封印された記憶の箱
もしかすると私がこの屋敷に生まれてから初めてじゃないのかと思うくらい本格的で盛大な夜会が開かれた。
事業のほうが楽しい母は、辺境伯夫人になってから当然夫の後押しもあり事業を熱心に展開している。
かける時間の比重がほぼ事業に集中していたから、辺境伯夫人としての社交活動はさほど力を入れたことが無かったけれど、それは決して『出来ない』からというわけではない。
王都時代には社交界の中心に立ち、今もなお貴婦人の流行の仕掛け人としても名高い母。
薔薇の中の薔薇と呼ばれることが理解できる華やかな夜会は当分の間語り草となるに違いない。……母の本気はかなりやばいと痛感した。
私のドレスはお茶会の時と同様レナードに手持ちのドレスのアレンジをお願いしていた。
けれど気が付けば母の仲介の元ロゼウェルの仕立ての大店の職人の中でも一番の腕の立つ古株の職人、それと大陸との生地貿易を取りまとめている商会を巻き込み仕立て直されたそれは、王都の舞踏会で纏ったものよりも素晴らしい出来になっていた。
仮縫いの時には全くといっていいほど気づけなくて出来上がったドレスを前に唖然としていれば、サプライズって重要よねと言う母の言葉に二の句の告げられない私。
父の頼みもありエスコート役はカイルのまま。
カイルの衣装にもアレンジが加えられた。私のドレスに使われている生地やレースがさりげなく付け足され最初から私のドレスと対で作られたかのようなものへ生まれ変わった。
そしてドレスと共に私の胸元を飾る首飾りはアクアティアを散りばめたロゼウェルの宝飾職人の渾身の作。
対のデザインになっているイヤリングにつかわれている宝石が蜂蜜色の琥珀なのは、母が言うにはサプライズなのだろうけど、父とカイル的には虫よけなんだろうなあ……。
これでロゼウェルでのすべてのスケジュールが無事終わったことになる。
私の夜会のドレスの制作に関わってくれたロゼウェルで一番の職人が、レナードの腕を認めて弟子入りを認めてくれたと報告を受けた。
その上ユーリカも針子の腕を買われ、同じ店に雇われたと二人そろっての報告を受けたのだ。
私のドレスを見て既に名指しでドレスの仕立てを注文されている彼は、きっとこの街で立派な仕立て職人成長すると思う。
辛いこともあるだろうし悪いことに誘惑されるかもしれないけれどユーリカが傍に居てくれるなら何も心配することはなさそう。
……でも、ユーリカを泣かせたりしたら許さなくてよ。
夜会の後カイルは王都へ戻るナイジェル様の馬車に押し込まれたので一足先に王都へ戻っているはず。
ソフィア様も息子と甥っ子を見送った後、隣の領地へお帰りになられた。そして私も秋の社交シーズンが始まる前に王都へ戻るための準備をしている。
前回、ここから王都へ旅立った時は本当に身の回りの物を最低限運んだだけなので、今回はドレスやアクセサリー、本や人形、私を形作っている大好きなものと一緒に戻るための荷造りに励んでいる。
次にこの屋敷へ訪れるのは来年の夏のバカンスだろうから、残った荷物の整理もかねての大掃除をするためにクローゼットルームの奥に仕舞い込んだままの荷物を引っ張り出しては中身を覗いてしまう。
そのせいでつい昔を懐かしんでしまう。だからなかなか進まないのだけど、そろそろ本気を出して片づけないと……。
「あのぉ~お嬢様、奥の方に衣装箱がありますけれど確認致しますか?」
奥から侍女が運んできたものは、埃が積もる古びた木製の衣装箱。
周りに描かれている花模様がくすんでいるのでかなり古いものだと見た眼でわかる。……玩具箱かしら?
いつ頃のモノなのか自身で仕舞った覚えがないので、多分当時の侍女がサイズの変わった衣服をしまっておいたのかもしれないわ。
知っていそうなのはマリアあたりなのだけど、彼女は王都へ戻る前に子供さんたちと少しくらいゆっくり過ごしてきてと休みを取らせたのでこの場に居ない。
「そうね、とりあえず衣裳部屋の外に出しておいて。あとで確認するから」
流石に子供時代の荷物じゃ今使えるものではないだろうから、とりあえず後回しにしておこうと指示を出す。
クローゼットの中のドレスを王都へ持ち運ぶものと、引き取り手を探すものと仕分けするほうを優先しないと……。
そんな頑張りもあってクローゼットルームは大体片付いた。
王都のほうへ運ばない衣類や雑貨、アクセサリーなどはお古として家門の令嬢や子供たちに差し上げたり、孤児院の寄付を集めるときのお祭りの売り物にして貰うつもり。
あとの手続きはこの屋敷の家政婦長のノーレに頼んでおいたので良い感じに処理してくれると思う。
「さて、あとは王都に戻るだけ……ああ、そうだこれが残ってた」
侍女がクローゼットルームから発掘した古びた花柄の衣装箱が部屋の片隅にぽつんと置かれたまま。
その箱の中身を改めるため、明かりがよく差し込むように部屋の真ん中に置いてあるティーテーブルの上に乗せてふたを開けた。
箱の中身は2歳か3歳の幼い子のサイズのドレス。
お出かけ用なのかしら、普段使いにしては手の込んだ衣装だけれど……。
「……私の、よね? 全く思い出せないけど。ほかには何があるのかしら」
数枚ほど重なっていたドレスを1着づつ丁寧に取り出していく。ドレスの下にまるで隠されるように置かれていた2匹のウサギのぬいぐるみ。
瞳はヴァイオレットサファイヤとブルーサファイヤと1匹づつ違う石を使って作られていた。
ぬいぐるみが着ているドレスも手の込んだ一点物だと一目でわかる。
丁寧に作られた可愛らしいぬいぐるみ。
小さな子供が遊べば汚れやほつれがひとつやふたつあるだろうに……でも、それがこれにはどこにもない。まるで新品のままこの中にしまい込まれたよう。
「可愛い……あなた達も王都に行きましょうか」
箱の中からヴァイオレットの瞳のウサギを取り出して胸に抱きしめる。どこか懐かしいやわらかな感触に口元が綻ぶ、鼻先を近づけたら埃の匂いの中に優しいバラの香りが微かにした。
「そうね、私の部屋のベッドの上なんてどうかしら。まだお人形とか1つも置いていないからあなた方に特等席を用意してあげてよ」
どことなく殺風景だった王都の侯爵邸の私の寝室を思い出しながら彼女に話しかけた。
薔薇に話しかけたと私を揶揄うカイルを叱ったはずなのに、この子を見ていると自然と言葉が出てしまう。
箱に潰されたりしないようティーテーブルの傍にあった椅子の上に彼女を座らせてから、まだ箱の中にいる明るいサファイヤの瞳のウサギの彼を取り出そうと手を伸ばした。
ウサギの彼は彼女より重く感じたので不思議に思ってしっかりと抱えてみたら、服の中に固いものが入れてあった。
なんだろうと思って取り出してみると装飾のない少し錆びている小さなナイフがひとつ。
「……これって、鍛冶屋の見習いさんが最初に練習して作るものよね。そうだ、私……鍛冶屋のおじいちゃんに欲しいってねだって」
『おまもりなのよ』
小さな私がそう告げて誰かにあげたもの。
誰なのか思い出せないけれど、とても大事な人だった気がする。
「……今はあなたの物なのよね。お返しするわ」
ウサギの彼女の傍らに彼を座らせる。
そのウサギの彼の膝上に小さなナイフをそっと置いてあげると、彼の顔はどことなく騎士のように凛々しく見えた。
王都に戻ったらこの子たちの新しい衣装も仕立ててあげよう。
前の時は重苦しくて引き返したいと願っていた王都に、今は早く帰りたいとすら思うのはきっと彼が待って居てくれるから。
頭のほうでナイジェル様に馬車に押し込められたカイルとナイジェルの顛末は、3月10日発売の書籍版絶望令嬢2巻の購入特典として配信されるSSで書いてます。
お手にする機会があれば読んでくださいませ













