重なる失言
ほんっとうにお待たせしました!!!
手元にあるのをこれから順次連投してまいりますのでお付き合いくださいませ
3月10日に書籍版2巻発売します
現在白泉社様のマンガParkで馬籠ヤヒロ先生の作画で連載もしています
近いうちにこちらの1巻も出る予定です(*'ω'*)詳しくは活動報告にあげますね。
季節は夏の盛り。
強い日差しを室内に取り込まないよう深い庇が窓から入る陽光を遮るために作られ、常に海へと吹く風を取り入れながら空気を動かしている。
室内は湿度を調整する漆喰の白壁に彩られ、熱をはじく白い石造りの邸内は暑い最中でも過ごしやすくはあるが、それはあくまでも陽光降り注ぐ外よりはまし、という程度のもの。
夏らしい暑さを感じる邸内なのに、カイルとナイジェル様の冷ややかな微笑みだけで冷気すら感じるほど室内の温度が下がったのは気のせいではないはず。
だって傍に居る使用人達も似たタイミングで身震いしたから、これは私の思い込みじゃない……。
……くわばらくわばら、と願いたいところだけれど、叔母様は当家で一番近しい家門といえるから他人事としてみている訳にもいかないのよね。
王族に不敬働いて累が及ぶとか流石に避けたいなあ……。かといって、カイルがへそを曲げそうだから変に庇い立てる訳にもいかないし。
――なんで私が叔母様とカイルの板挟みになって悩んでないといけないのよ! もう!!
叔母には多分、カイルやナイジェル様がただにこやかに微笑んでいるだけに見えているようだ。
場の空気が変わった事にも気づいていないのは、何というか豪胆というか鈍いだけなのか羨ましい暢気さだわ……。
「……ワルド子爵夫人、この場は王族をもてなすために開かれた場ではない。あくまで辺境伯家で催される茶会に向けて開かれた場であることを忘れてないだろうな?」
カイルがまず口を開いた。
この場は私と叔母様どちらの案が、茶会に相応しいかどうかの判断をするためのもの。今現在ナイジェル様を招待している夜会に関する事ではないと釘刺すように告げる。
……まあそれを置いても王族は年中無休でお持て成し対象だと思うけど。
「いや、この招待客なら夫人の望む場になるのでは? ……ほら、私の名がある」
カイルに言葉を返しつつナイジェル様がおかしげに笑いながら手元の書類の文面を指さした。
ナイジェル様の手元にあるのは叔母提案の招待客のリスト、指先にははっきりとナイジェル様のフルネームが書かれているのが嫌でも目に入ってしまい、私も慌てて叔母の書類へ目を落とす。
許しもなく王族の名を書き連ねることなどあり得ない事。それに昨日確認を取った時はなかったはず……見落としてしまったの?
それでも直前に再度の確認を怠った自分の不甲斐なさに眩暈を感じつつ少し青ざめた顔で叔母の方へと視線を向けると、ナイジェル様の一連の仕草と言葉を叔母への同意と受け止めたのか、叔母の顔にパァッと喜色が溢れた。
「王太子殿下、流石でございますわ。たとえ辺境伯とはいえ、この地域の領主であり最高の爵位を持つ貴族なのですから、招待客は厳選し、格式のある最高のものでお持て成しをするべきなのです」
いやもう、何が流石なのか問い詰めたい。
サラリと笑顔で躱しているナイジェル様の見事なスルー能力に関しては流石と言えるかも……カイルも少しは見習って。
ずっと以前から疑問だったのだけど、叔母様もしかして辺境伯って田舎の伯爵家だと思ってらっしゃるのかしら?
分家とはいえ我が家門に嫁いで随分経つでしょうし、旦那様はお父様の弟ですもの、流石に間違えているわけが……いえ、アリスとアバンという事例を垣間見ていたので、決して無いとは断言出来ないのよね……。
まあ、とりあえずそれは置いておくとして。叔母招待客のリストは予想通り、高位貴族のみを招いたもの。私の方で招待する予定になっている下位貴族の方々のことは念頭にない、叔母様だけが楽しいお茶会だ。
しかも夜会にのみ出席される予定のナイジェル様の名前までちゃっかり書き加えてある。
……叔母とは夕食時に食堂で顔を合わす程度でナイジェル様と叔母だけで過ごした時間はなかったはずなので、伺いすら立ててないはず。
そちらの方がよっぽど不敬なのではないのかしら……と、痛み始めたこめかみをさすりつつテーブルに全員の皿や茶器が置かれたのを確認してから口を開いた。
「さあ、私と叔母様のお茶会のコンセプトは理解していただけましたか? なら次に移らせていただきますわね。皆様もそろそろ喉がお渇きになった頃合いでしょうし」
叔母様の案が素晴らしい物なら、もちろん取り入れる気持ちも譲る気持ちはあったが、蓋を開ければ予想通りと言うところで、お父様とお母様がさっそく飽き始めているわ……。
判断を下すのはナイジェル様だけど、お茶をしている姿を皆で眺めているのもどうかと思ったので、それぞれの席にもお茶とお菓子を2セットずつ並べてもらう。時間的にもお茶会を催す時間帯なので、お茶の時間としても丁度いいでしょうから。
「準備は済みまして? 向かって左側が叔母……ワルド子爵夫人の提案したメニュー、右が私の提案したメニューですわ。準備と場所の都合上最初に出す予定のお茶とティーフードのみである事はご了承下さいまし。
判定を下す役目はナイジェル様にお願いしてありますが、お母様たちも何か思うことがあれば、是非忌憚のない意見を聞かせて下さいませ、お願い致しますわ」
ティーフードが配膳され、それぞれのカップとグラスに紅茶が満たされたのを確認し、お茶の時間を楽しみつつの判断を皆にお願いしてからカイルの隣に用意された席へとついた。カイルの隣はナイジェル様、そして両親を挟んで叔母様が席へ着き、それぞれ好みの菓子から手を付けていく。
「……ふむ、なるほどね」
急なお願いを快諾してくださったナイジェル様は、真剣に挑んでくださるようだ。
手を付ける前に茶器の色合い、茶葉やフード類の香りや色を確かめながら叔母の提案したメニューと私のメニューとお茶会で出されたと想定して順番に少量ずつ味わって下さっている。
カイルも一応其れに倣ってくれているのか同じように確かめ、メモを取りながら味わっているのを見てから私も焼き菓子に手を伸ばした。
口の中でホロホロと解れた焼き菓子から溢れるバターと蜂蜜の罪深い味わい、そして甘みが引いた後にそっと感じる微かな塩気。
おやつだけじゃ足りなくて小さな頃よくメイドや侍女たちにせがんではこっそり食べた懐かしい味。
カイルも屋敷に遊びへ来るときはお土産だと持ってきてくれたなぁ。
あの頃私の乳母だったマリアに摘み食いが見つかると『素敵な淑女になれませんよ!』って怒られたなぁ……なんて、思い出してしまい思わず口元が緩んでしまう。
そんな私を見ていたカイルが自分の皿にあった焼き菓子をそっと私の皿に移し替えた。
「リズの好物だったよね、これ。あげる」
耳元で小さくささやいたカイルの声は幼い頃の記憶よりも低くて大人っぽい響きを持っていたけど、言葉や気持ちも思い出深い幼い頃のままだと教えてくれる様で、嬉しくて思わず口元が緩んでしまう。
◇◇◇
お茶の時間は思っていた以上に静かに過ぎていった。
普段のお茶の時間より若干量が多めになってしまったけど準備に忙しくてお昼は本当に軽く食べただけだったので気が付けばカイルに分けてもらった分も残さず食べ終えていた。
……別に食いしん坊だからじゃないのよ?
心の中で言い訳をしながら周りを見る。
ナイジェル様は既に食べ終えているカイルと話されている最中のよう……うん、両親たちも終えたみたいね。
叔母のいう 『 庶民の食べ物 』 だけしっかり残されているのが目に入ってしまい、あまりにもあからさま過ぎて笑いそうになってしまったけど口元を引き締めつつどうにか堪えた。
「では、ナイジェル様。食べ終えたばかりのところ恐縮ですがお言葉を頂けますか?」
ナイジェル様に話を振れば綺麗に食べていただけた皿をテーブルの隅に寄せると椅子から腰を上げ、周囲のテーブルへと視線を動かすがナイジェル様もまた叔母のテーブルに残されたままの菓子に気づいて視線を止めた。
「ワルド子爵夫人がまだ途中のようだ。もうしばらく時間をおいても構わないかな?」
お茶の時間に淑女を急かすような野暮な真似はなされない。
ナイジェル様は柔らかな空気をまとうような言葉で叔母に問いかけた。
きっとこれがラストチャンスだっただろうに、叔母はそんな配慮にすら気づきもせず、上品を装うように口元に手を当てながら笑い漏らした。
「いえいえ、私ももう食べ終えておりますわ。お気遣いありがたく存じます」
「しかし……」
ナイジェル様は手つかずのまま焼き菓子が盛りつけられた叔母の皿に視線を落とす。
「わたくし、庶民の食べ物は口に合わなくて……自ら品格を落とすような真似したくないのですわ」
ナイジェル様の言葉を遮り、『ホホホ』と笑い声をあげる叔母。
貴族の矜持を嬉々として語りだす時と同じく誇らしげだけど、この場に居るのは王族他、侯爵、辺境伯と叔母以外高位貴族が目白押し状態。
そして皆皿の上の食材を全て味わった後なのだ。
「なるほど、庶民と同じ食物を口にすることは品格を下げることだ……と」
「もちろんでございますとも。貴族たるもの選び抜かれた貴重な食材を一流の者たちの手で作られたものだけを口にするべきでございます」
「ワルド夫人、それは食材以外も同じなのかな?」
「ええ! 食事はもちろん衣服、装飾、屋敷や部屋……わたくし達の生活全てにおいて気を配るべきですわ。庶民たちとは違うのだと」
ああっ 言い切っちゃった! ハラハラとしながらナイジェル様と叔母のやり取りを見つめていれば隣に座るカイルからも声が上がる。
「つまり、庶民が手に触れるようなものなど論外という訳か」
言葉尻だけ捉えれば二人の言葉は叔母を責めるようなものは何ひとつ含まれてはいないのだけれど、このまま進むと叔母の破滅の未来が見えてきそう。
助け船を出して欲しくて両親へ視線を向けてみたけど、この会を始めたのは私なので収拾は私がつけるべきと言わんばかりに微笑みかえされてしまった……。
どうか穏便に済ませられますように!
そんな訳で連載再開いたしました(*'ω'*)
先はまだまだ長いのでよかったらブックマークしてくださいませませ。