幕間---王太子殿下はまだ語る
たまにやってくるナイジェル様視点回です。
夜半に淑女の住処から追い出された。
……そういう表現は真実ではあるが語弊があるな。
私の名はナイジェル・イルクール・ド・リリエンタール、この国の王太子だ。
同じタイミングで追い出された我が従弟は彼女の言葉が頭の中で嵐のように渦巻いているのか、追い出された姿勢のまま赤い顔のまま固まっている。
彼女の両親に許しを得たとか、彼女にも伝えたとかロゼウェルから王都への帰りの馬車の中で言っていたのは何だったのか。
……ああ、言うだけ言って返事は後日って濁されていたのかもな。
彼女も現状既婚者だ。
互いのために不用意な返答は控えているだろう。
そんな彼女から心は既に決まっている……とも取れる言葉を告げられたら、この男でもこうなるのか。
誰もが口をそろえて名宰相と称賛した前宰相であった今は亡きエドワーズ伯父上。
従弟はその伯父上に容姿だけでなく、頭脳や才覚もまた伯父上に似ている。
それは私にとって朗報だった。
なにせ伯父上の葬儀が終わったばかりの頃、『もう王都へ足を向けることはない』と引きこもり宣言をして父や母を驚かせたのはまだ記憶に新しい。
その舌の根も乾かぬうちに、ふらりと王都に現れそのまま大公家のタウンハウスに居ついた男だ。
その上継承権を返上してまで欲しいものがあると告げて来たのだ、能力を多少は疑っても仕方ないだろう。
王都にいる間公務を手伝わせてみて、結構使える男だなと従弟の評価を高く見積もった頃だった。
初夏に開催される王家主催の舞踏会で、従弟が王位継承権を投げうってでも手に入れたいと希う女神の存在を知ることになった。
従弟の生まれ育ったリューベルハルク領の隣に位置する、ローズベル辺境伯家が治める大きな貿易港を持つ都市ロゼウェル。
ロッテバルト侯爵夫人と紹介されたエリザベス嬢は、神がかった商才を持つ辺境伯と王国の薔薇と謳われた才女の間で生まれた一粒種。
港からやって来る諸外国の多様な文化と豊かな自然に恵まれたローズベル領で育まれた娘は、幼い頃体の弱かった従弟の唯一の幼馴染――だと、聞かされた。
しかし従弟が彼女を見つめる視線に含まれる熱が、私自身の女神であるマデリンへ向ける熱と同じものを感じとり、彼女の存在は従弟にとってただの幼馴染ではないことを察したものだ。
そして婚姻前から不貞を続けていたろくでもない夫を持ちながら、持てる才覚を発揮して侯爵家の財政を建て直した上、令嬢自身の価値を王国中に知らしめた彼女の現状を知ることになる。
爵位を継いだばかりの青二才……いや、ろくでなし……まあどちらでもいい。
侯爵とは名ばかりの品位にかけたアレを再教育という名目で領地へ送り、彼女と物理的な距離を取らせたのは従弟に対して私なりの心配りというところだな。
その対価として、エリザベス嬢が絡むと途端に青臭い年頃の子供に戻る従弟を揶揄う楽しみを手に入れられたわけだ。
……と、かなり長い独白の間も意中の娘からの欲しい言葉を浴びせられ、フリーズしたまま固まっている従弟を横目に見る。
儀式にも同行していたエリザベス嬢の護衛騎士だろうか、天幕から追い出されたまま固まっている従弟の様子を見て困惑しているようだ。
そろそろ解除してマデリン(と、母上)の待つ天幕へ戻らないとだな。
「ほお……こんな時間に珍しい方々が」
儀式の場となっていた広場の方角からよく通る男の声が響く。
「アンドル殿」
名を問う前に騎士殿が来訪者の名を告げた。
灯りの届かない暗い道からゆっくりと姿を現したのはこの家の家令だったか。
松明の光が届くところまでたどり着くとアンドルと呼ばれた男は立ち止まり、私と従弟に向かって仰々しいほど丁寧な所作で頭を下げた。
「足を止めさせたようで申し訳ございません。……おや、足というより時を止められた方がいらっしゃるようで」
あの馬鹿はいまだに固まったままのようだ。
家令殿は従弟の様子を確認するように右目に掛かったモノクルの位置を直して従弟の顔を眺めた後、形の良い瞳がそれはもう楽し気に弧を描く。
「もしや奥様から? ……ようやく前に進まれたのですかね。お歴々方との会話を蹴ってでも戻って来るべきでしたでしょうか」
どうやら元気な老人達に捕まっていたらしい家令殿は、疲れた様子もなく飄々と言葉を発しながら軽快な足取りで私たちの傍へと近づいた。
すごいな、私はあの方々に捕まって小一時間程議論に付き合わされでもしたら、ごっそり精気を奪われる気持ちになるのに。
「エリザベス嬢に何があったかは問わないのだな?」
それだけ従弟がこの家の者たちに信頼されているという事か。
「奥様になにかあるような事を大公閣下がされるのでしたら、事態はもっと軽やかに進んでいる事でしょう。お二人ともお鈍さんでございますから」
「アンドル殿……まあ、否定は致しませんが」
家令殿の楽しげな声を聞き、慌てて声を上げた寡黙そうな騎士殿も、また二人の歩みの遅さを感じ取っているらしい。
ああ、そういう点で信頼されているわけだな。
エリザベス嬢に付き従う家臣たちが、息を合わせるかのように頷いて見せるものだから思わず小さく吹き出してしまう。
「アンドルさんっ リズが、エリザベスが……ッ」
ようやくフリーズの呪いから解放されたらしい従弟が、限界までネジを巻ききった玩具の如くはじける勢いで家令殿に突進する。
「ええ、閣下おめでとうございます。とうとう奥様と……」
家臣たちも侯爵家の問題が解決すれば大公家との縁を結ぶ方向を歓迎しているらしい、領地も隣同士だし家同士は更に縁が深い。
継承権の問題が無くなった今なら大公家との縁組は皆が望むことなのだな。
「マデリン嬢がもしかしたら親戚になるかもしれないって、もしかしなくてもこれって」
「……は?」
今度は家令殿の時が止まったようだ。
「赤子の歩み程度の進み具合で申し訳ないな」
「あ……あ、赤子にしては随分と大きくおありで」
従弟に肩を掴まれ前に後ろへと振り回され揺れ動く家臣殿を眺めながらとりあえず謝罪を入れた。
「ほら、カイルいい加減に放せ。エリザベス嬢の大事な家臣殿を振り子にして遊ぶな。……彼女が一歩踏み出すまでにお前もすべきことがあるだろう?」
エリザベス嬢の秘めていた気持ちが少し零れただけで冷静さを失うな、と家臣殿から従弟の腕を外しながら年長者らしく窘める。
「しゃんとしろ、祭りは始まったばかりなんだぞ」
みっともない姿をエリザベス嬢に見せるわけにはいかないだろうと告げると、漸く背筋を伸ばして立ちあがった従弟の肩を叩く。
「話なら私がいくらでも聞いてやる。誰にでも言えるような話題でもないし母上も今宵はマデリンの傍に居るだろうしな、邪魔は入らんぞ」
「……ナイジェル」
「そうでございますね、王太子殿下はあのオーベル殿を頷かせた言わば恋愛強者。頼もしい味方でございます、お互いお忙しい身、相談出来る時にされるのが一番かと愚考致します」
いつの間にか乱れた髪と衣服を整えた家令殿が、私の言葉を後押しする。
にこやかな笑みは変わらないのに『さっさと帰れ』という圧がすごい。
時間も時間なので帰るために従弟の背を押しながら、エリザベス嬢の天幕を後にした。
――まあ、マデリンの心を手に入れるまでの苦難の日々を話す相手も居なかったことだ。
この際、私の話も存分に聞かせてやろうじゃないか。
ナイジェル様とアンドルさんの絡みがかけて満足なのです(*'ω'*)
こんな時でもないと接点ないからなあ
読んでくださってありがとうございます
次からは本編に戻りますん
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