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愛と犠牲

 それからというもの、アンドルが連れてきた会計士数名と共に約50年分の侯爵邸の帳簿と台帳を確認する日々が続いた。


 今は侯爵領と言うには寂しい程度の土地しか残っていないが、過去は広大な領地を保有していたので調べるべき帳簿や台帳、書類の量も馬鹿にならない。


 そのうえ数日経つと騎士たちがハウルの家から親類縁者に至るまで行われた家探しの結果、さらに大量の書類が舞い込んできた。


 朝から晩までほとんど執務室に詰めているおかげで食堂まで移動して食事を摂る時間も取れず、アバンとアリスの能天気な顔を拝まずに済んでいたのは僥倖ではあったけれども。


「まったく呆れるわね……父親どころか辿ると祖父まで横領に手を染めていた感じ。一族すべてが借金を背負い奴隷に身を落としても届かない額になりそうだわ。……まあ、ハウルの代の分だけでも回収できればいいとしましょう」


 ハウルが横領した金はハウルの家、家族だけではなく母方、父方の一族もその金を享受して贅沢をしていたようだ。


 必要があればあるだけ侯爵家の財産からかすめ取れると思っていたらしくどの家もろくな資産どころか預金すらない状況にため息が出る。


「奥様、そろそろ一息つきませんか? 奥様が休まれないと外から来ていただいた方々も落ち着いて休憩が取れませんよ」


「ああ、マリア。ありがとう、そうするわ。皆さんも手を休めて休憩なさって」


 マリアと補佐に付いた侍女によって、それぞれのテーブルに淹れたての紅茶とクッキーとサンドイッチを盛り付けられた小皿が置かれていく。


 私のカップには濃い目のアールグレイに多めのミルクと角砂糖が1つ、子供の頃から仕えてくれているマリアの出すお茶は私の一番好きな味。


 言われるまで気づかなかったけれど、根を詰めたせいか少しぼんやりしていた頭が糖分を摂取すれば次第にクリアになっていく。


 同じくリフレッシュしたらしい会計士たちとしばらくの間口頭で情報交換をしあってまた書類仕事に没頭していった。


 そうして忙しさに没頭していればあっという間にひと月が過ぎていた。


 全ての帳簿や書類を調べ終え、ハウルの横領額を算出し、それをもとにハウルとその一族を訴える用意がようやく出来たのだった。


 ここから先の書類仕事はアンドルと弁護士に任せ、続いて私は侯爵家の内政に手を入れ始める。


 横領の証拠を調べている間にマリアや侍女たちがある程度調べまとめておいてくれたので帳簿の山と向かい合っている時よりは余裕だった。


 ――――そして新たな人事体制で侯爵家が動き始めてから、本日は使用人たちの最初の給金日。

 予想した通りの騒ぎが起きることになる。


 ◇◇◇


「奥様!! どうしてなのですか!」


 納得できません、酷い、と大きな声を上げながら私の執務室へ数人のメイドが飛び込んできた。


 皆手に給金の袋を握り締めているので用件は聞かずとも察せる。

 それにしても、マリアが所用で屋敷の外に出かけたタイミングを見計らったのかしらね。


 怖いものね、わかるわぁ~。


「どうしたの? 大きな声を上げて」


 何もわからない顔をしてにっこりと微笑んであげる。


 ずらりと並ぶメイドたちの顔を見ると前侯爵派と言うべきか、マリアの采配に反発して職場を放棄して勝手に動いていたメイド達。


 前の時もアリスの後ろにべったりついて私を馬鹿にしていたある意味懐かしい顔ぶれを見て思わず半目になってしまう。


「どうしたもこうしたもございません! なぜお給金がこんなに少なくなっているのですか!? きっとこれはマリア様の嫌がらせに違いありません」


「まあ、そうなの? なら……前の侯爵様は働かないものにも平等にお給金を上げていたのかしら」


「何を言っているのですか、私たちはきちんと仕事しておりました」


「でも貴方たち、マリアが新しく割り振った仕事を拒否したと聞いていますけど? 自分で仕事を探して働いていたとでも?」


「そうです私たちはその……旦那様のお連れのお客人のお世話をしておりましたわ」


「そうなの? 貴方たちは下級使用人(メイド)でしょう? どうして侍女の真似事なんてしているのかしら。ここにいるから衣食住の保証はしてるだけ他の家よりは親切なはずよ?


 侍女として仕事をしたというのであれば、給金の采配は雇用した当人がするもの、請求されるならアリスさんかそのお世話をしている旦那様にお願いしなさい」


 私付きの侍女はもちろん私個人が雇っているのよ?


 と彼女たちに告げる。今までは休みは自己判断、出勤も働いた時間などもほぼ自己申告で大幅に水増しした申告額がそのまま払われていた。


 奥様のお話し相手、お客様のお話し相手どころか掃除の最中のおしゃべりまで仕事のうちだったらしいけど赤字で喘いでいる侯爵家の財政事情ではそんなこと認められるわけがない。


「なら、私達を奥様の侍女として……」


「それは結構です、必要ないわ」


 思わず被せ気味に遮ってしまった。


「どうしてですか、私たちはこれでも王都で長く暮らす貴族の子女ですわ、奥様へお召し物や買い物の助言だって出来ます、田舎から来た子よりも的確に」


 あー、田舎者の奥様に王都の流行りを教えて差し上げますってこと?


「今まではどうだったかしらないけれど、他のメイド達とのおしゃべりで仕入れた噂みたいなあやふやな情報なんて私には必要ないの。


 それに割り振られた仕事もせず向上心すらない怠惰な使用人を囲っておけるほどここは余裕がないのよ。


 アリスさんか旦那様に個人で雇用してもらうか、前夫人の下に行くか決めたらいいわ。話はそれだけ? ……ならそろそろ出て行ってちょうだい、そろそろマリアが戻ってきてよ」


 マリアの名を出したら皆一目散に退散していった。


 あとで聞いたら皆アリス付きの侍女になったらしい。


 うん、適材適所というか元さやと言うか。前の生でもアリスにべったりの太鼓持ちメイドだったものね。


 そして、雇用先は勿論アバンになった、とのこと。


 まあ住んでいた屋敷も抵当に入れられ男爵家の財産もほぼ返済で消えて転がり込んだアリスが五人の侍女の給金を用意できるとは思わないけど。


 アバンときたら私か侯爵家から払うようにマリアに言ってきたらしいけど、侍女の雇用は使う個人が支払うものがとそんな常識をまさか侯爵家のご当主が知らないはずありませんよね?


 だなんて言われてしまえばプライドだけは王族並みのアバンのことだ、知ってるに決まっているだろうと笑いながら立ち去って行ったそうで。


 ほんと、マリアもアンドルもアバンの操縦が上手になったこと……。


 そういうわけでアバンにおしゃべりしかしない金のかかるお荷物がさらに増えたと言うことになるわね、アリスのことだからお付きの侍女にもあれこれ買い与えるようになるはず。チヤホヤされるの好きだものねえ。


 もう侯爵家の財務関係はアンドルが押さえているからアバンが何かしようとしても安心だわ。


 アバンが毎月自由に使える金額は品位保持や社交もあるからかなり甘めに計上しているけど、侯爵家の人間ではないアリスに関しての予算は当たり前だけど1リエルだって計上していない。


 すべてアバンの手持ちで賄ってもらうつもりだからすぐに足りなくなるでしょうね。


 もう湯水のように使うことなんて出来ないし、させやしないもの。


 前の時は何度も繰り返し言っていたわね、アリスは真実の愛の相手だと。


 あの人はアリスのためにどれくらい自分を犠牲に出来るのかしら、フフ、楽しみ。



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