11.犯人
驚く恵梨香とは対照的に小栗は落ち着いていた。
太陽が美墨に近づき「もしかしてアレが?」と小声で尋ねると「彼女の恋人ですね」と説明をした。
「小栗くんに連絡を貰ったんだ…この時間にこの場所へ来てほしいって」
恵梨香が小栗に視線を向けると、小栗はポケットからスマホを取り出して笑う。
それで何かに気づいた恵梨香は自分のスマホを操作した。
何かのアプリを起動させると驚愕する。
「なんで…家に居たんじゃ…」
「家に居た?」
何のことか分からない太陽が言葉を繰り返した。
困惑する人々をよそに小栗は声を出して笑った。
「アハハッ!いい加減理解しなよ先輩。そのアプリはもう滝沢さんのスマホの位置情報と連動してないんだよ」
「嘘…」
何度かスマホを操作するが恵梨香の表情は段々と青ざめていく。
「俺のスマホと連動?小栗くん、どういうことだい?」
滝沢が尋ねると小栗はゆっくりと説明し始めた。
「この間会ったときに聞きましたよね?赤いアプリは何かって」
「あぁ」
「あれって親が子どもの位置情報を知るためのアプリなんですよ」
「俺の親はスマホなんて持ってないから意味ない…」
そこで一同は恵梨香の言動を思い出した。
『なんで…家に居たんじゃ…』
そのとき彼女はスマホを操作してから言っていた。
「最近、スマホのバッテリーがすぐ消耗するって言ってましたよね。あれはアプリが常に位置情報を送っているからです」
「まさか…」
信じられないものを見るように滝沢が恵梨香に視線を向ける。
「先輩のスマホを少しいじって滝沢さんの位置が常に家になるようにしたんです」
結構大変でしたよと疲れたような仕草で小栗がアピールする。
口ぶりからして小栗が恵梨香のスマホにハッキングをしたのだろう。
どうして。そう口を開こうとした滝沢より先に恵梨香が言葉を発した。
「彼氏の居場所を知って何が悪いの?」
「恵梨香?」
「彼氏がどこに居るか、何をしてるのか知りたいと思うのは普通でしょう!?彼女の私にはその権利があるの!」
目を大きく開き、喉が裂けるのではないかと思うくらいの大声で恵梨香が叫ぶ。
「何が権利だよ。ついでに盗聴アプリもしこんでたじゃん…本人の許可なしでやってたら犯罪だよ」
「違う女を連れ込んでないか確認してただけよ!」
「会社の休憩時間にいつもイヤホンで聞いてたよね。俺、狼だから耳はいいんだよ」
気持ち悪ぃと小栗が舌を出す。
「盗聴アプリ…?」
次々と出てくる事実に滝沢の顔が青くなる。本人は何も知らなかったようだ。
ふと、この間の出来事を滝沢は思い出す。外回りから帰るところだった小栗と話していた時のこと。
談笑していたところを遮るように恵梨香からメッセージが来た。
別に気にしていなかったが、よく考えれば盗聴されていたからあのタイミングで来たのか?
背筋が凍るような気がした。
「恋人とか言ってるけど、盗聴までしてるストーカーとか…何考えてんの?」
「うるさい」
「アンタじゃ滝沢さんを幸せにできない」
「黙って」
「気持ち悪ぃんだよメンヘラ」
「うるさいうるさい!そっちだってストーカーのくせに説教しないで!」
「確かに俺はアンタを喰うためにつけてたけど盗聴まではしてない」
狼だから耳が良いだけ、と自身の耳を触る。
「きっと彼もアンタみたいなのとは一緒にいたくないと思うよ」
「滝沢くんがそんなこと思うわけないわ!だって私のことが好きなんだから!そうでしょう!?」
恵梨香が縋るように滝沢を見るが、滝沢は怯えた表情で一言だけ発した。
「無理…」