ユーリカとレナード 2
ユーリカっぉぃ
「そうか。……じゃあ、リズはあのドレスを見て、一番に何を感じたのかな? 一瞬言葉を詰まらせたよね」
「ええと……、あのドレスにそっくりだなって」
突然振られた問いかけに、私は素直に感じたことをカイルに伝える。
「男爵家の令嬢なのは確かだったから、部屋へ踏み込まず外からの監視だけで収めた遠慮が仇になったね。ドレスを取り戻しにさっさと押し入るべきだった」
「まさかミリア男爵令嬢と同じ部屋にいたの? 仮にも結婚前のお嬢さんに何てことを」
「レナード! あなた私と一緒になるとか言っておいて、他のお嬢さんと暮らしていたの?」
あまりの事実に私とユーリカが同時に叫ぶ。
「ち、違う。誤解だ、僕は使用人の控えの部屋を借りてこの服を作っていただけで、あのお嬢さまとはろくに顔だって合わせちゃいないよ」
「でも同じ部屋にいたんでしょう? この街へ来てからずっと!」
騙されて置いて行かれたことよりはるかにわかりやすいくらいに怒っているユーリカへ近づき、宥めるようにその背をポンポンと軽くたたいてあげる。
でもどうして叔母さまが紹介したいと連れてきた職人が、ミリア嬢と一緒に行動していたのかしら。
「カイル……もしかして」
あれは確かプレゼン会を開く少し前に、ミリア嬢のことを調べてくれていたカイルが告げた言葉を思い出す。
『 少し面白い繋がりが出てきたのでしばらくは僕が注意を払っておくよ 』
「もしかしてシーラ男爵家は叔母さまと繋がりのある家門なの?」
「ご明察。正確に言えばワルド夫人の実家の分家筋らしいよ。まあ血筋から言えば、ほぼ他人くらい遠い筋みたいだけどね。でもロゼウェルを治めている辺境伯家と縁続きになっている領主の妹君の誘いだ、保護者付きならミリア嬢の1人旅でもそう深くは考えずに送り出したのではないかな」
連れ出しても騒ぎにならず、身内とはわかりづらい令嬢を連れ出した。そのうえで私と接触させて、ドレスを持ち出したということ? それも職人の職探しの手助けをするにしても、繋がりの浅い貴族令嬢を巻き込むような真似をする意味が理解できないのだけど……。
「叔母さま、一体どういうことなのです。説明をしていただけますか?」
この騒ぎの中黙ったままでいる叔母へ、話を向けた。一度私の顔を見るように視線を向けたけどすぐにそらして扇を広げて口元を隠す。
「何のことかしら……わたくしは頼まれたからこうして場を作っただけ、それだけよ」
「ワルド夫人。何も持たない人間にとって『 正直 』は最後の美徳だということを知っておくといい」
都合が悪くなると自分は関係ないと感情的に怒鳴り散らしてうやむやにしてしまう叔母の先手を打つようにカイルが言葉を紡ぎ、懐から数枚の紙……これは書類かしら? を取り出して私へそれを手渡した。
「面白い繋がりがもうひとつ出てきたんだ」
と告げるカイルの声になんだろうと書類に視線を落とした。
「これは……請求書に…………借用書?」
「ああ! あなた! 何を勝手なことを‼ エリザベスさんには関係ないものよッ 渡しなさい!」
まだ書面を読み始めもしないうちに、叔母が椅子から立ち上がり私へ向かいながら腕を伸ばす。その手が届く前にカイルが私の前に立ち、叔母の動きを抑えてくれたので再び書面へ視線を落とした。
どれもドレスや装飾品の購入に使われたらしい、未払いのものばかり。
すべて叔母の名で作られたものだった。
「叔母さま、これはどういうことなのです? 叔父さまの王宮官吏として支払われる俸給では到底賄いきれると思えない額の買い物をされておいでなのですね」
新しい事業を起こしたり、社交界へ参加するために借金をして無理をしてでも体裁を取り繕う家はそう珍しいもので無いし、踏み倒したりするわけでないきちんと返す当てのある借金であれば、経済を回すために必要なこともあるから悪いことだとは思わないけれど。
流石に目を疑うような金額が並んでいるのは別な話だわ。
生真面目な叔父の性格を考えてもとても返済しきれないような額の借金をしたり、身内がそうすることを許すタイプとも思えないし。
もし、する必要があるとしてもその場合、叔父さまはお父さまを通して金策をされると思うのよ。
この慌てようを見ると、これは叔父に内緒の借金に違いないわよね……。
お母さまや私のように個人的な蓄えや収入源を持っているなりして、返せる宛てがあるわけでもないでしょうし。
「ねえ、エリザベスさん。あなた何か誤解しているようだけど……きちんと返す当てがあるのよ。だから安心してちょうだい、ほらっ! それよりお話の続きをしましょうよ、ねえ」
「叔母さま、この状況で街の人間に彼を紹介するなんて到底無理な話ですわ」
「店や職人を頼らなくても構わないわ。あなたも見てわかっているでしょう? 彼は一人で店を構えるだけの腕があるのよ、そうだわ! なら貴方が出資者になって店を構えればいいのよ。それならこの街で仕事をすることに変わりはないもの」
「叔母さま、余計に無茶な話を始めた自覚はあります?」
「無茶ではないでしょう? エリザベスさんもデルフィーヌさまと同じようにお仕事されているじゃないの。王都でしたように店をひとつ作るだけよ、あなたの名前を貸してくれさえすればこの街で失敗することもないのでしょう」
だから損にはならないわと告げる必死の形相の叔母と、話が突然飛躍してうろたえしているレナードの顔を交互に見つめた。元からこれが目当てだったわけじゃなさそうね。
「ふっ夫人、私はこの街に王都にはない技術を学ぶために来たのでっ……」
「いいのよ、あなたのお父さまの店に掲げていた王妃さまの名前よりは劣るけど、この街でならこの子の名前は王妃さま以上の価値があるわ。そしてこの子にあなたの作ったドレスを着せて舞踏会に出させればいいの、王都の店の盛況具合をあなたもよく知っているでしょう」
経営は男性がするもの、高貴なものは働かず下のものを使う……みたいな、古い世代にありがちな貴族令嬢の叔母の理解力からすれば、お金儲けはさも簡単そうに見えているのか。
気まぐれで無理難題を押し付けようとし始める。
私や母の努力や苦心はないものというか、男性の助けがあってのものだと思っているのかもしれないわね……。
それについては言っても仕方がないことだけど……。ちょっと待って王妃さまの名って……。













