叔父と叔母
「レナード、あなた……」
「リズ、彼の件はもうしばらく待ってくれるかい?」
頭に浮かんだ疑問を晴らそうと声を上げたと同時に、叔母を見据えたままのカイルが言葉を被せて私の発言を制した。
「まずは夫人のほうから片付けよう」
「……片づけるだなんて、いくら大公閣下でもあんまりですわ」
まるで面倒ごとのように言い放たれた叔母が声を上げた。
実際面倒ごとを持ち込んだのも、それをさらに大きくしようとしたのも叔母なのだし。これ以上フォローするつもりも起きなかったから、彼の指示に従って口を閉じた。
どうやらすべての元凶のようだし……。
「さてレナード。この請求先は君の働いていた店で間違いないかな?」
「はい、ワルド夫人は私がまだ見習いで店に入る前から父を贔屓にしてくださっていた顧客です」
「それぞれドレスの値段は安いほうだと思うが、枚数がすごいね。よほど頻繁に茶会やサロンへお通いになっていたのかな?」
同じものばかりを着ているという目で見られたくない。
……というのは今現在私が直面している問題でもあるので、その気持ちはわからないでもないけれど。
あまり裕福でない家のご夫人や令嬢は参加する席をある程度絞るだろうし、手持ちのものをある程度リメイクやアレンジを施して別物を着ているようにふるまうものだ。
夫の事業の後押しのため社交界でも顔を繋ぐ必要があり、努力を惜しまないご夫人もいる。
けれど王宮に勤めている叔父へ、そういう助力はあまり必要ないだろう……と、思う。それにあそこまで焦る叔母を見れば、叔父に黙って積み重ねた借金に違いない。
「溜まったツケの額を減らすなり無くすなりの約束でもしたようだ。条件は何だろうね、後継者をこの街で成功させることかい?」
確かにロゼウェルに吹いた流行の大きな流れに乗ろうと王都から職人が流れ込んでいるので、何かの縁がなければよい職人の勤める大店に入るどころか小さな工房ですら見習い希望者があふれていると聞いた。
この街の領主であり、事業の大半を抑え大きな商会長たちとも懇意にしている当家の口利きがあれば無理を通せるかもしれない。けれど、お父様やお母様も商会長たちに要らない借りを作る事なんて、まずしないだろう。
……ああ、だから私に白羽の矢が立ったのかしら。
「そんな我が家の事情なんて閣下に関係のないことですわ。口出しされないで」
「関係なら大いにある。夫人は私の明けの明星を侮った」
「は……? 何をおっしゃって…………」
ダンスホールでカイルが私をそう呼んだからどうにか理解したけれど、叔母の気持ちがちょっぴりわかってしまう。
というかこんな状況なのに、あの時を思い出して頬に熱が集まってしまいもの凄く恥ずかしい……。
思わず頬を赤らめていれば、そばにいたマリアを含む侍女たちの視線が私へ集中していることに気付く。まあ……とばっちりを受けたくないから叔母へ視線を向けたくはないだろうし、カイルの顔を不躾に凝視するわけにもいかないのはわかるけれども!
なんでそんなロマンス劇を見ているかのような瞳でみてるのよ……ああユーリカ達まで、貴方たちさっきまで喧嘩してたでしょ?
なんで手を取り合ってこちらを見てるのよ。こら、うっとりしないの!
「それに辺境伯家とは領地も隣り合わせで私の両親も世話になっている私にとっても家族のような方々だ。そんな人たちの不利益になりそうな芽を見逃すとでも?
……全くあのまま大人しくしてくれていれば私の知り得たことを表に出さず心のうちに留めるなり、問題になりそうなら夫君たちへも穏便に済ませられるよう話をしようと思っていたのに、残念だよ」
流石に知ってしまったので放置は出来ないが、叔母の不利益にできる限りならないよう、私や母を丁重に扱うことを条件にすることと引き換えに解決への助力をするつもりがあったとカイルが告げた。
叔母がきちんと問題に向き合い反省してくれるのであれば私だって協力を惜しむ気はなかった。誘惑に負けてしまったり、失敗することは誰にでも降りかかる問題だろうから。
でも叔母はさらなる甘言に乗り私を利用することで解決しようとした……のよね。身内に不幸が降りかかってできてしまった借金なら助力する気も起きるけれど、ご自分の見栄のために叔父の目を盗んで拵えた負債へ手を貸す理由はないもの。
「そうですね。私やローズベル家の資産を勝手に利用する気でいてもらっては困りますわ」
「辺境伯にこの話は報告済みだ。今日の話の方向次第では穏便に済ませようという方向で話をしていたよ。しかし罪を犯した人間をこの屋敷に引き入れた上、ロッテバルト侯爵夫人の資産へ手を出そうとした。官憲に突き出されても仕方がないことをしている自覚はあるのかな?」
「そんなことされたらあの人……フィリップに離縁されてしまうわ! お願いよ、やめてちょうだい」
叔母のやろうとしていることは罪なのだと、カイルの言葉で理解したのか悲鳴に近い声を上げてカイルに縋りつく。その矢先応接室の扉がノックもなしに開かれた。
「やめないか、テレーズ!」
「あなた!?」
「叔父さま!?」
突然開いた扉へ顔を向ける。飛び込んできたのは、私の叔父にあたるフィリップ・ワルド子爵だった。
到着した早々こちらに来られたらしい、皺のよった旅装と乱れた御髪に叔父の慌てようを感じとる。
そんな叔父は叔母へ目もくれず私たちのもとへ近づくと、カイルの前で深々と頭を下げながらひざを折った。
「リューベルハルク大公閣下、エリザベス。大事となる前に知らせてくださり、誠にありがとうございます」
「王都からは既に離れてこちらへ向かっているだろうと思っていたからすれ違いにならなくて何よりだワルド子爵」
先ほど叔母に向けていた温度を感じさせない冷淡だった声色が、温度を取り戻して叔父に向けられる。
ああ、これは叔父に関しては怒りは覚えていないのだろうと少しだけほっとした。
「いくら仕事で忙しかったとはいえ妻のしでかしたことに気付きもせず今まで放置していた私の落ち度でございます。もちろん兄たちに迷惑をかける気もありません。私の持つ爵位に財産すべてを売り払ってでも負債を返済する所存でございます」
「あ、あなた……そんなことしなくてもいいのよ。もうあの店主とお話はついているの、それに爵位を売るだなんてあなた正気ですの……ッ!!」
「話がついているだと? そこの若者たちや親類の大事なご息女、そしてわが兄の大事な愛娘であるエリザベスを己の利のままだけに利用して成しえる話など、道理としても通るわけがない。君は自分が何をしようとしたのかも自覚がないのか?」
大きな声を上げた叔父を見るのはこれが初めてだった。貴族らしくないと立ち振る舞いを叔母に叱られて困った顔を浮かべながら笑っていらっしゃる姿が想像できないほどの強さだった。
「子爵。夫人の沙汰については、この後辺境伯たちも合流してから話し合うことにしよう。それまで夫婦でじっくり話し合っておくといい」
叔母も叔父に怒鳴られたのは初めてだったのだろう。
この部屋で顔を合わせた時とは違いしおれたような姿で叔父に手を引かれながら部屋を出ていく。
扉の向こうに控えていた当家の騎士の姿を見て一瞬びくついたように見えたのは自分の罪が投獄されかねないことだと理解したのかしら。
実のところ、名前貸してほしいやり取りがそこまで重い話題になるとは思わなかった……というのは心に秘めておこう。
王都でもようやく芽吹いてくれた信用にかかわるから、気軽には出来ないことではあるけど、叔母の剣幕に耐性がない自覚はある。
カイルがこの場にいなかったら……なんて想像すると自ら最悪の選択に踏み込みそうだったのではと、小さく身震いしてしまう私だった。
ロゼウェル編のトラブルはもう少しで解決です













