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王妃様とお茶の時間

「いやぁ、奥様。何だか世界が煌めいて見えますねぇ~」


 見た目より遥かに軽い言動とふわふわした足取りで、馬車への道を先導するショーンを見て眉を寄せながら馬車に乗り込んだ。


 馬車の振動と同調してるのじゃないかと心配するくらい青ざめて小刻みに震えていた、行きとは正反対の彼の様子を半目で見つめている。


 目を背けようにも狭い馬車の中なのでそれも出来ない。

 ……それと世界は行きと何ら変化していないわよ。


 彼の様子を見れば一目でわかるだろうけど、ショーンとアルルベルの話はあれよあれよという間にかたまった。


 まだ内々の話ではあるけれど近日中に婚姻式の運びとなるに違いない。


 辺境伯家を支える家門の後継者に婚約者が出来て安泰ということになるので、喜ばしい事だとおもう。


 それでも懸念がないとも言えず、まずはその部分を詰めるところからラルボ伯爵との話し合ったのよね……。


「そうですねショーンは現在、侯爵家の護衛騎士として王都におりますが……ウェル子爵家の後継者ですのでいつかはロゼウェルへ戻る日が来るはずですわ。アルルベルさんもご家族も遠く離れてしまう事に対してきちんと考えておいてくださいますか?」


 私も離婚しても既に手に抱えている事業があるので、すぐに王都から離れるわけじゃない。


 まあショーンの御実家の都合もあるだろうけど。あの元気なお父様がいらっしゃるわけだから早急に戻ってこいコールは来ないだろう。


 いつの日か、あり得ること程度には心に止めて下されば構わないわ。


「あ、あのお姉様!」


 伯爵より早く口を開いたアルルベルは発言の許可を求める様に右手を掲げた。


 とりあえず伯爵に目配せを送り反応を見ることにする。

 そうすれば発言することは構わないと言うように頷き返してくれたので、アルルベルに続きを促した。

 

「わ、私。大丈夫です。ロゼウェルで暮らせるのでしたら願ったりですわ。そうだ、ローズベル辺境伯邸で侍女の募集とかは随時されているのでしょうか。ウェル家の妻になったら旦那様と共に辺境伯家の家臣としてお仕えしたいです。そうすればお姉さまが里帰りされるたびにお会いできることが出来ますもの」


 きゃあ、と彼女が恥ずかしそうに声をあげて両手で顔を覆い、すでに構築済みらしい将来設計を隣で聞かされたショーンも一緒になって頬を染める。


 目の前に熟れたての初々しいサクランボが出来上がった。


 伯爵夫人もまた彼女が王都からロゼウェルに行ってしまっても、それはロゼウェルに行く口実が増えるだけなので問題はありませんと、娘の後押しをすることを決意したよう。 


 ……気に入って下さって本当になによりですわ。


 置いて行かれている伯爵がちょっと気の毒だけれど、伯爵も気に入っていただけてるようだし。


 きっと何とかなるでしょうね。


 そんな感じでウェル家の後継者の結婚相手と有望そうな辺境伯家侍女が増えることになりそう。


 こちらに越してから初めての家臣の婚約話なので、あとで屋敷のみんなと祝ってあげようと馬車に揺られながら考える。

 

 そういえばカイルがあのとき『王都に越してきて君の部下で最初の妻帯者が生まれそうだね』なんて言っていた言葉が、見事に的中するのね。


 教えてあげたらきっとしたり顔で笑うんだろうなと、彼の表情を予想して私も微笑んだ。


 ――あ。そうだ。


 辺境伯家の侍女に名乗りを上げるつもりがあるのなら、我が家の上級使用人候補になってくれるのではなくて……っ!


「ショーン、お祝いは何が欲しい?」


「あはは~奥様気が早いっすよ。何でもいいんすか?」


 行きの馬車の中で抱えた悩みが解消してくれそうで、私の世界も煌めき始める。


 ヤダ、世界ってこんなにキラキラしてたかしら。私とショーンを乗せた馬車は賑やかな笑い声を零しながら侯爵家へと戻っていくのだった。


 ……あとで侍女たちに笑い声の漏れ続ける馬車が怖くて、しばらく近づけなかったって言われた。


 浮かれるのも程々にしなきゃ……。


 *****


 そんなこんなで視察や会合の合間を縫って、各家の婚約式に顔を出した。

 

 うち何人かは過去、アリスの取り巻きだったご令嬢だったりもしたのだけれど、あの場では交流らしい交流はしなかったので断ることはせずに参加させてもらった。


 ハレの儀式だものね。


 話を聞いたら取り巻きというか巻き込まれというか。


 強く出られると黙って従いながら、事態が過ぎるのを待っているような気弱な方が多かったのは印象的だったわ……。


 アリスにとっては自分に従っている令嬢の「数」が大事だったのね。


 侯爵家の威と異を唱えない取り巻き。


 それらをすべて取り上げられた今、アリスは何を考えているのだろうか。


 領地からの報告に時折アバンの勉強の進捗の情報がやって来るけど、アリスのことは一言も書かれていないのよ……。


 流石に私に無体をしようとした令息や、アリスと一緒に並んで直接野次をぶつけてくれた令嬢達とは一切お付き合いはしていない。


 そのあたりは流石にけじめとして対応している。


 今までアリスの……というか侯爵家の威を好き勝手に使い、アリスやアバンをおだてては金を引き出しわがまま放題に過ごしていたようだけど。

 

 前に出てくれていたアバン達が居なくなれば身の置き所もない様子。


 まだ年若いのだから後へ引けなくなるような年齢となる前に、更生出来たらいいわね。

 

  ***


「もうじき収穫祭がやってきますわね。準備は出来ていて?」


 秋が深まり、街路樹の葉の色が濃くなり始めた時期。

 招かれたお茶会の席で令嬢が声を上げた。


 これから冬に向けて農民たちは収穫の季節を迎える。

 

 収穫に対して豊穣の女神に捧げものをするため、王家直轄の森を開放して大規模な狩猟祭が開かれる。


 農民を含む民衆たちの冬備えの為に提供される、干し肉の材料を集めるための狩猟という話でもあるそう。


 それと王家の森はこのシーズン以外にも近くの村々の人たちが、果実やキノコなどの森の恵みを取ること程度は許されている。


 そのため森に入った住民たちが獣害に合わぬよう間引く目的もあるらしい。


 ハンターを雇うよりお祭りにするとお金がかからないのだと、ナイジェル様が王都の催し物に疎い私へ教えてくれたことを思い返した。


「エリザベス様は参加されますの?」


 聞けば令嬢達は男性たちが狩猟に興じている間、秋の恵みを自らの手で収穫したり紅葉を楽しみながらお茶を嗜んだりするのだそう。


 夏の舞踏会の次に大きな婚活スポットになるうえ、社交的にも春祭りまでは大きな催しがないので、舞踏会で成立されなかった家の子女たちのラストチャンスとなるらしい。

 

 とはいえ夫も今は王都にいないし、忙しいからどうしようと多少考えもしたが多分不参加になるとお伝えした。


 ――――はずだった。


「この通りだ、頼む、エリザベス嬢」


 王妃様とのごくプライベートなお茶の時間に招かれた王宮の奥庭で、秋の花を眺める前にナイジェル様のつむじを王妃様と一緒に眺めている私がいる。


 以前の私なら王族の方に頭を下げさすだなんて……とあたふたしてただろうけど悪い意味で慣れてしまったのね。


 と心の中でそっとため息をついた。

 キチンと表情を保っていられない気がするのでさっと扇で口元を隠す。


「お顔をあげてくださいませ。せめて頭を下げる前に頼みごとの内容をお聞かせ願えませんこと?」


 王族の方にされると二の句もなく頷くべき案件にとれちゃうでしょう。


 どう考えてもこれは丁寧な脅迫にしかなりえないのに……と、心の中で愚痴を漏らす。


 王妃様は変わらず涼しい顔をされているので、きっととんでもない話ではないはず……。

 ないと思いたい。


 もう内容問わず『承ります』と返す準備をしつつナイジェル様の説明を待つことにした。


「いやぁ、先日エリザベス嬢が秋の狩猟祭に参加しないという話を聞いたのだけど」


「……ええ。特に参加する必要が……私の場合無いような気が致しまして。事業のほうもあまり身体をあけていられないのです?」


 狩猟の成果を捧げてくれる夫や恋人もいませんし、乗馬もしたことが無い。


 森の恵みには少し興味はあるけれど、それはどうしても参加したいという理由までは昇華しなかった。

 それに……恋人たちの雄姿を見て華やぐ令嬢達を眺めていたら辛くなりそうで。


「そうかぁ、いや君が忙しいのは重々承知しているのだけどもね。だからこうして母の邪魔をしているのだけど」


 時間を割いてもらうのも申し訳ないとナイジェル様が笑う。


「邪魔と思っているなら控えてちょうだいな。あなたはロゼウェルで十分楽しんだのでしょうに」


 私だってエリザベスと遊びたいのよと王妃様がナイジェル様を詰るので、どちらの味方に付くわけにもいかず困り顔をするしかない。


「でもエリザベスと狩猟祭の間会えないのね。私も王都に残ろうかしら、乗馬ではしゃぐ年でもない事だし」


「母上までおやめください。狩猟場に出ることを止められたからと拗ねないでください。出なければ好きなだけ乗っていただいていいのですよ」


 なんのお話をされているのかと不思議に思って首を傾げる。


 王妃様の趣味は乗馬で、狩猟の腕も男性顔負けなのだとか。

 

 そろそろお年なので何が起きるか分からない狩猟場への出入りはやめるよう陛下やお付きの侍従たちに止められたのだそうで。


 いつもお茶をお供させてもらうたびにほれぼれしてしまう、エレガントな方の意外な一面を知り驚いてしまう。


「意外性なら、あなたのお母様のほうが格上よ」


 ……と、王妃様の一面を知り驚く私に、告げられた言葉はあまりピンと来なくて逆方向に首を傾げなおした。


「母上、現状エリザベス嬢はかの白薔薇の君の上を行く女性実業家なのですよ。あなた方の感じた意外性は彼女にとってはごく平凡な事柄なのではないかと」


 その感覚の差異にナイジェル様がフォローしてくれたのだけど、なぜか褒められた気がしないのはどうしてなのかしら。


「お話をまとめますが、ナイジェル様のお願い事は私の狩猟祭への参加を求めるというお話ですね?」


「ああ、うちのわがまま坊主が王都に残ると言い出したのもあって」


 ……とうとう坊主にまで下げられたのね。誰のことを言っているか尋ねる必要もないのでそこは流した。

 あとで叱っておきますね。


「何より私がつまらない……ああ、いや失敬。貴族の中心となる人物が参加してくれるほうがありがたいんだよ。舞踏会とは意味の違う催しだから、庶民たちの冬備えを助けると思って参加をして欲しくてね。

 

 面目上自由参加の祭りなだけになかなか言い出しづらくて、母上のお茶の席なら他の貴族の目にも届かないからまあ、ダメもとで」


 私も知り合いの令嬢達からさわりの部分だけを聞いていた催しだったので、きちんと把握してはいなかったことは反省しよう……。


 忙しくても高位貴族。事業も大事だけども貴族の本分に関わる行事なら忙しいとか目の毒とか思ってはいけないってことね。


 私はナイジェル様が頭を下げて下さったとき、告げるために用意していた答えを音にした。


「……承りましたわ」


 王都に戻ったら、馬車馬のように働けば済むことですし。


 頑張ります。

 

 

次回、カイルと合流します。暫くは嵐の前のイチャイチャ回です。

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