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炎の記憶

とりあえず金曜日更新できるといいなーと思いながら更新出来ました。

このままお待たせすることなく進められるといいなあ


 静かだった広場が少しづつ騒がしくなっていく。


 それもそのはず、乙女役のマデリン嬢が手にしている松明に火が移らず、進行そのものが止まっているのだ。

 松明には松脂が塗られているから雨に濡れたとしても、容易に火は点くはずなのに……。


 初めのうちは見目麗しい王太子が王太子妃になる美しい婚約者の令嬢と離れがたくて、こんな場でも傍に居る時間を引き延ばしたい男心と思われたらしい。


 その証拠に見物している方々が生暖か……いえいえ、ほっこりした眼差しでナイジェル様を眺めていたのだけれど。

 

 ナイジェル様はマデリン嬢が手にしている松明へ火を点けようと頑張っていらっしゃる様子が次第に観客側にも伝わってきたのだ。


 儀式の進行が滞っている状況を周りも理解し始め、広がり始めた騒めきにマデリン嬢の緊張が強くなるのをひしひしと感じてしまう。


 私だってあの状況に立たされたらと考えただけで手の中に嫌な汗がにじむのだもの、場慣れしていない御方なら余計だわ。


「……あっ」


「どうやら大精霊は貰い火では不満があるようだ」


 火がつかないのは気位の高い大精霊の意向だろうと決め込んだナイジェル様の言葉がざわめきをかき消すように響く。


 大精霊の気まぐれに付き合うしかないという言葉にざわめきが笑いに変わった。


 堂々とされているからまるで元から決められたお芝居を見ているよう。


 笑い声が静まるのを待ってナイジェル様はマデリン嬢の手を取ると、松明をお持ちになっている手に重ねるよう誘導する。


 マデリン嬢の頬が赤く灯ったのは炎の赤みじゃないと察しつつ、丸太を組んだ祭壇へ向かう二人の背をじいっと見つめた。


 少しして祭壇に火が点き、祭りの始まりの合図とばかりに歓声が沸いた。

 燻っていた小さな火が次第に大きくなっていく。


 風が火を育てるように吹くと、ごおっと音を立てて赤い大きな炎が蛇のように夜の闇を駆けあがる。


 ――まるであの夜、ベッドの天蓋を駆け上り私の視界を赤く染め、苦しみと後悔の中で身を焼き尽くした炎のような大きな炎。


 炎が目の前に大きく燃え上がり視界を染めた時、あの夜の感情を思い出して喉が締まる感覚を覚えた。

 居もしないアバンの高笑いが耳の奥で鳴っているようで頭が痛くなる。

 

 ヒュ……と小さく喉が鳴り、息が詰まって思わず喉元を手で押さえて叫びそうになる心を抑え込んだ。


 ……まずい。

 

 すべき事を終わらせるため忙しさに身を預けて走り続けていたから、あの夜を思い出すことなんてなかったのに。


 こんなところで取り乱すわけにいかない、もちろん倒れることも。


 ああ、どうしよう。

 息を吸わなきゃ。

 落ち着くのよ、エリザベス。


 緊張で乾いた喉がひりつくように痛む。

 炎を見つめる目を逸らせずにいると、ふいに視界が暗くなった。


「そんな大きな目で見つめていると火の粉が入っちゃうよ」


 聞きなれた柔らかなテノールが耳に届いた瞬間、まるで魔法に掛けられたように心が軽くなる。


「あら、抜け出してきたの?」


 王妃様の声で、私の目を塞いでいる手はカイルのものだと確信した。


「抜け出すも何も、元からここは私の席ですよ。叔母上」


 空いていた席を指すのかそれとも私の隣を指すのか、怖さよりも胸のときめきが勝ったよう。

 

 気が付かない間に大きくなった彼の手のひら。


 剣の鍛錬を続けている証拠のように節くれて少しだけざらつく指の感触と、触れてる部分から伝わる体温と香水の香り。

 

 違う意味で心臓(こころ)が跳ねてしまう。

 

 「無理やり拉致されていたのだから、少しは心配してくださいよ」


 一大事ですよ、だなんてカイルが軽口を続いてくれたおかげで私の変化は王妃様には伝わってないみたい。

 会話が続いているうちに落ち着こう。


「……カイル、このままじゃ何も見えないわ」


 呼吸が楽になったと同時に心も落ち着いた。

 もう大丈夫と確信できたから彼も王妃様にも隠し通せるはず。


 こんな時だけは本当に悪戯坊主の貴方に感謝だわ……、なんて考えながら私の目を塞ぐカイルの手にそっと触れる。


 何も言わずに私の目を覆っていた彼の手が離れると、大丈夫? と言いたげに覗き込む貴方の空色の瞳が目に飛び込む。


 どうしてそんな顔をするのだろう、些細な悪戯だもの叱りはしないわよ。


「ナイジェル達ばかり構わないでよ」

「仕方ないでしょう、儀式の主役なのだから」


 彼らを見ないで何を見ろというの、と返しながら、彼の行動と言葉の意味を『仲間外れで拗ねていただけなのね』と解釈する。


 そうやって話しているおかげで大きく燃え上がる炎から視線を外したままでも自然に振る舞えているかしら。


 うん、凝視してなければ大丈夫ね。


 それにカイルが傍に居てくれるもの。

 

 ナイジェル様の雄姿を目で追えないのは申し訳ないけれど、拗ねるカイルのせいなのだから仕方ない……だなんて、心の中で言い訳を重ね口元に笑みを浮かべた。


 ***


 マデリン嬢扮する乙女が手にした小さな松明へ火が点らなかったことを除けば、儀式は恙無(つつがな)く進行した。


 大精霊に二人で火を捧げる儀式はどうやら令嬢、令息たちの心を見事に射抜いたらしく、来年度の儀式の進行に変化が出そう。


 厳かな儀式は終わりをつげ、周りにテーブルが置かれて酒と料理が振る舞われていく。


 楽隊たちも陽気な音楽を奏でだし、その音に誘われるように儀式を見物していた人たちも広場へ出て大きな炎を囲みながら手と手を取り合い陽気に踊りだす。


 こちらの席に戻ったまま腰を落ち着かせてしまったカイルにもチラチラと秋波を送る令嬢達の視線を感じるけれど、当の本人は涼しい顔のままなのよね。


 そういう私も故郷の街で彼の心を知り自分の気持ちも理解してしまった今、令嬢達の元へ彼を送り出すことなんてとても出来なくて、申し訳なさを感じながら気づかない振りを決め込んだ。


 人ごみの向こうから掛けられる声に笑みや相槌を打ちつつ、ナイジェル様がゆったりとした足取りでマデリン嬢と共に戻ってこられた。


 大きなお役目を無事に終えた安心感からか、マデリン嬢の表情もとても柔らかなものになっている。

 

 お役目というよりナイジェル様がお傍に居るからかしら?

 そうよね、絶対的な味方の存在ほど心強いものはないもの。

 

 そんなことを感じ取れるほどには、私の恋愛経験値も少しは上がったのかもしれない。

 

 ……なんて心の通い合う恋人同士の微笑ましさを眩しく思いながら、二人を迎えるために立ち上がった。

お読みくださってありがとうございます(*'ω'*)♡

やっとカイルが合流出来ました。

お年よりまみれのカイルも面白そうな絵面なんですけどね

あの状況をカイル視点で書いてみたいw



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