トラブルの来訪
週末体調崩してしまってアップ作業ができませんでした。すいません
翌日早朝。
本日も爽やかな快晴で太陽が高く昇る頃は暑くなりそう。
窓を開け新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、カーテンを揺らす涼しい風を頬に受けながら空を見上げた。
カイルと同じ空色を瞳に写し込むと不思議に安心出来るから、時間があるとつい空を見上げてしまうのはこちらに戻ってから出来た小さな秘密。
そんなささやかな朝のルーティンを終え今日のための身支度をする。
夏場はいいわ。着る枚数は少ないし嵩張らないから一人で身支度が完了出来る。
外出する用事も特にない。だから髪も梳かしていつもと変わらないハーフアップにまとめ、薄く化粧をして……と、これで準備完了。
賓客となるナイジェル様が居るけれど、すでに周りからも火傷しそうなほど溺愛していると知られている、婚約者のマデリン様が居る。
毎日過度にめかし込むと、おかしな横槍を入れられかねないのよね、それに……。
「おはよう、今日も早いね。エリザベス嬢」
「おはよう、リズ。今日も綺麗だ」
どれだけ美辞麗句を並べられても、言われた者は100%社交辞令と受け止めるだろう。
この二人の顔面偏差値の高さ。
どう頑張ったところでこの境地に辿り着けるわけがないと、さっさと白旗をあげた私は貴族令嬢として失格な気もするけれど!
……ああ、朝から眩しいわ。
窓辺から差す光より、ダイニングの席に並ぶ二人の眩さに目を細めつつ室内へ向かう。
私より遅くまで起きていただろうに、疲れもみせぬ爽やかなお顔で並ぶふたりから揃って挨拶を受けた。
「おはようございます。おふたりこそ早くてよ。きちんと眠れていて?」
「こればかりは職業病というか、生まれつきというか」
――――ああ 『職業:王族』ということかしら。
職業でまとめてもいいのかと思いながらも、生まれながらに立場のある方の苦労なのだろう。
そんなことを考えながらナイジェル様の言葉に頷き返しつつ、いつもの席へ着いて朝食を取った。
うん、相変わらず実家のご飯は美味しい。
「今日の予定に変わりはない? カイル」
メインの料理を食べ終えた頃、先に食べ終えてお茶を飲みながら一息ついているカイルへ問いかける。カイルも私以上に忙しい身だから、突然用事が挟まることもあるだろうし。
「うん、大丈夫。僕もこっちも変わりない、昨夜と変わらず君に合わせて動けるよ」
こっち、っていうのはナイジェル様のことよね?
もう一々突っ込む事にも疲れてきたのでスルーして話を進める。
ご本人がさほど気になさってないようだから、私も気にするのはやめることにしよう。
今日は確認事項が多いだけらしいので、ナイジェル様にはカイルの侍従の確か……コンラートさん達が同行するらしい。
私の不幸の元のような2人は、ロゼウェルや王都からもはるか彼方。
ここは私のホームとも言える味方しかいない故郷。
叔母様ひとりでは私やお母様に嫌味を言うくらいしか出来ないはずだから、大したことにはならないだろうとタカを括っていた基本的にポンコツ気味な自分を叱りたい……。
***
いつも以上に早起きだったのは叔母との約束の時間を作るため、午前中の執務を巻きで終わらす必要があったから。
たとえ相手が顔も知らない相手だとしても、顔を合わせるのに気もそぞろでいられたら誰だって嫌だろう。
それにロゼウェルの職人たちの技術を学びたいという人は、歓迎しないとだものね。
「リズ、そろそろじゃないか?」
そんなわけで一通り執務を終えた頃。
ノックの音に顔を上げて扉へ視線を向ければ、カイルが約束の時間になると顔を出して知らせに来てくれたので、処理を終えた書類を片付けて腰を上げた。
「ありがとう。でもこんな侍従みたいに伝令役とかしなくてもいいのよ? あなたの部屋にいま行こうとしたところなのに」
「辺境伯家にはお世話になりっぱなしだからね。君の役に立てるなら御者役だってやりたいくらいだ」
「その時はカイルが退屈しないよう私も御者台に座ろうかしら。トーマスは危ないからって許してくれないのだもの」
馬車の御者台ならどうにかふたり横に並んで座る広さもあるし、カイルが隣にいるなら安心して座ってられるわよね。
馬車の小さな窓から眺める景色より、全面に広がる景色を眺めてみたいじゃない?
年頃の令嬢というか、既婚の夫人としてはしたないって言われるだろうけど、小さなころからあの席に憧れていたのだと告げればカイルは『君らしい』と、笑ってくれた。
途中でマリアと家令のローウェンと合流して応接室の前に立ち止まり、手のひらで頬を数回叩いて来客用の顔を作るために気を引き締めた。
そして一呼吸ついてから皆で客と叔母の待つ応接室へと入る。
ソファに座る叔母とその隣に控えるように立っている青年が一人。
この方が紹介したい職人の息子さんなのかしら。
陽光の下でなら金髪に見えそうな明るめの栗毛を後ろに束ね、品のある礼装を着こなす姿は貴族のように見える。
叔母からの話がなかったら、職人とはまず思わなかったに違いない。
叔母が面倒見るくらいだから、どこかの家門の出なのかも。子供の多い家なら無い話でもないし。
でもなんだろう、どこか見覚えのあるような……?
支店の立ち上げの時、王都中の仕立て屋を視察してまわっていたからどこかで会った事でもあるのかしら、と首を少し傾げながら叔母と向かい合うように腰を下ろした。
「叔母様、その方がお話しされていた方ですか?」
「ええ、私もよくドレスを仕立てに依頼したお店の息子さんで、もちろんセンスも良いのよ」
お店を立て直すために郷里を離れて勉強しようだなんて立派だとそう彼を誉める叔母はどうやら本当に気に入っているらしい。
そして後ろに控えるように立っている青年へ叔母が顔を向ければ、話す許可を得たと察した彼が私たちに対して恭し気に胸へ手を当てながら頭を下げる。
多少くどくさのある所作だけれど貴族とのやり取りになれているだろうという空気は見て取れた。
「はじめてお目にかかります。ワルド子爵夫人から今や王国の貴重なる華であらせられる、ロッテバルト侯爵夫人の尊顔を拝する機会を与えてくださった事、誠に感謝がつきません」
「まだ貴方に何もしていないし、何が出来るかもわからないのだからそこまで畏まらなくても構わないわ。どんなお仕事をされていたのか教えてもらえる?」
下の者からは畏まれるだけ畏まれたい。みたいな貴族はかなりいるので、目の前に居る青年の姿勢は対侯爵夫人としては妥当なのだろうけど、私はそれを面倒と感じる性質なので先にそれを言い本題へと話を移らせた。
「はい、王都では仕立ての仕事を幼いころから携わり、針仕事からデザインまで父や兄弟子たちから叩き込まれました。この機会にぜひともロゼウェルから吹く新しき風を吸収したいのです」
先ほどの言葉だけで私の意図を理解したようで、言葉自体は丁寧であるけど華美な装飾を取り外し簡潔な言葉になった。
顧客の意図を理解してすぐに実行に移せるのなら実務面だけでなく営業の方も才があるのかも。
あとはどの程度の技術があるか、よね。
叔母がドレスを頼んでいたという話ではあるけれど……。
「こちらについてから様々な店を見学致しまして、私なりに作ってみたドレスをどうかご覧になっていただけませんか」
あら、切り出さなくても済みそう。
「用意がいいのね。わかったわ、見せてちょうだい」
そう告げれば青年は背後から大きな衣装ケースらしい箱を取り出した。ロゼウェルではやっているデザインを参考にしているのは箱のサイズ感でもわかるのよね。ドレスを膨らませる枠やバニエを使わないものを独自の手法でどう作るのか。楽しみだわ。
「こちらでございます。侯爵夫人のために拵えました」
取り出した衣装をトルソーへ着せて私たちに披露したそれは、私がつい先日ダメにしてしまったあのドレスにとても良く似ていた。
「えっと……近くで見てもよろしくて?」
そう告げてからドレスへ近づいてみる。
近くで見ればあのドレスにはあった銀糸の刺繡や小さな宝石のビーズを縫い付けてはいないから、別物で間違いはないのだけれど……、それにしてもよく似ているわ。
「縫製はしっかりしていて裏地も丁寧に付けられいるのね。……ああ、そうなのここは肌に密着するから汗染みが気になるのよ……」
夏場のトラブルが起きがちな部分の対応も、しっかりとられている。その配慮自体が、この青年の経験の多さを物語っているのだろう。
ドレスを真剣に眺めている間にそっと扉の開く音が耳へ届いたけれど、お茶のお替りでも運ばれてきたかしら、と思っただけで視線はドレスへ向いたまま。
「まだ名前を伺っていなかったわね」
形が多少似るのは流行を追うのなら仕方のない話だと、最初に浮かんだ疑問は押しやり紹介するためにはと青年の名前を聞いた。
「私の名は ――――」
「レナード!」
カイルより少し低い声で傍に控えていた青年が、私の促しで名乗りを上げようとしていたはずなのに、耳に届いたのは甲高い声。
ドレスから視線を外し、声のするほうへ顔を向けるとそこにはユーリカがポットを抱えた手をわなわなと震わせながら青年を見つめていた。
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