円満解決?
顔や態度には表してはいないが教育の行き届いている辺境伯家の使用人達ですら、叔母の偏見に満ちた言葉へ不快感を漂わせている。
近隣の諸国との領地争いの続いた混乱の世も今ではすっかり昔の話となり、国は豊かになり王国の民たちの生活水準もかなり上がった。
それでもまだ貧富の差は如実にあり末端までは豊かさの恩恵を受けられずにいる。民の貧困問題に心を砕き、問題解決への旗頭をなされているのがナイジェル様本人だというのに……。
社交界でもたびたび上がる話題だろうに、そういう自分の都合の悪い事には耳を塞ぎっぱなしなのかしら。
そんなわけで叔母のこれからの挙動にハラハラしながらカイルとナイジェル様の言葉を待った。
「そうでございます。下層のものと同じものを口にするだなんて、恐ろしくて……」
子供の頃からマリアに叱られても懲りることなく頬張っていましたけど?
こんな優しい味の焼き菓子をそこまで毛嫌いする叔母のほうがある意味怖い。
「庶民の手が加わったものを一切受け入れないというのであれば、ワルド夫人は何も身に付けず、野の草を食み、屋根の下ではない空の下でにこれからを過ごすのか。聖人ですら為し得ない境地に辿り着きそうだ」
立派な事だとカイルが緩く手を叩きながら言葉を投げた。
「な……ッ。大公閣下とあろうお方が何をおかしなことをおっしゃるのですか、わたくしがそのような暮らしをする訳などありません」
いやいや、このまま突き進んで家を取り潰しとかになったら迷うことなくその生活が送れてしまうかもしれない。そうするだけの権力を持っている方のだもの……まあ、振りかざすような真似されない方と信じてますけど。
「実際、リューベルハルク大公の言葉通りではある。ここに存在するすべてのものは名もなき者たちの手を介在してここにあるものだしね……ワルド夫人が選んだこの希少な茶葉ひとつであれ、畑を世話し葉を詰み様々な工程に関わるのは貴方の言う庶民たちだ」
「で、ですが……庶民だけの手でこのようなものが出来る訳ではありませんし、取り換えのきく道具に心を配る必要などないかと」
ああ、言葉に詰まったならそのまま黙っていたらよかったのに……追いつめられると本音って出るものなのよね。
「そうか……ならば王太子殿下、この場で上申させて頂こう。王宮文官であるワルド子爵をこの場で解任してもらいたい」
「な、何をおっしゃっておりますの!? 夫にはなんの非もありませんわ!」
それまでは必死に貴族っぽく振る舞っていた叔母が慌てて立ち上がった。
「夫人が言ったのだろう? 『取り換えのきく道具に心を配る必要はない』と。先に聞いていればこのような場を時間を割いてまで作る必要もなかった」
「……わたくし、そのようなつもりで申したわけでは……」
実家が伯爵家、嫁ぎ先の本家が辺境伯家。
子爵夫人であってもそう社交界で雑に扱われたことはなかったに違いない叔母にとって初めての糾弾なのかもしれない。
流石に気の毒になってきたのとこれ以上つつくと恨みがすべて私に向かいそうなので会話に混ざらせてもらおうかしら。
「カイル、流石にお仕事に熱心な叔父様を巻き込むのはお気の毒よ。叔母様も言い過ぎたと思うけれど……」
「わかってるよ。ワルド子爵の働きは僕らの耳にも届く。才能と学識のある方だとも聞いている、安易に取り換えられるような人材じゃない事もね」
先ほどの言葉は例え話だと理解した叔母はあからさまにほっと胸をなでおろした。
「でも叔母様が言う庶民と言われる者達が居ないと私たちの生活は一日たりとも持たないのです。生まれた家が貴族だったかそうでないかだけで全てを決めてしまうのは愚かなことだと思います。
……それにこの菓子は昔から立場関係なく皆に好まれ、この街だからこそ生まれた伝統的なお菓子なのです。訪れて下さった方々が美しいロゼウェルの街を愛してくださるよう、この菓子もまた愛されてほしいのです」
もちろん招待するお客様のために材料は厳選しているし、当家のシェフが自慢の腕を振るって拵えたのだから叔母の口にだって合うはずなのだ。
広い屋敷の中をくまなく掃除をしてくれる人、毎日多彩な料理をしてくれる人、様々な仕事に従事してくれる存在がどれだけありがたいことか。
前の生の記憶があるから余計にありがたさが染みて、屋敷の者たちが無理なく楽しく働ける環境を整えてあげたくなっちゃうのよ。
「そ、そうね……エリザベスさんも言うとおりだわ。王太子殿下、大公閣下先ほどの失言詫びさせていただきたく思います」
うっかりすると自分の言葉が夫君の将来を潰しかねない場合もあると悟ったらしい叔母が二人に謝罪してくれたのでどうにか丸く収まりそう。
この話し合いが終わった後でナイジェル様が「ワルド子爵は市井の民の代表たちとの折衝が多くて会合やら何やらと夫人の言う庶民料理を口にする機会が多いから、うちの主人にこんなモノ食べさせて! って怒鳴りこまれたら困るなとは少し思った」と冗談めかしつつ漏らしていた。
あの場で夫人が謝罪して皆の矛を治めなかったらカイルの言葉通りになるか別の部署に異動するかの未来が待っていたのかしら……、と少し青くなってしまった。
何はともあれ、ナイジェル様たちにお灸をすえられたことがよほど響いたのか、今回のお茶会の内容については叔母は関与しない、私主導で動くことが平和的に決まったのでよしとしましょう。
叔母には王都に戻れば開くだろうから、侯爵家の夜会やお茶会で王都風の伝統をご教示して頂きたいと私の方から申し出たのでずいぶんと機嫌も直ったみたいで一安心。
元々叔母の排除を考えていたカイルから見れば、私の対応が甘いと言われるかと思ったけれど不思議と涼しい顔をして静観したままで居てくれた。
まあ……瑣末な出来事だったしねと納得することにしておいた。
侯爵家との橋渡しをした叔母の真意も今はわからないし聞き出したところで私の婚姻が無くなるわけでもない。
余計なことを……という感情は残ってはいるけど、前の生で叔母との関わりがほとんどなかったからアバンら侯爵家の人たちに覚えるような強い感情も作りきれない。
時間がたてば叔母への感情はずいぶんと薄いものへ変わっていた……と、たった今気がつく程度には関心を向けることが無くなっていたのね。
だってほかに心を向けたいことが目の前に沢山あるんだもの。
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