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騒動の一幕目

 自分の事業に関しては王都の支店とのやり取りが主なため、バカンスまでにあらかた片づけてある。


 こちらの方では本店の商会長と数回顔合わせに赴く程度の仕事しか残らず、マリアに説明した通りそれ以外はゆったりと体を休め、羽を伸ばすはずだった。


 ……そう、はずだった。


 昨日新たに請け負った街道事業の一端、辺境伯家主催の茶会の準備と到着した当日に仕事が増えたため、王都に居る時とあまり変わらない仕事量に戻った私を見てすっかりマリアがおかんむりになっている。


「マリア、無理はしないって約束は守るから機嫌直してよ。実家で過ごしている分気も楽なのよ」


「もう、デルフィーヌ様と旦那様もバカンスと言うものが何なのか一度きちんと話し合わないとなりませんわ!」


 私も母も奥様になってしまうから母のほうを名前で呼ぶことにしたらしい。


 母の名はデルフィーヌ・ロゼリア・ローズベル。


 若い頃は王都の伯爵家の令嬢で、名前も伴い薔薇の中の薔薇と讃えられた美貌の淑女。


 私と似ている紫の瞳、毛先に行くほど赤みの強くなる絹糸の様にしなやかな白金(プラチナ)の髪は、朝霧に濡れる薔薇とも称えられる。


 その美しさは今もなお変わらぬまま。


 そんな母が女手一つで立ち上げた商会が大成功し美貌よりもその商才に惚れに惚れ込んだのが私の父だ。


 父はダニエル・ドニ・ローズベル辺境伯。


 令息時代、母を知るまで気にもかけなかった王都の社交界、母を目当てにこのロズウェルから王都へと母に会うためだけに足繁く通い始め、繰り返される熱烈なアプローチでとうとう美貌の伯爵令嬢の陥落……と、其処だけを聞くと壮大なラブロマンスに聞こえなくもない二人だけど。


 娘の私から見ても容姿は平凡、凡庸な見た目のお父様に陥落した理由はやはり、商売の神の加護が付いたと言われる稀なる商才と、ローズベルク領の諸国の船が行き交う大きな港を見て無限に広げられるビジネス展望に魅了されたからだとか。


 事業を展開することがあの二人には息をするかのように当たり前の事なので……。

 商家に生まれるべきだったのではと言われるほど、貴族らしさがない両親なのよね。


 なのでほぼ9割9分9厘、あの二人の間にラブロマンスと言うものは存在してないらしい、恋愛経験値はもしかすると私より低そうなのよ。


 きっとカイルの事を相談しても全く参考にならないだろうから最初から諦めている。


 夫婦仲はとてもいいのだけれどビジネスパートナーとしての側面のほうが強いのよね、お互いに苦手分野と得意分野がはっきりされてるから常に助け合っていらっしゃるし。


 そうなると私が生まれたことは、天文学的な数字上に展開したラブロマンスのかけらの奇跡ってことなのかしら。


 バカンスシーズン中、ロズウェルに立ち寄っている貴族の中で朝から晩まで働いているのはローズベル辺境伯界隈だけですわと嘆くマリアを申し訳ない気持ちで眺める私とカイルだった。




 ◇◇◇




 バカンスシーズンなのでホテルのホールを借りてやら別荘を使ってやらと大小さまざまな規模で夜会が開かれ、人も物も流量が増えるので市井もかきいれ時を逃すわけもなく市場が開かれたり店や通りも祭り騒ぎでロズウェルの街は昼も夜もにぎやかだ。


 ロズウェルを含むローズベルク辺境の領主である我が家にも毎日数えきれない数の招待状が舞い込んでくる。

 それをローズベル家が主催するお茶会の招待客選定の合間に、出るべき夜会やお茶会を決めて会合や会議とのスケジュールの調整もしないとならない。


 貴族としてはへっぽこな両親に押し付けられる形でカイルと私が書類と手紙の山と格闘している最中だ。

 私も王都歴、社交歴わずか半年の両親よりはまし、な程度の初心者なのでカイルにもはや頼りきりです。


「マリアはバカンスは休むものですと言っていたけど、正直連日連夜、夜会を開催するのも、休めてない気がするのよねえ……社交って完全に遊びではないし、遊びでも連日はちょっときついと思うの」


 まずは私がホストで参加することになったお茶会。

 王都から来ている令嬢や夫人達が主な招待客なので、王都の社交の場で顔を合わせたことのある方々ばかり。


 それに加えてロズウェルで暮らす当家の家門の令嬢達も家格や事業の関係を考えながら招待客としてリストに入れていく。


 勿論バカンス中のイベントとして招くものなので気楽で招待側の準備に手間暇をかけないように考慮したカジュアルな内容のお茶会なので伝統より革新的な目新しさを主体にしようと考える。


「確かに、社交を息抜きと言える夫人や令嬢達の胆力は凄いと思うよ。まあ、社交活動せずでも家族や子供たちのために動いている親御さんも休めてるとは言い難いから、気の持ちようなんだろうね。仕事に使う時間も家族と過ごせるのはその忙しさもご褒美かもしれないし」


 私の声に招待状の宛名を確認していたカイルが顔を上げてそう答える。


 確かに忙しくても家族との時間が取れるだけで気分は落ち着くと言うのは、ロズウェルに戻ってきただけなのにすっきり開放的な気分を味わっているから理解できる。


「ビジネスを広げ、育てる事が普段の生活の一部みたいなお父様達にとっては仕事がバカンスみたいなものでしょうね……そのお父様がまさか主催の夜会やお茶会の話を切り出した事自体驚きですけど」


 年に数回義務的にお開きになってはいたけれど、この商売的に繁忙期に当たるこの時期に開くのは初めての事だ。


「街道事業は王都と此処、そしてその間の土地を領地に持つ貴族たちの協力が欠かせないしね、それに帝国との国交を結び付けたことで諸外国の貴族との折衝も増えただろうから」


「なるほど、確かにそうね。お父様、お母様と顔を繋ぎたいと私も王都の貴族の方にお願いされているし」



『君のためだよ』



 と、呟いたカイルの声はとても小さくて書類をめくる音にかき消されて私の耳には届かなかった。



 昼は会合、会議、茶会の支度に舞い込み続ける招待状への礼状書きと忙しく動き、夜になればドレスを纏って招待された夜会をいくつか梯子する。


 それら全てに付き添ってくれるカイルにはもう文句なんて言ったら罰が当たりそうなくらい迷惑をかけ通しているから、エスコートも改めて私の方からお願いした。


 今夜は海沿いにオープンしたホテル主催の夜会からスタート。


 辺境伯家の紋章を掲げた馬車に乗り、カイルのエスコートを受けて会場へ入れば、会場にざわめきがさざ波のように広がっていく。


「リューベルハルク大公閣下、ロッテバルト侯爵夫人、名高いお二人に参加していただけるとは一生の誉れですぞ」


 このホテル最大の出資者でありオーナーとなった侯爵家の当主は恰幅のいい太鼓腹を機嫌よく揺らしながら近づいてくる。


「素晴らしい立地だ、昼の絶景もそのうち味わわせてほしい」


「それはもう、閣下のお望みであればいくらでも最上級のお部屋を用意してお待ちしております」


 それはもう滑らかに紡がれるカイルの社交辞令を、私もしっかり覚えないとと拝聴しながら顔に笑みを貼り付けておく。

 カイルとの話が終わり私の方へオーナーが顔を向けたので、笑みを深めてから膝を折り、カーテシーで挨拶した。


「今日は父と母の名代として参加させていただきましたわ。どうしても外せない用事があって両親とも侯爵様にお会いしたかったと嘆いておりましたの、どうぞよしなに、我が家の夜会にお顔を出してあげてくださいませ」


 無礼を詫びて相手を立てる。


 そして夜会の招待に応じる旨を聞いて今夜最初のミッションの成功を知る。


「では、今夜は楽しませてもらうよ」


 カイルがさりげなく会話を切り上げてくれ私の手を引いてホールの奥へ。


 一曲踊れば義理立てになるとの事で、そうしてから次の夜会へ行く算段だ。


 前の曲が終わり、新しい曲の前奏の美しい調べがホールの中に広がっていく。


 カイルが視線を集めまくることはそろそろ慣れてきたので笑顔でスルーできるようになった、と言うか回を重ねるたびに複雑なステップを混ぜてくるカイルの足さばきへの対応に忙しくてぶっちゃけそれどころじゃないのよ……ッ。



 負けず嫌いな自分が恨めしい。



 今回も引き分けに終わったけど、息が上がって呼吸がつらい。


 流石にこのまま次の夜会へ移動するには喉が渇きすぎたので、提供された冷えたシャンパンで喉を潤して息を整えるまで休憩をとることにしてもらった。


 のんびりと琥珀の液体から生まれる小さな泡を見つめながら、味わい、喉を潤す。

 そんなことを楽しんでいただけなのに。



「あ~眩暈がして立っていられませんわぁ~~~っ」



 と、まるで子供の出し物の様な棒読みセリフを告げながら、一人の令嬢が私達に向かって突進してきたのだった。


36話のカイルの「虚無を張り付けた顔」のイメージ画像、36話のあとがきにURLを添えたのでよかったら落書きですけど見てあげてください。

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