お掃除2
ハウルを訴える為には、まず横領の全容を調べないとならない。
アンドルに侯爵家の過去の帳簿や台帳の手配と、人員の手配をしておくように命じておいた。ハウルの一族中の家探しするには人海戦術しかなさそうだものね。
そして次は盗みを働いた侍女たちが閉じ込められている部屋へと移動する。
同じように扉の前に立っている騎士に扉を開けてもらい、テーブルを挟んだ向こう側に座らされている侍女二人と対面する。
こちらもハウル同様自分は何も悪くないというお顔で睨んできた。怖くはないけど。
「エリザベス様!」「お嬢様!」
私の顔を見て口々に叫ぶがその呼び名に苦笑してしまう。
「略式だったとはいえ私は神と王室に認められ、正式に侯爵家へ嫁いだ人間になったのよ? 仕えている貴方たちにはそんな大事な話も伝わらないの?」
そう告げるとバツの悪そうな顔をして「奥様」と言い直した。
話をするために対面する椅子へ腰を下ろしてから口を開く。
「さて、貴方たちはどうしてここに押し込められたのか理由はわかっていて?」
「わかりません! エリ……奥様がこの屋敷に来たその日から献身的にお世話をして仕えていたのに……ッあんまりです」
すごいわ即答した。本気で言ってるのなら相当頭が悪いか悪人かのどちらかよね。
「あなたたちの言う献身というものは、朝は洗面用の水を頼めば汲み置きどころか台所の残り水を持って来ること?
薪をケチって湯の量を極限まで抑えたぬるま湯で湯あみをさせること? 夜にミルクが欲しいと告げたら嫌な臭いのする古いものを持ってきたわね。
……あとは主の留守中に部屋を物色すること? 素晴らしい献身だこと」
前の時にされた嫌がらせの中では比較的穏やかで、何度も繰り返された日常の一幕のようなもの。
だから平坦な声で彼女たちがしていたことを告げてしまう。彼女たちも立場が上で、自分たちと組んでもいないマリアにそれを聞かれてバツの悪そうな顔を浮かべた。
……部屋の物色はかなり丁寧に荷物を元に戻してあったのでばれているとは思わなかったらしく、あからさまに顔色が変わっていた。
淡々と侍女たちの所業を告げていれば隣に並ぶマリアの額に青筋が浮かぶ。
「あなた方の部屋にあったのものです。これらに見覚えはありますね?」
そう告げるとマリアが小さな袋を取り出してその中身をテーブルの上に並べていくと、それを見た侍女たちの顔色がさぁ……っと青くなった。
「……そ、それは……」
「いくら侯爵家と言えど一介のハウスメイドの給金では数年かかっても買えるものではありませんわね」
「それは前の奥様が領地の屋敷に向かう際お別れにと下さったものです、決して盗んだものでは……ッ」
「うふふっ」
持ち主の前でつくにはあまりに稚拙なウソに思わず笑い声をあげてしまう。
「奥様、お笑いになるなんてあんまりですわ、私達、前の奥様に可愛がられていたのですから!」
「ならどうして領地の屋敷に連れて行ってもらえなかったの?
……まあいいわ。その指輪や耳飾りに使われている石はね、まだ王都の店には並んでないものよ。
新たに国交を結んだ国の使節団から紹介された、かの国の商会との取引が始まったことは知っていて?
そしてこの国では採取されたことの無い、鉱石の交易の許可が下りてロゼウェルの港に着いたの。
そしてその鉱石はロゼウェルの宝飾職人達の手によって、とある加工を施すことによって生まれたものなの。
だから、産出した国ですら出回っていない、まだロゼウェルと私の手元に数個存在するだけ。
……これが、その鉱石を使った試作品なのよ。
王都の社交の場を使って販路を広げたいと両国の商会長に頼まれて持ってきたものなの。それを何故前侯爵夫人が持っているのかしら?」
……あーよかった、見つかって。
立場上冷静な顔で居るけど、無くなったのに気づいたときは気が遠くなったわよ……。
「それは……その……」
「……というか、持ち主の前で他の人にもらったという理屈が通るには、これと同じ物が2つ以上存在する品ならわかる話なのだけれど。
でもね? 前の侯爵夫人は下級貴族や裕福な平民向けの店頭に置いてあるような量産品を喜んで身に着けるような方なの?」
前の時もそうだったけれど、今だって財産が目減りし続けて財政は真っ赤っかで火の車だろうに、会うたびに新しい装飾品を自慢していた方だもの、一流の職人の手でこしらえた一点物しか身に着けていないわよね。
「今度お会いした時伺ってみようかしら」
今なら窃盗罪だけで済むけれど前侯爵夫人を侮辱したなら不敬罪も追加される、まあそれ以前に現侯爵夫人の私に対しての今までの行いや虚偽を告げたのだから告発すれば不敬罪追加なのよね。
前の時は私から所持品を奪うだけ奪い取った後、欲に塗れたアバンから見限られて大半の使用人たちはここから追い出されたけどね。
どうせ追い出される運命だったわけだし、ほんのすこしそれが早まるだけと思えば追い出すのも気が楽だというものだわ。
それにしても、小さくつぶやいた私の言葉に大きく反応を見せる二人……、あの気難しそうな前夫人に睨まれたらさぞかし怖いのでしょうね。
「お許しください、盗んだものはお返ししますので……どうかご勘弁を」
「そうね、…………じゃあ今から聞くことを素直に教えてくれたら考えてあげるわ」
ようやく私に向かって頭を下げた二人の侍女に笑みを向けながら問いかける。
「私の部屋で何を探していたの? アクセサリーだけが目的ではなかったのでしょう?」
「……え、あ、……あの……アバン様に奥様のお荷物の中から持参金の証書がないか探して来いと命じられました。で、でもそれは見つかりませんでした、手を付けたりしておりません、信じてください」
「その件は大丈夫よ、私が持ち歩いていたから信じてあげる」
アクセサリーはまだ換金してはいないので物品をただ無断で手元に置いた窃盗の罪だけだが金銭の証書を盗むのは窃盗に続いて横領の罪も加わる。
罪の重さが違いすぎるので犯人とされなかったことにほっとした様子。
持参金は前の時は顔を合わせたときに渡せと言われたのでホイホイ渡しちゃったのよね……。
婚家側の大人に囲まれてそれが当たり前だと言われたら信じるしかなくて、侯爵家が使う金だと言われて……取り上げられた。
だから言われる前に口座を作ってしまいそこへ入れたのだけど。今回は侍女たちに探らせて運良く手に入れたらおかわりでも要求しようとしてたのかしら?
それとも前回も同じように探してただ見つからなかった、というだけのことかしら……。
「それじゃあ、貴方たちの処分なのだけど侯爵家から追放でよろしくて?」
「そんな! 正直に話せば許して下さるとおっしゃったではありませんか……!」
おっしゃったかしら? 記憶にないのだけど。仕方ないなあと口を開こうとしたら後ろに控えていたマリアの怒号が部屋中に響き渡った。
「いい加減になさい!!! 奥様の前でみっともない、恥というものを知りなさい!」
少女時代に私の祖母の侍女として辺境伯家に入り、領内の子爵家の長男に見初められ嫁いだマリアはその後、母が私を身籠った少し前に二人目の子を授かっていた縁で、祖母と母から乞われて私の乳母となり辺境伯家に戻ってきた。
自分の子供たちが独り立ちした後も、母付きの侍女として勤め続け辺境伯家の家政婦長まで上り詰めた女傑だから、こういう躾のなってない使用人が嫌いなのよね。
ああ……この叱りかたを聞くと幼い頃を思い出して関係ないのに私のほうまで竦みあがりそう。
「奥様がお許しになったのはたとえ当主から命じられたことでも金銭の証書を目当てに探したことは未遂でも横領罪に問われることは目をつぶると言うことです。
言いつけに従うしかなかった、という話なら同情の余地はありますが……。奥様のアクセサリーをくすねたことは命じられたことでないですのね?
あなた方の荷物の中に隠されていたわけですから、自主的に盗みを働いたという事でしょう。そんな手癖の悪い娘を侯爵家に留め置けるわけがありません!
1時間だけ滞在を許しますから荷物をまとめて出てお行きなさい。それ以降この邸内で姿を見かけたらその場で捕らえて憲兵のもとに連行しますよ」
覚悟なさいとマリアがすごんだ後、若干その圧に引き気味の騎士たちに侍女たちが荷物をまとめ屋敷を出ていくところまで監視を頼み本日の掃除は完了となった。
まだまだたくさんのごみが残ってはいるでしょうけれど、流石にいっぺんには片づけられないわね。
そのへんはおいおいと頑張りましょうか。
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