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10.確保

 時刻は午後9時。

 仕事の昼休みに太陽から連絡を受け、恵梨香は指示通り夜に人気のない道を歩く。

 街路樹が月明りを阻み、不気味さを加速させる。

 気を紛らわせるためにイヤホンをし、恵梨香はスマホの音楽プレイヤーを操作する。

 ――大丈夫。きっと何とかなる。

 イヤホンの音に集中しながら恵梨香は少し速足で歩く。

 その様子を一定の距離感を保ちながら、で太陽と美墨が尾行していた。


 「音楽を聴いているんですかね?今って何の曲が流行ってるんですか?」

 「知らん」

 「ゲームの主題歌とか人気ですよね」

 「知らん」

 「この香水知ってます?匂わないって有名なんです。つけます?」

 「知らん」

 「ボクはつけますね」


 尾行に集中したい太陽は美墨を相手にしない。

 何とか相手をしてもらおうと美墨は色々話を振るが、全て「知らん」で返されてしまう。

 面白くないと美墨が不貞腐れたとき、カッカッと爪がアスファルトに当たるような音が聞こえた。

 太陽はスマホを操作し、恵梨香にターゲットが来たことを知らせる。

 スマホで音楽プレイヤーを操作していたため、恵梨香は太陽のメッセージに気づくことができた。

 街路樹で身を隠しながら尾行していた太陽たちとは違い、ターゲットは堂々と恵梨香の後ろを歩いていた。

 太陽が恵梨香に立ち止まるようスマホで指示をする。

 それに続いてターゲットの足音も止まる。

 ――今だ!

 太陽が飛び出し、ターゲットに飛び掛かる。

 このまま捕縛できれば解決だ。

 しかし――。


 「匂いでバレバレ」


 ヒラリとそれを躱された太陽は地面に伏す。

 急いで立ち上がろうとしたが、ターゲットが太陽を踏みつける。


 「ぐがっ」

 「三島さん!」


 倒れた太陽に気づいた恵梨香が声をあげる。

 人間よりも強い力で太陽を押さえつけているのは、栗色の毛を靡かせる狼だった。

 ――これがストーカー妖怪の正体か。

 もぞもぞと身をよじらせて太陽が抜け出そうとするが、狼はビクともしない。


 「不意打ち失敗ですね、相談屋さん」

 「え、その声…小栗くん?」


 狼の声は太陽が予想した通り、小栗のものだった。

 後輩が狼となって登場したことに驚きを隠せない恵梨香の声は震えていた。


 「小栗くん…妖怪だったの?」

 「だったら何ですか」


 狼の鋭い視線に恵梨香の身体は硬直した。

 グルルと喉を鳴らして小栗が恵梨香を威嚇する。


 「よそ見すんなよ」


 太陽が自分を押さえつけている小栗の前足を触ると、バチィっと音をたてて火花が散った。

 それに驚いた小栗が飛び退き、咳き込みながら太陽が立ち上がる。


 「肺が潰れるかと思ったぞ」

 「…やっぱり祓い屋だったのか」


 太陽を睨みつける小栗の前足は火傷していた。

 小栗からは先ほどまでの余裕が消えていた。


 「これは正当防衛として覚えたものだ」


 太陽は懐から長方形の小さな紙を取り出す。それは呪符と呼ばれ、悪霊や妖怪を倒す術が込められた紙。

 祓い屋は主にこの呪符を使って戦うのだ。


 「ふん。どうでもいいが邪魔するなら容赦しない」


 牙をむき出し、太陽に向かって小栗が走り出す。

 迎え撃つように太陽が呪符を掲げた瞬間。


 「はい、そこまでです」


 ガバっと後ろから小栗を美墨が抱きかかえた。前足の下に腕を入れられ、ぶらーんと後ろ足が宙を掻く。

 よしよし、と大型犬をあやすように美墨が小栗の頭を撫でる。


 「放せ!」

 「駄目です」


 ジタバタと小栗がもがくが美墨の力は全く緩まらない。


 「お前、なんで…」


 自分は匂いですぐにバレたが、美墨は全く警戒されることなく小栗を捕らえたことに太陽は唖然とする。


 「だから香水貸しますって言ったのに。つけると体臭とか色んな匂いがしなくなるんですよ」


 そこで太陽は尾行中の会話を思い出した。

 そういえばそんな話をしていた。


 「お前、小栗が狼と知っていてその話をしたのか」

 「当たり前じゃないですか」


 それならそうとハッキリ言ってほしかったと太陽はため息を吐く。

 いや、適当にあしらっていた自分も悪い。

 色々と反省をしながら、気持ちを切り替えて恵梨香に向き直る。


 「アンタの後をつけていたやつは確保したがどうする?」


 抵抗しても無駄だと分かったのか、大人しくなった小栗を太陽が指さす。

 恵梨香はジッと小栗を見つめる。


 「本当に…小栗くんなの?」


 声は本人のものだが、姿は本物の狼だ。信じろという方が難しいだろう。

 小栗は深いため息を吐いた後、美墨に暴れないから放せと言った。

 美墨が小栗を解放すると同時に、小栗は人間の姿になった。

 それを見た恵梨香は目を丸くする。


 「彼は『送り狼』という妖です。本来は夜中に山道を歩いていると、後ろからついてくる狼のことを言います」


 美墨が小栗の手を押さえながら言う。暴れないという言葉を鵜呑みにするほどお人好しではない。


 「何かの拍子にその人が転んでしまうと、たちまち食い殺してしまう恐ろしい妖です」


 ガブガブと言いながら小栗の頭を指で噛むような仕草をする。


 「他にはちゃんと家に帰れるまで見届けるためなど諸説ありますが、彼の場合は前者の方が正しいでしょうね」

 「何だと?」


 太陽が訝し気に二人を睨む。小栗の願いは『先輩の恋人を殺す』ことだ。その本人を殺してどうする。

 もしや小説などにある「貴女が死ねば一生自分のもの」とかいう変な思考の持ち主なのか。

 太陽が思考を巡らせていると、太陽と恵梨香の背後から足音が聞こえた。

 音に反応して二人が振り返る。


 「滝沢くん…どうして…」


 そこには恵梨香の恋人である滝沢がいた。

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