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向き合う勇気

「大きな問題もなく無事に済んでよかったわ……」


 お茶会も無事に終わり、最後のゲストを見送った。

 賑やかだった屋敷も静けさが戻り心の中に残ったのはささやかな達成感。


 これで両親に託された仕事は無事に済んだ……わけでもないわね。まだ夜会が残ってる。


 母が準備をするとは言っても今日は一日手助けをしてもらったので、知らないふりなんて出来ないから言われなくとも母のサポートを精一杯努めようと大きく息を吐いた。


 バルコニーへ出て暮れていく空を見上げる。


 日の光はもう大地の境に降りていて、仄かな残り火が空の際を照らし天上から濃藍のカーテンが星の光を纏いながら降りてくる。


 昼から夜へ移り変わる空をぼんやり眺めていると後ろから足音が響き耳へ届く。

 この足音はきっと彼。


「お疲れ様、リズ。はじめてのホストの感想は?」


「招かれるほうが気は楽だけど、招く側も案外面白かったわよ」


 振り返ればティーグラスを手にしたカイルが立っていた。


 そのグラスの中には茶会でとても好評だった、冷たいローズヒップティにオレンジの果実水と蜂蜜で割ったもの。受け取ると指先に感じる冷たさが心地よかった。


 グラスの横から覗き込むと目に映るのは、少し前に空を彩っていたような鮮やかな夕焼け色。


「あなたは退屈だったでしょう。ナイジェル様と喧嘩せずに仲良くできていて?」


 本日はふたりとも屋敷の自室で籠ってもらっていた。


 揃ってお茶会に参加したいと言っていたのだけれど、母とソフィア様に久しぶり再会を果たしたご夫人方の間でかなりの盛り上がりを見せたのだから、カイルとナイジェル様まで来られたら令嬢達が暴走して収集つかなくなりそうなんだもの。


 そんな上級者向けのイベント、社交界初心者の私じゃ収集つかなくなるでしょう?

 もう潔く最初から白旗上げるわよ。


 耳聡い令嬢達は当家にふたりが滞在していることを知っているようで、何度も探りを入れられたけれどそのたびに抜けられない会合へ参加をして、今は不在だと伝えていた。


「大変だったよ。変装すればいけるんじゃないかとか言って、抜け出そうとするんだから。……まあ、ある意味仲良くは出来てたと思うよ。腹を割って話すにはいい環境だった」


「……ならよかった。相変わらず悪戯好きなのね、でも多少の変装じゃ隠しきれないでしょう? そもそも女性のみの参加だったし」


 まあ、二人がドレスアップされたらナイジェル様は迫力のある美女に、カイルは清楚な美女になってしまいそうではあるけれど。


 そこまで思い切った変装じゃないわよねと湧き上がりそうな妄想を抑えながら、グラスに満たされた夕焼けを飲み干した。


 準備に関しては関わらなくてもよいと母から言われたので手持ちの仕事を片付けながら、自分の仕度のほうに専念する。


 ドレスにアクセサリーそれと靴。


 夜会のドレスも手持ちのドレスをレナードに手を入れてもらっている。アレンジを施すためのデザインが決まると体に合わせるため私自身をトルソーにしてドレスの仮縫いに入ってもらう。


 肌の調子を整えることも仕事の内だと出来る限りの睡眠時間を確保して美容のためのマッサージや運動と体を整えていく。


 それでも寝付けない夜はあるもので、ベッドの上をゴロゴロしていても無駄だと感じた私は夜着の上にショールを羽織りそっと部屋を抜け出して庭を目指して静かな廊下を歩く。


 もうすぐ庭に着くなと思ったところでソフィア様に声を掛けられた。


「リズさんも寝付けないの?」


 庭園の東屋に小さなランプの光と、ソフィア様の姿が見えたので私も足を向ける。


 月は丸く満ちていて庭園は明るい月の光が降り注いでいて危なげなく歩くことが出来たから、東屋へ転ぶことなく辿り着くとソフィア様の隣に腰を下ろした。


「……はい。『も』と言うことはソフィア様もですか?」


「ええ、でもこんな綺麗な月夜を見られるのだから、たまになら眠れないのも良い事ね」


 月の光に照らされ微笑んでいるソフィア様は月の女神さまのよう。


 ……カイルの言っていた「苛烈さ」なんて微塵にも感じたことはないのだけれど、この方が声を荒げる様子なんて本当に想像もできない。


「あの子ね、随分変わったようでリズさん驚いているかしら。あなたの婚約が決まった頃から領地に引きこもろうとしていたのよ」


「え?」


 カイルのお父様の喪に服していたから、私の家にも足を向けないのかと思っていたけれど、私の婚約のせいだったの? 


 前の生の時、そういえばカイルからの手紙はリューベルハルク領から届けられていたわ……。


 社交シーズンは王都に来ているのかなと思ってはいたけれど、他の地方貴族がそうだと言うだけで私はそれを確かめる術を持っていなかったから……。


「でも春先にどうしても直接王都へ行かないとならない事案が出来てね。ちょうどいい機会かと思って渋るあの子に引き継がせて無理やり王都に送り出したの。そうしたらそのまま王都に居ついてしまうのだもの」


「そうだったのですね、でも……そのおかげでカイルには沢山助けられました」


 春先に偶然再会した彼は事業の関係でここに居ると言っていたことを思い出す。


 あの再会がなかったら彼はそのまま領屋敷へ帰ってしまったのかしら……。


 私と再会したことがきっかけだなんて思いもしなかったけれど、あの日私の踏み出した小さな選択がカイルの選択に変化を与えたのだと思ってもいいの?


 アリスのお茶会、ひとりで参加するしかなかった王宮舞踏会も彼が手を差し伸べてくれた。

 あの妖精たちの夜、帰りの馬車の中で盗み見た彼は私が選んだ花の指輪へ愛おしそうにキスをしていて……。


 そして故郷への里帰りを果たしたあの日だって。


『君の前で膝を折る次の男になる権利くらい手に入れてもいいじゃないか』


 ああ、あの時の私はどう答えていたのだっけ?


 恋愛の経験値がないから?

 恥ずかしいから?

 沢山の言い訳を重ねて私は彼の心を真正面から受け止めていたと胸を張って言えるの?


 周りの目を勝手に気にしてきっと反対されるに違いない、冷たい目で傷物のくせに彼へ縋りつく恥知らずだと詰られたらどうしようって。


 前の時みたいに心に蓋をして、目を閉じて耳を塞いで傷つきたくないと自分だけを守ろうとしていただけ。


 何が前の時と私は違う、よ。全然変わっていないじゃない。


「……泣かないでちょうだい」


 ソフィア様の言葉で自分が泣いていることに気づいた。視界が歪んで濡れた頬にあたる夜風が冷たい。


「何も心配しないでいいのよ。……あの子の事も親として出来ることなんて少ないけれどそれでも出来る限りのことをするつもり。……もちろんあなたの心があの子と同じ場所に進んでいる場合だけどね。違うなら遠慮せずに振ってあげていいのよ」


 それでもカイルがわがまま言うならお尻を叩いて叱ってあげると何とも頼もしいお言葉と、今の彼がソフィア様の膝の上でお尻を叩かれる姿を思わず想像してしまって小さくだけど噴き出してしまった。


「ソフィア様。カイルは……いつだって彼は私に優しいです」


 初めて出会ったのは確かこの庭園の中の東屋だったと思う。私の名を呼んだ柔らかな声も眩しいほどの優しい笑みは昔から何ひとつ変わっていない。


 あの前の生の時も、彼の贈ってくれた小さな押し花が私を支えてくれていた。

 でも……こんな弱いだけの私は変わらないといけない。


 憎しみと絶望に過去を見つめるだけではダメ。

 過去から逃れるためにあがいて足元を見つめることしか出来ずに今を立ちすくんでいるだけでもダメ。


『また来年も一緒に』


 当たり前のように私の背中を押して未来を見つめてもいいのだと、一緒に踏み出してくれるカイルの隣に胸を張って並べるように自分が出来ることをしよう。


 舞踏会の後、侯爵家を訪ねられた際ナイジェル様が私の未来へ繋がる選択肢はいくつもあるのだと教えてくれたように、あの時絶望と引き換えに失ってしまった私の未来を自分の意思で掴み取らなきゃ。

次回でロゼウェル編終了です。

書き始めた時は5~6話で終わらせる予定でしたのに…なぜこんな長い話に。

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