特別なゲストと初めてのプレゼン会
「……と、言うわけで、ローズベル辺境伯から夜会の招待状が届いたので陛下の名代で参上したんだよ。私自身もロズウェルの視察をしたかったしね」
ナイジェル様とカイルを我が家で一番格の高い広間へと案内し、ソファに腰を落ち着けていただいた。
喉越しの良いフルーツゼリーを茶うけに添えて冷たく爽やかな果実水をお出しすれば、喉を潤しながらナイジェル様がここへ来た経緯を教えてくださった。
何だ、カイルが無理やり引っ張ってきたわけじゃなかったのね。
「……リズ、なんだかすごく失礼な事考えてないか?」
ほっと心の中で胸を撫で下ろしていれば、私の事に関してやたらと察しのいいカイルが突っ込んでくる。
「そう考えてしまうのもいつも無茶を言うカイルが悪いんじゃなくて?」
そう返すと、相変わらずの笑い上戸のナイジェル様は私達のやり取りをそれはそれは楽しそうに肩を震わせながら聞いていらっしゃるが、次に耳へ届いたのはまたとんでも無い言葉で……。
「だいたいロズウェルに着くのは夜会の前日という話だったのに、急に別邸に顔を出したんだぞ、此奴」
此奴って言っちゃった!?
従兄弟というより兄弟に近いようにすら感じる親しさなのか、カイルの言葉を気にすることもなくナイジェル様は笑い続ける。
「流石に供を伴ってでは六日が限界だったな。単騎ならお前よりも早くここへ着いたかもしれないのに」
「……ナイジェル様???」
国の重鎮が何やらかしてるんですの!?
新しき太陽が昇る前に沈み込んだら困るでしょう??
護衛騎士を置いて行かないだけカイルよりマシなのかもしれませんが、……ん?マシなのかしら?
常識が強制的に改変されていく感覚に頭痛を感じながら、思わず声を上げてしまった私へ楽しげな顔を向けるナイジェル様を見れば、悪戯に成功した時のカイルの顔と被るそのお顔に、同じ遺伝子を持っている者の特性を知らされた気がした。
気高き血を持つ若き獅子のような二人は、内実はどうであれ国の貴族令息たちの目標であり、憧れの対象だ。
その二人が王都からロズウェルまで馬を駆け競い合ったと、なぜか都合よく脚色された噂が流れ気付けば自慢の馬と騎乗の技や持久力、家の威信をかけて名誉を競う国を挙げたイベントが始まるのは、街道工事がすべて完了した記念式典での出来事なのでまだ少し未来の話。
「まあ、そんな訳で荷を積んだ馬車が追いつくまで、こちらに滞在させて欲しいと思ってローズベル辺境伯に挨拶に伺ったのだけど、ご夫妻とも不在なのかな?」
「申し訳ありません、両親とも所用で出掛けておりまして……夕刻には戻ります。滞在の旨は私の方から両親へ伝えておきますので、喜んでお部屋のご用意させて頂きますわ。騎士の方々も殿下の護衛の支障の無い様に近いお部屋を用意致しますね」
「有難い、助かるよ」
ナイジェル様の礼の声に続いて護衛の騎士の方も、謝意を示すように揃って頭を下げてくださった。
何だか先ほどのナイジェル様の言葉、つい数日前にも同じ言葉を聞いた気がするわ……。
「あと、ついでと言えば面白い催しを開くんだって?公平な審査員が必要ならぜひ私が立候補しようか」
なんだかんだ言っても結局はカイルの思うままに物事は進むのねと陛下ではなかったものの、ナイジェル様が今回のお茶会のプレゼンの審査を担ってくれることになった。
……まあ、内々に行われる非公式なものだけど、本当にいいのかしら。
◇◇◇
夜になって戻ってきた両親にナイジェル様が予定より早く来訪された旨を伝えてからナイジェル様と顔合わせもかねてささやかな晩餐会を催した。
叔母様はナイジェル様のお話の相手をしたがっていたけれど、ここは一番爵位の高いカイルにお願いした。
カイルも客人ではあるけれど、当家とも王家とも家族ぐるみのお付き合いしてるし、ダメもとで上目遣いでお願いしてみたら、少し葛藤していたみたいだけど首を縦に振ってくれたの。
「……わかった、リズがホスト役を譲るわけがないと信じているけど、僕があの時こうしていたら……という後悔の元になるのは嫌だし」
「邪魔をする自覚はあるのだな、驚きだ」
「違う、邪魔をしそうな者への盾となるためだ。……ああ、そうだ憂いを払う報告がもう一つあった。リズ、あの娘の両親から聞いた話だがロズウェルへの滞在は両親とも知っていた、あのホテルの部屋の手配も父親の名だったしそれも当人が認めていたから誘拐ではない。少し面白い繋がりはあったのでしばらく僕が注意を払っておくよ」
プレゼン準備で身動きが取れない私の代わりに報告を受けてくれると言うのでありがたくお願いさせてもらった。
強がっているけれどきっとナイジェル様を兄のように慕っているのね、きっと。
ナイジェル様もそんなカイルを見て楽しそうに笑みを深めてらっしゃるし……。
そして翌日、午前中は厨房で茶会に出す予定のティーフードや飲み物を作り茶会のテーブルのサンプルを設えていくため、厨房でシェフたちを二チームに分けて叔母と私それぞれで指示を出す。
用意するのは一人分、交互にナイジェル様に味わっていただく予定。
飾りつけやコンセプトは書面に書いて説明することになっている。
手間ではあるけれど、こうして一度文章に落とすことでより俯瞰的に物事を見渡せることを知ったのは良い事だと思う。
それを母に告げてみたら、
『物事は簡単なものほど勘や経験で処理しがちだけれど、そうして客観的に見る視点を作ることは今回の件だけでなく、様々な事業にも役に立つことよ。一つ勉強になったわね』
と、告げて経緯はどうであれ、それを悟るきっかけになった事に関しては叔母に感謝しないとね、と笑っていた。
同日午後、本番のお茶会の時間より少し早めに中庭の良く見えるサロンに集まることになる。事前にくじ引きをして説明する順番は叔母、私の順。
まずは叔母が前に出た。
「テレーズ・ワルドと申します。では説明をさせて戴きますわ」
叔母の提案は伝統的なお茶会、と言えばいいのかしら。
奇抜さや物珍しさより特に王都の貴族達からは慣れ親しんでいる格式の高い茶会を、辺境伯領に住まう地方貴族達は憧れの王都の茶会を存分に堪能して頂く……という内容。
茶葉からしても、この銘柄のものは高位貴族でも毎日飲める家はどれだけあるか、と思う価格の逸品で、これを招待客の人数分揃えると予算をはるかにオーバーするのでは……、と思ってしまうが、叔母の提案上で示された招待客のリストを見れば下位の貴族はごっそりと削り取られ、王都の高位貴族と領内に住まうローズベル家門の伯爵家までの招待と制限を設けることで予算内に収められると説明した。
叔母が言うには、高級なものに慣れ親しんでいないと楽しめないから、という配慮なのだそうだ。
◇
私の提案は街道が整備され始め、王都とロズウェルを結ぶ往復馬車の便数も増え、警備の目も隅々まで行き渡ったことで長い道中の危険がかなり減った。
そして高級な物から庶民向けの様々な立場に見合う価格の宿屋や飲食できる店も増えたため、移動中必要な荷物も少なくなり掛かるコストもかなり減った。
それは私自身がこの街へ戻る途中に訪れた宿場町での視察や、この街に訪れてくださっている王都貴族の方々からのお話を伺い、どの程度の費用がかかったかを調査した結果でも、はっきりとわかった事実で。
そのため、ロズウェルへの旅が手軽なものへとなり、高位貴族から下位貴族、そして裕福な平民たちもこのバカンスシーズンにロズウェルをバカンス先に選び訪れてくれた。感謝を込めて当家で持て成したい、ロズウェルを知って欲しい。
そしてこの地や当家を支えてくれている我が家門の方々への感謝と、王都の貴族の方と良い繋がりが生まれるきっかけになることを願いながら招待客を何日もかけて選び抜いたつもりだ。
茶葉はよく冷えた冷水で水出しして抽出、それを様々なこの地方特産の果実と合わせたこの街でしか味わえないフルーツティをメインに添える。フレーバーの種類を手軽に増やせ、コストもさほどかからない。
ティーフードは定番のものに加えて、暑い盛りの午後に開催するため、綺麗な海水を精製して作った塩を使い、この街に住まうものなら、貴族から労働階級の平民たちも日常的に好んで食べている、海塩を使った甘じょっぱい焼き菓子や、喉越しのいいゼリーなどの冷菓。
ロズウェルへ来て下さった皆様に、この街でしか味わえないものを気軽な雰囲気で、味わって頂きたいたいという叔母とは真逆の提案で。
説明が終わってからそれぞれの提案したお茶とティーフードを、侍女達がナイジェル様のテーブルの前に並べていく。
そして私の提案するフードを載せた皿に叔母も目にしたことがあるのだろう、庶民の間でよく好まれている塩入りの焼き菓子を見て、憎々しげに吐き捨てた言葉。
「……殿下に庶民の食べ物をお出しするだなんて、何という不敬な」
私もカイルも、幼い頃から街へ遊びに出かけた時や、買い物から戻ってきた使用人たちが、土産に手渡してくれた馴染み深い味なのですけど?
小さな声だったので隣にいた私の耳だけに向けたのでしょうけど……多分あの二人にも届いているはず。
貴族であっても王族であっても税を納める平民がいてこそ国が成り立っている。
決して不当な差別をしてよい存在ではないのに。
その証拠に張り付いたように笑顔を浮かべているのに、お二人とも目だけ笑みが消え失せていた。
予告通り改題しました。これからもよろしくお願いします
時間が作れず更新がなかなかできずでお待たせしてすいません。
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