ユーリカとレナード 1
長すぎたので分割してます
ユーリカと彼――レナードの一声で私を含め、その場にいたものは状況を一瞬で飲み込んだ。
「ユっ、ユーリカ⁉ なんで君がここに居るんだ?」
「あの宿屋で奥さま……エリザベス様に出会って助けてもらったのよ、恩返しに働かせてもらってるの」
悪い? とユーリカが凄むとタジタジな様子でレナードが怯む。
使用人たちに囲まれて生活していたからか、すっかり逞しく……元気になったわね。
宿屋での印象を目の前で塗り替えていくユーリカの手から、マリアがティーポットを受け取るとユーリカはそのままレナードへ詰め寄っていく。
「あんたまさかあたしだけじゃなくエリザベス様まで騙そうとしてたの!?」
「騙すだなんて、そんなこと僕がするわけないだろう?」
「あんなところで置き去りにしておいてどの口が言ってるのよ!」
うん。修羅場だわ……。
カイルどころかマリアも引き気味で、だれも止めようとしてないというか……。どう止めたらいいのかしらこれ。
「あ、あの村だったら一人でも帰れる場所だと思ったんだよ……。それに無一文だったから宿屋の亭主にも巻き込まれたと思われたんだろう? なら重い罪にも問われなかったはずだ」
「勝手なこと言わないでよ!」
ユーリカが叫ぶ。
女なら軽く済むに違いないという軽い気持ちだったと言いたいのかしら?
これ以上は彼女のためにもならないと思ったので口を挟むことにした。
「無事に帰れる保証なんてあるわけないでしょう。街道沿いの治安が多少良くなったというけど、付き添いも護衛連れてもいないうら若い女性が一人で行動することは今だって危険なことに変わりないわ」
「あの村は街道の警備隊の詰め所もあったから他よりは安全だと思ったし、ユーリカは被害者なんだから宿屋から詰め所に連れていかれればそのまま警備隊が王都まで送ってくれると思ったんだ」
勝手すぎる言い草だけれど、一応ユーリカに危険が及ばないように多少は配慮していたのね。
確かに彼の思惑を何も知らなければ、共犯者とは思われなかっただろう。実際あの地で宿屋の主人も彼女を巻き込まれたかわいそうな女性……とみていたものね。
「王都に戻ってもどうにもならないわよ、あなたと一緒にこの街へ移り住むつもりで家も処分したし仕事だってやめたのよ。まとまったお金だってあなたに預けたきりで王都に戻ったとしてもどうしたらいいのよ」
「き、君は僕と違って友達も多いし……しばらくは困らないと思ったんだよ。この街でひと稼ぎしてから迎えに行くつもりだった……。僕はチャンスをつかむためにもどうあってもロゼウェルに来なければならなかったんだ」
「置き去りにされてもそう思えるほど、私とあなたに信頼関係があったと思ってるの? お金のために、あと腐れのない孤児へ近づいて来たとしか思えないわ」
「そんな……ユーリカ」
……あら、最初から騙すために、近づいたわけじゃなかったのかしら? でも当事者である彼女がそう理解してないなら、ユーリカの体験したことすべてがユーリカの真実なのよ。互いに真実があってもひどい目にあった彼女のほうの真実のほうが重いと思う。
言葉に出さなければ、伝わらないことなんて山ほどあるのに……と思ってみたけれど、私だって人のことが言えないくらい言葉に出来ず心の中に抱えたままだなと小さくため息をついた。
「君には街道警備隊から通達を受け、街中の商会や店に君が訪れたとき憲兵に通報するよう話が回っている。職を探しにこの街へ訪れたという話が真実であるなら、もっと早くに捕縛されていたはずだ。どこの商会からも、君を目撃した話は出て来なかったのはどうしてだい?」
私がため息をついたタイミングで、それまで動きを見せなかったカイルが席を離れ私の傍に立つ。
そしてレナードと叔母を視界に収めた。カイルの説明を聞いた彼が、この街の憲兵に追われている身なのだと初めて知ったような顔をしたのが不思議だった。
「それは……何の伝手もないままでは大した店に入れない。ワルド子爵夫人が口利きをしてくれると言うので……この街に来るようにと」
「叔母さまが?」
「だからどんな手を使っても来るしかなかった。貴族ににらまれたら服飾の店を持つことも、職人として大成することだって出来ないだろう……」
「だったらちゃんと話してくれたらよかったのに」
見栄っ張りなんだからと、ユーリカがあきれたような口調で呟いた。
「旅費を賄えるだけの稼ぎが出るはずだったんだよ。夫人が紹介してくれた客が、舞踏会のドレスに加えてバカンスの衣装まで何着も発注をくれたから……」
『バカンス用途の衣装やアクセサリーに特注の旅行鞄など様々な小物類。それらを突然キャンセルされた』
………………あ。
もの凄く思い当たる節があるのだけど……そんなまさか。
「僕は仕事場にこもりきりで店主……いや、親父から金がないと言われたのも、本当に旅立つ直前だったんだ。君へは後でいくらでも謝れるし、大金を稼いでくれば許してくれるだろうなんて思ってた」
周りから、本人からの言葉で思い込みの壁が壊れたか、レナードがユーリカの前に膝をつくように床に崩れ落ちた。
そんな彼らの様子を眺めていたカイルが、仕方ないなという顔で口を開いた。
「困ったな。本人の口から告げてもらうのが一番だと思ったのだけど、彼が今までこの街で目撃されなかった理由はワルド夫人の指示でとあるホテルの一室に潜んでいたから……だよね?」
「……はい、とある令嬢から受け取ったドレスをもとにして、一着誂えろと言われたのでこの街についてからずっと宿の部屋の中に籠っておりました」
とある令嬢って……。













