2回目の「初めまして」
アバンが侯爵邸に戻ってきたのは昼近くになってからだった。
「昨夜はごめんよ。急に幼馴染の男爵家の令嬢が体調を崩したと連絡があって心配で駆けつけてしまったんだ」
そうですか、連日遊びすぎて疲れたのではなくて?
「君は健康だし、君との夜はこれから何度でも来るから問題ないだろう?」
新婚初夜がそう何度も来られても困りますよ? というか何度どころか一度もありませんでしたし。
顔を合わせるなり心のこもらない謝罪というよりはただの言い訳を告げるアバンを眺めながら顔に笑顔を貼り付けたまま聞いてますよアピールのために時折頷いてあげている。
「それでね、男爵家の当主夫妻が先日事故死していまは令嬢一人でさみしい思いをしながら暮らしているんだ。誰もいない屋敷で、たった一人で」
可哀そうだろう? って熱演するのやめて欲しいわね、ほんと鬱陶しい。
その屋敷は既に当主の借金で抵当入っていて追い出されそうなんですよね。昨日銀行に行ったときちょっと調べて聞いておきましたよ。情報って大切。
そしてもちろんあなたに借金を肩代わりするような甲斐性もないと言うことも知ってますよ。前侯爵の散財で侯爵家の家計火の車ですものね。隠せていると思っているのは侯爵側だけなのよね……。
まあそれを含めてもローズベルに利が出る事業だから構わないのだけれど、アバンに任せていたらその利すらあっという間に吹き飛んだことも知っている。
だから前回は3年だけ我慢しようと白い結婚での契約無効が目標だったのよね……。
「昨夜みたいに体調を壊して一人で置いておくなんて出来ない。だから暫くの間この屋敷に招きたいんだ。俺は心配をせずに済むし、君は王都で初めての友人が出来るし良いことづくめじゃないか」
名案だろう見たいなどや顔しないでください。鼻の孔膨らみすぎです、キショいですわよ。
大体なんで私が好き好んで性悪なメギツネとか友人にならないといけませんの? 私にも選ぶ権利は存在するのですよ……まあ、アリスさんだって私と友人になりたいなんて欠片も思ってないからいいのだけど。
でもここで反論すれば君には心というものがないのかとか言っていいと言うまで喚くでしょう。面倒だから断りませんけど、受けるかどうかは知った事じゃないですので。
「……構いませんわ、困っているならあなたが助けて差し上げて」
「そうか! よかった、実はもう連れてきているんだ。アリスこちらへ」
ホント凄いわね。断られたらって考えは一切無しじゃない。
強行するつもりならお伺いなんて立てる必要ないじゃない。……まあ、哀れな彼女を引き取るって体裁が必要な訳ね。
そんなことを考えているうちに呼ばれたアリスが静々とした足取りで当たり前のようにアバンの隣へ立ち、アバンの腕に絡みつく。
記憶と同じく緩く巻いた柔らかで背中まである明るい栗色の髪に、それを結い縛る可愛らしいピンク色のリボン。
大きく零れそうな緑の瞳を向けてから頭を下げるでもなくにっこりと微笑んだ。
「紹介するよ、アリス・ティード男爵令嬢。僕の乳母だったティード男爵夫人の一人娘でね、幼い頃からの大事な友人なんだ」
「初めまして、アリスです。アバンとは小さなころから仲良しなの、よろしくね」
世話になるという態度は一切ない笑顔でアリスが告げる。昨夜駆けつけなければならないほど体調を酷く崩したわりに元気そうね。
何の病気だったのかしら、うーん……頭?
「ええ、よろしくお願いします。……ああ、アバン様。私のほうも報告することがありますの、みんな出てきて頂戴」
私が声をかけるとゾロゾロと朝方辺境伯家から到着した使用人たちが私の背後へと揃って並び、一斉に彼へ向かって頭を下げた。
実家のある領地から王都まで急いでも馬車で10日かかる。
だから御者のトーマスに託した手紙が両親に渡り使用人たちが到着するのにひと月はかかると覚悟していた。
でも婚姻したばかりの新居では、いろいろ手が必要だろうと両親が私を追いかけるように使用人たちを王都に向かわせてくれていたらしい。
トーマスと途中で落ち合いそのまま急いで王都へ来てくれたとの事。
「一週間こちらで過ごしてきましたけど、屋敷の規模にしては使用人の数が足りないように思いましたの。みな辺境伯家で働いていた信用の置ける者たちばかりですわ」
此処にいる使用人たちは躾や礼儀すら出来てないものばかりだと暗に言いながら並ぶ皆を彼に紹介した。
ゆっくり帰ってきてくれたおかげで皆には十分にこの家の状況を伝えられた、なので全員臨戦態勢だ。
「え? あ……な、何を勝手に」
「結婚を機に爵位を継いだあなたが当主となり、前侯爵夫妻は領地の館のほうで隠居されると聞いていますわ。この屋敷は私とアバン様のために明け渡してくださったものと伺っております。
そうなればここの女主人は私です……。ご安心ください内政はきちんと掌握致しますわ。侯爵家の邸内外をきちんと整えるのも妻の役目ですもの」
「そ、そうか……問題がなければいいんだ」
「では人数も多いので主要な者だけ先に紹介しますわ。家令のアンドル、家政婦長のマリア、騎士の分隊長イスラ卿です、以後お見知りおきを」
私の声に併せて名前を呼ばれた3名が一歩前に出ると、そろって恭しく頭を下げる。そんな彼らをアバンはぽかん顔で見つめているが暫く経って我に返り私へ向かって声を荒げた。
「家令だと? もうすでに執事がいるんだ、それに家政婦長などと勝手な役職を……ッ」
「アバン様、執事のハウル殿は祖父の代から仕えていた者だと伺っておりますわ」
「そうだ、長年我が家に仕えている忠臣を蔑ろにするのはいくら君でも……ッ」
「ではアバン様はご存じなかったのですね。ハウル殿に何度もこの屋敷の帳簿を見せて欲しいと頼んでいたのです。この屋敷の内政を把握しなくては何も決められませんから。……そうして分かったことがありますわ、残念ですがハウル殿はかなりの額の横領をなさっておりました」
「……え?」
「……帳簿を確認したら子供でも分かるような穴だらけで問い詰めたら白状されました。侯爵家の……主の信頼を盾にそのような愚行を平然と続けていたのは高位貴族に対して許すわけにはいかない不敬、侮辱です。
それに加えて私につけていただいた侍女ですが……全員窃盗をしていましたわ。侯爵夫人に仕える侍女として躾のなっていないどころか盗人を置いておくのは如何な事かと。他の使用人たちに示しがつきません」
横領と窃盗をしていた使用人達を隔離したと、端的に伝えていく。
思いもよらない言葉をぶつけられた彼の動揺はわかりやすく表情に映し出されていた。二の句の告げない様子を見ながらさらに言葉を重ねていく。
「三名とも今は空き部屋に閉じ込めておりますので処分を私が決めてもよろしいでしょうか?」
3年この男を見ていたおかげで、苦手なことや嫌いなこともよく覚えていた。
書類をまとめることすら嫌い、宮仕えでも役に立たず爵位のメンツを保つためだけに通って顔を出すだけで済むような名ばかりの閑職に就いている人だ。
この手のやり取りは大体私へと丸投げになる。
「わかった、その者たちの処分は君に任せる。俺はアリスを部屋に案内しないとならないので今日はこれで」
「かしこまりました」
言質が取れた。これで堂々とこの家の膿を処置できる。
私はすがすがしい気分で二階への階段を上るアバンとアリスの背を見送ったのだった。
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