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束の間の休日

 私としては一大発表なつもりだったのに、予想外の塩対応に次の言葉が出せずに目を丸くしていると、アンドルは右目にかかるモノクルの位置を片手で直しながら話し始めた。


「どちらかというと、ようやく……いや、今更の御決断と言いたいところではございますね」


 やれやれと言いたげに、肩を竦めて見せるアンドルへ視線を向ける。


「多分に王都……いえ、この国の者は誰も疑問に思う事もなく、奥様はあの馬鹿……失礼。この家との婚姻を破棄されるものだと思ってますよ」


「あなた達には済まない事をしたのかもと思っているのよ。こんな遠い場所に越してきてもらったのに」


 1年くらいでまた帰郷することになるとは思わないのではなくて? ここでの生活にやっと慣れてきたところでしょう、と少しだけ眉を下げて答える。


「おや……どうしてそのようなことを? このような環境に奥様を留め置いておきたいものなど、辺境伯家の人間なら尚更いる訳がございません」


「『奥様』呼びもやっと馴染んできたところだったのにね。もうどうせなら戻してしまってもよいわよ。ロゼウェルじゃ混乱しちゃってお嬢様に戻っていたのだし」


 私と母どちらも奥様だったので私を奥様と呼び、母をデルフィーヌ様もしくは伯夫人と呼ぶことにした王都組。


 私をお嬢様、母を奥様と呼ぶ実家組が入り乱れた結果、王都組はほぼ元辺境伯家の使用人だったため混乱しきり、とてもカオスな状況になったことを思い出した。


「いえいえ。すぐ奥様とお呼びするようになるだけでしょうから。変える意味などございませんとも」


「え?」


「ああ……妃殿下と敬称が変わるかもしれませんね」


 常に飄々とした笑みを浮かべているアンドルが、さらに笑みを深めながら告げた言葉。


 鈍い私でもさすがに彼の言いたい事を理解して頬が赤く染まる。

 

「私としましても辺境伯家から侯爵家、そして大公家へ奥様の許で仕えられるのでしたら栄転みたいなものですので。歓迎いたします」


 と、相も変らぬ慇懃な態度のまま私にとどめを刺してくれたあと、軽やかな足取りでアンドルは仕事へ戻っていってしまった。


 舞踏会の翌日。屋敷を訪れたナイジェル様が、提示して下さった選択肢は3つ。

 

『3年後白い結婚を申し出ての婚姻自体を白紙にして辺境伯家に戻る』


『同家門係累の未婚男性を当主に迎え婚姻を結びなおしロッテバルト侯爵夫人のまま過ごす』


『離婚した後叙爵して女当主として生きる』

 

 ……全部スルーしてみんな、私が選ぶ未来は『大公家との婚姻』だと思っているわけなの……?


 叙爵して新しい家門を起こすとか私らしいとおもうのだけど。


 いや、今なら私だって……そうだといいなぁー……くらいには思うようになったのよ?

 でもそれだって本当に最近そう思えるようになったばかりなのに……。

 

 そのまま机の上に脱力していたのだけれど、とりあえず書類の処理は進めておこうかと誰も見ていないことをいいことに机へ上半身を投げ出したままの姿勢でアンドルが置いていった書類に目を通し始める。


 王都に戻って来たばかりだから暫くの間……。ううん、今日明日だけでいいからのんびりしよう。


「みんなにはもっとゆっくり体を休めてもらわないといけないわね……流石に一度に休まれると屋敷が回せないから交替しながらになっちゃうけど。

 馬車に揺られた子達はもちろん、こっちに残った子達も少ない人数で切り盛りしていたのだろうし。マリアだってもういい年だもの、無理していたら倒れちゃう」


「それはそれは、お気遣いありがとうございます」


 あれ?

 扉の音聞こえなかったのだけど……。突然降ってきたマリアの声に呟きが止まる。


「奥様! 人目がなくても、だらしなく過ごしてよいことなどないのですよ! なんという恰好なのですか、みっともない!」


「ごめんなさい!」


 マリアのカミナリを聞いてはじける様に机から起き上がると、執務机の前に来ていたマリアと視線が合った。


「お疲れなのはわかりますが、使用人たちの教育にも悪いのでお気を付け下さいませ。……着いた早々お仕事なんてなされるからでございますよ。

 ほら、お部屋に戻ってそちらで充分お寛ぎください。お部屋のほうにお茶の準備もさせてあります」


 ほらほら、と言いながら手の中の書類を取り上げ私を立ち上がらせると、問答無用とばかりに背を押しながら退室を促された。


 そして2日ほど執務室に立ち入ることをマリアに止められ、部屋の中でゆっくりと体を休めることに専念する。

 

 常日頃から忙しさになれてしまった私にとって、何もしない時間を過ごすことは思うよりも難しい。

 

 休みを取っていた侍女たちが「お茶を一緒に」と、誘ってくれ退屈さを紛らわせてくれた。本当にうちの子たちは優しくて、主人想いの自慢の侍女たちなのだ。


「リノール通りから広場に出るところで新しいカフェが出来たそうですよ」


「私、先日のお休みの日にそのお店で食事をしましたわ」


「でもあの店はひとりでは入りづらくないですか?」


「……ひとりではありませんでしたから」


「まさか、あなた……っご近所の伯爵家の侍従の方と恋仲になったという話は本当なのですの?」


「恥ずかしい、知ってたのですね」


「私も騎士団のラウド卿とお付き合いしたいですわ」


「わたしはクイン卿が素敵だと思います、あの爽やかな笑みを向けられたい」


「素敵と言えば新しくできた雑貨店に可愛らしいリボンが……」


 お菓子にカフェ、可愛らしい雑貨類。誰が誰と恋をした、あの方が素敵。


 疲れてはいるので聞き役に徹したいと告げた、私の願いをきちんと聞いてくれた彼女たちの輪にそっとはいらせてもらう。


 年頃も近い娘同士が集まれば話題は尽きることもなくお茶の席に花を咲かせ、賑やかだけど穏やかな笑顔にあふれた時間が体と心を癒してくれた。


 そういえば騎士団の若手の騎士たちや侍従たちの名はずいぶんと上がったのだけど、アンドルの名は出てこなかったわね。


 優秀だし見目も悪くないしあの年で侯爵家の家令になったのだから将来性もあるのになあ。

 

 身近過ぎる上司だからかしら……。

 

 モノクルを怪しく光らせ楽しげに笑う彼を思い返しながら、言及するのは控えたほうが良いと頭の中で警鐘がなった。


 言葉にすることはしなかった、私の選択はきっと正しい。

次回は久しぶりの王太子殿下視点回です。

回想なので時系列が少し戻ります

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