アリスのお茶会・招待状
使用人たちの問題はマリアやアンドル他、使用人たちの協力……というか、大半は自滅した気がするのだけれど、無事に解決に至った。
細かい問題は残っているだろうけど、そのあたりは時間を重ねれば解決していくだろう。
幸いにも犯罪行為をしていたのはハウルと侍女2名のみだった。
私が嫁ぐ前からの問題行動だったとはいえ、犯罪者を知らずに雇っていたことが周囲に知られれば大きな醜聞になってしまうから、事が大きくなる前に追い出せてよかったわ。
ハウルを子飼いして重宝していた前侯爵夫妻にも騙されていた、お気の毒、と涙を見せて恩を売ることも出来たことだし……出来るだけ長い間領屋敷のほうで寛いでもらわないと。
あとは新しい雇用条件や割り振られた仕事に反発したものが多少出た程度。
仕事をしない使用人たちはアバンの下に押し付けるか、元の雇用主のいる領屋敷のほうへ移動させた。
一度雇ってしまうとむやみに解雇も出来ないので、雇った当人に責任を取ってもらいましょうか。
まあ、大元の粗大ごみがドンと残ってるのだけど、あれは簡単にポイって出来ないのよね……。
「さぁて、そろそろ時間の余裕が出来てきたからいい加減社交のほうにも目を向けないといけないわ。まずは招待されているお茶会にでも参加しようかしら……お茶会ならアバンの同伴も必須ではないし」
そんな配慮をしたところでアバンとアリスさんは連日連夜楽しく夜会にお出かけしてらっしゃる話なのよね……。
2か月先に隣国や友好国の貴賓を招いて開かれる皇室主催の夜会は公式行事でもあり、高位貴族は危急な用事がなければできる限り参加する義務があるのがねえ……。
アバンもアリスのどちらも世間体や体裁なんて考えてくれないでしょうし、エスコートを受けずに一人で参列するのはまあいいとしても、それまでに一人で孤立しないようある程度味方になってくれる知り合いを作っておかないと。
「……なら、夜会用のドレスの用意はしておかなければいけないわね、お母様に連絡しておこう……あら?」
忘れぬように母宛の手紙を書いてしまおうと机の周りを眺めるが便箋が見当たらない。
仕舞ってある場所は知っているので侍女を呼ぶまでもないと椅子から腰を上げ、文具類をしまっているチェストへと歩き出した。
「眩しい……」
立ち上がると窓から室内を明るく満たす陽の光が差し込み、磨かれた床を照らしている光の束が目に映る。
その光の届く距離を見て季節は春から初夏へと変わりつつあることに気づく。
移り行く季節の変化に気づかないほど屋敷の中に引きこもっていた事実に気づいて苦笑を浮かべた。故郷では日焼けするとお母様に叱られても毎日外に出ていたのにね。
便箋を手にすると、明るい窓辺へ向かった。
爽やかな風が木々の間を走り抜け、強くなり始めた日差しがキラキラと地上の命全てに生命の力を与えているかのよう。
以前より色の濃くなった木々の落とす影を窓越しで眺めながら新鮮な空気を部屋に入れようと窓を開けた。
頬や髪を優しく撫でる微風を感じながらまずは母宛の手紙をしたためる。
時節の挨拶を考えながらお母様の顔を思い浮かべた。
前の時は二度と会うことの叶わなかった懐かしい両親、でも今はカイルにも会えたのだから、きっとまた再会出来る。
豊かな港街ロゼウェルにある、祖母の代から懇意にしている仕立て屋の主人に連絡を繋いでもらうよう書き、丁寧に折りたたむと、宛名を書き署名を済ませてから侯爵家の家紋が描かれた封筒に入れた。
それを実家に送ってもらうよう頼むため、アンドル宛の書類ケースの上に置いておく。
「社交に関してだと前の記憶は全く役に立たないのがつらいわね……ん~……王都内の貴族の派閥や勢力図あたりをカイルに教えてもらおうかしら」
……それは流石に甘え過ぎね。調べればわかるようなことまで頼むわけにはいかない。
机の上に置かれた様々な立場の貴族から届いた招待状の束に視線を向けてため息をつく。
苦手だからと後回しにしても意味がないと、覚悟を決めてそれを自分の前に引き寄せた。
……侯爵家は現王政派だから、同じ派閥の貴族の招待なら問題は起きないでしょう、小さなところからコツコツと築いていけば……。
「奥様……ッ!」
テーブルの上に並べた招待状へ目を通しながら考えていると、侍女が一通の招待状を手に飛び込んできた。
「なあに? そんなに慌てて、どうしたの?」
手にしている封筒は私宛だろうと手を差し出してみる。
少しだけ渡すことに躊躇する仕草を見せる侍女が覚悟を決めた顔でそれを私に差し出した。
その仕草に緩く首を傾げてから受け取り、宛名を確かめるために裏返す。差出人は……、と。
「……ええと……アリス・ティード」
…………んん???アリス????
あ り す ぅぅぅう??
……ああ、片づけたいのを我慢してる最中の粗大ごみが頼みもせずにやってくるなんて……。
思いがけない招待状の差出人の名に動揺して呆然としていると、アリスから私宛にお茶会の招待状が届いたことを他の侍女から知らされたマリアとアンドルが部屋へと駆け込んできた。
「……とりあえず、詳細を確認するべきかしら、ええと……日時と場所…………」
「……ロッテバルト侯爵本邸中庭、時間は多分本日、1時間後です」
息を切らしながらマリアが答えた。
「わあ、正解」
開いた封筒の中に差し込まれていたカードを開くとマリアの言葉通りの文字が並んでいた。
「厨房のシェフや旦那様の部屋のある階を担当しているメイドや従僕達から予定の無い仕事を旦那様から振られたと報告が重なるように入り、不可解なほどの金額が動いていることが調査にて判明致しました……。
旦那様のご友人を呼んで茶や酒を飲み遊んでいらっしゃることはよくある事でしたので、初めのうちは人数が増えたのか程度で特に気にも留めるようなものではないと奥様に報告を上げていなかったのです……」
そうね、ほんと飽きずに遊び歩いてらっしゃるものね……。マリアの報告を聞きながら思わず頷いてしまう。
「その……気が付いたらあっという間に大きな規模になっておりまして……まさかとは思ったのです……。まだ奥様がお開きにもなっていないのに、一介の客人……いえ、ただの取り潰された男爵家の元ご令嬢でしかない居候が身分の高い奥様を差し置いて貴族のご令嬢やご夫人を招き社交の場を開催するなど聞いたこと……その、あり得ない事でございまして」
普通の神経なら予想もしない事よね。うん、理解していてよ……。
「断りも打診すらなしだものね。……私は今が初耳だけれど貴方たちのところには?」
直属の使用人に話を通しているが、伝達が滞っていた、ならまだある話だけれど、マリアやアンドル、そばに控えている侍女達も同時に首を横に振り誰も今回の話を聞いてもいないことを教えてくれる。
「時期的に先日旦那様が奥様に無心してきた金の使いどころがこれ、という話でしょう。業腹ですね、利子付けておきましょうか」
「法定範囲の上限額でお願い」
「……お優しいですね」
トイチとかでも誰も責めませんよとアンドルが呟くが、払えない額を吹っかけても面倒なだけなのよ。
◇◇◇
アリスのティーパーティをどうするべきかと皆で招待状を眺める。
最初の動揺は消え去さったけれど、何度となく手元にある封筒へと視線を向けるうちに私の意識が前の時へ引きずりこまれる感覚を覚えてしまう。そうして思い出した。
前の時もこの招待状がアリスから届けられたことを。
アリスは基本的に甘い言葉と体を使ってアバンをそそのかし私を悪者に仕立て上げた。
アバンに私に対する憎悪を心の内に育てさせ、何かあるたびに夫の手で罰を与えるという体で私を追い詰めていった女。
アリスと直接言葉を交わしたことは数えるほどしかない。けれど、思い出せた。
受け取った時に感じた絶望を。
思い出した絶望に指先を震わせながら届いた封筒の裏側を改めて眺める。
彼女の名、封筒の色、装飾も何もかも前と同じ…………だけど。
「…………あら?」
封蝋に捺された印璽は可愛らしい薔薇の模様、其処だけが違った。
「……侯爵家の印じゃない」
前の時は侯爵夫人だけが使える印璽が押されていたのよね。
突然呟いた私の言葉の内容に何を当たり前なことをと呆れるマリアの声が聞こえる。
前はただ悲しかった。
偽物、仮初の侯爵夫人だと罵られ、豪奢なドレスを着飾りアバンの愛に包まれるアリスが本物なのだと見せつけられ。
アリスを取り巻く令嬢たち、夫であるはずのアバンも私の周りにいるもの全てがそれを肯定して私を否定し蔑んだ。
――――思い出しただけで体が震え、凍り付くような怖さが心の奥底から湧き出してくるけれど、でも今はもう愚かな選択を選らぶことのなかった違う未来の流れの中。
この小さな変化は、きっと私が私らしく生きるための未来を勝ち取った証。
そうして自分の手で掴み、選び取った心強い私を支えてくれるマリア達に笑みかけながらお茶会に参加する旨を伝えた。
愛人から売られた喧嘩は買うのが貴族令嬢の流儀だものね。
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