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-幕間---王太子殿下はかく語る2

 辺境と呼ぶには気が引ける程、素晴らしい発展を迎えている。広大な港を持つ貿易都市ロゼウェルへの滞在も2日後の夜会を終えれば、翌日帰路の旅路へと向かう事になる。


 私はこの国の王太子、ナイジェル・イルクール・ド・リリエンタール。


 この発展し続ける都市に立場以外でも興味を惹かれ、手に入る限りの資料を読み、報告に耳を傾けていた。


 隣の領地に生まれ育っている2つ年下の従弟(カイル)ほどではないが、それなりに知っているつもりでいたこの街は、資料や人の言葉などあてにならないと痛感するほど奥深い可能性を持つ街だった。


 視察に使える時間が、バカンスの期間しかないのが誠に残念だ。


 この時期に夜会を催し王家にも招待状を送ってくれた、辺境伯には感謝の念に堪えない。


 お陰で父である王の名代として夜会に参加することがきっかけとなり、遠出をするなら他の成果も欲しいと願い出て、この視察旅行のスケジュールを組むことが叶ったというわけだ。


 王都へ連なる長い街道の整備。そして近隣の村や町の統合に開発。


 複合した事業へ王家を含め、この国で屈指の資産を保有するリューベルハルク大公家と、この街を貿易都市へと育て上げたローズベル辺境伯が出資の名乗りを上げて始まった。


 辺境伯は王都の侯爵家に嫁いだ愛娘エリザベス嬢の為もあるだろうし、我が従弟は聞くまでもない。


 そしてエリザベス嬢が栄誉に輝いたあの夜から、ロゼウェルへの関心は急激に貴族の間に高まった。


 それがきっかけとなってこの事業を大いに盛り上げ、協力したいと数々の貴族が名乗り出たことで国始まっての一大事業となった。


 彼女がいなければ、この規模での開発は無理だっただろうと思ったりもする。

 全く伯や令嬢には頭が下がる思いだ。


 あれは王都を発つ直前のことだった。


 従弟の従者……確か、コンラートだったかが手配したのだろうか、知らせを持った早馬が王宮へとついた。


 昨日出立したばかりなので到着したという報告では流石にないだろう。


 まさか事故にでもあったのかと渡された知らせに目を通せばそこには『従弟が馬車を捨て単騎でロゼウェルへ向かった。追いかけるが万が一、事故や事件に巻き込まれた時の事を考え知らせを送っておく』との事だそうだ。


 何ともまあ呆れた従弟である。


「いやはや本当に、リューベルハルク大公殿はお元気になられましたな」


 ロゼウェルへ向かう馬車に同乗していたふくよかな腹周りと相反して頭上はずいぶんと寂しくなっている財務大臣がハンカチで汗をぬぐいながら私に告げる。


 単騎で一人飛び出した短気な従弟に対して困ったような顔をしながらも、見違えるようだとどこか嬉し気だ。


 体の弱かった幼少の頃と比べているのか、1年ほど前に突然2度と王都に近づかないと領地へ引きこもり宣言をした時と比べているのかまでは聞かなかった。


 まあ、元気になったことは確かに喜ばしい事なのでとりあえず頷いておくか。


 半年もせず前言を撤回して王都に訪ねてきたと思ったらそのまま王都に居つき、まるでカイルの父上あり私の伯父であった、故エドワーズ大公のように爵位を継ぎ、継承権を返上して私の家臣として政務に着くことを願い出た。


 大公妃である伯母上が健在で暫くは伯母が当主代理として領地を統べ、私が次代の王として即位するまでの間は継承候補2位と言う立場を保つという話が内々に決まった矢先の申し出だったので、私の立場としてはそのような我儘は認められないと反対するべきだったのだけれど。


 それを選択したらカイルが消えてしまうのではないかというありえる訳の無い不可解な不安が胸に渦巻き、何かに導かれるようにカイルの選択を支持していたのだな……あれはいったいどうしてだったのか。


 まあ、私が味方に付いたからこそ希望していた立場になったのだから、せいぜい恩を感じてもらい報いてくれたらいいさ。


「しかし、このまま私だけ馬車に乗っているだけでは、カイルと比べられてしまうのではないかな。我が婚約者殿に幻滅でもされた大変だ」


 まあ、婚約者殿(マデリン)はこんなことで幻滅などする訳もないが。


 正直視察に使える時間は限られているので、短縮できるものなら旅程を大幅にカットしたいのはやまやまなのだ。この際カイルをダシに使わせてもらうことにしよう。


「ナイジェル様? 何をいきなり」


「大臣、途中の街では歓待は代理で受けてやってくれ。居てくれて助かった」


 思い立ったが吉日だとばかりに馬車に大臣を残し、視察団一行の馬車を護衛していた騎士たちを数名引き連れて馬を走らせ始める。


 流石に立場は自覚しては居るので護衛を振り切って完全な単騎で駆け抜けることだけは自重した。


 馬場ではない限りないほど広々とした草原を駆け抜ける。爽快感を感じながらロゼウェルを目指した。


 予定にしていた日数の半分ほどで目的地の傍まで辿り着いた我々はまず、街の手前の宿場町で宿を取り辺境伯家へ使いを出して翌日のカイルの居場所を聞いた。


 使いが戻って来るまでに、風呂に浸かり身なりを整え体を休める。


 返事をもらってきた使いの者が居場所と共に門番との雑談から聞いたらしい。あれがロゼウェル迄5日で駆け抜けたと知る。


 私はここまでかかった日数は計6日……別に悔しくはないが。……ないぞ。


 そして翌日、昼。


 無理な早駆けに付き合わせた騎士たちへ労うために夜を通して酒と料理を振る舞った。そのまま全員酔いつぶれ気付けば日はもう高い位置に上っている。


 ここまでの旅路、高級宿から野営迄体験してみると、思っていた以上に治安は良い。


 街道を見回る警備隊と頻繁にすれ違う安心感からか、最低限の警戒はしていたが随分と気楽に過ごしていた気がする。


 この安宿でも全員そろって酔いつぶれていたが、財布や荷物全てが無事だった。


「さあ、我が従弟殿の元に参じるとするか。あれの驚く顔を見るのは実に愉快だ」


 仕度を終えると、前日聞いておいた辺境伯家の別邸へ向かう。


 教えられた邸宅は街中の目抜き通りの一角にあった。

 広いポーチの前に辺境伯家の紋章入りの馬車が一台あるので間違いはなさそうだ。


 そこに私を含め騎士たちの乗っていた馬を4頭並べて置いてみたら、ポーチが埋まりなかなかシュールな絵面になったので護衛達は通りの馬車止めのほうへ移動させておいた。


 一人になった私は安全のためにも身を守れる建物の中へ入らないといけないと嘯きつつ、呼び出しのノックに応対してくれた従弟の侍従の驚く顔を横目にすり抜け邸内へ上がり込む。


 そして執務中らしい従弟の元へと向かって行った。


 そこから先は従弟の後をついていき、ローズベル辺境伯家へと滞在させてもらうことになった。


 久しぶりに会うエリザベス嬢は実家で過ごしているからか、王都であった時の様な張り詰めた感覚を覚える表情はなく、朗らかに微笑む顔はなかなか美しい。睨むな、従弟よ。


 それにしても彼女を妖精祭りに誘ったらしいのに、別段関係が深まったようには見えないな。


 ……と言うか、彼女のほうが関係を崩さないように動いているという感じか。


 意識的それとも無意識なのか……生真面目な気質なのはよくわかる。その上華やかだ。


 彼女の母君、デルフィーヌ様によく似た美貌。


 母君の様な大輪の薔薇ではなく、凛と咲く白百合の様な清楚を秘めた華やかさ。

 機転も効くし周囲の空気もきちんと読んで自分の立場を考えられる理性もある。


 踏み出せないという心境なのかもしれないか。


 状況的には彼女に同情する目はあれ、あの男を裏切ったと後ろ指差すようなものはあの惨事を理解していれば口にはすまい。


 それでも引いてしまうのは、従弟の立場を考えてなのだろうかな? ともかく難儀なことだ。


 引いたところで従弟が突進してるのだものな……。

 まあ蹴られたくはないので今は眺めて楽しむだけでいい。


 着いた早々面白いイベントにも参加させてもらった。


 この街の民が好んでいるという素朴な焼き菓子は確かに美味かった。


 甘みもくどくなく口の中でホロホロと崩れる食感が面白い。

 これなら甘味嫌いな男でも受け入れられそうだから、王都の夏の暑さの対策にも良いかもしれない。


 辺境伯に頼んでレシピを買わせてもらい、王都で出回っている塩を使ってみたらいいかもしれないな。


 平民の食卓にも並ぶのは山側にある岩塩鉱のもの。そこから採取される塩を使って作らせてみるか。


 少々体の弱い愛するマデリンは暑気あたりをしてしまい、王都の自宅屋敷で療養中。

 一緒にこの街へ赴きたかったが彼女の健康が何よりも大切なので我慢するしかない。


 それでも少しばかり従弟も同じ気持ちを分かち合ってもらおうと日々視察に付き合わせ、外へ連れ出し続けている。


 こうでもして昼くらい息抜きをさせてやらないと、令嬢がパンクしてしまいそうだしな……。



 ――そんな感じのサポートを施してやった結果、どうやら多少は近づく事に成功したようだ。


 この旅での出来事を思い返しながら窓の外を眺めると、夜空には丸い大きな月が光っている。


 見事なものだ、もっとよく見てやろうと窓から少し身を乗り出してみると、庭園の東屋から小さな明かりが漏れていることに気づいて視線を落とした。


「……ソフィア伯母上?」


 小さな灯りだし距離と高さもあるので表情までは伺えるわけもない。

 そのあたりは身内の勘、としか言えないが……でも、多分伯母上だと感じた。


 このような夜更けにひとりで庭園に居る伯母を見てしまった。


 だから放っておくわけにもいかないと感じ、話し相手にでもなれれば……と思いながら夜着の上にガウンを羽織り私も庭へと下りていく。


 庭を出てから足音を忍ばして東屋に近づいたのは単なる悪戯心。


 伯母の背後から東屋に近づくとその奥にある側の出入り口から別の人影が見えた。


 そして伯母がその人影に向かい手を振りながら、エリザベス嬢の名を呼んだから思わず足が止まった。


 ……こんな時間にいくら伯母が同席しているとしても女性だけの場に私が混ざる訳には流石にいかない。


 辺境伯家の屋敷の中なので特段警戒するべき危険もないとは思うが、それでもか弱い女性だけを人気のない場所に放置しておくのも気が引ける。


 どうするべきかと思いあぐねているうちに会話が始まってしまう。初めは月が奇麗だとか取り留めのない話だったが……。


 カイルが王都へ足を向けることはないと告げたのも、その後王都に居座ったのも全てはエリザベス嬢への想いのためか。


 我が従弟ながら私に似て重い男だと思っていたが……。静かに泣き始めた彼女の反応を見て私や伯母上にもわからない想いがふたりの間だけにあるのだろう。


 継承権を返したいと告げられた時に沸き上がった、あの不可解な感情と似たものを感じた気がした。


 そうして月明かりの下で暫くの間話続けていたふたりが、そのまま連れ立って屋敷の中へ戻ったのを確認してから私も部屋に戻ってはみたけども。


 すっかり覚めてしまった頭に睡魔を呼び寄せるため、強い酒を煽っていく。


 ――あの感情の意味を知る日が来ないことを切に願いながら。



 そんなこちらの想いなど気にすることもなく、彼女の両親と伯母の後押しとエリザベス嬢自身も。

 この街に来た当日に感じた時よりずいぶん前を向いた様子に、腹ただしくなるほど嬉しさを顔に描く従弟を見てため息を漏らす。


 日程を聞けばエリザベス嬢と同日に出立すると言い、さっさと帰れと言いたげな顔をするものだから甘んじて受け入れることにした。


 無論、目の前の従弟も私のスケジュールに合わせてもらう。


 私の右腕として生きると言ったのだ。自分の言葉には責任を持ってもらわないとな。



 

ナイジェルとマデリン嬢との馴れ初めをそのうち書きたいなあと思ったり。

次回、秋の社交シーズン突入です。

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