほどまでは鳥すら居なかった街路樹の太い枝に男が立っている。
男は着流しに草履といった姿でそこにいた。
「そこで何をしている」
太陽が声をかけるが男は無視する。
無視されたことにイラついた太陽は少し声量を大きくした。
「着流しのキミ。キミの耳は節穴か?」
服装に触れたことで漸く自分のことだと分かった男が太陽を見た。
無言で見つめ合うこと数秒。男が枝から飛び降りた。
それなりの高さであったため、太陽は驚き咄嗟に動いたが、男はふわりと羽が生えているかのように、ゆっくりと着地した。
「これはこれは。ボクのことが見えているんですね」
何事もなかったかのように男が声を発した。
短く切りそろえられた髪は墨汁をかけたかのように真っ黒で、その髪に桜の花びらがいくつか付いていた。
「となると、貴方は祓い屋ですか?」
男の問いに太陽は「失礼な」と言う。
「俺はサンライズ・クレバー心霊相談所の三島だ」
誇らしげに笑う太陽とは対照的に男は目をぱちくりさせる。
「さんら…?」
何を言っているのか飲み込めない男は首を傾げた。
「えぇと…とにかく祓い屋ではないのですね?」
「そういうキミは幽霊か?いや、触れるから妖怪か」
太陽は遠慮なくペタペタと男の身体を触る。
この世には悪霊や妖怪といった類のものが存在する。
それらは普通の人間では見ることができない。
それを良いことに奴らは人間に害を与える。
そんな悪霊たちを滅するのが『祓い屋』である。
祓い屋になるにはある才能が必要とされる。
見鬼の才。
それは幽霊や妖怪を見るための才能。
祓い屋でなくとも才能を持つ一般人はいる。
三島 太陽もそのうちの一人だ。
「はい、ボクは妖です」
触られていることを気にする様子もなく男は笑った。