原因、それと結果
「……リズ、何を言っているのか理解してる?」
「もちろん、すごぶる冷静なつもり」
カイルへにこりと微笑みかけてから足を一歩前に踏み出す。カイルの背中から体も出して、レナードとユーリカの前に立った。
「で、でもこれ以上エリザベス様に迷惑をおかけすることなんて出来ません。私のお金なんて返してくれるならいつまででも待ちますから」
私の言葉に驚いて呆然としていたふたりのうちユーリカが先に我へ返って言葉を返す。
そして少し遅れて理解したらしいレナードが彼女の隣で彼女の言葉にその通りだと肯定するようにぶんぶんと首を何度も縦に振っていた。
「迷惑だなんて。こちらも切実なのよ……。カイルだって彼の決意と才能が言葉通りなのか見極めたほうがいいと思うでしょ? なら目の届く場所で見守るのが一番じゃなくて? ユーリカもそのほうが安心でしょう?」
ね? と首を傾げながらユーリカに問いかける。
あの時限りとはいえ、身を切られるようなつらさを味わった彼女のことはどうにも他人事には思えない。だからできる限り助けてあげたくなってしまうの。
「レナード……あなたはどうかしら? もちろん必要なものはこちらで手配するし、手伝いがいるなら探してくるわよ。
報酬もちゃんと支払うし、貴方の渾身の作を着て夜会に出るの。この街の仕立て職人に弟子入りする気がまだあるなら、きっとよいアピール材料になると思うわ。
……それに叔母やあなたのお父様の思惑に乗ることは出来ないけど、それでも優れた職人の未来を潰すことはしたくないのよ。お父様と違うと言うのであれば証明してちょうだい」
「お嬢様……ありがとうございます。他人の才を掠めるだけの父と違うということを証明して見せます。そして、お嬢様のために尽くすことをお約束致します」
「じゃあ決まりね。ローウェン、マリアお願いしていいかしら。彼の部屋と仕立て作業する場所を整えてあげてちょうだい。それと針仕事の得意な娘を数人……」
話は決まったので行動に移ろうと使用人たちのまとめ役でもあるマリアに話を向けるとすかさずユーリカが声を上げた。
「エリザベス様、私にレナードのお手伝いさせて頂けませんか。お屋敷のお仕事ももちろんしますから」
「僕からもお願いします! ユーリカは腕のいい針子なので手伝ってくれるのなら心強い」
使用人たちの職務の判断はこの場ではマリアに任せているので、ユーリカの声を聞いて私もマリアへと視線を向ける。
「そうでございますね、エリザベス様の評判に関わることの方がどの仕事より重要です。夜会が終わるまであなたはそちらに専念なさい。この屋敷の家政婦長として、私の後任となったノーレへも話をしましょう。刺繡や針仕事の得意な娘たちもそちらへ回すことに致しますね」
ノーレはマリアが家政婦長としてこの屋敷で働いていた時、次席として鍛えられていた優秀な使用人。マリアは私の嫁ぎ先のロッテバルト侯爵家の家政婦長に職を移動したので、次席のノーレが後任を継いだ。
マリア同様子爵家の出で、他の貴族からも求婚されているのに独り身のままがいいと全てを跳ねのけて職業婦人としての人生を謳歌している、と聞いた。
うーん、ワーカーホリックがここにも一人。
あとはマリアたちに任せて私とカイルは応接室から出ることにした。
隣を歩くカイルはまだ心配そうな顔をしている。
「……あのね、ユーリカの不幸の原因私なのかもしれないのよ。叔母さまの件と合わせてきちんと調べてみるけれどそれが本当だったら改めて謝罪しないとだわ」
「原因ってどういうことだい? あの娘とは街道沿いの村で初めて出会ったと聞いたけれど」
君が頭を下げないといけないようなことがどうして起きたのかという顔で私の顔を覗き込むカイルを見上げながら足を止めた。
「ほら、レナードが言っていたでしょう? 大口の注文が突然キャンセルされて旅費を賄えなかったって。あれきっとあのふたりのした注文のことなのよ……。
ドレスやバカンスの旅装とかの請求書がアンドルのもとに届いてね。私個人の買い物は私の資産で会計してるから、侯爵家には請求が来るはずないのにおかしいって。その件の相談を受けたときに言っちゃったのよ『夜会に必要なもの以外は全部キャンセルしてちょうだい』って」
こんなことになるなら領地送りとなったことで結局使われなかったあのふたりのバカンス予算をそちらに流せばよかったのでは、と結果論にすぎないけどもやもやしてしまう。
「でもそれは勝手に君の名を使ったあのふたりが悪いという話であって、君には何の落ち度もないだろう?」
「それでもよ。実際キャンセルを決めたのは私だし……その判断が巡り巡ってあんな事件になったと思うと……お金の問題がなければふたりこの街で何事もなく暮らせてたかもしれないでしょう?
だからレナードのことも含めて出来れば味方になってあげたいの」
ただ、自分の心のもやもやを晴らしたいだけというずるい理由。それでもカイルは変わらぬ優しい笑みを向けてくれた。
「わかった、君の判断に従うよ。僕も力になろう、君の望むままにね」
「ありがとう、わかってくれて嬉しい」
そして屋敷に戻った父を叔父たちとの話をする前に捕まえ今回のあらましを説明し、街道沿いの事件は被害者であったユーリカの申し出もあり事件にしない旨を伝えた。
ギルドや商会の人を沢山巻き込んでいるので申し訳ない事をしてしまったと頭を下げたら「腕の良い職人の未来が開けたのなら些細な事だよ。何事もなかった、それで十分じゃないか」と笑ってくれた。
叔母の作った負債は父が肩代わりし、その代わりに叔父が父へ毎年一定の額を返済していくこと。
そして返済がすむまでは欠席できない身内の慶事などの催し事や王家主催の宴などの公的なもの以外の出席は控えること。
そして、返済がすむまでの期間、当家からの招待がある場合に限り訪問が認められる。
ない場合は叔父の同伴なしでこの屋敷に足を踏み入れてはならないと、ざっとでも十年以上に渡り叔母様おひとりでの屋敷への出入りを禁じられた。
破られた時点で叔母は叔父から離縁を言い渡された上、叔父が返済した分も合わせた借金の総額を叔母の負債としてすべて背負う……という条件もあるので破られることはなさそう。
夜会や会合で足を踏み入れることはあっても非礼を働いた身で部屋を提供され持て成しを受ける道理はないと、話し合いが終わるとともに叔父は叔母を連れ街のホテルへと居を移し、翌日にでも王都へと戻るつもりだという。
……きっとこれが生真面目すぎる叔父のけじめのつけ方なのね。
そしてこの話はローズベル辺境伯家からほかの家門にもすぐに伝達されたので、叔母に忖度していた夫人方もむやみに茶会やサロンに誘わなくなるだろうから、浪費をするにもする場がないという事になるでしょう。
叔父さまには申し訳ないけど、平穏が戻ってきてくれてちょっと嬉しい。
お小言だって愛がないと聞いていられないもの。
次回からはほんわか貴族令嬢展開です。カイルとプチデート。













