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【書籍・コミカライズ】絶望令嬢の華麗なる離婚~幼馴染の大公閣下の溺愛が止まらないのです~  作者: 高槻和衣@絶望令嬢コミカライズ5巻発売


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気晴らしに出かけよう

カイルとのデート回です

 ただ、『叔母さまに私が任されたお茶会の口出しをさせない』という目的で始まったはずなのに、以降十数年は口出しされない環境が整ってしまった。


『里帰りで戻ってきた時はリズちゃんに甘えましょうね~』


 とかお母さまが言っていたので、これはこまめに戻って来いという事なのかしら。

 

 もちろん街道沿いの整備の視察もかねて行き来する機会を増やそうと思っている。

 季節ごとの違いも知りたいしそれに街づくりは街道の工事が終えてからが本番だもの。

 


 さて、遠い未来の話に意識を飛ばしてる暇はないのよね。今は目の前に迫るお茶会の準備に集中しないと。


 お茶会の衣装は嫁ぐ前に作った物の中でお気に入りのドレスを手直しすることになった。


 ある意味嫁ぎ先に持ってくる必要なしと言ってくれたあのバカのおかげでこちらのワードローブは無駄に充実しているのよね。


 デザインの古さが出てしまうものもあるから全てがそのまま使えるってわけにはいかないのだけれど。

 

 仕立てる時間の余裕がないと言っていた馴染みの職人が、アドバイスするくらいの時間が取れるという事でレナードとあれこれ話し合いをした。

 

 アレンジするデザインも決まり今は作業を進めているそうなのでぎりぎり間に合うとの話。

 

 こればかりはレナードたちを信じるしかないので作業を邪魔しないよう見守ることに専念するとして、残る問題はまだ少し悩んでいるお茶の選定……。


 基本的なものは先日のプレゼンに出したもので確定しているのだけれど、なんというか私の好きなものを出している『だけ』な気がしてたまらない。


 お茶会が終わった後、思い出として語られたり、令嬢たちの話題のもとになって、それがロゼウェルに繋がるなら尚良い。

 

 女性の間で必ず話題に上がるような何かがあるとお母様がよく言う『娯楽として楽しめるうえ商売としても成り立つ』ようなそんなもの。


 街の紹介だけじゃなくて発展につながるような……ワガママな願いなだけかしら。


 そんな雲をもつかむような漠然とした悩みに頭を抱えているうちにお茶会の期日はすっかり目の前、良いアイデアもでないのでもう諦めようと思った朝の出来事。


「リズ、今日も忙しいかな?」


 朝食を終え、本日もお忙しいナイジェル様を屋敷から送り出したタイミングでカイルが話しかけてきた。


「いいえ、もう準備も済んでいるし、明日の本番に向けて最後のチェックをするくらいかしら」


「なら、僕に君の時間を少し分けてもらえるかな?」


 なんだろう?

 

 もちろん、今までたくさんの手助けをしてくれる彼の申し出を断るわけもない。


 彼も忙しい身であれこれ気を配ってくれるのだから、時間があるのならゆっくりおいしいお茶でもと誘いたいと思っていたところ。


「ええ、あとはドレスの最終チェックと料理長たちと進行の確認を取るだけだから遅くならなければ大丈夫。それで何をするの?」


「それは着いてからの楽しみにしておいて。リズは外へ出かける支度だけすればいいから」


 帽子も忘れずにといったから、買い物やサロンへの誘いではないのかしら。


 せっかく故郷に戻って来たというのに仕事と社交ばかりで、最近は庭園を散歩する時間も取ってなかったわね……。


 ここまで来たらもう悪あがきをする時間も確かにないし、明日は笑顔でゲストをお迎えしないといけない。


 だからカイルの誘いをありがたく受け取り気分転換をすることに決め、出かける支度に早速とりかかった。


 どこに行くのかは教えてくれなかった。


 だけど馬車でほんの少し遠出をする距離に景色のいいのんびりできる場所はかなりあったりする。

 

 カイルは子供のころから、この街に自分の領地から繰り返し行き来してる。だからそういう名所は私より詳しかったりする。


 彼の言葉通りどこに連れて行ってくれるのだろうとワクワクしながら支度を済ませた。


 動きやすいワンピースに歩きやすい低いヒールのお気に入りの靴。そして彼が言ってたつばの広い日よけの帽子も忘れずに被る。


 そして侍女が馬車の用意ができたから、玄関ホールへ移動してほしいとカイルの伝言を伝えに来た。


 ***


「……あら、カイルはまだなの?」


 ホールについてまず誘った側の彼がいないことの珍しさに少し首を傾げる。

 そのうち来るかしらとぼんやり考えていると、馬車が着いたと知らせが入ったのでとりあえずホールを出た。馬車へ向かうと、いつもとは違う御者の姿に再び首を傾げた。


 新しく入った人かしら……? それなのになぜか見覚えのある横顔のシルエットも相まって、不思議そうに御者を見上げている。


 するとそれまで目深にボーラーハットを被り、まっすぐ前を見ていた御者が急に笑いだした。深く被っていた帽子を外して私のほうへ顔を向ける。

 

 ――帽子の中に詰め込んでいたらしい、太陽の光のような金の髪がこぼれ落ちる。帽子の影に隠されて見えなかった空色の瞳と、間違えようのない端正な顔に浮かぶ悪戯めいた笑顔――。


「お待たせ、リズ。さあ出かけようか」


 カイルが御者台から降りると馬車の扉を開けて私に手を差し伸べる。


 服装も御者の衣装。見慣れない彼の姿に目を白黒させながら、差し出された手を取り馬車へと乗り込んだ。


 いつの間に馬車の操作方法を覚えたのか、帽子の中に髪を納めなおしたカイルはすっかり御者になりきる。そして2頭立ての馬車を自在に操り、私はそんな彼を小窓から眺めながら揺られていく。

 

 大きな通りに出れば歩道にあふれる人の姿。

 

 木陰を陣取り楽器を奏でる陽気な楽師の歌声。飲み物やお菓子民芸品、様々なものを売る手作りの屋台と客を呼び込む子供たちの明るい声。それらを楽しみながら街の中を散策する観光客の人たち。

 

 道を歩く貴婦人たちはこの馬車を操っている御者が、かの大公閣下だなんて知ったらどんな顔するのかしら。


 あれ……?


 普段なら屋敷の中では彼といても常に傍に侍女がいた。馬車だって小窓の向こうに御者がいるし、出先では使用人としても傍に控えてくれたりする。


 だからふたりで出かけて居るとしても、ふたりきりではないって思ってた。けれど、今の御者はカイルで……カイルが御者だから。


 ――もしかしなくても今ってカイルと完全なふたりきりなのではなくて?


 小さな子供時代以来訪れたことのなかった、彼とふたりきりという事案にようやく気が付いた。

 

 私は狭い馬車の中、ひとりで慌てふためいていたのだけど、こんなことでも動揺してしまう自分がとても恥ずかしい。


 だから彼が御者台にいてくれて本当に良かった。赤くなりすぎた頬を両手で押さえながら、跳ね続ける心臓が早く落ち着くようにと祈り続けた。


 心が落ち着いたころ、今はどのあたりだろうと扉の窓から外を眺める。


 石造りの建物の並ぶ街の景色ではなく遠くに海が見える。どうやら街道まで進んだらしい。


 行きかう馬車も少なくなったあたりで、馬車が一度止まる。そしてカイルが小窓のふちをノックして、御者台から声をかけてくる。


「リズもこっちにくるかい? 海からの風が気持ちいいよ」


「いいの?」


「大丈夫、ここに居るのは口の堅い僕だけだ」


 マリアさんに叱られたりしないよと楽しげに告げてくれる彼の抗えない遊びへの誘い。


 断る術なんてあるわけもなく、身軽な服装だというのをいいことに扉を開けると一人でキャビンから飛び降りた。


 前へ回ると腰を浮かしかけていたカイルへそこにいて、と言わんばかりの笑顔で手を差し出した。


「ほら、僕の手をつかんで」


 流石に御者台は馬車の昇降口より高いところにあるから、彼の力を借りないと登れなさそうだった。手をつなぐことに動揺して、顔を赤くしないよう必死に自分を言い聞かせながら彼の隣に腰を下ろす。

 

 抱き上げられたりしたら、ようやく落ち着いたばかりの心臓が破裂して死んでしまうのじゃないかしら。


 すでに生命の危機を感じていたおかげか、馬車が揺れるだけで触れあいそうなほどの距離で腰を下ろしていても、結構落ち着いていられたと思う。

 

 それに目の前に広がるのは、小さなころ見たいと願ったどこまでも広がる美しい景色。


 ほんの少し視界が高くなるだけで別世界のように煌めいて見える。


 もうこんな機会2度と訪れることなんてないかもしれない。


 だから私は、彼が見せてくれる景色を心に焼き付けることへ集中する。


 私はしばらくの間、飽きることなくゆっくりと流れていく景色を眺め続けた。

あと数話ほど続きます

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