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幸運は誰の手の中に ―― 第三幕目

 ホテルのオーナーである侯爵自らの案内で控えの間に通してもらう。


 室内は小さなサロン程度の広さで入口は一か所、窓がない代わりに明るい照明と白い壁、大きな海辺の町の風景画や観葉植物がバランスよく置かれて息苦しさを軽減させている。


 少しざわめきが聞こえると思えば、空調の為か天井付近の隣の部屋との壁が繰りぬかれて繋がってるようで、柔らかな風の流れを感じた。


「じゃあ、リズは中へどうぞ。さっきの娘が来たら知らせるからゆっくりしてて」


 カイルが警戒するように一通り部屋の中を見回ってから私を部屋の中へ通してくれ、入れ替わりに廊下へ出て行く。


「ありがとう……ごめんなさい、カイルも疲れているのに」


 扉の傍で彼とすれ違う時にそう声を掛けた。朝から晩まで仕事と社交でお互い休む間もないもの。


「私は大丈夫、それなりに鍛えているから」


 そうだ、馬車で十日の距離を単騎の早駆けだとしても五日で走りきる体力のある腕力ゴリラ様だったわ。


 ……まあでも、気遣いたくなるのは仕方ないじゃない?今の彼の忙しさの大半って私に付き合って動いてるせいだし。


 そうしてカイルは廊下でミリアさんが来るまで待機することになり、私は部屋の中へ。


 一人になったところでカイルが腰に巻いてくれたジャケットを外して、ソファに腰を掛けながら彼の服のほうに染みが移ってないか確かめるように広げて見ていただけなのに。


 ……なんだか、カイル、前大公閣下(おじさま)より大きくなったのかしら。

 小さな頃は私の方が少し大きくて、カイルは私と並ぶ時は爪先立ちで立ってたのになぁ……。


 ジャケットの肩幅を見てぼんやりそんなことを考えているうちに、いつの間にかそれを抱きしめていた。


 彼がいつも身に纏う香水の爽やかな香りに満たされてすっかり意識が過去へ向けたままだったから、廊下からミリアさんが戻ってきたと告げるカイルの声に思わず飛び跳ねてしまった。


 は、恥ずかしい……誰も見てなかったわよね


 誰もいないはずの室内をきょろきょろ見回しながら、彼のジャケットを丸めるように畳み、ソファの上に置く。


「ええ、入ってもらって」


 呼吸を整えて跳ねる心臓を落ち着かせる。すると扉が開いてドレスを抱えたミリアさんが不機嫌そうなカイルに気圧されているのかおどおどしながら入ってきた。


 若い女性を睨みつけたらだめでしょ……ッ!と目で訴えるように、扉越しにカイルを見つめてから彼女の方へ視線を戻す。


「此処に居るから、何かあれば叫んで」


 ソファから腰を上げ扉まで彼女を迎えに行けばそんなことを言うから、大丈夫よ、と返しながら彼女を迎え入れて行く。


 カイルのジャケットを外した後だったからドレスを派手に彩るワインの染みを見てミリアさんが一層青ざめた。


「じゃあ着替えお借りするわね。申し訳ないのだけど、背中の紐をほどくの手伝って下さる?……これだけはどうにも一人で出来なくて」


 気にしないで、と微笑んで見せてから後ろを振り向き、貴族女性なら誰しも感じたことのあるドレスの脱着のし辛さに困っていると振る舞い場を和ませる努力をしつつ、背中のそれを解いてもらう。


「ありがとう。じゃあ着替えてくるからそこのソファで寛いでいらして」


「え?お手伝いしますよ」


「大丈夫よ、このドレス見た限り背中が大変なことになっていなさそうだし」


 前の生の記憶のおかげか、洗濯の知識もあれば着替えも一人でこなせるのよね。

 家の使用人(うちの子)達ならともかく、初対面のしかも貴族女性にそこまでしてもらうのは忍びないし……。


 なのでお手伝いは断って、衝立の向こうに移動して着替え始める。

 きっと下処理をしたところでこの染みは完全に落とせないだろうなあと脱いだドレスを眺めてからそれを衝立にパサリとかけた。


 ドレスを着る手順を考えていると背後から絹を引きずる音が耳へ届くから、思わず視線を向けると衝立の向こうから多分ミリアさんが脱いだドレスを引きずり落そうとしているようで。


「あ、あのミリアさん?やっぱり完全に落ちそうにもないから染み抜きの処理は……」


 下着姿だったけど女性同士だから問題はないだろうと踏みつつ、慌てて衝立の向こうにいる彼女の元へ向かい染み抜きをする必要はないと告げていく。


 折角のバカンスなのにそんな手間で時間をつぶしてしまうのもやはり申し訳ないし。


「い、いえ、ほんとに大丈夫だから、私に任せてください!一晩だけお借りします、綺麗にして返しますから!」


 ドレスをしっかり抱き込んで離すまいとしている必死さに少し違和感を覚えてしまう。


「あのね、落ち着いて。ドレスを仕立てた職人に相談すればきっといいアイデアを出してくれるはずだし、廃棄するわけじゃないのよ」


「私がやるって言ってるでしょ!」


 だからドレスはこちらにと手を差し出したら振り払われてしまい、私はバランスを崩して後ろ向きに倒れていく。


「え?…ええ………きゃあっ」


 床に倒れされる痛みを思い出しながら身構えるが倒れた向きがよかったのか、ぼすん、と柔らかな感触が背を覆い、ソファに倒れこんだことに気が付いた。


 そして私の声が届いたカイルが扉を開けてすごい勢いで飛び込んできた。


「リズ!大丈夫か……おいっ待て!」


 やだ、私驚いて悲鳴上げちゃってた!!


 扉の前で私の姿を探すようにしているカイルの脇をすり抜けるようにドレスを抱えたミリアさんが飛び出していく。

 カイルは一瞬私の元に来るか、彼女を追うかで迷いを見せた後、私の救出を選択して部屋の奥―― 私の元へ ――駆けつけた。


 ちょうど私は扉から見ると背もたれが目隠しになる側のソファに倒れこんでいたから、ソファセットに近づかないと私の姿はカイルには届かない。


 足音が聞こえると反射的に顔を向けてしまうと、心配顔で青ざめているカイルと視線が重なる。


 そして、顔に向いていた視線が少し下に下がり、青くなっていた顔が何時ものように柔らかな笑みになる前に一気に真っ赤に染まり切った。


 …………そうよ私、下着姿のままじゃない!!!


『 きゃぁあああああああっ! 』


 本気の悲鳴ってかすれて音にならない事を今夜知りました。


「済まない、その、決して覗いたわけじゃなくて……実際見ているのだけど、それは…その」


「いいから後ろ向きなさい!」


 真っ赤になったまま、しどろもどろに動揺しているカイルに大きな声で後ろを向けと命じると、まるで騎士のようにくるりと踵を返す。

 カイルの視線が外れると私も衝立の向こうに走りこんで、置いたままになっていた着替えを急いで身に付けた。



 着替えを終えてそっと衝立から顔を覗かすと、カイルはソファに座ったまま体を丸めるようにしながら頭を抱えていた。


 なんか、その……ごめんなさい。


 私もどんな顔をして出ていいのかわからなくて衝立の影から出て行くのにかなりの時間が必要で、結局その後の夜会はキャンセルすることになってしまった。




 ◇◇◇




「……そう言えば、あの娘の後を追わなくてよかったのかい?」


 あの部屋で互いが復活してから最初に話したのはカイルの脇をすり抜けるように部屋から飛び出した彼女の事。


「侯爵様に聞いたけど、あの後自分の部屋で閉じこもってるそうだから、明日家の者を向かわせようと思うわ。侯爵様にもホテルの使用人の方々に気に留めておいてもらうようお願いしたし。私達が気にしないでいいと言っても爵位的な圧力を感じてしまったのかもしれないから放っておいてあげたほうがよさそう」


 今はローズベル本邸に戻る馬車の中だけど、対面に向き合って座っているのに視線は左右逆に外しあったままで少し気まずい。


「でも少し気になることがあったので家に戻ったらホテルへうちの騎士を送ろうと思うの。ドレスの事もそうだけどあの子を少しの間観察していて欲しいの」


「君が何か感じたのならそれに従うといいと思う。何もなかったとしてもそれがわかるだけで安心するだろうし」


「何もなければそれでいいのだけど」


 そうしてあの部屋での出来事は暗黙の了解として互いの心の中にしまい込むことにした。

 まだやるべき事ばかりなのだからギクシャクしていられないのだもの。



 私がホストを任されたお茶会の日まであと少し。


 いらぬ客が舞い込むのも、また、あと少し。

プライベートが忙しくて予告通りに進めないですいません。暫く毎日更新だけ心がけていけそうなら複数話配信出来たらいいなの心持ちで頑張ります

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