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運命の輪はこうして逆さまに回りだした

今回難産でまとめるのに時間がかかってしまいました。

楽しんでくださると幸いなのです。

 翌朝、マリアに起こされる前に起きだして身支度を整えた。


 私の心とは裏腹に抜けるような快晴。カイルの瞳の色を思わせる空の青を見て小さくため息をつく。


 気まずい心をどうにか奮い立たせながら朝食の会場となっている本邸の食堂へ足を向ける。

 いつもより早い時間だからカイルに出くわさない筈。多分。


 こういう時こそしっかり食べて気力と体力を補充しないといけないわ、なんて考えながら食堂に入れば心から歓迎できそうにない客人がお母様と並んで座っていらした。


 ……引き返そうかしら。


 と思ってみたもの、食堂の扉を開いてしまい、お二人の視線が私に集中したので引き返すわけにも行かず食堂の中へ入っていく。


「おはようございます、お母様、叔母様、いらしてたのですね」


「おはよう、今日もいい朝ね、リズちゃん」


 母の笑顔に頷きで返し、挨拶を済ませてそそくさと自分の席へ腰を下ろす。私の挨拶に返事も返さない叔母はどうやらご機嫌が急角度で斜め上らしい。


 母の前だから私への言葉を呑み込み黙っているワルド子爵家のテレーズ叔母様は、夫を伴わずの里帰りなど出戻りのようでみっともないと、言いたげなお顔ははっきりと浮かべていらしていて、見れば正直食欲が気力と共に走り去りそうだった。


 言わずもがなだけど、私はこの叔母が好きになれない。前の世界の侯爵前夫妻に性質がよく似てるから、余計に。


 でも、私もそれなりの経験を得て胆力が付いたから素知らぬ顔で並べられた料理に手を付け始める。


 ああ……ロズウェルの新鮮な魚介料理、朝から美味しすぎる……。


 新鮮なサーモンとエビ、瑞々しい葉野菜に柑橘系の果汁を利かせたチーズソースをかけたサラダ、大好物なのを料理長が忘れずにいてくれていたと気づいて嬉しくなる。


 ローストして砕いたナッツが混ぜ込んであるのがいいのよ。


 日持ちと距離の関係で王都では味わえない素材のそれぞれを堪能していると、侍従がそっと食堂へ入ってきて母の元へ向かう。


「お食事中申し訳ありません、奥様。リンデン商会の会長様が奥様に急を要する事があると面会を求めて居るのですが……」


「あら、そうなの?わかったわ、すぐ向かうと伝えてちょうだい。リズちゃん、テレーズ様はどうぞゆっくり食べてらして」


 お母様、私も一緒に行きたいですぅ!……と、いう心の叫びをどうにか押し殺して行ってらっしゃいませと返事を向けながら母を見送り、再び食事を再開する。


「ところでエリザベスさん、昨夜は体調不良で夜会を欠席されたと聞きましたわ」


 ……もう!一口くらい食べさせてよッ。


 母が食堂から出て行けば間髪を容れずに叔母様が口を開く。仕方ないので一度手にしたカトラリーをテーブルに戻して、叔母様へ顔を向けた。


「……ええ、気分が悪くなってしまって、やむを得ず欠席してしまいましたわ。お詫びの手紙を此れから出してきますの」


「侯爵夫人として気構えが足りないのではなくて?」


 まあ…… “ カイルに下着姿を見られて恥ずかしくて動けなかった ” が事実だから言われても仕方ない気がするけれど、仕方ないじゃない?男性にそんな姿晒すなんてほんとあり得ない事だったのだし、気構えでどうにかなるものなの?


 言い返すと10倍位になって戻ってくる人だから、いつまで経っても食事が終わりそうにないので、しおらしく申し訳ありませんと謝っておく。


「それに貴方、いつまで経っても幼子の気分で大公閣下に頼るのはおやめなさい、はしたない事だわ」


「申し訳ありません」


 もう自動応答モードでいいわ。

 やめろやめろ言うだけの叔母様の口からは改善案なんてもの一切出てこないのはわかっていることだし。


「おや、私が彼女に人に言えぬような下心を持ってるとでも言いたいのですか?」


 相変わらず神出鬼没なカイルはいつの間にか食堂の扉を通り抜け足音も立てずにテーブルに近づいていた。

 声を張らなくてもよく響く柔らかなテノールが問答無用に叔母に直撃してる。


「あっあら嫌だ、閣下ともあろうお方が盗み聞きだなんて」


 叔母が慌ててカイルの言葉に返事をするが、人聞きの悪い事しか言えないのかしら……。


「盗み聞きとは面妖な事を。私は教えられた朝食の時間に、開放されている食堂へ案内されただけですが、夫人はそれを卑劣極まりない行為だとでも?」


 いけない、朝から舌鋒の鋭さ大全開だわ。叔母の顔色がどんどん悪くなってる。


「カイル、叔母様は私のためにおっしゃってくれてたのよ、其処までにしてさしあげて。さぁ、貴方も早く席に着いて今日のサーモンは絶品なの。だから早く味わって欲しいわ」


 叔母の肩を持つ気はないけれどこれ以上されると二人きりになった時また面倒なことになりがちなのよ。


 言葉を掛ければぴたりと口を閉じたカイルは、いつものように私の向かいの席へ腰を下ろす。


 お母様以上に難癖の付けづらいカイルに不用意な発言をすれば、先ほどのような鋭い舌鋒が無遠慮に飛び交うのを恐れてか、叔母もそそくさと食堂から出て行ってしまった。


「ああ、本当に美味しいな。リズの家のシェフの腕は本当に最高だ。我が家に招きたいくらいだよ」


 先ほどまでのどんよりとした空気をかき消すような明るい彼の声が食堂を満たすように響く。


 カトラリーを操る仕草も流れるように完璧な美しさで、気を抜くとそのまま見惚れてしまいそうになるのは困りものだわ。

 料理長を大公家に……って、もうそれをされるとお父様が泣き出すからやめてちょうだいね。


 そういえば聞きそびれたけど叔母様、何の御用でいらっしゃったのかしら。


 どうせありがたい話ではないでしょうから、美味しく食事を済ませた後にしましょう……と思っていたけれど。


 気まずさの発端のカイルが目の前に居るせいで、昨夜のことを思い出しては身悶えたくなる心を抑えながらの食事になってしまい、料理の味が全く分からなくなったのは言うまでもなかった。


 ……せっかく早起きしたのに。泣きそう。



 ◇◇◇



 朝食を終えるとカイルは大公家から来た使いの従者と共に出かけてしまった。


「エリザベスさん、ちょっといいかしら」


 カイルが正門から馬車に乗って出かけるのを見送っていたら背後から叔母の声が聞こえた。


 母も、朝食の途中で呼び出されたリンデン商会の会長と共に店の方へ出かけてしまったため誰にも助けを求められない。


 声の響く室内でがみがみ言われるよりはと叔母を中庭の東屋へ案内して、侍女にお茶の用意を頼んだ。


「叔母様、本日はどのようなご用向きでいらっしゃったのですか?」


「どのようなって、まあまあ、いちいち説明しないとわからないの?お仕事だけご立派では侯爵夫人なんて務まりませんよ」


 現当主より断然務まってましてよ、口に出さないけど。


 大体務まる務まらないも叔母様だって伯爵家から嫁いでらしたご令嬢ですし、侍女として侯爵家に奉公していた経歴もない筈。

 侯爵家の内政・内情なんて触れたこともないのではないかしら?不思議なお方ですわ。


「もうじきお茶会と夜会を開くのですって?全くそういう時は私に話を通しなさいと何度も言っているでしょう……そういうところがダメなのよ、貴方もサリーナ様も貴族としての自覚が足りなくてよ。栄えある王国の貴族としてどのような会を催せばよいのか、私が直々に教えてあげますからね」


 あー、やっぱりかー(棒)


 叔母様はロズウェルから近い街にお住まいになる地方の伯爵家の方で、お父様と縁談の話が持ち上がる寸前だったとか。


 王都貴族に憧れていた叔母様は辺境の地で一生を過ごしたくないと言いながらも、王家に匹敵する莫大な財産と侯爵に準ずる辺境伯の爵位は、虚飾に満ちたある意味貴族らしい叔母様には魅力的に映り、我慢して婚姻してあげる代わりに、結婚後王都に別宅を購入しそこに住まうつもりですらあったと言う。


 しかし、皮算用してる間に父は母という才能あふれる女神と出会い、とんでもない行動力と積極性を見せながら自力で婚約をもぎ取ってしまった結果、代わりにと分家となる父の弟、つまり私の叔父様と婚約が成立したとのこと。


 婚姻の記念に家を分かつという意味もあって私の祖父が叔父様に所持していた子爵位を譲渡されたことも実家より爵位が落ちたと不服だったらしいわ。


 叔父様が運よく王宮の高官として召し上げられて王都の中心街で暮らせているから我慢されてるのだそう。


 そして貴族らしからぬ私の両親に代わって辺境伯家の尊厳を保っているのだとか。


 ……誰も頼んでないのだけどね。まあ両親からすれば代わりにやってくれるなら願ったり、な感覚なのだろうけど、伯爵家と言っても地方領の家。


 後継者候補でもない末娘の二女で今は子爵夫人。


 社交に熱心ではあるけれど、高位貴族と対等な関係でのお付き合いは無さそうだなと数回、王都のお茶会で見かけた叔母の印象はそんなものだった。



「全く、貴方も侯爵家に嫁いだにもかかわらず、夫を立てることなく騒動まで起こすなんて。私が折角侯爵家との縁談話を形にしてあげたというのに、恩知らずもいいところだわ。侯爵様からご令息の婚姻相手を探していると聞いて、私には息子しか居なかったから代わりに貴方を紹介してあげたのよ」



 …………え??


 初耳なんですけど、叔母様が持ち込んだ話だったの?


 確かに……確かに、突然、事業でも所縁の無かったロッテバルト侯爵家から縁談が持ち込まれたのは驚いたのよ、ただあの頃は父の仕事の手伝いを少しするくらいで、王都の事なんて何一つわからなかったし、父も王都での事業の足掛かりにするための伝手を探していたのは知っていたから、そちらの繋がりだとばかり……。


 どうせ決まった事だから聞いても仕方ないって、家同士で決めた話だからと私も詳しく聞かなかったの。


 顔合わせでロズウェルへやってきたアバンもあの頃はぶ厚い猫の皮を10枚くらい羽織ってたから、この人ならいいと騙されてしまって。


 前の世界でも叔母様は叔父様と王都に住まわれていて、侯爵家の令息と縁談を結ぶ相手の相談をするような繋がりがあったのなら……。

 私がどんな冷遇を受けていたのかも知ることが出来たのではないの……?


 知っていた上で、知らぬふりをしていたのかしら。


 もう知るすべはないのだから考えても仕方ないのに、漸く穏やかになりだした心が再びざわめきだしたようで苦しかった。



 ◇◇◇



 それからは叔母が私に何を言っていたのかも記憶に残らなかった。


 叔母が反応を見せない私に苛立ち、立ち去っても私は東屋から腰を上げることが出来ぬまま、戻ってきたカイルが侍女の案内を受けて迎えに来てくれるまで、ただじっとそこに座り続けていた。


 カイルが今にも死にそうな顔をしていたというからつい、


「大丈夫、もう死んだ後だから」


 と返してしまったけど。


「じゃあ僕も共にいこうか?」


 なんて返してくるから、結構よと呟いて彼の優しい冗談に、ぎこちなかったけれど笑うことが出来た。



 カイルの用事はミリアさんの動向の確認と、監視をするにしても騎士では目立つだろうからと、そういう仕事に向いている者を大公家のほうからわざわざ呼び出すために出かけてくれたらしい。



「……で、ミリアさんはどうされたの?」


 一晩であの染みが抜けたとは思えないのでホテルにいるかどうかを問いかけて―――。

週明けに良いお知らせが出来るかもです。

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