離婚の準備を始めましょう
「では、お父様お母様。私王都へ帰りますね、どうかまた逢う日まで、元気にお過ごしください」
今日もロゼウェルは晴天。
バカンスの間ずっと一緒に居た所為なのか、澄み渡る空の青を見るだけで寂しさを覚えてしまうくらい、彼の青が恋しい。
こちらに来た時と同様に荷物を積み上げ、帰省と休暇を満喫した騎士や使用人たちと共に王都へ向かって移動を始める。
バカンスの帰りは皆個人個人の状況次第になるので、王都を出たときに比べれば混雑も少なく快適な馬車の旅となった。
行きとは違う街道沿いの宿場町を選び様子を確認したり、町の代表者たちの歓待を受けたりしながら王都へ向かって馬車を走らせた。
ロゼウェルでお茶会に参加してくださった方々にも街道や宿場町、途中にある休憩所などの施設の使い心地や意見など聞かせてほしいとお願いしたのでそれも楽しみだったりする。
旅慣れてる方、初めての方と感じ方は人それだろうからいろいろな立場の方のお話を聞かせてもらおうと思っている。
***
「先に戻ったカイルとナイジェル様は、大人しく馬車に揺られて戻られたかしらね……」
馬車を降りて街の中を散策する時ならまだしも、似た景色が延々と続くだけの馬車の中はそれなりに退屈で、ぼんやりしながらとりとめもないことを考えては口走る。
「今のところそんなお話は滞在した街では聞いておりませんから、大人しくされていらっしゃるのでは?」
「行きがお二人そろって荷を積んだ馬車と従者を置き去りにした、早駆けだったのだもの。目を離すと無茶してるのではないかって、心配になるのよ」
似てるのは顔だけだと思ったら別々に出発したのに同じことを選択するなんて、性格や行動までほんとそっくりなのだもの。
それを言うとカイルはすごく嫌がるのだけど、ナイジェル様の婚約者への溺愛めいた対応とか。
ものすごく身に覚えが出てしまうくらい、似ていると思うの……。
「男の子というのは、得てしてそういう生き物でございます」
マリアからするとあのふたりはいまだに男の子なのね……。
そして男の子の親の経験者でもあるから、小さなころの突拍子もない行動や悪戯のエピソードの数々はよく聞かせてもらっていたもの。
言葉がもう達観しているというか悟りの境地というか……。
……いえ、思い出しているだけなのに、ものすごい遠い目をしている……諦めの境地かしら。
***
行きよりも幾分速いペースで私たちを乗せた馬車は王都へ到着した。
距離もあるから往復の旅程含めて約2カ月近く王都を離れていたことになる。
王都の大通りの街路樹たちは赤や黄色に色づいたドレスをまとい始めていてすっかり秋模様となっていて、風が枝葉を揺する音もにぎやかになって来たのでもうじき落ち葉の季節へ移るはず。
過ごしやすくなったので仕事も社交も捗りそう。……ドレスって重ねたり重ねたりで……夏場って本当に大変なのよね。
「奥様、お帰りなさいませ。無事の到着、大変嬉しゅう感じております」
侯爵邸に到着したので馬車を降りる。
私の目の前には家令のアンドルを先頭にお留守番を任せていた使用人と騎士たちが、綺麗に並んで出迎えてくれた。
そのあと騎士たちはイスラ卿のもとに、侍女やメイドたちはマリアのもとへ集い場所を移して留守の間の報告や連絡事項を伝達しあい始めたようだ。
私もアンドルからの報告を受けるため、屋敷へと足を向けた。
「まずは王都にて展開されている、ロゼウェルの商会の支店からの報告でございます。どの店にも大きな問題点もなく……細かなことはこちらの書面に記してありますので、後程目を通しておいてください」
椅子に座ったところでアンドルがよどみのない口調で報告を始める。書類を受け取り軽く中身を確認してから机のわきへ置いた。
王都の支店はバカンスに入る前王妃様と数名の高位貴族のご夫人方から、秋の社交界に向けたオートクチュールドレスのオーダーを受けた。
店の職人達はバカンスの間、それらの制作に取り組んでもらっている。
今はバカンスを終え王都へ帰られた夫人たちが順番に、仮縫いやフィッティングに入ってもらっている頃かしら。
「暑い中頑張ってくれたようで本当にありがたいわ。近いうちに店の方へ顔を出すと伝えておいて」
「わかりました。……あと、奥様宛にお手紙が届いております」
「あなたが言い淀むだなんて珍しいわね。構わなくてよ、見せてちょうだい」
アンドルが歯切れ悪く申し出るのを珍しく感じながら手紙を受取ろうと手を差しだす。彼は一呼吸おいて、内ポケットから一通の封筒を取り出して私へ手渡した。
差出人を確かめるために封筒を裏返す。アンドルが既に中身を検めていたのか封蝋は解かれていたのでそのまま中の便箋を取り出し、文面へ視線を落とす。
「あら、珍しい事。お義父さま……前侯爵からではなくて」
「奥様が実家へ戻られるため留守にされてからすぐに届いたものですので、そちらに届けることも出来たのでございますが……。
ご家族との楽しい時間に水を差すような真似をする気が起きず、お帰り迄留め置いて居りました。奥様の代理として中身は検めておりましたのもあり、早急に対応が必要な物でもありませんでしたので」
「あなたの判断に任せると言ったのは私だからそれについて謝る必要はないわね。……気を使ってくれてありがとう。お陰で楽しく過ごせたから、感謝するわ」
手紙には『王家主催行事、秋の狩猟祭の時期に合わせて前侯爵夫妻で王都へ参じたいので都合を聞きたい』と記されていただけ。特に何かをするためではなく遊びに来られるだけなのかしら。
狩猟祭は夏の始まりの舞踏会に並ぶ大きな行事。作物の収穫を終えた秋の終わりに開催される行事だからまだ少し先の話なのは確かなのだけれど。
「前侯爵夫妻がこちらに来られるのならこちらとしても都合がいいわ。そうでなければ私が向こうへ行くつもりだったのだから」
「……奥様?」
きっと歓迎したくないと顔に出すくらいには嫌がると思っていたのね。便箋を封にしまいながら呟いた私の言葉を聞いてアンドルが不思議そうに首を傾げた。
「じき、ローズベル辺境伯……私の父から辺境伯家当主代理としての委任状が届くから受け取っておいてちょうだい。向こうを出る前に受け取りたかったのだけどいろいろと忙しくて」
「わかりました。受け取りましたらすぐ奥様の元へ届けましょう」
「ええ、お願いね。家同士の話だから私の意思だけという訳にいかないのは本当に面倒なのだけど、契約事なのだから仕方ないわ。でもお忙しいお父様にこちらへ来ていただくのも気が引けたから」
私の大事な故郷でしたい話ではなかったので前侯爵夫妻をロゼウェルに招くという考えはまずなかった。
お父様は交渉時に私の元に来たがってくれたけれど……。
王都にはカイルやナイジェル様たち、前の生では居なかった私の味方になってくれる人がたくさん居る。
それにアバンと交渉するわけでないから、家の対面を守るためにもおかしな真似はされないでしょう。
ただでさえあのおふたりはプライドの高い方だし。
「まだ口外するのは控えてね。実務面を担うのは家令のあなただから、先に話しておくわ……。私、アバンと離婚することに決めたの」
「左様でございますか」
あれ……反応薄くてよ?
やっと言語化したw物語も折り返し地点を過ぎたくらいかな?













