新しい騒動の序曲
「待って、お願い。話を聞いて!」
叫ぶ声に近づいていく。
人の輪に飛び込むころにはショーンが追いついて、周囲のやじ馬から私を守るように前に立ってくれた。
「さっき、串焼きの屋台のとこにうちの連中が居たのですぐ応援来ます」
追いついたところでそう耳打ちをされる。
それでも危ないから無茶しないで下さいと念押しされつつ、店主と少女のやり取りを見守る。
「煩い!聞いたところで金がないのに変わりはないんだ!警備兵に突き出してやる!!」
「一緒に居た連れが払うって言ってたでしょ、だからお願い、もう少し待ってよ、戻って来たら払ってくれるんだから!」
「……んー、連れの無銭飲食と無銭宿泊のだしに使われたってとこですかね。ロズウェルでも王都でも商売する金を減らさないように仕組まれたのかもしれませんね」
せこい手ですけど、と宿屋の店主と少女とのやり取りを聞いてショーンが事件の推測を並べていく。
そう言う節約をするふざけた商人崩れが居るんですよと告げる声に、いわゆる大店の店主としか交流をしたことの無い私はそんなこともあるのねと一つ学習する。
自分の利益のために罪もない娘を連れまわしたってことなのかしら。
勿論ただの憶測だからあの子の話をきちんと聞くべきだけど。
「本当よ!あの人はロズウェルで新しい店を任されたって!私と一緒に店をやって暮らそうって言ってくれたんだから」
「荷物も全部奪われて、着替えもない状態でよくそんなことが言えんな!どう考えても無銭宿泊のダシに使われたんだよ、あんたは!くそ、王都に支店まで出してるロズウェルの大店の使用人夫婦だって言うから信用して泊めたのに……」
……ロズウェルの大店の使用人ですって!?
「ちょっとお待ちになって」
「奥様……ッ!」
ショーンが止める前に一歩踏み出して店主と少女の前に踏み出す。
「なんだい、あんたは。この娘の知り合いかい?」
訝しげな顔で店主が睨みつけてくるが、この程度の威圧なんて怖い訳がない。
「いえ、初対面ですわ。でもどうかお気を鎮め遊ばして?こんな往来で騒ぎ立てたら入りたい客も逃げていきましてよ。お話がありますの、どうか奥へ案内してくださる?」
「は、話って何だ」
「悪いお話じゃないことは保証いたしますわ。……貴方にもね」
怯えた顔のまま私と店主のやり取りを見つめていた少女に安心させるように緩く笑みを向ける。
やり取りをしている間に知らせを受けただろう他の騎士達もこの場へ到着していた。
「えっ!??な、なんだってんだ?騎士がこんなに!?」
「貴様!奥様に何をしている!」
突然、騎士に囲まれた店主が一瞬にして狼狽する。
確かに怖いわよね、同情するというかなんかごめんなさい……だから奥に行きたかったのよ。
詰め寄りかかったイスラ卿に誤解よ、と声を掛けて止まれと告げるように手を翳した。
「落ち着いてちょうだい、イスラ卿。何もされてないわ、これから私がする側なの」
「……は?……どういう事だ、お前が付いていながら!説明しろ!!ウェル!」
「ひえっ!とばっちり!?」
私には強く問い質せないイスラ卿が、傍に居たショーンに八つ当たり気味に怒鳴り散らしながら詰問し始める。
あたふたしながらも怒れる上司の対応に慣れているらしいショーンは事の顛末を簡潔にイスラ卿へ伝えていった。
「さあ、ご主人、奥に案内してくださいな。イスラ卿とショーン以外は馬車に戻って、みなに少し出発が遅れると伝言をお願い」
騒ぎが大きくなる前にと店主と少女の背中を押して宿屋の中へ入る。昼の時間を少し過ぎて人も少なくなった一階の酒場の奥の席へ案内してもらうと、女将さんが扉に準備中の札を掛けてくれた。
「話って言われても、うちは代金を払ってくれるかどうかしか話すものはないんだけどね。どう聞いても騙されてるのはわかるんだけどこっちも商売だからねぇ……」
奥のテーブルに着くと店主の対面に私と少女が腰を下ろし、私の後ろにイスラ卿とショーンが控える。
店主が椅子に腰を落とすとすぐに口を開く。
つまり、同情での説得は聞かないという事。
「もちろん、代金は私が代理で払いますわ。いくつかお聞きしたいことがあって席を作ってもらいましたの」
「あん……いや、奥様だったか?なんでこんなことに首を突っ込む?さっきもこの娘とは顔見知りですらないと言っていたじゃないか」
「……ああ、ごめんなさい。私、侯爵家の人間ですの。エリザベスと呼んでくださって?」
だからお金のことは心配しないでね、と言うつもりでにっこり微笑みかける。
なのに青い顔をするのはちょっと解せない。
「お聞きしたいのはそちらのお嬢さんと一緒に居た男性を『王都に支店を構えたロズウェルの大店』の使用人だと信じたわけを知りたいの」
「そりゃ、商会札を見せられたからだよ。確かに王都の商会ギルドが発行したものだった」
商会札と言うのは店の看板にも刻まれている絵文字を彫り込んだ手のひらほどの小さな板だ。身分証明や契約印としてもつかわれる。
持てるのは基本、事業主と店長クラスの人間のみだから、確かに見せられたら安心するわね。
「控えがあるのなら見せていただいても?」
店主がそのくらいなら、と告げて女将さんに宿帳を持ってくるように告げる。
そして渡された宿帳から、その男の書いた宿帳のページに複写された商会札を改めさせてもらう。
商会ギルドの発行した商会札を丸ごと偽造するのは大変だけど、発行されたあとの商会札に手を加えることは可能なのよね。
そう言う詐欺に使われやすいから廃業するときに札も廃棄するものだけど……。
「確かに、王都の商会ギルドの札ね。……でもロズウェルに本店を持つ大店の商会札じゃないわ」
「なんでそんなこと、あんたがわかるんだ?」
「簡単な話よ、私がその大店の共同経営者なのだから」
私の店、大事な故郷を、汚い思惑で汚されるなんて我慢できない。
「ウェル卿」
「はいっ、手配掛けてきます。奥様、そちらのお嬢様をお借りしてもよろしいですか?」
仕掛けてきた相手が何を偽ったのかがわかれば、イスラ卿はショーンの名を呼ぶだけで指示し、ショーンもただちに何をすべきかを悟る。
「ええ、終わった後はそちらのお嬢さんも私の馬車に連れてきてあげて、大丈夫、街道警備隊の詰め所でご一緒だった男性の人相を伝えて欲しいの。わかるだけで構わないから。……関わった仲ですものこれからの事くらい、相談に乗るわ」
「……奥様、ありがとうございます、私…怖かった……」
騙されたと理解したくない気持ち、凄くわかる。騙されたままでいるほうがまだ楽なのよね。
大丈夫よと頷いてからその子をショーンへ託した。
「店主さんのほうも、手の空いた時で構いませんから詰所のほうに足を向けて調書の手伝いをお願いします。あらヤダ私、手持ちのお金、ショーンに預けたままだったわ。イスラ卿ごめんなさい、立て替えていただける?」
気が付いたときショーンは既に少女の手を取って詰所へと走り出した後だった。
イスラ卿はこのくらいでしたら、と応じてくれたので助かったけど。
相変わらずリズは詰めが甘い、って誰かさんに笑われそう。
『 でも、そんなところも可愛い 』
彼の気持ちを知ってしまうと、私にくれた言葉の一つ一つが全く違う意味に思えてしまう。
そんな言葉を思い出すたびに、恥ずかしくて悶えそうになってしまう。
時間を重ねても心がこんなにも落ち着かない。
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