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恋のから騒ぎ

 あのあと、少女はショーンと共に半刻(一時間)を少し過ぎたくらいで辺境伯家の馬車隊に戻ってきた。


「ユーリカと言います。奥様と騎士様達に助けて戴いた大恩は一生尽くしても返せません。本当に、本当にありがとうございました」


 豊かに波打つブルネットの髪を高い位置で結ったポニーテール、零れそうな大きな淡褐色(ヘーゼル)の瞳。


 不安が収まればとても快活そうな雰囲気のユーリカと名乗る少女は私の前に立つと何度も頭を下げながら助けてもらえた恩を言葉に出す。


 引き取り手も保護者もいない土地で、前科を抱えてしまった女性が一人で生きていくのは容易ではない。

 行きつく先は良くて娼婦か物乞いか、幸せな人生を歩むことは難しくなるだろう。


 彼女にとっては人生を救われた瞬間だったのかしら……。


「私にあの場で会えたのはあなたの強運でもあるわよ、ユーリカ。貴方、これからどうするの?王都に戻るのなら馬車の手配と当座の生活費くらいは援助するわ、ロズウェルに向かうのなら私達と同行して構わなくてよ」


「私、もう身寄りのない身の上なのです、王都はもう住んでいた部屋も引き払ってしまって、ロズウェルへ行って仕事探して一から出直したいんです。今はその、無一文で謝礼どころか旅費も払えないんですがその代わり下働きでも何でもしますから、お願いします同行させてください」


 ただ乗りは出来ないと固辞されたので、ユーリカの処遇はマリアに任せることにした。


 翌日からメイド達と揃いのお仕着せを纏い軽食やお茶の支度や洗濯に励む彼女の姿を見かけて様子を見ていたけど、すっかりメイド達とも打ち解けたようで笑みを絶やさずに働いている彼女を見て少し安心した。


 ユーリカと同行していた男の行方は街道警備の騎士達に一任し、経過報告はロズウェルの商業ギルドへお願いしておく。


 宿屋の店主から商会札の写しを複製させてもらい、それを王都とロズウェルの商業ギルドにも悪用された事実を添えて早馬を出して報告しておいた。


 こういうことは情報の速さがものを言うから、情報伝達にかかる金は惜しまずに使う。


 何だかマリアが後ろで頭を抱えているけど、今はそんなことを気にしている場合じゃないのよ諦めて。



 ◇◇◇



 少しだけ旅程を早め、二日ほど早くロズウェルの街に着いた。


 前の生から数えると三年と半年ぶりの故郷。


 街中では海は見えないけれど風に乗る潮の匂いを嗅いだ途端、思わず涙ぐんでしまった。


 ……ああ、きっと半年でホームシックにかかるなんてまだまだ子供ね、とか思われているわね……使用人達の瞳がなんだか生温かいのよ。


 ロズウェルの街を抜け、港を見下ろせる丘の上に立つ実家、ローズベル辺境伯本邸へ辿り着いた。


 門の前には私の両親を始め、本邸の使用人や今回共に里帰りについてきた侯爵邸の使用人たちの親や兄弟も待っていて、なかなか壮観な出迎えの光景となった。


「お父様、お母様、ただいま帰りましたわ」


 並び立つ両親に順番にハグを交わしていく。

 あの時は侯爵家との婚姻を白紙にしても、二度と会えないと思い込んでいたのよね。


 会いたいと願えば、こんなに簡単に会えたのね、大好きよ。


 お母様とハグを交わしている間にひょっこりと隣に並び腕を広げるのは誰かしら、幼い頃からずっと面倒を見てくれた本邸の筆頭家令のローウェンにしては背が高い……騎士団長でもないし?誰なの……??


「………カイル、何をしているの?」


 顔を上げると夏の強い日差しの下、満面の笑みが無駄に眩しいカイルがいつの間にかお母様の隣にちゃっかり立っていた。


「んー順番待ち?」


 あは、と笑いながら小首をかしげて見せても可愛くなんてありませんから!


「懐かしさを感じない方とはしないことにしてるのよ。ローウェン、お久しぶり、元気だった?」


「ほほっ、お嬢様も相変わらずお美しい。ご健勝で何よりです。王都でのご活躍耳にするたび、爺は誇らしい気持ちで胸がいっぱいになりますぞ」


 今日は身軽な旅装なので機動力じゃ負けないとばかりに、割り込んでいたらしいカイルを飛び越して相変わらず穏やかな笑みを浮かべた白い御髪と白い口髭が上品な好々爺然としている筆頭家令のローウェンに飛びつくようにハグをした。


「リズぅ!」


「まぁまぁ、相変わらず仲良しねえ」


 カイルの情けない声に被さってお母様が楽しげに笑えば周りにいた使用人たちも声をあげて笑いだす。


 もう、人の気も知らないで、こうやって揶揄いに来るのはどうしていつも通りなのッ勘弁して!


 でもこんな気の置けないやり取りが、故郷に戻ってきた確かな証拠のようで心はとても穏やかで温かかった。



 ◇◇◇



「でも私たちのほうが先に王都を出立してたのに、どうして此処にカイルが居るの?」


 日差しもきついので話は屋敷の中で行いましょうと案内された応接室のソファに腰を下ろすと、私は当然彼がロズウェルには居るはずもないと思っていたから気づくのが遅くなったのよと言い訳をしながら彼に問いかけてみる。


「あー……、街道事業の王都での最後の会合を開くはずが、参加者のほとんどが既にロズウェル入りしててね。私は別の用事で王都に残っていたのだけど場所が変わったと伝令を受けてから急遽、馬を乗り継ぎながら早駆けしてロズウェルに来た。全く……ご老人たちは無茶を言うのが得意だ。それでね、荷物は後からのんびり馬車で運ばれてくるからそれまで辺境伯の屋敷(ここ)で面倒見てもらってる」


 宿場町が増えてくれたから野宿をしないで済んだのは助かったとカイルが笑う。


 馬車で十日かかる距離を馬を乗り継いだにしても五日で駆け抜けてしまうなんて、無茶しすぎでしょう。


「皆、娘さんやお孫さんには敵わないからね。バカンスシーズンになったらすぐさま行こうとせがまれて王都に残っていられなかったそうだよ。此れもリズが王都で頑張ってくれたおかげだねぇ」


 私も若い頃は早駆けして王都を目指したものだとお父様が笑う。


 街道事業の会合の開催地が急遽変更したのはもしかして私のせいかしらと目を白黒させてしまっていたら、逆にカイルに心配されてしまった。


「でもリズちゃん達も最初の予定より到着が早かったわね、何かあったの?」


 お母様が今朝早くに先触れが来て驚いたのよと告げてきた。


「ああ、そうでした……実はロズウェルの商会を騙り詐欺を働いていたものの騒ぎに出くわしまして、運よくその男の容姿は判明しております、使っていた商会札の写しも。


 今は街道の警備隊と王都とこちらのギルドへ通報をしましたので、情報が入ってくるのを待っているところですわ。ロズウェル全ての商会にお顔の広いお父様達のお耳にも入れておくべきかと思ったのです」


「なるほどね、ギルドのほうにはもう話が行っているのであれば私のほうから懇意にしてる商会に警戒をするよう話を通しておこう」


「お願い致しますわ」


 こういうことは付き合いの長いお父様達のほうが信用が高い分効果が高いのでお任せする。


「そうそう、リズちゃん。カイル君がさっき言ってたけどこちらにいる間は我が家でお世話するのよ。リズちゃん王都でお世話になってるんでしょ?こっちではカイル君のお世話頼むわね」


 銀行の頭取から聞いたわよと返せる恩は返せるうちにしてしまいなさいと相変わらずおっとりした口調なのに二の句が挟めない圧のあるお母様の物言いに言葉が詰まる。


「え?」


「今年は我が家でも帝国から招いた貴族や王都の貴族を中心に招いて舞踏会やお茶会を開くことになった、お前もお茶会のホスト役受けてくれるか。カイル君、娘のエスコートお願いしてもいいかな?」


「はい、よろこんで」


 お父様もお母様もそれぞれ事業を持っていて私以上にお忙しい、帰省して世話になっているのだから手伝えるところは勿論お手伝いしたい……けどぉ!


「お父様、いくらなんでもまだ婚約者もいらっしゃらないカイルにそんなお願いするのはおやめになって」


 私の気持ちがどう、と言う前に適齢期真っただ中の未婚のカイルを、いくら親しい幼馴染だからといって邪魔をするのは良くないと思うのです。


 もう離婚も秒読みみたいなお先の知れた夫人なのですから、外聞が悪いでしょう。


「なんだ、カイル君そう言う話が出ているのかな?」


 お父様が少し済まなそうな顔で彼に問いかける。いくら何でも婚約話の一つや二つ、大公家に打診が来ていてもおかしくないものね。


「いえ、まったくこれっぽっちも出ていません……リズ、言っただろう順番待ちだって」



 順番待ちって……え?さっきのただいまのハグの事じゃなくて……。



「もちろん、君が『侯爵夫人』である間は友人として節度ある関係で居るよ、リズの醜聞のネタにはなりたくはないからね」



 それ私のセリフなんですけど?

 貴方の醜聞のネタになりたくないから、気持ちに蓋をしようって思っているのに……。


 どうしてこう、横から無理やり抉じ開けに来るのよ―――ッ!

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