2.不可解
仕事終わりの帰路で不思議なことが起こる。
それは一週間前から始まった。
女性-恵梨香が人通りの少ないその道を通ると自分以外の足音が聞こえ、自分が立ち止まるとその足音もしなくなる。
振り返ってみても人影はなく、気のせいかと思って歩き始めると再び足音がするのだ。
恐ろしくなって駆け足になると、その足音もついてくるように駆けだす。
走りながら振り返っても誰もいない。
家に入るとその足音は聞こえなくなる。
ドアの覗き窓から外を見るが、もちろん人影は見当たらない。
ピリリリリとスマホが着信を知らせる音がした。
「も、もしもし」
『もしもし恵梨香?俺だけど』
恐る恐る出ると、電話の相手は彼氏の滝沢だった。
恵梨香はホッといして息を吐く。
「滝沢くん」
『今何してるかなって思って電話したんだけど、もしかしてまた何かあった?』
あからさまに安心した声で自分を呼んだため、滝沢は勘付いた。
恵梨香は実は、と言って今日も何かに後をつけられた話をした。
滝沢は何かを考えるように黙りこむ。
『よし、じゃあ次からは俺が一緒に帰ってやるよ!』
「本当に?でも滝沢くんの家は反対方向だから大変じゃない?」
『お前を守れるなら平気だって』
頼もしい彼氏の言葉に恵梨香は嬉しいと返す。
そうして二人は翌日から共に帰ること約束をした。
一人で帰らなくていいということに恵梨香は少し気分が軽くなり、その日の仕事はいつもより集中して取り組むことができた。
「今日は調子がよさそうですね」
後輩の小栗が恵梨香にそう言った。
「先輩が元気そうで安心しました」
普段、そんなに疲れた顔をしていたのかと恵梨香は反省する。
後輩にまで心配をかけてしまった。
「ありがとう小栗くん」
「いえ、お礼なんてとんでもないです!」
犬のように人懐っこい笑みを小栗は向ける。
そして終業を告げるチャイムが社内に響いた。
「あの、もしなんですけど…」
小栗が何か言いかけたところで恵梨香のスマホにメッセージが入る。
相手は滝沢で、会社の前まで来ているとのこと。
「ごめん、人待たせてるから帰るわね」
恵梨香はバタバタと慌ただしく帰宅準備をして会社を出た。
「また、あの人…」
ボソっと小栗が呟いたが恵梨香の耳には届くことはなかった。
「聞こえるでしょう?」
「あぁ」
ボソボソと小声で話す二人の耳には自分たち以外の足音が聞こえた。
今日は滝沢が隣にいること恵梨香はで少しだけ心に余裕があった。
今までは怖くて気にしていなかったが、足音は動物のものだった。アスファルトに爪が当たりカッカッと音がする。
「なぁ、これって動物…だよな?」
「うん」
振り返ってみるが犬の散歩をする人どころか、自分たち以外の姿はない。
「もしかして、犬の幽霊がついてきてる…とか?」
「怖いこと言わないで!」
もしそうならば自分は憑りつかれているのだろうか。
恵梨香は恐怖で身震いをした。
二人で話ながら何とか気を逸らそうとする。
たまに不意打ちのように走りだしてみたが足音は相変わらずだ。
そして恵梨香の家に着く。
「今日は、ありがとう。いつもより怖くなかった」
「いや何もできなくてごめん」
「そんなことないよ」
滝沢は恵梨香がドアを閉めるまで見守ろうと待っていたが、恵梨香はモジモジとして閉めようとしない。
「どうした?」
「あの、家の中も怖くて…良かったら…その、泊まってくれないかなぁなんて…」
目線を泳がせながら言う恵梨香に滝沢が笑う。
「いいよ」
そう滝沢が言おうとしたとき、バンバンバンと何かを激しく叩いたような音が響いた。
「な、なに!?」
怯える恵梨香を抱きかかえるようにして、滝沢は室内に入った。
その後、夜から家を出る朝にかけてまで不審な音は鳴り続けた。
不思議なことにその音は恵梨香の部屋でのみ聞こえていたと、近隣住民の話で発覚したのだった。