催し物に必要なのは?
私の方は招待客の選定や、お茶会の会場となる場所、庭作りや室内に飾る花、茶葉の種類、ティーフードのメニューなども大体決まっていたので叔母の準備とどちらかに決まったとしても確実に手配が出来るように二日ほど開催する日取りを伸ばした。
バカンスの期間ロズウェルに滞在するとおっしゃっていた方々ばかりだったのだけど、他の家の開く茶会との兼ね合いもあるだろうと、家の使いを総動員してお伺いに走る羽目になったのだけど。
皆さん快く承諾してくださったり、日付が重なってしまった茶会を開催する予定の家の方も時間や日付をずらすなどして協力していただけた。
勿論、場所の手配や予約の変更などはこちらで出来る限りの便宜を図らせていただきました。
王都に戻ったらあの夜会の後めでたくご縁の整った家の婚約式のほかに、再び謝罪とお礼の行脚が待っているのね……、と少し遠い目になってしまったけれど。
皆様の心遣いへの感謝を伝えるための訪問になるのだから最後まで笑顔で居なけばダメよね。
気を取り直してテーブルに積んだままの書類に手を伸ばす。
そしてペンを手にして先端にインクをつけ、書類を処理しようとしたけれど、手はすぐに止まり……思考は少し前の出来事へ戻っていく。
互いに提案を出し合い、優れた案を採用することになったと、叔母にその旨を伝えると……。
「わかりましたわ、私が王都貴族として格式高いお茶会と言うものがどのようなものか見せて差し上げます」
勉強致しなさいと告げながら、意気揚々と客間へと戻る叔母様の姿を見て、大丈夫かしらとため息をついた。
今までどれだけ我が家の催しに口を出し、場を整えようとホストは私の両親である辺境伯夫妻であり、叔母はただの手伝い人でしかなった。
だけど、次のお茶会で私より秀でた提案が出来たのなら、ホスト役も譲ると告げれば叔母の目が爛々と光るのを見てしまう。
……まあ、ローズベル家の主催する催しなのだから、当主の弟とはいえ分家筋の叔母が前に出る事なんてあり得なかったものね。
取り巻きの夫人達に影の辺境伯夫人とか呼ばれて悦に浸るくらいしか出来ないのだもの。
実家は地方であっても伯爵位、当主となっている叔母の兄君も年の離れた妹である叔母を幼い頃から可愛がられていて、今も叔母との仲は良好と聞く。
子は男子が二人、どちらも健康で将来も有望だと言われるほどには学園での成績も評判も良いらしい。
義理兄は辺境伯当主、その弟である叔母の夫は子爵とはいえ王宮官僚として栄達を重ねているというし、このままでいるなら現当主の時代で伯爵位に陞爵も叶うかもしれない。
子爵夫人としての叔母の人生は決して悪いものではないだろうに、どうして上ばかり見上げているのかしら。
私は叔母とは逆で悲しみに明け暮れ、足元ばかり見ていた瞳には絶望しか映ってなかったけれど、顔を上げて周りを見回せば自分がどれだけ幸せが傍にあったのかと何度も知ることが出来た。
だからあんな叔母にでも、心安らかであって欲しいとも思う気持ちもあるのだけれど……。
「リズ、考え事?」
書類を前にペンを手にしていても動いていない私の手元を見て彼が小さく笑う。
執務に使っている小さめの応接室で、一人掛けのソファに腰を下ろしている私の向かいにある長ソファに腰を下ろしながら、私の顔を眺めている彼と視線を触れ合わせるように顔を上げた。
「考え事もしたくもなるわよ。こなしてもこなしても新しい厄介事が湧いてくるんだもの」
「……それは、うん、ごめんね」
厄介事を一つ追加した自覚があるのかカイルの笑みに苦さを混ぜながら謝ってくれた。
そんな彼の手の中はきっと街道事業関係の書類だろうか、びっしりと文字が書き込まれた書類が数十枚の束にまとめられたものに目を通してはサインをし続けている。
「リズお嬢様は頑張っていらっしゃますもの必ず報われますわ。さあ、甘いものを食べてリフレッシュして下さいませ」
この家にずっと務めている幼い頃からなじみの深い侍女もお茶を淹れなおしてくれながら励ましの言葉を掛けてくれた。
一口大の焼き立ての菓子の甘い香りが鼻先をくすぐると、自然に笑みが零れてしまう。
……ほら、少し顔を上げるだけで沢山の優しさが私の周りにあるってわかる。
巻き戻った世界で与えられた、ささやかな優しい出来事を幸せと感じられる私で居られますよう、心の片隅で祈りを込めた。
◇◇◇
明日のお茶会のプレゼンに向け、叔母はあちこち忙しそうに出掛けていたため、私は邸内でも比較的落ち着いて過ごすことが出来ている。
『ちょっと、エリザベスさんいいかしら』
と、両親が私の傍に居ない時だけ見計らってかけられる叔母の声にずいぶんとストレスを感じていたのねと、穏やかに進めている割に処理の早いサイン済みの書類の束を見て笑みをこぼした。
「エリザベス様、そろそろ大公様がお戻りになるお時間です」
少しして、侍女が時間を知らせてくれた。
私と母どちらも奥様呼びに悩んだ結果、マリアも最初のうちは母を名で呼ぶようにしていたけれど途中で混乱してからは私を名前で、母を奥様で呼ぶことに決めたらしい。
……と言うか、侯爵邸に居る使用人たちも元は辺境伯邸の使用人達なので元の呼び名に戻っただけという。
王都に戻ったら呼び名を元に戻します、とマリアが少々照れた顔で告げていたことを思い出した。
今日処理しないとならない書類もあらかた片付いたのでわかったわ、と返してからペンを置き、処理済みの書類を綺麗にまとめてテーブルの端に置いておく。
カイルは数日おきに大公領から家令や領内を取りまとめている役人達が、領地や大公の住まうリューベルハルク城で発生する様々な案件、そして王都から届く事業の報告や書類様々なものを手にロズウェルを訪れてくる。
それらをまとめて処理するため、ロズウェルにいくつかある我が家の別邸の一つを借りて執務をこなしていた。
カイルはロズウェルに別宅や別荘は持っていない。
リューベルハルク家と家族ぐるみでの付き合いもあるからか、ロズウェルに滞在する間はこの本邸に居候しているか、大公家の使用人が付いてきている時はうちの別宅をそのまま滞在用の屋敷として使っている。
そう言えばカイルに置いていかれた荷物を積んだ馬車はあれから四日後、ローズベル邸に到着していたわね。馬車が付くまでと言っていたカイルは相変わらず本邸の客人として過ごしているけど……。
昨夜に別邸へ向かい、まる一日かけて大公領の問題や、カイル自身が営んでいる王都やロズウェルに展開する事業の話も取りまとめてから、翌日辺境伯邸に戻ってくるのが大体のパターンだ。
『ある程度は城に居る母や家令達が処理してくれているので、どうしても僕が目を通さないとならないもの、に限定されるからそんな量でもないよ』
とは言っていたけれど、幼い頃から頻繁に私の家に遊びに訪れたカイルも、私のことを言えない程度にはビジネスフリークの両親の影響を受けている気がするのよね……。
本来も何も、私以上に忙しいカイルの戻りを労うのは何もおかしい話じゃないものね、うん。
何となく自分に言い訳を繰り返しながら正門前の玄関ホールへ向かい、彼の乗る馬車が到着するのを待つことにした。
先触れで予告した時間の通り馬車が正門前に着いたと報告を受け、玄関ホールから正門へと向かう。
今日は快晴。
日差しが眩しいと感じればマリアがさっと日傘を広げて影を作ってくれた。
「おかえりなさい、カイル。お疲れ様」
扉が開けばいつものように、疲れを感じさせない笑みを浮かべながら、彼が馬車から降りてくる………あら?珍しいくらい渋い顔になってるわ。
めったに見ない彼の表情を物珍し気に眺めていると、彼の肩越しに見覚えのある赤い髪が覗いた。
「……ナイジェル様?」
大公爵であってもすっかり我が家に馴染んでいる家族待遇のカイルにはそれなりの親しさで格式ばった対応は彼も嫌がるので誰もしなくなっていたのだが、私が呼んだ名が王太子のものだと悟った使用人達は、表情を引き締めると一気に後ろに下がり正門から玄関へ続く石畳の道の上を邪魔しないよう左右に分かれ頭を深く下げた。
馬車の前に立つのは私と日傘を持つマリア、そして筆頭家令のローウェン。
カイルは渋い顔のまま馬車から降りると扉から少し体をずらし、ナイジェル様が降りてくるのを待った。
「やあ、久しぶり。エリザベス嬢」
明るい朗らかな声が響く中、突然の訪問に私も頭が真っ白でカイルの渋顔を察することも出来ぬまま……
……もうっ陛下はだめって言ったからって殿下もダメに決まってるじゃない!
心の中で貴族としては似つかわしくない叫び声をあげるのだった。
お知らせです。コミカライズになるにあたり、作品タイトルを次回更新から
【絶望令嬢の華麗なる離婚~幼馴染の大公閣下の溺愛が止まらないのです~】に改題いたします。
メディア化のお話は随時、活動報告やブログ等で報告しますので、今後も応援してください。
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