頼まれごと・悩みごと
お茶会が終われば両親は早々に仕事があるからと部屋を出て行った。
カイルとナイジェル様たちも、この後は街道事業の会合や港の視察があると言う。なら玄関まで見送ってから私も本番のお茶会に向け完璧な準備を整えねばと意気込んでみた。
「エリザベスさん、ちょっといいかしら」
彼らの後を追って退室しようと扉へ向かう私に、叔母から声がかかる。流石に同じ室内では聞こえなかった振りも出来ず、足を止めて振り返った。
流石にこの状況でダメ出しやお小言は言われない……はず。
「叔母様、他に何か?」
「そういえば貴方、お茶会はともかく夜会の衣装は決まっているのかしら? こちらに来てから何度か夜会に参加しているようだけれど、同じものばかりではお客様を迎えるのに失礼だわ」
確かに。
思いがけないまともな問いかけに頷いてしまった。
お呼ばれされた時でも同じ衣装で何度も参加するのは、眉をしかめられてしまう事があるわ……。
今は皆さんも旅行中の方が多いから、衣装は着まわしても事情を分かってくれると思うけれど、流石に招待する側では言い訳にならないわね。
こんなに社交活動するつもりはなかったから、王都から持ってきた衣装の数も連日着せ替え出来るほど多くない。手持ちのものやお母様から借りたアクセサリーや小物を合わせて、アレンジをするのも限界がある。
屋敷にある昔のドレスはデザインも今の流行のものではないし、それに少し……きついのよ。
その、お腹周りじゃないけど、胸とかお尻とか……いろいろと。
それは成長した証ということにしておいて、叔母様の言葉通り衣装の事すっかり失念していたわ……。
「今から仕立てるのは……街の仕立て屋はいま王都からのお客様達の仕事でいっぱいなので空きがあるかしら……」
いつものお店にダメもとでお願いしてみてから考えましょう。
多分オーダーメイドは無理でも、リメイクならそこまで時間もかからないだろうから、頼むだけ頼んでみよう。……と、叔母の問いかけに返事を返しながら対策を考えていると、再び叔母が口を開く。
「あのね、エリザベスさん。良い機会だと思うので聞いてちょうだいな。私が王都で懇意にしている仕立て屋の息子さんが勉強のためこちらに店を構えて商売を広げたいと言うのよ。
王都の方でもいまは海の向こうにある帝国風の衣装が流行り始めたでしょう?」
伝統を貴ぶ格式高い王都、革新的な風が舞い込む港街。
どちらが良い、悪いの話ではないのは叔母の言うとおりだ。
王妃様が着ていらした伝統的なスタイルのドレスも素敵だったもの。そうなると職人同士の交流や若手を集めての勉強会なんて開いてみるのも面白そうね。
「確かにそうですね。若い職人同士勉強会や会合などの交流を通して技術を伝え合うのも良い刺激が生まれそうですわ。……新しい流行が生まれるきっかけにもなるかもしれませんし」
でもそれは今話さないとならないことなのだろうかと首を傾げると、叔母が言葉を続ける。
「今ね、その息子さんもロゼウェルに来ているのよ。だから是非ね、あってあげて欲しいの」
地元の有力な貴族と顔を繋ぐだけでも商売上有利になりやすいので、懇意にしている付き合いの長い店に良い顔がしたいのだろう。
そんな叔母の打算を感じながらも、叔母が苦手だという理由で若い芽を摘む意味もないかと思う。珍しくも叔母が私に頼みごとをしているのだから貸しを作るのも悪くないものね。
「わかりましたわ、私でよければ喜んで。叔母様、申し訳ないのですけど殿下たちをお待たせしてしまうのでよろしいでしょうか?」
失礼いたしますと頭を下げて扉へと向かう。
廊下へ出ればカイルとナイジェル様もふたり揃って待っていてくれた。
「ごめんなさい、待ってくれていたのね」
「いや、何事もなかったようで何よりだ」
謝罪すれば、私が心配して待っていてくれたとわかる言葉に気負うことなく笑みを返した。玄関へ向かいながら、叔母との会話の内容をふたりへ告げる。
「あまり仕事を増やすとマリアさんが気の毒だから無理はしないようにね。僕も協力するから何でも言って」
叔母からすれば紹介した店の息子の支援のみの話だっただろうに、この街の商会ギルドと王都の商会ギルドを巻き込む事業に発展しそうだと私の事を理解してくれるカイルが面白そうに告げる。
するとそういう事なら私も噛ませてもらいたいなと、ナイジェル様も話に加わってきた。
「形になったら是非声を掛けて欲しい、この国の商業の発展は私も願ってやまない事だからね」
縦軸にしか繋がらない子弟制度も王都や街単位での狭い地域の発展なら問題にならなかったことが都市間、国家間となるとそうも言えない。
閉塞気味ではあった王都の商会を発展させる鍵になるかもしれないと、告げて下さったナイジェル様にも歓迎いたしますと返した。
3人であれこれ話しているうちに玄関へ着き、やって来た馬車に乗り込む二人を見送る。
私も二人が帰って来るだろう夕食の時間までに、先ほど叔母と話していた件で確認しないとならないことがいくつか出来たので、マリアに声を掛けて街へ出かけることにした。
――――そして時間がたち夕刻。
海へ沈む太陽の光が黄金色に海を染めゆっくりと赤みを濃くしながら色を変えていく夕焼けの空を眺めながら深いため息をついた。
「……まさかこれほどだなんて」
いつも世話になっている仕立て屋から、新しくできた店までくまなく回って確認した結果。
お弟子さんに至るまで誰も手が空いておらずどこの店も猫の手すら借りたいほどの盛況だそう。
『これも領主様や王都へ嫁いでくださったお嬢様のおかげです』
と、バカンスシーズンに予想をはるかに上回る旅行客の数に、嬉しい悲鳴を上げている目の下に濃いクマを飼っていらっしゃる商会の長たちから頭を下げられてしまった。
私のわがままを押し付ける空気すら生まれなかったわ……。なんか死んじゃいそうで、うん。
「……では、屋敷で働いてる者の中から、針仕事が得意なものを数名選んで話をしてみましょうか」
「そうね、それが最善かも」
マリアの声にゆっくり頷く。
使用人たちの制服や家具などに使われている布類の補修は針仕事の得意な娘たちが担っている。
だからといってドレスに関する針仕事がそれと同じとは思えないので、こればかりは出来るかどうなのかは本人に聞かないとならないわね。
「そういえば、ユーリカは王都の服の仕立ての店で働いていた……のよね。そこで何をして働いていたのかまでは聞いてなかったけれどドレスの扱いは慣れてるかもしれないわ」
街道の宿屋でトラブルに巻き込まれていた王都の町娘だったユーリカの存在を思い出してマリアに話しかける。
休みの日は街の仕立て屋を見て回っていると聞いていたけど平日はまだ屋敷で働いていたはず。
「そうでございましたね。では戻ったら声を掛けてみましょうか」
「お願いするわ」
色彩が時刻を知らせるように、オレンジに染まった空へ濃い青が降りてくる。
このあたりで潮時かと海から吹く風を受けながら、私たちを乗せた馬車は屋敷へと戻っていった。
更新情報を素早く知りたい方はぜひブックマークをお願いします。
評価もして下さるとうれしいです
どうぞよろしくお願いします。