変わった私、変わらない男
給金日の騒動から暫くして午後のお茶の時間にアバンが部屋にやってきた。
まあ一応形式上は夫婦なので先触れがなかったことは大目に見るけど、ノックもなしにいきなり入ってくるのはマナー違反ではないかしら。
廊下に控えていた侍女が止めようとした声が聞こえたので心の準備は出来たからよかったけど。
仕方なく手にしていたカップをソーサーに戻しテーブルへ置く。傍に置いたままだった扇を手に取り少し広げて口元を隠してからアバンへ顔を向けた。
せっかくお気に入りの茶葉で淹れたばかりだったのに、冷める前に終わってくれる用事かしら……?
入口でアバンの入室を止めようとしてくれた侍女が護衛騎士を呼びに向かったようなので心持ち安心しながら彼に視線を向けた。
「アバン様、お久しぶりですね。貴方のほうから私の部屋に赴かれるなんて珍しい事」
「……え?」
変に警戒されるのも困るから婚姻式の時は頑張って貴方に恋してるままのエリザベスです! って振りをしていたのよね。
思い出すだけで背筋が寒いわ。
今もあなたが居なくて寂しかった、お会い出来て幸せなの(はぁと)みたいな素振りを期待してたのかしら?
全く興味の無さそうな無表情の顔の私を見て狼狽えているわ。
幼馴染だからと新婚の妻のいる屋敷に女を連れ込むまではいい。
私が連日忙しく動き回っているのを知っているだろうに、仕事と言えば週に1,2回王宮に気まぐれに通う程度。
薄給の甲斐性無しのくせに連日のように自称幼馴染の愛人を連れて気ままに遊び歩いては散財する生活を飽きずに続け。
妻と同じ屋根の下に居ながら恥知らずもいい事に幼馴染との体の関係まで持ち続けた。
そして2か月近くも弁明すら無しで、妻を放置したらどんな女だって呆れかえって愛情や恋情も情と言う情は全部消え去るでしょうに。
「あ、ああ……君に聞きたいことがあって。その……まだ受け取ってないのだが……」
「なんのことかしら? 特にお約束した記憶はないのですけど?」
持参金ですよね~、わかっていてしらばっくれてみます。
プライドが王都を囲む山脈より高い人だから持参金をくれとか寄越せとか直接言いづらいんでしょうね。私のほうから捧げるものだと思ってるでしょうし。
「ええと、あれだ、その……君のご両親から受け取っているだろう? 俺に……いや、侯爵家に」
「……もしかして……じ……」
「じっ……!!」
「……じ……じ……う~ん……ジルデルの実でしょうか? ロゼウェルにいらした時美味しいと召し上がっていましたものね……ごめんなさいあれはまだ実をつける季節ではなくて」
ジルデルは一口大の瑞々しい果肉の実をつけたローズベルク地方名産の果物だ。
実を熟すのが夏の盛りで海水浴やリゾートで訪れる観光客にも地元の人間にも人気の果物である。もちろん私も大好物。
少し前のめりになった体がいい感じに崩れた。そんなに切羽詰まっているのかしら? 母に旬の時期になったら贈ってもらいますねとニコニコしながら返してあげる。
「それはありがたいが……そうではなくて! ……ああもう! 持参金だ、受け取ってきたのだろう? 君も忙しかったようだからうっかりという事もあるだろう。心の広い俺はそんなことで君を咎めるつもりはないが……、その……そうだ、そろそろ父上からも確認したのかと言われてな」
そうだって言っちゃってますよ。今思いつきましたね?
それにしても、もうプライド折れちゃったの? もう一生懸命「ジ」から始まる言葉を頭の中で探していたのに……。
「持参金は勿論持って来ましたけれど、貴方にも侯爵家へだって納めるようなものはありませんわね」
「何を言ってるんだ、持参金は俺や婚家が受け取るものだろう??」
「申し訳ないのですけど、婚姻の契約を結んだ際、侯爵家からは支度金どころか結納金も1リエルたりと頂いておりませんの。
首が回らない状況だったのは父も理解してますのでそのことについては何も言うことはないのですが……。
こういう場合の時、ローズベル家から渡された持参金は私の品位保持のために使うものを持参金という形で持ってきたものとなっていますの、ご了承くださいませ」
「なんだと!? そんな勝手が許されていいわけがない!」
「先ほども説明した通り許されるのです。
私は侯爵夫人となりました。侯爵家の品位を保つためにも格を落とさぬ装束と装飾品を身に着けていなければなりません。
客をもてなすために屋敷を整え、屋敷の使用人たちを雇用し邸内の品格を保つことにもお金がかかるのですよ?
事業が安定し、侯爵家の財政が潤うようになるまでは私の持参金でそのすべてを賄っているのです。当主予算とは別の金が必要なのでしたらそのあたりはアンドルに聞いてくださいませ」
お話は以上ですね、と言うようにぴしゃりと扇を閉じた。
「あ、あの者はだめだ! 全くと言うほど融通が利かない!」
呆れた、もう特攻済みなのね。
「先ほども言いましたように侯爵家には財政の余裕がないのです、出来る限り毎月支給される当主予算の範囲内でお使いくださいませ」
「い、今必要なのだ! 次では困る!! 事業の金でも屋敷の金でも何でもいいからこちらへ回してくれ!」
「まあ、簡単な引き算ですのよ? 後で足せばいいと必要な予算を脇から引いたら事業も成り立たなくなります。貴族税が払えずに爵位の返還や破産の憂き目には遭いたくはないでしょう?」
平民になっちゃうのですよ! とわかりやすく強めに言ってみると流石にそれは嫌なのか眉を歪めながらも口籠った。
「……ふう、仕方ありませんね、予算内でと言うお話をしておかなかった私のほうの落ち度はあります、多少でしたら私個人の資産から無金利で融通しますわ。用意しておきますから明日にでもアンドルからお受け取り下さい」
「そ、そうか? ……それならありがたい! では頼むな! 出来るだけ早くだぞ!」
「ええ、大切な旦那様のためですもの」
頑張って口角を引き上げ笑みを作る。
必要以上に追い詰めて警戒させるわけにはいかないと考えての行動だったけれど、今まで無表情だった私が笑みを浮かべたことに対してあの愚かな男は……。
『 構ってあげなかったから拗ねていただけか、バカな女だ 』
とでも解釈したのでしょうね。 ……馬鹿な男。
出来ないと一辺倒で断って過剰に恨まれるのも、言うことを聞き続けて増長させるのも悪手ではある。
だから現状を作ったのは、侯爵家の怠慢だと責めてから少しだけ逃げ道を用意してあげただけなのに。
渡されないとしても持参金や私の個人資産の額を聞こうともしない、詰めの甘さがアバンの能力の程度の低さを匂わせるわね……。
まあ、聞かれたところで教えたりしませんけど。
融通した分はあの人の借金になるのだけど、あの調子じゃそれも気づいてないようね。
アバンと入れ替わりに部屋へ入ってきたアンドルに銀行へ出かける用事が出来たので護衛騎士と馬車の用意を頼んだ。
そして彼にある程度の金額を、予算外の資金として私の資産からアバンへ貸すことを伝えておけば借用書作っておきますねと返ってきた。
「金額ですが、あの男が無心してきた額の6割ほど融通されると良いでしょう。多すぎても少なすぎるのもアレですので」
と、アバンがアンドルに強請った額を教えてくれた。6割程度ね、わかったわ。
打てば響くようなやり取りに満足しつつぬるくなったお茶を飲み干してから侍女を部屋に呼ぶ。
出かける支度を済ませると、騎士を連れ侯爵家の馬車に乗り銀行へと向かったのだった。
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