空高く
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ナイジェル様が急きょ参加した王妃様とのお茶の時間。
その後ナイジェル様が退席されあとは、和やかな雰囲気で終了した。
もちろん話題は狩猟祭のお話で、さわりしか知らなかった私の為に成り立ちからしっかりと教えていただいた。
ナイジェル様が張り切ってらっしゃるのは、今回初めて婚約者のマデリン公爵令嬢も参加されるから……とのこと。
「成功を収めて見せたい男心をわかってあげてね」と、王妃様からも頼まれたので、迷わず参加させてもらうことにした。
様々な色に染まる広大な森を散策する機会を得られたのだし、地元の住人たちとの交流の一環で森の恵みに関してのレクチャーを受けたり工芸品を制作する様子も見学できるらしい。
男性陣が狩りでとった獣の肉のほか、女性陣……(ほとんど森の傍に住む村人たち)が実際に森の中で収穫したキノコや木の実も王宮の料理人たちの手で晩餐として出されるのだとか。
「海の傍で生まれて王都に来るまでそこで暮らしていたから、貝殻細工や珊瑚の装飾品はよく知っているけれど。森の工芸品って馴染みがないのよね……」
どんなものがあるのだろうと、空想の世界に心を委ねる。
参加するからには、私なりに楽しみ方を探すことにしよう。
期間は3日ほどだし、森の中で行われるから服装も華美なものではなく、動きやすい軽装との事なので令嬢達は馬に乗らない人も乗馬服で参加される方が多いのだそう。
……持っていないからそれは用意しないといけないわね。
署名を終えた書類を机の脇にまとめ置き、窓から見える庭の木に視線を向けた。
庭の木々たちもすっかり色付き、風が吹くとハラハラと落ち葉が舞い落ちる。いまは朝から日暮れまで、庭師達は落ち葉を集めることに忙しい様子。
それを裏庭に集めては落ち葉に火をつけ、使用人たちが暖を取りながら芋や野菜を焼いているのだとか。……ちょっと羨ましい。
でも、大きな炎を見ると怖くなるから直接は行けないだろうし、なによりも使用人たちのおやつや楽しみを取り上げるようなはしたない真似は流石に出来ない。
んー……でも、私の分も含めておいしいお芋の差し入れをすれば大丈夫かしら。
ああ、秋って罪深い。
***
そうして食欲も含めていろいろな場面で秋を感じるようになったなあと思いながら、私は馬の上で揺られている。
どうしてこんなことに……と、雲ひとつない秋の空を遠い目で見上げながら思い返す。
あれは、狩猟祭への参加が決まってからすぐのこと。
相応しい服装というものを所持していなかったので、私は経営している仕立ての店の職人たちに相談を持ち掛けてみた。
「そうでございますね。……乗馬服ですか。奥様の御衣裳でございますし、お受けしたいのはやまやまなのですが……」
まだ人員が足りていない出来立ての店。夏の舞踏会から注文したいと問い合わせが今も溢れるほどだそう。
スタッフが充実するまでは私を介して注文された、王妃様を含め数人の御婦人方のドレスの制作で今は手一杯……。作業部屋から職人たちの必死なオーラが伝わって来るし。もう聞かなくてもわかる事なので、私も口にはしない。
「人出がないのもそうなのですが、わたくしめはドレス専門でございまして。紳士服やそれに近い乗馬服は専門外で。そもそもうちのモノも皆……経験が足りませんので」
そんなものを奥様にお渡しできるはずもありません……と、作るなら作るで修行に出てしまいそうなのでそこは止めた。かなり必死に。
紳士服を扱う店の者に聞いてくれるとの事なので、任せることにして屋敷へ戻ったのだけど。
「やあ、リズ。帰って来たんだね。すれ違いになるところだった」
玄関先の馬車止めに「屋敷の物ではない馬車が止まっている」と、御者が知らせてくれた。
それを聞いても思い当たらず、来客の予定があったかしらと考えながら馬車を降りると、聞きなれた声が降って来たので顔をあげた。
もう先触れを出してと拘る仲ではないからいいのだけど、カイルが言うのにはこれ自体が先触れなんだという。
直接訪ねて私の予定をアンドルかマリアに聞くのが確かに一番早いわよねと思わず納得しそうになったけど、これは彼だけの特例。もう止めても聞かないんだもの。
そのたびに『奥様は大公閣下にお甘いのですよ』とアンドルがニヤつくのだけはどうにかならないかしら……。
そんなわけでカイル自らの先触れ中に、ちょうどよく私が帰って来たのだというわけね。
彼に引き返してもらい、一緒に屋敷の中へ戻る。
応接間へ案内して腰を落ち着けてもらったいつものタイミングでマリアが侍女を連れてお茶と軽いティーフードを持ってきてくれた。
お気に入りのお茶を一口含んで喉を潤してから、彼へ用件を聞こうと口を開く。
「突然なのはいつものことだけれど、なにかあったの?」
お茶の香りを楽しむようにカップを口元に添えていた彼が目線だけ上げて私を見つめる。
以前は大丈夫だったこの仕草ですら、最近は覚悟が必要になってきている。
弾みだしそうな心臓を押し込めるように胸に手を添えながらこっそり深呼吸。カイルと対面するだけなのに何かの訓練をしているよう……。
そんな悪戯坊やみたいな顔ですら心臓に悪い彼の視線を合わせ問いかければ、戻って来たのは私にとってはとんでもない提案だった。
「オリヴィア様から聞いたのだけど、リズ狩猟祭に参加するのだろう? だからさ……」
「あっ! 私も王妃様から聞いたわよ、あなたってば」
「馬に乗ろうよ」
「………………は?」
『お仕事さぼろうとしたらダメでしょう』と、叱ろうとした私の言葉は、彼の提案によって阻止された。
「……馬ってあの馬?」
ヒヒンって鳴くほうの? と漏れた呟きにカイルが笑う。
「残念ながら、鳴くほうのだね。ほら、君は大人だから」
鳴かないほうなのは、ゆらゆら揺れる木馬かな? なんて揶揄いの声に頬が染まる。
だって馬なんて馬車に繋がれて運んでくれる動物って認識でしかないのだもの。
「乗馬ができなくても参加は可能だと伺ったのだけど?」
「乗れないよりは乗れるほうがいいと思うよ。乗馬服も新しく仕立てるのだろうし」
せっかくだからっていうけれど、何がせっかくなのだろう……。
「乗れたら何かあるとでもいうの?」
「特にはないけれど。そうだな、何かあった時に移動の手段があるのは良いことだと思うよ。これから君もロゼウェルとの往復が増えるのだろうし」
街道は警備隊の巡回は、以前に比べたら遥かに増えてはいる。それでも距離に対する人員の数は十分すぎるというには程遠い。
町と町の距離の問題、山間の街道と違いなだらかな道が多いけども、難所といわれる場所は少なからずあるわけだし……。
続きもどうぞ(*'ω'*)













