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回る輪舞と小さな勝利 ―― 第二幕目

 大げさな素振りとセリフを高々と叫びながらその令嬢は体を傾けた。


 ふらついて、躓きこちらに倒れこむような素振りなのだろうけど、足元がステップを踏むように軽やかに動き、確かな目標に向かって移動している事を何となく察してしまうが、かと言って鍛えられ訓練を受けた騎士のようにとっさに動けるわけもなく、私は向かって来る令嬢をただ見つめるだけしか出来ない。


 一瞬、その令嬢と視線が重なった。

 その瞳を三日月のように形を歪ませ、狙った獲物に向かうような勢いでに足をもつれさせた素振りなのか、手にワインの入ったグラスを持ちながら体を横にくるくると回るようにして向かってくる……――― 。


 目を回さないのかしら……、驚いて体はろくに動けないのに、変に冷静になっている脳の片隅でそんなことを考えてしまったその時。


 顔見知りの男性に話しかけられ世間話に応じていたからか、カイルがそれに気づいて声を上げたのは令嬢が既に目の前まで迫っていて。


 危ないと腕を引かれたけどまるで狙いを済ませたかのように私の方へ向かってワインのグラスが放り投げられた。


「リズ……ッ!」


 指から放たれたグラスは緩い放物線を描いて、赤い液体を湛えたまま私のドレスに当たる。


 勢いもさほどなかったそれはドレスをワンクッションして鮮やかな赤を私のドレスに広げながら床へと転がり落ちていき、カシャン、と硬質な音がやけに静かになったホールの空間に響き渡った。


 ほんの一瞬、刹那。


 切り取られたような空白の後、今度はざわめきが加速しながらホールを満たした。


 私はカイルに肩を抱かれたまま、赤く染まったドレスを呆然と見つめている。

 人間突然予想もしないことが起きると脳の動きが止まるってこういう事なのね……。


 だって、アリスだってここまで派手にお酒を浴びせてきたことないんだもの。


「君、大丈夫か?君」

「お嬢さん、気を確かに」


 ああ、そうだったわ。(一応)よろけて倒れた令嬢はどうなったのかしら。


 件の令嬢は私とカイルの横を通り抜けた先に居た恰幅のいい男性に盛大にぶつかり、そのままはじかれて床に転がっていた。


 周りにいた人たちが彼女を囲んで声を掛け介抱してるようで少し安心した。


 床に横たわったままなのは少し心配だけど……私の視界に映るのはダークブロンドの巻き毛、この場に居るという事は貴族か裕福な商家の娘さんだろうし身なりもちゃんとしているけど私と同じくらい?……少し年下かしら。


 こんな騒ぎになっても現れない彼女の身元を保証する大人の存在がない事に首を傾げてしまう。


「……リズは怪我はない?」


「……え?ううん、私は大丈夫だけれど……ドレスが。此れじゃ一度戻るしかないわね」


 ワインなので落ちるかどうか……染みにしたくなかったから、万が一を考えて色味のある食事や飲み物を避けていたのになあ。


 舞踏会の時に一緒に作った白から裾へむかい蒼が深くなるグラデーションの夏らしさのある涼し気な色のドレス。


 夏向けなので裾を引きずるほどの長さはないが、王都の舞踏会の時の物に似た帝国風のマーメードラインのデザイン。


 裾に銀糸で縁どるように刺繍が施されているから、裾が揺れるたびににキラキラと光を弾いて瞬く星を纏っていたようでお気に入りだったのに。


 今は鮮やかな赤が足されてなかなかのトロピカル具合……そうじゃなくて。


 騒ぎを聞いて、ホテルの使用人達も集まって来る。


 やじ馬をかき分けて青い顔をしてこちらに駆け寄ってきたのは先ほど挨拶をしたホテルのオーナー。

 私の汚されたドレスを見て気の毒なほど青ざめたまま膝から崩れそうになっている。


 そんな風に皆がバタバタしている間、カイルがジャケットを脱ぐと一番汚れている腰元を隠すようにそれを巻いてくれた。


「……ありがとう、でも貴方の服も汚れてしまうわ。ワインの染みってなかなか落ちないのよ?」


「詳しいんだね。………構わないよ、ジャケットよりも君のほうが大事だ」


 カイルの言葉にドキッと胸が跳ねた。


 大事だと言われた甘酸っぱさより、今の世界では洗濯などするはずもない私がそれを知っていることを彼がどう思うのか、私の秘密を彼なら少ないヒントでも解明してしまうのではないかという不安が大きかった。


「じ、侍女がそう愚痴っていたのを聞いたことがあるのよ、お家のお父様がワインを浴びたとかで……」


 会ったこともない侍女のお父様に濡れぎぬを着せながら早口で言い訳を告げていく。

 カイルはふぅん、と興味はなさげに聞いていたので、意識して問うたわけではなさそうでほっとする。


 急いでローズベル本邸に戻って着替えてこないといけないわねと、それでも話を無理やり切り替えてホールから退場しようと踵を返した。


 ちょうどその時、男性に激突して弾かれた衝撃で伸びていた令嬢が目を覚まして起き上がる。


 転んで伸びるところまでは予定になかったのか、周りを囲むやじ馬に狼狽しながら視線をあちこちにさまよわせているけど、私かカイルを探しているのかしら。


『気が付いたぞ』


 との歓声に思わず振り返ってしまった私が悪いと思う。


 令嬢が立ち上がり私達に向かって歩き出すから、つい足を止めてしまったのも危機感ないって怒られても仕方ないわ。


「あ、あの……ッ」


 人垣から飛び出してきた令嬢が私達の前に立つ。カイルが私を守るようにその令嬢と私の間に身を割り込ませた。


「謝罪なら結構だ。侯爵、床の汚れやこの騒動で損害が出るようなら私の元へ請求を回して欲しい」


 令嬢を無視した形でオーナーである侯爵に損害賠償の話が出るなら自分の元へ持って来いと告げれば侯爵は滅相もないと首を振って必要がないと全身でアピールした。


「いえ、あの、本当にごめんなさい。私、お酒のみ慣れてなくて……」


 焦りなのか本当に悪いと思っているのか、カイルに無視された令嬢は涙ぐみながらカイルの背の向こうにいる私に顔を向け、頭を下げてきた。


 肩を落とし、しゅんとしたまま観衆の中で頭を下げる態度を見ていると、突進してきた時見えた表情はただそう見えただけで何の意図はなかったのかと思うくらい気の毒にも見えて。


「誰にでも失敗くらいありますわ。次はお気をつけ遊ばして。楽しいバカンスが台無しになるのは皆さまも避けたいでしょうし」


 ワザとじゃないなら責める気もないのでそう返す。


 それでおしまいかと思えば……。


「……わ、私、このホテルに泊まっておりますの、だから一時的な着替えも用意できますわ。濡れたままではお身体が冷えてしまいますし……その、乾いてしまうと染みがさらに落ちづらくなってしまいますわ、せめてもの罪滅ぼしに染み抜きの下処理、私の手でさせてください」


「結構だという声が聞こえなかったのか?」


「……カイル、ダメよ。そこまで固辞したらお気の毒だわ、せっかくのバカンスなのだしロズウェルで悲しい思い出は作ってほしくないもの」 


 次の夜会は主催している家は懇意にして戴いている方なので、次の夜会へ予定をずらしてもらえば問題はないと判断する。


「私は本当に構わないのだけど、あなたの気が済むのであればお言葉に甘えますわ。お名前を伺ってもよろしくて?」


「はい、あっ……私、私はシーラ男爵家のミリアと申します。ロズウェルの近くの領地の者ですわ」


「そう、ミリアさんと言うのね。ようこそ、ロズウェルへ。私はローズベル辺境伯長子のエリザベスですわ。今はロッテバルト侯爵家に嫁いでいますけど、バカンスシーズンなので里帰り中ですの」


 私が名乗るとミリアさんはポカンとした表情を一瞬浮かべた。


 ……私の事を知らなかったの?……やはり知っていてやったわけではないのかしら。


「侯爵夫人、部屋のご用意が出来ましたので,こちらへ。シーラ男爵令嬢は着替えの用意をお願いできますかな」


 私達とのやり取りを聞いていた侯爵が気を利かせてくれたらしい。

 ミリアさんはホテルの使用人を一人連れると自室へとドレスを取りに行くようで私達から離れていく。


「カイルは……?」


 私を人目から隠すように体を寄せて先導する侯爵の後を一緒に歩いてくれる。


 でも染み抜きや着替えをする時間を考えると一服する程度じゃとても終わらないだろうから問いかけてみると。


「もちろん、同行させてもらうよ」



 時間がかかることをわかっているだろうに即答してくれた。



「………着替えるのだけど」


「ろっ……、廊下で!廊下で、待ってる」



 ほんの小さな問いかけだったけど、初めてカイルが少しだけ慌てて言葉を詰まらせた。


 今夜は私の勝ちかしら、といつも彼の言葉や行動にドキドキさせられっぱなしだけど、少しやり返せた気がして控えの部屋にたどり着くまで笑いが止まらず、ずっと肩を震わせたままだった。



昨日は更新できなくてごめんなさい。今夜もう一本投稿できるよう頑張ります。

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